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遺品に嘘をつく鑑定人  作者: こやみ


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12/16

12_同じ机につく条件

 七日目の朝、修理店の西の路地に荷車が来ていた。


 アサが運んでいたのは、音の出ない木箱だった。前掛けを外し、上着を裏口の釘へ掛けて、灰青の袖を肘までまくっている。路地は車一台でいっぱいになり、人が通るたびに箱を抱いたまま壁へ寄った。


 修理した道具を工場の現場へ届ける箱で、ダンが二つ持てるか尋ねたとき、彼は一つずつにしますと答えた。往復は増えたが、どちらも落とさず荷車へ載せられた。


 最後の箱に綱を掛けていると、ミオが来た。橋から続く案内の札を一度見て、裏の路地へ入ってきた。アサは綱の端を落としかけ、握り直した。


 アサは綱を持ったまま顔を上げた。


「これを留めてからでいいです」


 ミオが言った。


 アサは最後の結び目を確かめた。籠売りに教わった向きに通し、両側を引く。緩まなかった。


「どうぞ」


 店の中へ入るよう示すと、ミオはダンにも声を掛けた。


「扉の検証と、時計の記録を重ねたいんです。イネさんとも相談しました」


 彼女は完成した設備図を渡した。ダンは代金の残りを払い、寸法を目で追った。


「内側の錠と外の閂を別の色にしてあります。採用しなかった案は、ここです」


 ダンは、古い案が小さく残された隅を見た。


「これなら説明できる」


「私が、あなたの代わりに説明する図ではありません。必要なら一緒に描き足せます」


「分かってる」


 ミオは頷き、アサへ向き直った。


「時計を、もう一度鳴らしてほしいです。それから、どう扱って何をしたか、最初から教えてほしい」


 アサはすぐに、はいと言った。声が早かったので、一度息を吸って続けた。


「傷めないためにしたことと、音から考えたことは、分けて話します」


「それが、一つ目です」


 ミオは紙を出した。


「もう一つ。私やダンさんが確かめていないことを、三人の答えにしないでください。意見が違ったら、その違いを残したい」


「はい」


「分からないところを、あとでまとめて埋めるのも、しないで」


 アサは紙を受け取った。短い三行だった。彼女の地図の文字と同じ、読みやすい字だった。


「従います」


「従うというより、自分の仕事として選んでほしいです」


 アサは顔を上げた。


 ミオは紙ではなく、彼を見ていた。


「僕も、そのやり方で仕事をしたいです」


 彼は言い直した。


 ミオは頷いた。


     *


 二階へ上がると、アサは西の寝床の仕切りを閉めた。東窓から入る光の中に、机と三つの椅子が残った。


 机は、前より少し広くなっていた。


 ナットは下の店へ返してあり、平たい石が紙を押さえていた。余分な皿は棚へ移り、三人が座るときは、手元を一つずつ確かめられる向きに置くことにした。


 アサは最初の記録を出した。消した線も、間違った説明も、そのまま残っている。


「最初に、炭の粉を刷毛で取りました。削ってはいません。粉はこの包みです。蓋は預かったときから外れていて、蝶番の片方が折れていました」


 ミオは時計の箱と包みを照合した。


「針は動かしましたか」


「動かしていません」


「止まった時刻は、折れた時刻ですか」


「分かりません。蝶番が折れても、時計そのものは動けます。火で止まった可能性もあります」


 ダンが時計の縁を見た。


「俺も、針の時刻を使うつもりはない。中を開ける必要があるなら、先に持ち主へ聞く」


「今は開けないでください」


 ミオが答えた。


 アサは音を鳴らした。


 声のところで、彼の手が一瞬固くなった。離さず、最後まで鳴らした。


 誰も、妹とも二号とも言わなかった。


 ダンが最後の擦れる音について尋ねた。


「最初は、硬いものが台を擦った音だと書きました。ただ、実物と比べていません。金属かどうかも、音だけでは決められません」


 アサは答えた。


「では、そのまま置こう」


 ミオが紙へ小さく書いた。


「音はある。何の音かは未確認」


 アサはその字を見てから、布を畳んだ。ミオが紙を取る手を避けようとして、今度は皿に肘をぶつけた。ダンが片手で押さえ、音は小さく済んだ。


     *


 階下では、ユイが二枚の板を蝶番で繋いでいた。いつもの低い台の前で足を開き、片膝で板を支えている。三人が下りてくると、口にくわえかけた鉛筆を耳へ移し、台の上を空けた。


