姫騎士の可憐なドレス姿に皇帝が赤面する裏で、超光速の彼方に『凶悪な気配』が目を覚ます
ジャバウォック銀河帝国は沸き立っている。
特に、政府高官や帝国内の有力者(俺やリゼやギョーショーを除く)たちだ。
人類保護機構という歴史ある星間国家の生殺与奪の権を握っているという実感が、数年前までは星系国家の国民ですらなかった人々に暗い愉悦と興奮を与えていた。
「うまく行き過ぎた。自動調理器の一件がばれたら、銀河共和国だけじゃなく周囲の勢力全てから警戒されるぞ」
俺はギョーショーから購入した胃薬を一気飲みする。
胃の痛みは薄くなっても消えはしない。
薬が悪いのではない。
これ以上強い薬を飲むくらいなら『肉体強化』か『肉体改造』の方が健康に良いと言われて、一度で治る薬を売ってもらえないのだ。
「艦長。それは贅沢な悩みというものだ。対抗手段がない状態で延々敵対されるよりは、ずっと良いではないか」
リゼの表情は明るい。
敵国の星系を焼いたり砕いたりせずに手に入りそうだという状況が、この時代で目覚める前は延々負け戦を続けていたリゼにとっては癒しであり快楽なのかもしれない。
「それはそうなんだがな」
「うーん。何度計算しても、占領と戦後統治に必要なコストを帝国単独では負担できないのです」
ギョーショーは、冷却用の水風呂(持ち運び式)に入ったまま目を『ぴかぴか』させている。
最初はこっちが寒くなるほど冷たい水だったのに、今は湯気が上がっていてほとんど熱湯風呂だ。
陸戦隊が会議室に入ってきて、冷却水交換用のチューブを極太のものに交換を始めていた。
「艦長。ギョーショーに資金を借りるわけにはいかないのか?」
「既に借りまくってるんだよ」
胃だけでなく頭も痛い。
「一番安い無人警戒機を、あっちの銀河と比べると人件費がとっても安い工場で作っても、帝国の収入の大部分が吹き飛ぶのです!」
「……後回しにするのは無理なのか?」
リゼが困惑し、背中に少しだけ現れた光翼も『無駄遣いはだめだよ?』と少し責める雰囲気だ。
「俺たちは契約国連合という超大国と取り引きしている。銀河間を行き来できる、とんでもない技術力も持っている国とな」
俺は今の状況を、ただ幸運な状況とは思っていない。
一度失敗しただけで、この銀河全体を破滅へ向かわせかねない立場に俺はいる。
俺より賢く俺より責任感がある人間は、少数ではあるかもしれないがこの銀河に存在はするはずだ。
しかし、そんな賢く責任感がある人間に、俺の立場を引き継いでもらうのはほぼ不可能だ。
「欲で理性が吹き飛んだ連中が、超光速機関の悪用までして俺たちに攻撃してくる恐れがある。しかもかなりの高確率でな」
そんな連中が邪魔をする。
都合の良い『主人公』や『救世主』を見つけ、責任を押しつけるのはまず無理だ。
「艦長。私なら察知できるぞ」
リゼは俺を気遣うように言い、光の翼も『まかせろ!』という雰囲気で『ぱたぱた』している。
「姫さんのことは信頼してる。だが姫さんひとりに頼り切るのは危険だ。姫さんだって調子の悪いときくらいあるだろうし、常に警戒を続けるのは健康に良くないだろ」
「それは、そうだが……」
リゼはあまり納得してない感じだ。
自分自身の実力に把握しているだけでなく、自分の力だけでなんとかしてきた経験があるからかもしれない。
「ひゅーひゅー、なのです! ポーターさんはリゼさんに優しいのです!」
「また子供みたいなからかいを……。いい女に優しくしたくなるのは当然だがそれだけじゃないぞ。今、姫さんが倒れたら俺もギョーショーも終わりだからな。帝国が倒れたら俺は連帯保証、ギョーショーは債権が紙くず化だ」
「あわわっ。たいへんなのです!」
猛烈な勢いで冷却水が供給(と熱くなった水が回収)されているのに、ギョーショーの風呂は沸騰していた。
正直、とても熱い。
「だから、姫さんが休暇をとっても帝国が潰れないよう、姫さんの索敵には劣るが予備にはなる警戒網を整備中ってわけだ。可能な限り低コストでな」
「非合法作戦用のステルス艦が侵入してきても大丈夫なのです! 亜光速みたいな低速でゆっくり侵入してきたら、ちょっと見落とすかもなのです!」
「そう、か。私が思っていた以上に、ふたりとも考えているのだな」
リゼの顔が少し上気している。
翼は『まかせた!』という気配を発しながらリゼの中へ引っ込んで消えた。
「まあ、考えて行動した結果が今の金欠なんだがな。ギョーショー。何かいい知恵か商品はないのか」
