Log_54
『私』の人生は完璧だ。
何一つミスはない。全てが正しく、全てが正義である。
何をしても完璧。努力をせずとも上手くいく。
だから、下で争う奴らが不思議で仕方がなかった。
追い抜きたいのならば、努力をすれば良いのに。そんなちっぽけな一マスじゃ、何も変わらないのに。
足を一歩踏み出した所で、凡人じゃあ進めるのは精々100ある内の0.1。
私が一歩踏み出せば、それは100まで進む。そしてそれは数を重ね、誰も追いつけない所まで進むだろう。
その0.1を繰り返して、100になった物を『努力』と呼んだ。
そこまで出来る者は、存在しない。
……
いや、違った。
私の傍に来た、100に、それ以上に至った人物が……一人だけ、存在した。
五十歩百歩が変わるなら、三歩下がろう_│
「まさか、報酬が」
人数分渡された紙袋。その中を覗き、諒は呟く。
「よくあるお菓子の詰め合わせとはね」
その中に入っていたのは、名物の菓子セット。休みを貰った社員が会社に渡すような、そんな物。
「どうせならこう、もっと良いやつを期待したんですけどね」
「まぁね。でもいいんじゃない?」
この手のお菓子は食べ飽きている二人だが、照井は後ろを指さした。
「お菓子! おっかし!」
「しかも高そうなお菓子!」
紙袋を大事そうに抱える心と、既に包み紙を開けラインナップを確認している星煌。
喜びの種類は違うが、二人は笑顔で腕を組んではしゃいでいる。
「こんな感じだし」
「まぁ、……そうですね」
子供の純粋さのような面を垣間見た諒は、お菓子が余ったら二人にあげようと、心の内で決めた。
「いやぁ、お菓子といえば祭り! そしてその祭りも四日後でしょ? それでもう開幕だよ!?」
「お菓子と祭りの関連性はともかく、ニュースはそれで持ち切りだろうな」
年に一度の祭り。宣伝効果により、来訪者はより多くなるだろう。
「電車も混むだろうね」
「うわぁ、嫌ですね。……もっとこう、チャームで便利にならないんですか?」
星煌はこの土地にやって来た時の考えを今一度思い始める。
「それこそ、『先生のチャームで偽造する』とか。具体的なあれは思いつきませんけど」
星煌はそう言う。他人の嘘を見抜けたり、物理法則を無視して物を操れる人が居るのならば、満員電車を解消する程度出来るだろうと。
「あー、うーん……人はどうにもならないからねぇ」
だが、照井は少し口ごもった後にそう答える。何か理由があるのか、単純に技術の応用化が進んでいないのか。まあ、出来る事ならとっくにやっているのだろう。
「、そうですか。まぁ、可哀想ですけど私達には関係ないですもんね」
「そうそう。気にしても無駄、どうせなんにもできないから。お偉いさんに頼も」
こういった事は、照井達の役割ではない。どちらかというならば研究連盟の仕事である。
「祭り〜♪ 、ねぇ〜? 後でお菓子食べて良い?」
「好きにしろ」
現地人はそんな議題を今更気にせず、貰ったお菓子に夢中である。
「やったぁ! 何食べよっかなぁ」
袋の中をガサゴソ漁り、自分の好みの菓子を物色する心。
「……そんなに食べたら太るんじ」「先生!!!」
そんな様子見て、照井はあくまでも善意でその言葉を口にする。星煌は全ての言葉を聞く前に、急いで照井の口を塞いだ。
「先生」
ゆらりと、ゆっくり問い掛ける心。
「なぁに」
照井の口は塞がれ、もごもごしている。
「体重を軽くするチャームとか無いの!?!?」
直後に心は叫ぶ。それはもう大声で。そして照井の胸ぐらを掴み、前後に揺らす。
「物に頼んなよ」
「うーん、僕が知ってる限りは無いかな」
諒は辛辣に、けれども正論をキッパリと口にし、口の封印が解かれた照井は言う。
「どうして!!!!」
心は項垂れる。地面に手を着き、悔しそうに叫んだ。
「仮にあったとしてもその効果は自分にしか効かないだろ」
「確かに!!!!」
もっともな意見である。そんなチャームがあったのならば、その人は億万長者であろう。
「明日のおやつに食べよ、心」
「うん……そうする……」
星煌は起き上がった心の手を拭き、頭を撫でた。さながら対応が妹であり、心もその言葉に従った。
そんな会話をしていたら、もう家である。
「はぁ、ったく……」
手のかかる奴だと諒はポケットの中に手を入れ、ガサゴソと目的の物を探す。
「……?」
