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無題/日記  作者: 岸 星煌
二章『絶対的な権力と、逆らう事の出来ない愛について』
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努力をするのに、意味は無い。時間の無駄だ。

人間が食事をするのに努力は要らない。成長と共に身につくものだ。

同じように、私はただ人生の階段を上るだけ。足を上げたら、次に進めるよう。


テストをやるなら、百点を取るのが当然であった。競技で一位を取るのが普通で、コンテストでは優勝するのが、私にとって『当たり前』だった。


自分がやるのだから。その結果は頂上以外、有り得なかった。


それが、私の道。

そしてそのために、知(・)識(・)を(・)身(・)に(・)つ(・)け(・)る(・)のも当たり前。

一位を取るのも、そのために学を積むのも、どちらも|当たり前である。あまり前であるならば、そらは努(・)力(・)の(・)内(・)に(・)も(・)入(・)ら(・)な(・)い(・)だろう。


それが、普通。

努力なんて、した事が無かっが、驚く程に人生は上手くいった。

ただ"普通"に生きて、ここまでこれた。


だから、『努力』をしてもここに登って来れない奴らを、




光景はそれ以上でも、以下でもなかった_│






「よぉ、そこの御三方」

手伝いがようやく終わり、やっと帰れると思った矢先にこれである。時空間調査委員会一行は曲がり角から聞こえてきた男性の声を受け、渋々立ち止まった。


「四人です」

お礼のシュークリームを人数分携えた照井が、角越しに、顔も合わせずに応える。

「そうか。祭りの準備で忙しいところ悪いんだが」

声をかけてきたその男は遠慮も無しに依頼を持ちかけようとする。ミステリアスな雰囲気を感じるが、ただ全身が見えないからそう感じるだけであろう。


「そうですね忙しいので断っていいですよね」

「ダメだ」

「帰りたいんですけど。もう夕方ですよ」

照井は若干半ギレで言った。

「拒否する」

彼はこちらの要求を無視するばかり。壁からは人差し指が首を振っていた。



「報酬は?」


「ふむ……、……」

「…………」

それを聞かれた男は長考し、……それはやがて沈黙へと変わった。



「じゃ」

照井は踵を返し、反対側の階段から帰ろうとした。

「まあ待て! 明日! 明日でも良いから来てくれ!!」

無視して歩みだす四人。その人物はようやく姿を表し、身を乗り出して引き止める。無駄にポーズを決め、照井の腕を掴んだ。

「まぁ、明日で良いなら……ねぇ?」

「俺に聞かないでくださいよ」

照井は渋々答える。一応皆に聞こうと振り向くが、帰ってきたのは足の痛みだけだった。諒は諦めた顔で照井の足を蹴る。そもそも、決定権は彼にあるのだ。


「はっ! 感謝しよう。では明日、ここの会議室に来てくれ」

その男はターンをし、その勢いのまま自身の隣にある部屋をノックする。

「勝手に決まった」

「では!」

「私達より先に帰った」

散々ミステリアスな雰囲気を出しておいて、その男の帰りは徒歩である。二段飛ばしもせずに、普通に帰って行った。



その空気にすっかり置いていかれた四人は、三点リーダーのような間が経った後にようやく歩き出す。

「先生ぇ、さっきの人誰?」

「あれ? あの様子のおかしい人は、菅原(すがはら)、……人事管理連盟の"連盟長"だよ」

連盟長。つまり、あれが一番偉いのである。

「え、嘘でしょ」