「無茶言わないでくださいなのです! センパイの監視がきつくて法的グレーゾーンな提案が難しいのです!」
「そりゃどっちの法律だ?」
「帝国と連合のどっちもなのです!」
ギョーショーは悪びれもせずそう言って、ようやく常温になった風呂を堪能していた。
☆
「リゼさん! 助けてくださいなのです!」
「姫さん! 俺が悪かった! だから……」
ギョーショーと俺はダンジョンの中層に放り出された。
必死に助けを求める俺たちに、リゼは呆れた視線を向けてくる。
「この程度のモンスター、艦長とギョーショーの敵ではなかろう」
適度に広がった背後の光翼も『その冗談おもしろくないよ?』という感じの雰囲気だ。
「陛下ぁ! モンスターを倒せばぁ、能力が上がるって仮説ぅ、あれマジっぽいんでぇ!」
「陛下はリゼさまを口説くほどの勇者っすから! この程度できるっすよね!」
リゼは俺とギョーショーの戦闘力を勘違いしているが、リゼに着いてきている艦長連中や陸戦隊の連中からは俺に対する強烈な嫉妬を感じる。
なお、男女で嫉妬の強烈さは変わらない。
「ちょっ、まっ、上空のドラゴン、『駆逐艦』サイズはあるぞ!?」
ダンジョンの中層には空があった。
ARメガネの望遠鏡機能を起動しても宇宙は見えない。
「地球空洞説なのです!? 中層がこうなら深層はどこに!?」
目を高速で点滅させながら混乱するギョーショーの前で、俺は、放り出される直前に押し付けられたレーザーライフルをARメガネでハックする。
わざと整備不良のものを持たせたりしないあたり、リゼの信奉者にも少しは理性が残っていたようだ。
「艦長。あれはドラゴンの中でも高位の個体だ。私がダンジョンに入る前に『人間卒業試験』と言われてもいたぞ」
「そりゃどうも。こちとら姫さんほどの才能もないし強化もしてないノーマルの人間だぜ」
俺は、ARメガネを戦闘モードへ変更する。
『フリーキャッスル』本体や操縦室と比べると極めて限定された機能しかないが、俺の五感よりはマシだ。
「ギョーショー、そっちのセンサーと武器は!」
「体を取り替えない範囲でパーツは更新してますけど、ギョーショーちゃんは白兵戦は超にがてなのです!」
「艦隊戦のつもりでやれ! あのデカブツ、おそらく亜光速出せるぞ!」
直感でドラゴンの進行方向を予測し、ARメガネに予想進路上から狙いを選ばせる。
レーザーライフルには対人ではなく対宇宙船用の攻撃を厳命すると、緊急冷却用の煙を吹き出しながら、余波だけで上昇気流が発生するレーザーを発射する。
直前までいたはずの場所からドラゴンが消えて、俺が予測した進路にぎりぎり重なる位置に、翼の片方が焦げたドラゴンが出現した。
「うむ。さすが艦長だ。ギョーショーも参加していいのだぞ」
「リゼさん本気で言ってるのです!」
「馬鹿言ってないで隠れろ! あっちだ!」
使い込まれた塹壕へ飛び降りる。
古代の記録映像に登場する塹壕に似てはいるが、艦に使われる装甲まで使われた、現代の塹壕だ。
近くを通過したドラゴンがソニックブームを発生させ、割合としては少しの風しか来ないのに塹壕の中を風で混乱させた。
「ポーターさん。そもそもなんでこんなことになってるのです?」
「俺が姫さんを口説いてるときにお前がからかいまくって話を変な方に持ってったんだろうが!」
「子どもの作り方を提案しただけなのです。善意なのです!」
「姫さんは実年齢はともかく生きてきた時間は短いんだよ! 加減しろ馬鹿!」
「……艦長」
リゼとの距離は遠く、リゼは決して大きな声は出していないのに、俺もギョーショーもリゼから殺気を感じて震え上がった。
「奴を倒すぞギョーショー!」
「ギョーショーちゃんの隠し武器、見せてやるのです!」
近距離なら艦載レーザー並の威力を持つレーザーライフルと、使い手はド下手でも『駆逐艦』の全長ほどもあるビームソードを手に、俺たちは空から襲撃してくるドラゴンに立ち向かう。
「自分の得意分野で戦え!」
俺の武器は思考と決断であって体じゃない。
レーザーライフルという武器を一戦で使い尽くし、最大の効率でドラゴンの首から上を焼く。
「戦い方なんて知らないのです!」
だからギョーショーは踊る。
精妙な踊りのついでにビームソードが振るわれ、機械人間の高速思考と精密な動作により『焦げて弱くなった鱗』ごと頭とその中身を焼き尽くす。
「戦闘直後から筋肉痛か……」
「死ぬかと思ったのです……」
ドラゴンの死体が光に包まれて小さな宝箱へ変化していくのを、俺達は荒い息(俺は酸素を取り込む目的。ギョーショーは排気が目的)を吐いていた。
