「姫さんの顔に泥を塗るような奴らに、手段なんて選ぶ必要はない」――激怒した皇帝による、えげつない報復の始まり
巨大な艦隊がぶつかりあう戦いは、星間国家同士の戦いでも滅多に発生しない。
宇宙は、広大という言葉では不足してしまうほど広大すぎるのだ。
防御側の重要拠点には、艦には搭載できないほど巨大で高性能な兵器と『シールド』が搭載されていて、常識的な規模の艦隊など簡単に撃退する。
ただ、星間国家は守るべき拠点は膨大な数になり、大部分の拠点は『常識的な規模の艦隊には絶対に勝てない』戦力しかない。
「要するに、重要拠点がある星系が楽園となり、それ以外の星系は延々と占領と解放が繰り返される地獄になるわけだ。中央と、辺境だよ」
俺が講義の内容をまとめると、リゼやギョーショーだけでなく艦長連中も『うんうん』頷いた。
「石像だった姫さんはともかく、お前らにとっては常識だろ」
「学のある奴は少ないですぜぇ。しかし陛下ぁ。実は学者さんだったんでぇ?」
相変わらず小柄な艦長(こいつは機動兵器乗りでもある)が、俺を本気で褒めてくる。
いつもは俺のことをリゼのおまけくらいにしか思っていないのに、珍しいこともあるもんだ。
「俺は物覚えが悪くてな。ガキの頃に徹底的に教え込まれたんだよ」
当時は恨みも憎みもしたが、そのおかげで今まで生き延びたので感謝はある。
恨みと憎しみは消えてないがな。
「なるほどな。王都とそれ以外の格差と同じだ」
リゼは故郷のことを思い出しているらしい。
複雑な表情をしている。
「契約国連合も昔は格差がすごかったらしいのです! 今は平和なのです!」
ギョーショーはそう言うが、機械人間の能力の高さを考えると、肉人間(こっちの銀河における普通の人間)の大部分は社会の下層だろうな。
「あのー。平和ってことは、うまいメシの食えるってことっすか?」
「もちろんなのです! 健康に害のないものだけを一生食べられるのです!」
質問者である艦長は、ギョーショーが扱っている食品群を思い出して顔色と悪くした。
「それが飢えないって意味なら、理想的な統治だな」
皇帝の地位に祭り上げられてから、一艦長では知ることも経験することもなかったはずの『政治』を散々経験してきた。
いくら不味くても、飢えないという一点だけで、俺は高評価してしまった。
「ポーター陛下? 話が迷走してるわよ」
講義室の後ろで見学していたエルザが口を挟む。
銀河帝国第一星系の中枢に、『まだ』共和国総督であるエルザがいるのには理由がある。
銀河共和国から、人類保護機構の地図を運んできたのだ。
地図といっても民間用の大雑把なものではなく、それのみを頼りに星系間移動可能な軍用のものだ。
もちろん、その地図には共和国の星系は一つも載っていない。
帝国が人類保護機構に侵攻し易くなるよう、人類保護機構と戦っている銀河共和国が『誘導』しようとしているのだ。
「結局、どこを攻めるの?」
「どこを攻めるよりどこを守るかを先に決めたくてな」
俺は、リゼのための講義(それ以外の連中は興味を持って集まってきただけだ)に使っていた大型画面を切り替える。
旗揚げの地であり、民生品の一大生産拠点である帝国第一星系を中心に、ランス級やスピア級の一大生産拠点である帝国第二星系、共和国第四十七星系にある『ダンジョン』惑星も表示される。
「最優先で守る必要があるのはこの三つだ。本当の最優先は姫さんだが、姫さん自身が帝国の最強戦力だから姫さんが負けたら帝国は諦めろて復讐戦に移行しろ」
艦長たちは真顔で、目に狂信的ともいえる忠誠心を浮かべて静かに頷く。
「ポーターさんポーターさん! ポーターさんの優先度はどうなのです?」
「この三つより下で、他の星系よりは上だな。主星系にいて厳重に警備されているか、『フリーキャッスル』で姫さんを運んでいるかだ。特に後者は帝国で最も安全だろうよ」
リゼは一度だけ目を瞬かせる。
