第三話「梅、という名前」
【作家名変更のお知らせ】
いつも作品を読んでくださり、ありがとうございます。
これまで『小説家になろう』では「Yama」、音楽活動では「Yoshhi‑Yama」という名前で活動してきました。
今後は、小説・音楽・ミュージックビデオを一つの創作活動として、より分かりやすくお届けするため、作家名を「Yoshhi‑Yama」に統一いたします。
名前は変わりますが、これまで発表した作品や活動内容に変更はありません。物語と音楽を通して、心に残る作品をお届けしていきたいと思います。
これからも、Yoshhi‑Yamaをどうぞよろしくお願いいたします。
第三話は、再び現代パートに戻ります。志乃が、夢に見た「梅」という名前の手がかりを探し始める回です。あわせて、志乃の幼馴染も登場します。今回で、物語の輪郭が少しずつ見えてくるはずです。
朝食の席で、志乃は思い切って、昨夜の夢のことをハツに話した。
「躑躅の咲く広い縁側でね、若い女の人が、旗みたいな大きな布に文字を書いてたの。それで、その人の顔が――なんだか、私に似てて」
味噌汁をすすっていたハツの手が、ふと止まった。
「梅、って名前、口にしてなかったかい、志乃」
「え……なんで分かるの」
「あんた、寝言で言ってたよ。うめ、うめ、って」
志乃は箸を持ったまま、しばらく固まっていた。夢の中身を誰かに話したことなど、これまで一度もない。まして、口に出した覚えのない名前を、なぜ寝言で呼んでいたのか。
「望月の家にはね……」
ハツは湯呑みを両手で包み、記憶の糸をたぐるように、ゆっくりと話し始めた。
「あたしがまだ子どもの頃、曾祖母から聞いた話があるんだよ。望月の家は、いざというときに女が家を支えてきた家だ、って。詳しい話は忘れちまったけど、そういう、言い伝えみたいなものがあってねぇ」
「梅っていう名前、聞いたことある?」
「うーん……どうだったかねぇ」
ハツは困ったように笑った。最近、少し前の記憶がまだらになってきているのは志乃も感じていたが、こういう昔の言い伝えの記憶だけは、不思議とくっきりしている。
「うちの菩提寺に行けば、なにか分かるかもしれないよ。長禅寺さんとこはね、うちの家系のことも、大昔からずっと記録してくれてるはずだから」
長禅寺は、武田信玄公の母君にゆかりのある、甲府では名の知られた古刹だった。志乃も子どもの頃、家族の法事で何度か訪れたことがある。
「行ってみる」
久しぶりに自分の意志で「行く」と言った気がして、志乃は少し驚いた。東京にいた頃は、指示されたことをこなすだけで精一杯だった。
長禅寺への道すがら、志乃は思いがけない人物に呼び止められた。
「志乃? やっぱり志乃だ!」
振り返ると、日傘を差した女性が、驚いた顔でこちらに駆け寄ってくる。小学校からの幼馴染、小林春香だった。
「春香……久しぶり。今、こっちに住んでるの?」
「住んでるも何も、実家継いで、駅前でゲストハウスとカフェやってるよ。志乃こそ、東京でバリバリ働いてるんじゃなかったっけ」
一瞬、なんと答えればいいか分からず、志乃は言葉に詰まった。春香はその沈黙で何かを察したのか、それ以上追及せず、ただ「時間あるなら、お茶でも飲んでいきなよ」と笑った。
短い立ち話の中で、志乃はぽつぽつと、今の自分の状況を話した。仕事を休んでいること、実家に戻ってきたこと、行く先がまだ何も決まっていないこと。
「うちのカフェのチラシとか、ホームページとか、正直ずっと手つかずでさ。志乃、広告の仕事してたんでしょ? 気が向いたら、手伝ってよ」
冗談めかした口調だったが、志乃の胸の奥に、小さな灯りが点ったような気がした。誰かに必要とされること。それが、こんなにも久しく感じられなかったことに、志乃自身が驚いていた。
長禅寺では、白髪の住職が、志乃の話を興味深そうに聞いてくれた。
「望月さんのお宅ですか。ええ、古い過去帳にも、たびたびお名前が出てきますよ」
奥から持ち出された古い帳面を、住職は丁寧にめくっていった。かすれた墨文字の合間に、確かに「望月」の姓が幾度も現れる。そして、ある一行で、住職の指が止まった。
「これは……『望月うめ』という方の名が。詳しいことは書かれていませんが、後年、近隣の子女に読み書きを教えていた、という言い伝えが、うちの寺には残っています。地元では『文字のうめさま』と呼ばれていた、とか」
志乃の心臓が、大きく跳ねた。
「その人……いつ頃の人か、分かりますか」
「戦国の終わり頃、でしょうかね。詳しい年代までは、ちょっとこちらでは」
それ以上のことは分からなかったが、志乃にとっては十分すぎる手がかりだった。名前も、時代も、そして「文字」に関わる人物であったことも――夢の中の光景と、驚くほど重なっている。
家に帰り、住職から聞いた話をハツに伝えると、祖母は目を細めて、ゆっくりと頷いた。
「そうかい……文字のうめさま、かい。いい話じゃないか」
その夜、志乃は縁側で、まだ広げたままだった掛け軸を、もう一度見つめた。「望」の一文字に、指先でそっと触れる。
すると、また同じように、耳の奥で風の音がした。
まぶたの裏に浮かんだのは、涙をこらえるように唇を結んだ、若い男の後ろ姿だった。腰に刀を差し、馬に乗ろうとしている。それを見送る、梅らしき女の姿。
――どうか、生きて帰ってきて。
聞こえたはずのない声が、確かに志乃の耳に届いた気がした。
第三話、お読みいただきありがとうございました。ついに「梅」という名前が、現代パートでも明らかになりました。長禅寺での言い伝え、そして幼馴染・春香との再会が、志乃のこれからにどう関わってくるか、楽しみにしていただけたら嬉しいです。
次回、第四話は再び戦国パートへ。梅の弟が向かう川中島の戦いと、残された者たちの日々を描きます。ここから物語が、少しずつ大きく動き始めます。
(第四話へ続く)