☆
「対人類保護機構のためにも、ダンジョンで活動する者を増やす必要がある。皇帝が直接出向くのは最高の宣伝になるということだ」
「姫さん、そりゃないぜ」
「僕を巻き込まないでほしかったのです」
俺は肉体的疲労で、ギョーショーは精神的疲労で動けない。
「うむ。すまぬとは思うが、他にも目的があるのだ。ふたりとも、レベルアップという概念は知っているか?」
「ゲーム? フィクションの設定か?」
「あっちの銀河で聞いたことがあるのです。謎生物が生き物を殺すほど強くなるという仮説だった気がするのです」
「うむ。私はセンパイ殿から聞いた。人間や亜じ……んんっ、生き物を殺すほど強くなるかどうかは分からぬが、モンスターを殺すほどに強くなった経験はある。今後は今より暗殺の危険にさらされるだろうふたりを、鍛えておきたかったのだ」
リゼの背中の光翼が『ごめんね』という感じで申しわけなさそうに縮こまっている。
「まあ、一度くらいなら試してもいいか」
「やっぱりポーターさんはリゼさんに甘いのです……」
ぐったりとしたままの俺とギョーショーを、陸戦隊でもダンジョンを持ち込まれた装備(艦載兵器や装甲)の整備担当でもない人間たちが撮影している。
ギョーショーが「ライバルの番組の人たちなのです」とつぶやいた。
「すまんが手を貸してくれ」
「うむ。肩を貸そう」
ダンジョンだけでなく地上の戦場の経験もあるらしいリゼは、負傷者なみに疲れた俺に負担をかけない形で肩を貸す。
柔らかな感触と体温と微かな体臭に感じ取ってしまった俺は、性欲に目覚めたばかりのガキのように興奮し、赤くなってしまった。
「あ、ああ」
これは、恥ずかしい。
石化期間を除けば俺の方が歳上なのに、これじゃまるで子供だ。
「ひゅーひゅー、なのです!」
完全に子供なギョーショーにからかわれながら移動を開始する。
陸戦隊の精鋭に護衛された俺たちは、ダンジョンの外である、ダンジョン関係者を除いて無人の惑星の地表まで移動する。
着陸している『フリーキャッスル』には、貴重な外貨獲得手段である『ポーション』が、厳重に梱包されて運び込まれていっている。
「後は、守りを固めた上で、食料援助をチラつかせながら、特別な『カートリッジ』を使った宣伝を繰り返せば勝ちか」
「艦長。人類保護機構以外にも非友好的な勢力はいる。私は政略は専門外だが、完全な勝利を目指して足元をすくわれぬよう気をつけるべきだと思うぞ」
「気をつける。ありがとうな、姫さん」
俺は一度深呼吸をしようとして、まだリゼに肩を借りていることを思い出して普通の呼吸にする。
「今回は僕が操縦するのです!」
船倉いっぱいに『ポーション』を積み込み、『フリーキャッスル』が出発する。
星系外縁までは光速未満でしか移動できないので数日の時間がかかる。
体調を整えながらリゼを口説くには絶好の……いや今回口説くのは難しいかもしれん。
「ドレスか。まさか私に着る機会があるとはな」
リゼが着替えを繰り返し、記録映像やインタビューの撮影に応じている。
担当するのは俺でもギョーショーでも陸戦隊でもなく、『フリーキャッスル』に乗り込んできた各種の専門家たちだ。
帝国の内政部門から強烈に要請されていたことなので、俺も邪魔はできない。
「どうだ艦長」
リゼはいつも通りに見えて、ほんの少しだけ躊躇と恐れがある。
姫騎士装束ではなく、露出の少ない上品なお嬢さん風のドレスが、鍛えられた体に普段とは異なる印象を与えている。
「今言うと下品な言葉にしか……いやなんでもない。いつもと違うのも最高だ」
俺は余計なことを言わないよう、最大限注意しながらコメントする。
リゼはほっとしたように息を吐き、柔らかく微笑む。
「んんっ」
俺は、顔が熱いのを自覚して咳払いで誤魔化そうとするが、多分うまくいっていない。
誤魔化すために、何件か届いている『重要度の高い』通信に出ようとして、違和感に気づく。
「これ、超光速移動中のランス級からだよな?」
背景には極彩色の宇宙だけがあるはずなのに、その色が奇妙に薄い。
その奥に、ドラゴンとは比較にならないほど強烈・凶悪な気配が蠢いてるのを感じてしまい、俺は悲鳴をこらえるため両手で口を押さえる。
「艦長? そうか、見えるようになってしまったか」
「ギョーショーちゃんはレベルアップしてないので……えーっと、僕にもうっすら見えるのです。これが例の『あれ』なのです?」
異常に気づかないまま通信を送ってくるランス級の背後を、リゼすら恐れさせる何かが横切っていた。