だが、それは中々見つからない。そのせいで、玄関前なのにも関わらず立ち止まる時空間調査委員会一行。
首を傾げて不思議がる諒を、皆もまた不思議そうに見つめる。
ポケットから手を出し、諒は誤魔化すように両手でズボンのホコリを払った後、手を腰に当てる。
「……鍵忘れた」
そして、凄く小さな声で。そっと言った。
「あれま」
「珍し! 諒が何か忘れるの」
『なんでもそこそこ上手くできる』に、"忘れ物を少なくする"は入っていないのだろうか。驚く二人を横目に、星煌は一瞬そんな事を考えた。
「たまにはいいだろ。万能にも限りがあるんだから。……ほら」
失敗を隠すように、諒は心へと手を差しのべる。
「?」
「いや、鍵」
首を傾げる心に、諒は『早く出せ』と鍵の催促をした。
「私持ってきてないよ? 鍵」
「あぁ、……? は!?」
平然と口にする心に、諒は典型的な二度見をしてしまう。
「だって諒がいつも持ってるから」
自身が外出しても、家には大抵誰かが居るのだ。心には鍵を持ち歩く習慣がないのだろう。
「それは、まぁ……そうだけど。にしても常備はしとけよ。作ったんだから」
ならば持たなくて良い! という事にはならない。諒は心にデコピンを一発喰らわす。
「星煌」
心に聞いたのが馬鹿であった。そう思った諒は星煌に手を伸ばす。
「私、鍵貰ってないんですけど」
「……」
そういえばそうだった。色々なことが起こり、先送りにしてきた事の弊害が今発生している。
「……、先生」
諒は、最後の希望である照井へ細々と問い掛ける。
「諒くんはさ」
「はい」
「この状況で僕が鍵持ってると思う?」
照井はニコニコと、この状況を楽しむように言った。
「……」
ずっとどこかで、嫌な予感がしていた。諒には分かっていた。恐らく、こうなるであろうという予感が。
「開かない!!!!!!!!!!」
「声でか」
その声量はおよそ、心が反射的に呟いてしまうほど。
諒は扉の前で項垂れる。その体勢、その叫び声は先程の心と瓜二つであった。
「窓ぶち破るのは?」
「片付けが面倒かな」
心はそう提案するが、その後始末をするであろう照井によって却下される。
「ホテル取ろっか」
「諦めるのはまだ早いですよ先生」
代わりに照井が提案をするが、節約家の星煌によってその案も却下されてしまった。
「くそ……なんでこんな……馬鹿なんだこいつらは……」
「ひどぉーい」
それぞれ意見を出すが、その案は拒否されるばかり。諒は『こんな奴らに救われたのか』と、自分の心を今一度訝しんだ。
「まぁ、鍵忘れた諒が悪いって事で!」
「よくこの状況で俺を批判出来るなお前は」
満面の笑みで肩に手を置く心。諒は殴りたくなる気持ちをぐっと抑えるように拳を握りしめ、肩に乗っかる心の手を振り落とした。
「諒」
「な、なんだ星煌。良い案でもあるのか?」
至って普段通りの星煌が、苛立ちを抑えている諒へと話し掛ける。
「良いかは分かんないけど、ちょっとしたね」
「……?」
諒は不思議に思う。いつも流れに身を任せている星煌が、自分から意見を出すのは珍しい事だった。
「はい、これ」
「……お前がいつも付けてるヘアピンだな」
星煌は、自身が常に身に付けている星型のアクセサリーが付いたのヘアピンを渡す。
「うん」
それを外したせいで、星煌は前髪が目に掛かってしまっている。
「スペアまでもを差し出して、これで、……何をしろと?」
また、嫌な予感がした。……いや、どちらかといえば面倒な予感が。
諒は、この状況でも普段通りの星煌に恐る恐る問いかける。
「決まってるでしょ。"ピッキング"一択だよ」
星煌は諒の肩に手を乗せ、片方の手でサムズアップをしながら言った。無駄に良い笑顔である。
その言葉を聞いた諒の身体がわなわなと震える。星煌の手越しからでも伝わるほどの震え。
「出来るかぁ!!!!!!」
またもや諒は叫び、ヘアピンを地面に叩き付ける。その叫びは積もり積もった怒りなのか、何なのか。少なくとも三人には分からなかった。
「え無理なの!? 諒は"天才"なのに!?!?」
あからさまなオーバーリアクションを取る星煌。天才という文字を強調して言った。
「……出来ねぇとは言ってねぇだろ!!!!」
諒はその言葉聞き、咄嗟に地面に落ちたアピンを拾う。そのまま彼は静かにカチャカチャと作業をし始めた。
「何? この人。『出来るかぁ』とか言ってたでしょ今」