衝撃の事実に、星煌は思わず本音をこぼしてしまう。

「いや。俺も会ったことがある、あれは本物だ」

諒はアポも無しに本部へ突撃した時の事を思い出す。男はその行動を笑って褒め讃えたのだ。

「じゃあ、あの人が……指差しで俺立ちを」

「そーだよぉーもー! 好きじゃない事はしたくないのに!!」

照井は文句でも言ってやればよかったと後悔し、諒はそんな照井を宥めた。


「個性的だったね」

「ね」

「有名人じゃないのに外出する時は身バレ対策してそう」

「ふふ」

星煌と心は後ろでそんな会話を繰り返し、二人でくすくすと笑った。




……




会議室だとしたらとても広いとは言えなく、個人スペースだとしたら広いと言える位の、白い部屋。

「朝早くから、ご苦労な事だ」

"菅原"という名札を首に掛けた男は足を組み、優雅にコーヒーを嗜む。

「呼んだのはそっちでしょう?」

忙しい一日から解放され、昨日よりは気分がマシになった照井が諦めたように口にした。座り方もだらしなく、買ったばかりのシャツが縒れはじめている。

「それもそうだな、はっ」

机を挟んだ向こう側にいる照井の態度が気に入ったのか、菅原は口角を一段階上げた。


「改めて、協力に感謝を。時空間調査委員会の方々」

男は立ち上がり、礼儀正しく一礼する。外見に沿ったスーツ姿だけを見れば、紳士的な社会人であった。


「ほぼ強制でしたよね?」

「それが、我が連盟のやり方なのでな。今更何を問う、照井」

そう言って着席し、菅原は再び足を組む。

「……」

「?」

『それもそうだ!』という顔をし、照井は意味も無く隣の星煌と肩を組んだ。星煌は困惑した。

「『人』という生物の扱いにおいて、我が連盟の右に出る者は居ないだろう?」

「居ないと思いますけど……その発言はやばいですよ」

一歩間違えたら連盟が終わりそうな発言に、照井は未来を心配しながら言う。

「ふむ。やばいか。まあ良い」

菅原はそんな事、気にしていないようだ。配膳ロボットに飲み終わったカップを預けた。


「それで? そもそも、何をして欲しいんです? 祭り関係の事ですか?」

「間接的には関わっているが……少し違うな」

菅原は背もたれに体を預け、腕を組む。

少し考えた後、星煌達にこう言った。


「ズバリ、君達にして欲しい事は……人(・)探(・)し(・)、だ」


「『人探し?』」

星煌以外の三人の声が重なる。



「あぁ。『鍛造委員会建築支部』『交通委員会』……どちらも、一人ずつ"サボり"がいるんだ。そいつらを引っ張り出して欲しい」

「人探しというか、なんというか……」

その言葉を聞いた諒は、依頼するならこちらではなく公安連盟の方が正しいだろうと思った。


「前者は、『出てこない!』と騒いでるのを耳にしてな。人探しをしてくれる丁度良い人物を探していた所だ」


「後者は、サボりと表現するよりかは……まぁ、なんにせよ居てもらわないと非常に困る。ただでさえ祭り当日のタクシーの混み具合は相当な物だというのに……」

話から察するに、運転手なのだろう。交通委員会と言っているし。

それは確かに困ると、利用した事のある諒は頷いた。


「へぇ。まぁ別に、その程度なら」

てっきり『祭りの反対市民を黙らして欲しい』位言われると思っていた照井は、その依頼をあっさり承諾する。

「助かる。あぁ、助かるとも」

わざとらしくその言葉を強調し、菅原は配膳された二杯目のコーヒーを受け取った。


「てか、なんであなたがそんな仕事を?」

照井が認識している人事管理連盟の仕事に、そんな物は存在しない。愚問と言われようとも、気になったものは仕方ないと、彼は問い掛けた。