 ダンが頼んだ、検証用の小さな扉だった。片側に内錠の代わりの留め具、もう片側に外閂をつける。実物の強さを試すためではなく、どこが何を止めるか見せる模型だった。


 ミオが降りると、ユイは板を立てた。


「図、分かりやすかったです。でも、ここは開く向きが逆になっていました」


 ミオは図を取り、確かめた。


「本当だ。直します」


「私のほうで変えたので、模型に合わせて確認してください」


 ダンも横から見た。


「俺が渡した元図が悪い。こっちが外側だ」


 三人が一斉に同じ板を指し、アサは笑いそうになった。


「内側って、こっちで合っていますか」


 彼が指すと、ユイが板の下へ大きく内、と書いた。


「これで迷わない」


「外にも書け」


 ダンが言った。


「分かってる」


 ユイが裏へ回った。


 アサは板を持った。ユイが留め具を締めるあいだ、傾かないよう押さえる。ミオは図の矢印を描き直していた。


     *


 ミオが帰る前に、アサは返済の紙を出した。


「残り五枚のうち、今日は二枚返せます」


 彼は磨き仕事で得た銅貨を置いた。ミオは受け取り、日付を書いた。


「あと三枚ですね」


「はい。約束の日までに」


 彼女は紙を返した。


「今日来たことと、これは別にしておきます」


「分かっています」


 アサは頷いた。


 ミオは板を抱え、階段へ向かった。途中で立ち止まり、壁の明るい四角を見た。


「札を外したんですね」


「前の仕事を確かめています。十二件あって、まだ全部には会えていません」


「そうですか」


 彼女はそれ以上、いつ戻すのか尋ねなかった。


 戸口まで見送ると、ミオが地図筒の先で、店の裏道の札を軽く示した。


「向こうの札、雨で端が曲がっています。明日、板をつけに来ます」


「道具を用意しておきます」


「お願いします」


 ミオが去った後、アサはユイのところへ戻った。模型は留め具を外した状態で、作業台に寝かせてあった。


 彼は外側の字を確かめてから、持ち上げた。


     *


 その日の昼前、修理店の床へ下ろした送風機は、回り始めると横へ歩いた。


 アサが慌てて木の台を押さえると、ユイが足踏みを止めた。むき出しの羽根には近寄らず、二人で回転が収まるのを待つ。羽根は惰性で二周し、からりと鳴って止まった。


 ユイはしゃがみ、短い髪を耳へ掛け直した。ダンは作業台に腰を預けて見ている。いつもなら父の手が先に伸びる場所へ、娘の定規が差し入れられた。


「留める前に回すからだ」


 ダンが言った。


「留めたら、揺れが見えないでしょう」


 ユイは台の脚に挟んだ紙を引いた。右前の紙だけ、するりと抜けた。


「軸だけじゃない。ここの脚が浮いてる」


 見積もりの横へ、薄い板を一枚追加と書く。ダンは台の脚を見て、板を測った。


 アサは押さえていた手を離した。両手に振動が残っていた。


「最初から、脚も見れば」


「見た。空で置いたときと、踏んだときは違った」


 ユイは答えた。


「だから、今、試した」


 ダンが薄い板を差し込み、もう一度足踏みをするよう言った。


 今度は、送風機は歩かなかった。羽根が回ると、アサの前髪が持ち上がった。


 ユイが顔を覗き込んだ。


「便利。風が来てるのがよく分かる」


「札の次は、風見ですか」


「どっちも役に立ってる」


 アサは台から一歩離れた。


     *


 持ち主は印刷屋だった。


 足踏みで風を送り、干した紙を乾かすために使っていた。古い軸が減って羽根に触れるようになり、長いあいだ棚の下へ置いてあったという。


「前より速く乾くのかい」


 印刷屋の親方が尋ねた。


「まず、引っ掛からず回るように直しました。乾く速さは、ここで確かめないと」


 ユイは答え、送風機の位置を決めた。


 印刷屋の奥には、紙を干す細い通路があった。床は修理店より傾き、風が真ん中へ抜けると、端の紙が隣へ触れてしまう。ユイは台を斜めへ振り、紙が落ちない距離まで自分で踏んで試した。