かつてない勢いで背中から光の翼が伸び、胸を張るかのように大きく広がった。
「話を続けるぞ。問題はそれ以外にどこを守るかだ」
「うむ。第三星系以降の重要度は低い。私の出身国ならば放置されただろうが……」
リゼはエルザに目を向ける。
エルザは一瞬だけ、人間がしてはいけないレベルの『とろけた』表情を浮かべ、しかしすぐにシリアス顔になる。
「ある程度の戦力配置をしないと、その星系が所属国に失望し、他国からの干渉に脆弱になります」
「うむ。帝国に仕える前は地位の低かった私には、頭では理解したつもりでも実感としては理解しきれない分野だ。エルザにはいつも助けられているな」
「あっ」
エルザが至福の表情で気絶した。
「具体的な話に移るぞ。第三星系以降の星系に、どの程度守りの戦力を振り向けるかだ。ギョーショーの超光速通信があるとはいえ、艦隊を星系から星系に動かすには時間がかかる」
「艦長。スピア級を量産して対抗するのは無理か? 星系内ならランス級には劣るが有用な戦力のはずだ」
「スピア級は星系間移動できないからな。攻撃する、しないのイニシアチブは常に敵側にある」
敵艦隊は『星系内のスピア級を撃破可能なときのみ』攻撃を仕掛けてくるということだ。
「うむ。なるほど。……『フリーキャッスル』に高速の位相跳躍機関を搭載するのはどうだ」
リゼの提案は非常に現実的かつ有効で、俺は位相跳躍機関の購入費捻出を具体的に考え始めた。
「んー。それはあまりおすすめできないのです。銀河間連絡船が『ああ』なった原因の特定と、『ああ』ならないための対策ができていないのです」
ギョーショーは珍しく深刻な態度だ。
目も、緊急時であるかのように『ぴかぴか』光っている。
「……ギョーショー。対策はあるか?」
リゼは、少し苦しそうに見える。
無意識に、『ああ』なった原因から目を逸らしてしまったことに気付いたからだ。
「僕には原因を知覚できません。契約国連合には専門の研究者もいるとは思いますけど、銀河間連絡船に乗ってたのと同等かそれ以上に危険な人である可能性大なのです」
「じゃあ、武力での侵攻は一旦保留にしよう」
俺は気軽な調子で言う。
リゼは、自身の悩みを軽く扱われたと勘違いしたのか、少しだけご機嫌斜めだ。
「ギョーショー。効率的に人類保護機構の産業を潰せる輸出品はないか?」
「ポーターさん……。あるに決まってるじゃないですか! 輸出していいんですね! 一度始めたらとまらないのです!」
「いや止めろよ。人類保護機構を追い詰めて暴発させた後、全土占領するかこっちに有利な条約結ばせるつもりなんだから。産業潰しの輸出が続くなら人類保護機構が徹底抗戦しかねないだろ」
「むむむ。しかたがないのです」
ギョーショーは本当にしぶしぶ、矛をおさめる。
「作戦開始前に、人類保護機構へ輸送するための航路を整備する。『この航路を潰せば輸出がなくなる』と、人類保護機構が思う程度に整備させる」
「艦長。悪辣な手だな」
俺を責めるような言葉を、楽しげに微笑みながら口にするリゼ。
背中の光翼は、上機嫌に『ぱたぱた』している。
「悪辣な手でもなんでも使わないと攻め落とせないんだよ。姫さんの力に頼って戦場で勝っても、それが戦争全体の勝利に繋がるかは別問題だしな。……それにこれだ」
情報部門が秘密裏に入手した、人類保護機構の星系で放送中の番組を複数、要約して表示させる。
簡易AIで邪悪な表情に加工されたリゼの写真。
架空の残虐行為を行う、リゼをもとに作成された立体映像。
静止画や動画だけでなく、文字だけのニュースや『邪悪な姫騎士』や『魔王』が登場する小説などもある。
「姫さんの顔に泥を塗るような奴らに、手段なんて選ぶ必要はない」
「あ、このアニメ結構面白そうなのです!」
「人類保護機構、命が惜しくないようね」
俺やギョーショーがエルザが好き勝手に話し、『人類保護機構討つべし』で盛り上がる帝国人たちを、リゼは少しくすぐったそうな表情で眺めていた。