「?私は、人事管理連盟の連盟長だぞ? 社員一人一人の状態なぞ、完璧に把握しているに決まっているだろう」

菅原はさも当然かのように言う。

委員会や連盟に所属している人物は全て自分の社員だと思っているのはだいぶアレだが、照井は空気を読んでツッコまなかった。


「凄いですね!!」

「はっ、感謝する。水凪よ」

その褒め言葉も、謙遜せず当然のように受け止めた。


「……僕達の委員会は放置なのに? あんなに無視しておいて?」

「苦手分野には手を出さないのでな。それに、そこは指導者の管轄内であったからな」

菅原は過去の話をするりと受け流し、自分には関係ないと矛盾を言い放った。

「この人……」

照井はもう何十回目かも分からない呆れを繰り返した。


「はっ、なんとでも言えば良いさ」

「それはそうと、祭りは今日から四日後。位置は特定してあるので、なんとしてでも引っ張り出すのだ」

何処からか出てきたホワイトボードを指さし、菅原は居場所のメモを渡した。

「全部事実ですからね……はぁ、分かりましたよ連盟長」

「それで良い、ははっ!」

菅原が一気に上機嫌になる。口角が更に一段階上がった。


「そして、……あー、まあ、これは出来たらでいいんだが」

今までの勢いを他所に、菅原は少し躊躇って話す。

「? まだ何かあるんです」

「いや、大した事じゃない」



「時間があったら、『広報委員会の委員長』を尋ねてみてくれ」

「まあ、恐らく顔は出さないと思うけどな。出なかったらそのままで良い」

「はーい」

「分かりました」

必須の案件ではないようだ。照井は受け取ったメモを自認荷物係の星煌に渡した。


「では、健闘を祈るぞ、諸君。終わったら報酬を渡してやろう」


「え!? みんな聞いた!? 今の!!」

「はいはい聞いた聞いた。行くぞ心」

心はその言葉に一番に食いつく。目を輝かせ、その場で跳ね上がる。

諒はそんな心を宥め、居心地の悪い部屋からとっとと出ようと退出した。




そんなこんなで時空間調査委員会一行は、メモを頼りに朝から人探しに奔走する事になったのだ。



……





「二手に別れたのが、吉と出るか凶と出るかだな」

現在、諒と心は電車に乗って現在地まで移動している。

武器を携えながら座るその姿に、周りの人物は恐れて離れ、静かに公安連盟へ通報した。

「私が居るから、絶対に吉だよ!」

「それだとあっちが凶になるぞ」

正論である。心は図らずとも友と先生を貶してしまった。

「……これが、言葉の綾ってやつだね!!」

心はウィンクをして精一杯誤魔化した。


「本音だろ?」

「違う!!!!」

からかいがいのある性格だ。諒はその反応を見て楽しくなったのか、更に会話を続けようとした。




「……いやだから、居るんですって。なんかでかい鉈を持った女の人と、明らかにナイフを持ってる男の人が!!」

「……だから『大丈夫です』じゃないんです! 武器が!! 銃刀法違反!!」

男は110番の先に居る人物に懸命に訴えたが、相手は『安心してください』と言うばかりであった。





「で、着いたのがここか」

駅から徒歩十分。その建物の入口には『建築支部 すみれ寮棟』と書かれていた。

「普通の寮っぽいね。他の人が起こしたりできないのかな?」

「さぁな。でも、建築支部の奴らが引っ張り出せないって考えると、相当な強敵だ」

心の意見はもっともだったが、彼等が既にそれを実行していたら? そうなると、時空間調査委員会にヘルプが飛ぶのも納得であった。