 ダンは壁との隙間を見た。アサは運んだ木箱を隅へ寄せ、道を空けた。


 ミオは紙の見本を受け取りに来ていた。ユイが、同じ紙を二枚使わせてほしいと頼むと、印刷屋は端を切り落とした余りを渡した。


 風を当てるものと、当てないもの。ミオが吊るす場所を決めた。片方だけ窓の光に近くならないよう、少し位置を替える。


 アサはその手元を見ていた。


 ユイが足踏みを始めた。


 紙の端が揺れた。最初は大きく、風を斜めへ向けると小さくなった。アサは時間を見て、交代で踏んだ。


「全力で踏まないで。仕事をしながら踏めるくらい」


 ユイが言った。


 彼は力を緩めた。送風機の音が一定になった。


 ダンはしゃがみ、軸のところに手を近づけた。触れずに熱を確かめ、しばらくして止めるよう言った。


「こっちの留めが少し締まりすぎだ。削るなよ。まず戻す」


 ユイは留め具を緩めた。もう一度回す。


 ダンが頷いた。


「その位置だ」


 印刷屋の親方は、二枚の紙を見てから見積もりを開いた。


「追加の板の分は?」


「余材で足りました。手間は最初の見積もりの中です。ここに、使った厚みを書いておきます」


 ユイが説明した。


 親方は代金を出し、受け取りを求めた。


 ダンへ紙が差し出されると、彼はユイのほうへ向けた。


「今日は、この娘の仕事です」


 ユイは一度だけ父を見て、自分の名前を書いた。前掛けで拭いても指の黒さは取れず、紙の端に薄い跡がついた。親方はそこへ代金を置き、次に油を差す場所を、今度はユイへ尋ねた。


     *


 帰りの荷車は軽かった。


 アサは空の箱へ腰を掛け、ミオは横で新しい案内図を確かめていた。橋の印が見やすくなり、舟の絵は端へ小さく残っている。


 沈みそうな舟だった。


「本当に残したんですね」


「一人ずつ乗りましょう、という注意は、よく見てもらえました」


「僕の名前は、入っていないですよね」


「入れたいですか」


「いいです」


 ミオは紙を巻いた。アサも笑いかけ、笑ってよいか確かめるように彼女を見た。


 彼女は彼の顔を見ていなかった。荷車の揺れで地図の端が潰れないよう、手を添えていた。


 それで、アサは小さく笑えた。


 店へ戻ると、ユイは代金を分けた。材料代と、アサの手伝いの分と、自分の分。ダンの使った時間も、一行に入れた。


「親だから、ただでいいって言わないで」


「言ってない」


「今、言いそうだった」


 ダンは受け取った銅貨を袋へ入れた。


「次は、見積もりを最初から見せろ。断るかどうかは、その中身を見て決める」


「分かった」


 ユイは自分の袋を結んだ。


 アサは受け取った分から三枚を分け、ミオへ渡した。


「今日の仕事の分です。これで、立て替えてもらった分は全部になります」


 ミオは前の受け取りを確かめ、日付と三枚を加えた。残りの欄へ零を書き、二人で控えを分けた。


     *


 午後は、扉の模型を試した。


 ダンが外の閂を上げ、ユイが内側の錠を留めた。アサは中へ指を差し入れ、扉を押す。動かなかった。


「鍵がなければ、ここは開かない」


 ダンが言った。


 次に、内側の錠を外し、外の閂を下ろした。


 アサはまた押した。扉は少し動いて、横棒に止められた。


「鍵があっても、ここは開かない」


 ミオが言った。


 最後に両方を外すと、扉は開いた。


 アサの指が、開いた隙間を通った。実物の扉なら、ここを人の肩が通る。彼は指を引き、さっき止まった棒を裏から見た。


「この模型で、あの日の外閂が閉まっていたことまで分かるわけじゃない」


 ダンは自分で言った。


「そこは実物を見る。今日は、二つが別の仕組みだと分かればいい」


 ミオは模型の左右を写した。


 ユイは採用しなかった金具の小さな見本も出した。内側から押すと、留め具が跳ね上がる。昔の図から、動きだけを作ったものだった。


 ダンはそれを一度動かし、二度目はミオへ渡した。


「こっちを付けるよう、もっと言えた」


「安いほうを頼んだ人の責任と、あなたの選んだ仕事の責任は、別に書きます」


 ミオは言った。


 ダンは頷いた。


 模型を片付けるとき、アサは外の字が見える向きに箱へ入れた。ユイが余った布を渡し、角を包ませた。


「明日は、運ぶだけでも仕事だよ」


「落としません」


「だったら、二つ持とうとしない」


 アサは箱を一つ、両手で持ち上げた。


 夕方の風が、開けた戸から入ってきた。直した送風機がなくても、店の中の紙が少し動いた。


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