維持費で破産寸前のハイエナ艦長。別銀河のヤバすぎる特命大使が襲来するも、ダンジョンのハズレドロップ『美容ポーション』が超高価な資源(水)だと判明して特大の金脈を引き当てる
「筋肉痛で集中できねぇ」
「ポーターさん、感覚を鈍くする薬ならあるのです!」
俺の執務室に遊びに来ていたギョーショーが、俺に薬を勧めてくる。
こいつの商品は性能は確かだ。
しかし『味』については一切信用できない。
「治療する薬はないのか?」
「治療するくらいなら体の強化をおすすめするのです。ポーターさんは改造に忌避感ないですよね?」
人によっては特級の侮蔑になるセリフを平然と言ってくる。
「そりゃそうだが、特に必要もないのに気軽にするものじゃないだろ」
「やりましょうよー! ナノマシンの飲み薬もあるですよ? ポーターさんが使ったら、すっごい宣伝になるのです!」
「嘘を言わないのはギョーショーの良いところだが、限度ってものがあるぞ」
「褒められたのです!」
「皮肉だよ!」
大声を出したら筋肉痛が襲ってきた。
もう、仕事に集中できる体調でも精神状態でもなくなった。
「そういえばリゼさんはどこに? 倦怠期です?」
「クソ忙しくてまともに口説く時間もねーよ!」
「ポーターさん。石化中の時間を除けばポーターさんの方が年上なのです。恥ずかしくないのです?」
ギョーショーは珍しいことにシリアス顔で、しかも諭すような表情をしていた。
「誰のせいでここまで忙しいと思ってやがる。ギョーショーへの苦情が俺の方に来てるんだよ」
たまにいい雰囲気になることもあるんだが、そういうときに限って緊急の報告が届いたり、俺がリゼの価値観を把握しそこなって微妙な雰囲気になっちまう。
後者の原因は俺だし、前者も俺が皇帝だから俺の責任だが。
「ジャバウォック帝国の通信網って不具合まみれなのです!」
「普通の人間はギョーショーが怖いんだよ。ギョーショーを人間に制御されていない暴走機械と認識している奴も多いぜ」
「ええー? 人間も他の人間に制御されてないですよ」
「そりゃそうだが、偏見ってのはすぐには消えないもんだ。機械人間ってのを抜きにしても、帝国全土で商売している巨大企業のトップで、皇帝と姫騎士のお気に入りだ。直接文句を言うのは怖いだろ」
「皇帝と姫騎士が同格に聞こえるのです!」
「姫騎士の方が上に聞こえる、って言わないところに気遣いを感じるな」
「もちろんなのです! ギョーショーちゃんは、上客にはお世辞も言えるのです!」
三頭身のギョーショーが胸を張る。
ふっくらしたギョーショーの頬をつつきたくなったが、俺はいい歳をした男で皇帝なので我慢した。
「ふたりとも。遊ぶ時間があるならダンジョンに来るがいい」
一番大きな画面にリゼの上半身が映る。
ダンジョン出入り口の外側に設置された通信所からの、リアルタイム通信だ。
ただの超光速ではなく、向こうの銀河の技術が使われた回線なので利用料もすごい。
「仕事中の息抜きだ。ギョーショーは知らんが」
「僕も仕事中の息抜きなのです! 乳搾りは超高難度な仕事なのです!」
「あれほど温和な牛でてこずるなら、素直に専門家に頼れ」
リゼの背後には大量の宝箱が積み上げられ、大勢の研究者が歓喜しながら調査している。
俺や艦長たちがドラゴンを倒したときに出現した宝箱より大きく、しかも豪華だ。
「姫さん。それは深層のモンスターの?」
俺が尋ねると、リゼは首を左右に振った。
戦闘後のはずなのに、さらりと揺れるピンク髪は相変わらずの美しさだ。
「陸戦隊を随伴できるのは中層が限界だ。戦闘に参加させられるのは、浅層のみだがな」
「陸戦隊でもか」
俺が思わずうなってしまった。
俺は船乗り兼ハッカー、艦長たちは船乗り兼元賊で、生身や機動兵器での戦いでは陸戦隊の方が明確に強い。