『建築支部の奴は、率直に言って"引きこもりだ"。普段から部屋に籠り出てこない』

『それは委員会の奴らも理解しているが、今回は何かが違うらしい。部屋をいくらノックしても、出てこないそうな』



「あ、すみませーん! 『水上 柚子(みずかみ ゆず)』さんを呼べって言われたので来たんですけど、部屋は何処ですかね?」

心は玄関先の掃除をする緑髪の男に向かって話しかける。

「あぁ、君達が! あそこの部屋だよ、案内してあげる」

本日たまたま休みであった、建築支部所属の男。心達の顔を見た瞬間、顔が明るくなる。

話は聞いていたのか、その男はスムーズに心達を部屋の前まで案内した。



「この通り、鍵は閉まってる。今回は中々手強いんだ」

男はドアノブを何回か捻るが、その扉は開かない。

「今までもこういった事が?」

「うん。たまにだけど。基本的に……あー、彼女、所謂引きこもりだから、あんまり外に出ようとしないんだよね」

その男はなるべく優しい言葉に包み、今回の対象人物を説明する。



「普段は無理に出さないんだけど、今回は用があってね。実は―――」




「なるほどなるほど。ふふん、任せてください!」

「ほんと? 助かるなぁ」

自信満々に胸を張る心に比較的非力側な男は頑張って頼ろうと微笑む。


「まずは手始めにドアをぶち破って」

心は背中からボロボロの大剣を取りだした。


「ま、待って待って! 流石に壊されるのは……まぁ直すのは俺らだけど、ね、あの、うん」

背中から武器を取り出す心。男は焦り身を挺して心の前に、扉を守るようにして立つ。

「心、辞めとけ」

いつもなら許可を出す諒も、今回ばかりは流石に止めようと肩に手を置く。


「その代わりいい案がある。心!」

「?」

いい案を思いついたのか諒はニヤつき、心と肩を組んで作戦会議をし始めた。



『まず一つ。建築支部の方は、でかい音を出せ』



菅原にそう言われた事を思い出す。

「俺が許可を出す。叫べ。必要とあらばこれも使え」

諒は心に耳打ちをし、拡声器を手渡した。

「おーけーりょーかい理解した!!!」

その言葉を聞いた心は瞬時にやりたい事を理解し、武器を手放して堂々と扉の前へ立った。




「『すみませーん!!すみませんすみません! 居ますか元気ですか大丈夫ですかぁーー!!!!』」

心は一枚の扉の向こうに向かって叫ぶ。部屋どころか建物も貫通しそうな大声だ。


『ドン!ドンドンドンドン!!』

諒は無言で、壊さない程度の力で扉を叩く。



「す、すごい、この人達……」

「遠慮がねぇぜ。俺達に足りなかったのはこの図太さか」

いつの間にか集まったギャラリー。『助けに来た』という言葉を良いように使っているその姿に一部は感動して涙を流していた。





一方、部屋の中にて。


「うぅ〜……」

一人の人物が、毛布に包まり騒音を避けている。

「なんか凄い叫ばれてる……何もぉ、やだよぉうるさいよぉこの毛布熱いし……」

若干汗ばみながらも毛布は手放さず、ひたすらに部屋の隅に寄る。


「でも出なきゃだよね……動くの面倒だけど、がんばれー私できるぞやれるぞ」

「まずはベットから出て、足を着いて、ドアまで向かう。そして扉を開く!!」

彼女は奮起する。外に出るのが嫌いなのではない、動くのが嫌いなだけである。

そう自分に言い聞かせ、口に出しながら懸命に、動こうと気合を入れる。



「完璧だ!!、……」



「…………」

まぁ、想像するだけであり、肝心の身体は一ミリも動いていないのだが。



『水上 柚子』

鍛造委員会建築支部所属。建築デザイナーとインテリアデザイナーを同時にこなす、凄腕のデザイナー。

だが、運動能力が壊滅的。外は嫌いじゃないが、別に嫌いな運動 (足を動かすだけ)をしてまで外に出る程好きでもない。

その両極端な才能を見て、周りの人物は『身体能力の代わりに全てをデザインの才能につぎ込んだ』と、その才能を評している。




『ピンポーンピンポピンポピンピンピンポーン』

『生きてますか!!死んでませんか介錯は要りますか骨折れてませんか体調は大丈夫ですかぁーー!!!!』


「うううあぅぅぅ怖いよぉもうちょっと優しくして欲しいよぉ」

鳴り止まないノック音。叫び続ける女の人。柚子はその圧力に恐怖し、丸まっていた体を更に縮こませる。




『コンコン』



「?」

「窓から音が……」

不意に、窓から音が鳴った。葉っぱか、枝でも当たったのだろう。

「カーテン開けてなかった……日光は大事だよね」

そう思った柚子はせめて気持ちだけでも晴らそうと、小さなカーテンに手をかける。




気持ちをリフレッシュしようと顔をあげると




「生きてますか?」

窓の外には、平然とした顔で覗き込む諒が居た。



「う」

「?」


「うわああああああ!!!!!幽霊だああああ!!!!!」

怪奇現象に怯えた柚子は慌てて後退り、出口である扉に背中をぶつける。

「違いますよ!?」

諒は窓ガラス越しに叫ぶ。その声は籠っていて柚子には伝わらない。

「だだ、だって!!あ!あ!!!二階!!ココニカイ!!!!」

「だー! うるせぇ!! いいから入らせろお邪魔します!!!」

焦れったくなった諒は窓ガラスをトンカチでぶち壊し、そのまま部屋の中へ違法侵入した。

「土足!!!! 私の!!リフォームが!!」

折角デザインした、完璧な美しさが崩される。柚子は二重の意味で崩れ落ちた。




「よし。これで良いな」

「無事に開いたね」

内側から扉をあける事によって、この件は無事解決した。

「ま、窓が……」

「うぅぅ、強引すぎます……」

そのやり方に一方はグータッチを交わし、もう一方は様々な意味で絶望した。


「それで、要件なんだが」

項垂れる柚子の前に、諒は堂々と立つ。

「なんでしょうか……依頼なら他の人を通し」



「今度開催される『祭り』に、お前らも警備として参加する事になったんだ」



「……!……!!!!」

『祭り』

それは、数ある一番の中でも柚子一番嫌いな言葉。




「あぁぁああああ!! やめてください無理ですわたしにはぁぁぁあああ!!! やめます!この仕事辞めるので許してくださいぃぃ!!!!」

柚子は叫ぶ。この声量を見るに、外に出ない理由は本当に身体能力のせいなのだろう。

「お待ちなさーい!」

「ぐぇ」

再び引きこもろうと這いずる柚子を心が引っ捕らえ、諒がその書類を柚子の前に突き出した。


「まて、待て! やらないならこの書類に"サイン"しろって話だ、それだけで良い!!」



「……え、ほんとですか?」

その言葉を聞いた柚子は顔を上げる。

「あぁ」

「なぁんだ。それなら早く言ってくださいよ。てか誰です?」

落ち着いた柚子はその書類を受け取り、よく見ないまま最後の欄に自身のサインをした。

「お前が聞かなかったんだろ。時空間調査委員会だ」

その書類を受け取った諒はその頭にチョップを繰り出した。




『実は、今度開催される祭りについて用があるんだ。ほら、僕達警備として参加するだろう? 参加する人は良いんだが、しない人は書類に"サイン"が必要でね。彼女は絶対に参加しないと思うから……』