独特の語尾の艦長兼元賊兼機動兵器乗りも、最近は艦長や高級軍人としての仕事が忙しくて機動兵器の技術が錆びついてきていると愚痴っていた。
「良い戦士ではあるのだ。敵艦や敵基地での戦いでは、彼らほど力強い味方はいない」
リゼは本気だ。
背中から伸びる翼は、強者たちを称えるように光り、研究員を警護する陸戦隊に誇りを感じさせている。
「だがダンジョンでの戦闘では力を発揮しきれていない。戦い方を変えさせることも考えたが、敵艦や敵基地での戦いに悪影響が出かねないと判断した」
「難しいもんだな。戦略は俺が口を挟むこともあると思うが、戦闘については事後報告で構わない。姫さんの判断で進めてくれ」
「うむ。だがこの件は私の力だけでは難しいだろう。私ならダンジョン専門の兵士を養成するが、その兵士が『ミミズ』を倒せるようになるまで何年かかるか考えると……」
「ああ、うん。姫さん並に強くなれる奴が何人もいるとは思えないよな」
「ダンジョン専門……。まさか、ひょっとして、冒険者ってやつなのです!?」
ギョーショーが興奮している。
「ギョーショー。冒険者って単語というか概念、どこから出てきたんだ」
「契約国連合のアニメにたまに出てくるのです! 俺つえーなのです!」
俺は、冒険者は分かるが俺つえーというのは分からない。
「翻訳装置の更新も必要だな、こりゃ」
「そいうのはセンパイが超得意なのです! 言語にめちゃくちゃ詳しくて、パイロット養成校卒業直後に中央にスカウトされたのです!」
「センパイ氏か。例の銀河間連絡船の件も相談したいが、次の連絡はいつになるんだろうな」
特命全権大使からの連絡が届いたのは、それから数日後のことだった。
☆
「ジャバウォック陛下。武装しての訪問になってしまったことを謝罪します」
センパイは、ギョーショーの超光速回線網に、俺たちへ拒否権を与えない形でアクセスしている。
「銀河間連絡船、およびその乗組員の所在地を教えて下さい」
「ポーターさん、発信位置を特定したのです! 警戒網のずっと外なのです!」
無人警戒機のエネルギーを使い尽くす勢いで『観測』が行われる。
板の裏と表の両方に、生きた眼球が大量に植え付けられたようにしか見えない『艦』が、無事だった頃の銀河間連絡船を上回る速度で接近中だ。
「これが本性か」
リゼは腰のヒートソードではなく、何もない宙空に手を伸ばす。
派手な音も光もなく、ただ静かに、『剣』が現れてリゼの手に収まった。
「艦長」
「追認する。共和国との交渉は俺に任せろ」
圧倒的格上相手に戦うなら、リゼを頼りにするしかない。
俺と帝国は、リゼでなくてもできる全てのことをする。
それだけだ。
「……そうか」
リゼはほっとしたように微笑むが、表情が硬い。
背中から自然に伸びて広がった光翼も、今が戦闘中であるかのような緊張感だ。
「ジャバウォック陛下。回答されない場合は、あなた方の銀河での捜索を行います。誠に申し訳ありませんが、この件については一切譲歩できません」
「物騒だな」
俺は全力で笑顔を作る。
声が少しうわずってしまったが、俺にしては上出来だろう。
「あんたの艦と似たデザインの船は、こっちの銀河に到着前にぶっ壊れたぜ」
センパイは何も言わずギョーショーを見た。
ギョーショーは何故か自分のてのひらで自分の目を隠している。
「ずいぶんと堅いプロテクトを……。二度と契約国連合に戻らないつもりですか?」
「たっぷり稼いでからハイエンドな体を購入しに帰省するのです! 情報のカツアゲは断固拒否なのです!」
「先輩後輩で揉める必要はないぞ。ギョーショーが連絡船と呼んでいた艦はぶっ壊れた。残骸は回収済みだ。半分程度しか残ってなかったがな」
胃が痛い。
唯一対抗できるかもしれないリゼも、超光速移動は『短距離』しかできないんだ。