『なるほど』


それだけだったのである。まぁ、柚子が早とちりした結果、であろう。





一方その頃、凶側では。


「いやぁ、なんか凄いお家だね」

「ですね。一人暮らしにしては大きいです」

バスを降りた星煌と照井は、現在立派な一軒家の前に立っている。

「憧れちゃう?」

「これ契約するなら他のに金回したいです」

「だよねぇ」

先程の心諒コンビとは対照的に、二人は平和な会話を続けた。



『そして二つ。交通委員会の方も、でかい音を出せ』



「でかい音って言われても、何すれば良いんですかね」

「思い付くのは色々あるけど、取り敢えずインターホンじゃない?」

「まぁ、ですよね」

照井は連打しそうになる手を抑え、ボタンを一回のみ押した。



『ピンポーン』


「『……? あ、えっと、す、すみませーん。五月(うずき)さんのご自宅でお間違いないでしょうかぁー』」

なるべく怪しまれないように、且つ答えが返ってくるように星煌は問いかける。


二人は待つ。淡い希望を抱いて。

「出ますかね」

「これで出たら楽しょ」


「はーいはい! どちら様でしょう?」


予想外にも、相手はマイク越しでも扉越しでも無く、正面扉を開けて出てきた。爽やかな青年だ。到底会議に無断欠席するとは思えない程に。


「……」


「ほんとに出てきた」

「こらっ」

遠慮なく本音を言う照井を星煌は言葉で咎める。


「?」

「あぁ、すみません。えーっと、交通委員会所属の『五月』さんで合ってますか?」

焦った星煌は同じ質問を繰り返す。

「はい! どうかされました?」

だが、相手はニコニコと、次の質問を待つのみ。

「えーっと……」

星煌は照井へちらちら目配せをし、懸命にヘルプサインを送った。


「うーんと、人事管理連盟の方から命令されて、呼びに来たんです。『今度の祭り参加して欲しいー』って言ってましたよ」

照井は目的と、メモに書いてある問言をそのまま相手へ素直に伝える。

「あぁ! 今年も開催されるんですね! 勿論参加しますよ!」

五月と呼ばれる青年は拳を握り、元気に参加の意志を見せた。


「あら、それなら…………あの、聞きたいんですけど」

「? はい?」

この場に居る、彼以外が思っていた事。



「近くないですかね。それ僕の服しか見えてないでしょう」

照井と男の距離感が近すぎる。彼は照井の目の前も目の前に立っており、それになんの違和感も抱いていなかった。ひたすらに白いエプロンを眺めていたのか。

「あら!? そんな近かったんですか、すみませんね」

そう言って男は後ろも確認しないまま数歩後ろへ下がり、頭に手を当てて謝った。




「俺、目見えないから距離感とかあんま分かんないんですよ。はは!」

「え」

そして、衝撃の事実を口にした。流石の星煌も感嘆詞しか言えなかった。


「なのに、運転手を?」

「はい! ……あぁ!安心してください、運転に支障はありませんよ」

「?」

星煌は既にこの会話から置いてかれていた。


「目が見えない代わりに、俺は全ての景色が『情報』として頭に植え付けられてるんで!」

男はどこか光のない自身の目をトントンと叩く。



『五月 籃(うずき らん)』の持つチャーム『解像』

目に映る景色や色、ありとあらゆるものを『情報』として頭に植え付けることが出来る。

しかし、視界で判明出来る事以外は一切わからない。故に、彼は少々空気が読めなかったり言葉をストレートに言う性格をしている。


彼は生まれつき目が見えなかったが、それはこのチャームの代償という訳ではなく、目が見えなかった所にたまたまこの才能が芽生えただけ。普通の人ならこのチャームは邪魔でしかないので、色々幸運な男である。



「へぇ。ちなみに聞きたいんですけど、それなら何故会議に参加しなかったんです?」

『情報』として分かるのなら、日常生活に支障はないはずだ。照井はこの間行われた会議を引き合いに出す。

「え? 会議?」

「はい。今回の祭りの説明があったんです。委員長は、『メールを送った』と言っていましたよ」

「えぇ!? 気付かなかったです!!」

「……次からは口頭で説明してもらった方が良いかもね」

目が見えないのなら、尚更である。照井は星煌と顔を見合わせ、頷いた。



「これからは気をつけます……すみません、わざわざありがとうございました!」

籃は丁寧にお辞儀をし、星煌達に感謝の意を述べた。

「いえいえ。では、また」

「はい!」

彼はわざわざ手まで振り、星煌達を見送ってくれた。




「楽勝だったね」

「この調子なら、心達も早く終わってそうですね」

「ね」

尚、照井達が心に合流するのは今から一時間半後になる。彼等はそんな事も知らず、バス停で雑談を繰り返した。





……




「スミマセーン」

そして、星煌達は現在"広報支部"の"本部"へ赴いていた。

「時空間調査委員会の者なんですけどもーなんか訪ねろって言われたから来てみましたー」

照井は『委員長部屋』と書かれた扉の前に立ち、何十回もノックを繰り返していた。

「そんな適当な文言で出る訳ないでしょう」

「えーだってそう言われたし……なんて言えば良いの?」

照井はぶーぶー言い、立ち位置を諒へ譲る。

「……出ないと殺す」

「物騒だ!!」

先程から諒はずっとこの調子である。……いや、産まれてからずっとこうかもしれない。



「どうします? 周りから白い目で見られてますけど」

先程から自分達に突き刺さる、痛い視線が気になって仕方が無い星煌。先程からずっと照井が身に付けているエプロンの裾を引っ張っていた。

「ええ〜、だって連盟長に言われた事だし。しょうがないよ」

「そう言いながらドア叩くの辞めてください」

恐らく白い目で見られているのは照井が繰り返すこの行動のせいだろう。

「さっきの諒とそっくりだよ?」

「そうなの? 人の事言えないね、心」


「……」

「やめて、先生に対抗しないで!」

諒は扉をぶち破る勢いでノックをする。


「……!!」

「心も! 騒音! 迷惑になっちゃうから!」

心は両手で高速ノックを繰り返し、星煌はそんな二人の背中を叩いて止めた。



「……あの」

「? どしました?」

とある男が、照井へと話し掛ける。

「照井さん、でしたっけ。覚えてます? 俺、昨日副委員長に野次飛ばしてた……」

その副委員長に『暴走列車』等の言葉を飛ばしていた人物であろう。


「あぁ! 昨日はどうも。あれからどうだった?」

「『あぁ!! 居ない!!!』とか言って探し回ってましたよ」

男は完璧な再現VTRを披露する。

「ウケる」

「また迷惑かけたんですか?」

照井が行った事におおよその検討がついてしまう諒。

「いやぁ? 正当防衛ってやつだよ、星煌ちゃん」

「なんで私に振るんですか」

一番正当防衛に詳しくない星煌は思わずツッコミを返してしまった。


「それで、委員長に用があるんですか?」

「うん。時間があったら寄ってみてって言われたんだ」

「あー……」

男は少し考え、申し訳なさそうに口にする。



「……多分、出ないと思いますよ。色々事情があって、うちの委員長は、副(・)委(・)員(・)長(・)以(・)外(・)の(・)人(・)物(・)と(・)会(・)え(・)な(・)い(・)んです」

「え?」

「あぁ、勿論指導者さんとか、特殊な人は会えますけど……特別な事情がない限りは、多分無理かと」

「へぇ、そうなんですね。初めて知りました」

それなら仕方ないと、諒は星煌と目を見合わせた。星煌もまたそれを頷きで返した。


「僕は知ってたけどね」

照井は言う。サラリと、会話の流れに従って。

「あぁすみま、……え? 知ってた?」

予想外の言葉に、男は思わず聞き返してしまう。

「知ってたの!?」

「うん。でも事情は知らないから、ワンチャンないかなーって思って」

「無いでしょう、早く言ってくださいよそういう事は」

照井はそういう男である。だが、予測するのは非常に困難なため、毎回こんなオチになってしまうのだ。


「? なんか、下から紙が出てきましたよ」

いつの間にか、その扉の下からは一枚の紙がはみ出していた。

「え?、あぁほんとだ。見てみよう」

照井がその紙を引っ張り出し、A4用紙にでかでかと書かれた文字を読み上げる。



『君達には興味があるけど、外に出る気分じゃないんでパス。冷やかしなら帰ってください』



「……」

「との事です」


先程の騒がしさとは対照的に、場には沈黙だけが残る。



「じゃあ帰ろっか」

「目的は果たせましたしね。報告だけして帰りましょう」

「報酬も貰おう」

「何かなぁ、お菓子だといいな!」

何があったのか、そう言って時空間調査委員会一行はスタスタと帰って行く。



「……」

その場にいた広報支部の人間全員が、『あいつらなんだったんだ』と思っていた。






記録:記入 星煌

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