「……分かりました。犯罪者は目的地へ到着前に遭難または死亡したと判断します。少々お待ちください」
『眼球が植え付けられた板』から『操縦室』が射出される。
怪物に見える前者と、機械に見える後者の落差がすさまじい。
「げっ。なんて兵器のせてるです!?」
その直後、最初から存在しなかったかのように『眼球が植え付けられた板』が消えた。
「姫さん。今のは加速したからか? それともステルスか?」
「艦長。あれは破壊だ。残滓すら残さず完全に……化け物め」
「あなた程の存在にそう言って頂けると、我が国の研究者たちも喜びます」
センパイは落ち着き払った態度……というには、安堵の気配が濃いな。
連絡船が俺たちの銀河に到着すると、契約国連合にとって、よほどまずい事態になっていたのかもしれない。
「ジャバウォック陛下。ご覧通りですので、救助をお願いしたいのですが」
「敵意と悪意がないなら拒否する理由はない。こちらから迎えに行く」
「はい。お待ちしております」
推進器も位相跳躍機関も光っていないのに、『操縦室』が超光速から停止状態まで一気に減速する。
とんでもない技術力だ。
「艦長。私がランス級で迎えに行く。艦長はこの場で待機を頼む」
「分かった。頼む」
リゼを見送った俺は、エルザからの猛烈な抗議に対応するため通信室へ向かうのだった。
☆
「陛下の慈悲に感謝します」
握手の感触は以前と変わらないが、握手の意味は以前とは違う。
以前のは『とりあえず交戦しない』だけで、今回の握手はお互い詳しい情報を得た上での『交戦しない』だ。
「ちょっとセンパイ! 戦闘艦の『操縦室』に交易品を詰め込むのはルール違反なのです!」
「契約国連合のルールを適用するならそうね。……既にここが契約国連合だなんて寝言は言わないでね? 後輩を消したくないの」
「ぴぃっ」
ギョーショーは残像が見える速度でリゼの背後に回り込んでリゼを盾にした。
「艦長。センパイ殿に敵意はない。私の感覚で捉えきれていない可能性はあるがな」
リゼの背中の翼は『おしごとおわりっ』という気楽な動きでリゼの中へ引っ込んだ。
「大量の無汚染水を送っていただいたこと、我々契約国連合は非常に感謝しております。交易品とは別に、感謝の品も持って参りました」
「うひょー! まともな動力炉です! 蛮族相手に大盤振る舞いなのです!」
「ギョーショー。公の場で蛮族呼ばわりはやめろ」
「ギョーショー。会談が終わり次第話があります」
俺とセンパイから笑顔で殺意を向けられたギョーショーが、目を危険信号じみて『ぴかぴか』光らせて肩を落とした。
「その無汚染水ってのが、この銀河にどの程度あるか分かりませんからね。無制限に輸出するのは無理ですよ」
俺は、俺に可能な範囲で丁寧な口調でこちらの方針を伝えた。
「構いません。既に得られた量だけでも、大変助かっています」
どう助かっているかは、聞いても詳しく解説とかはしてくれないだろうな。
「艦長。センパイ殿。制限なく得られるのはダンジョンのドロップだけだ」
「ダンジョン?」
八頭身ギョーショーとしか表現できない見た目のセンパイが目を瞬かせる。
「あれはモンスターが無制限に復活するだけだろ。安価な化粧品未満の美容ポーションとかも出てくるし、正直……」
中層での遠征で得られた宝箱から大量に出てきたのが美容ポーションだ。
寿命延長ポーションや『マジックバッグ』は有用ではあるが、特に前者について他国の人間に教える気はない。
「ギョーショー?」
「マジでダンジョンなのです」
センパイが困惑し、ギョーショーが何故か胸を張る。
美容ポーションに限らず、ダンジョンでドロップするポーション全てが無汚染水(契約国連合が喉から手が出るほどほしいもの)であることが判明するまで、少しの時間が必要だった。