諒の変わり身の速さに星煌は軽く引いた。自身が少し煽ったせいなのもあるが、それにしても買うのが早すぎると。
「プライド高いんじゃない」
「男子だね」
「何はともあれ、これで何とかなりそうだね」
庭先に置いてあり、いつも使っている携帯型の椅子に照井は腰を下ろす。個数は一つのみ。
「百分の一ですね。諒がんばれー」
「がんばれー」
ひたすらに玄関口にピンをガチャガチャ突っ込む諒。星煌は申し訳なさを覚えながら応援した。
「……ピッキングの映像なんて、流石に見た事ねぇからな。何となくだが……安心しろ、俺がやるんだから絶対に上手、く」
『ガチャ』
「え!? ほんとに開いた!? まだ二秒だよ!?」
「まじで天才じゃん」
聞こえた音に、三者は驚く。何分もかかるならまだしも、取り掛かってまだ一分も経っていなかった。
流石の諒も驚いている。……
「い、いや、今のは……中から」
自身の才能にではなく、唐突に聞こえてきた音に。
「え?」
そして、"内側から"扉が開く。
「……何をしているんだ」
現れたのは、最早見慣れた顔でもある樺澤 凜々。部屋着を身に付け、困惑しながら問い掛けた。
「あれ!?!? 凜々!?」
照井は驚き、困惑し立ち上がった拍子に椅子を倒してしまう。
「? 何を驚いてるんだ貴様は」
照井の慌てように、逆に凜々の方が疑問を覚えてしまう。
「な、なんだよ、びっくりした……居るなら言ってくださいよ、先生」
「そうですよ無駄にやらせちゃったじゃないですか」
驚いた星煌と諒は一発ずつ照井の足を蹴った。
「……」
凜々は照井を怪しみ、彼の瞳を見つめる。
「、まさかお前……」
そして、とある結論に辿り着く。
「え、えっとぉ」
照井は目を逸らし、逃げるように一歩下がった。
「私が居る事を忘れていたな? 『祭り準備の為、暫くの間代わりに監視をお願いしたい』と言ったのはお前の方だろう」
凜々がこの場に居るのは、時空間調査委員会本来の業務が出来ないと気付いた照井が再生メンバーに依頼したため。
「……えへ! そういえばそんな事お願いしたかも」
そしてこの場に混乱が起きているのは、照井がその事を伝え忘れていた為。
「忘れないでくださいよ……」
「連絡に既読が付いている事は確認した。報告を怠った故の自業自得だな」
見えやしないのに誤魔化しウィンクをする照井に、諒と凜々は呆れる。
「連絡……?」
「は?」
疑問を覚えた照井は自身のスマホを取りだし、トーク履歴を閲覧する。
「あ、ほんとだ。返信きてる」
「……」
「寝ぼけてたから、あんまり覚えてなかった! 通りで記憶に無いわけだ!」
自身の記憶矛盾を修復し、満足した照井は"あはは"と笑う。自分が悪い事をしたとは何一つ思って無さそうな顔で。
「この人……」
「ね。なんか、ね」
照井が朝に弱いのは、周知の事実である。だが、確認や見直しを行わなかった彼。心と諒は珍しく意見が一致し、何ともいえない顔でそう言った。
「…………」
「り、凜々さん。顔が怖いです、顔。ほら入りましょ、ね」
無表情、無言で照井を見つめる凜々。星煌は凜々を宥めようと、必死に説得した。
「入れてよぉ〜ねぇ〜」
扉が閉まり、外からバンバンと扉を叩く音が聞こえる。
「全く、馬鹿馬鹿しい。子供にこんな事をやらすとは。そこで反省してろ」
そう言って凜々は三人を中へと入れる。彼女は照井だけを外に放置したのだ。
「え、えっと……」
確かに入れたが、想定していた帰宅はこうではない。星煌は後ろをチラチラと振り返る。
「飯食おうぜ。腹減った」
「もしかして、凜々さんお手製!?」
二人はスタスタと歩き、貰ったお土産やら荷物やらを置いて、直ぐにキッチンへと向かう。
「あぁ。遠慮は要らない、好きなだけよそってくれ。……蒼穹、江汐!」
凜々も頷き、二階にいるであろう江汐と蒼穹を呼んだ。
「え、えぇ……」
すぐに仲間を捨てるその態度に、星煌は疑問や尊敬といった様々な感情を抱いた。
「星煌」
「あ、江汐」
どうして良いか分からずに立ち止まっていると、降りてきた江汐がまっさきに星煌に話し掛ける。
「沢山食べて。ふふ、マスターの唐揚げは美味しいんだよ」
そう言って江汐は星煌のシャツの裾を引っ張る。早く食べて欲しいのだろう。
「味見係がそこまで言うなら、相当美味しいんだろうね」
「うん。そうなんだ」
そう言って二人もキッチンへと向かった。……星煌の脳内は既に、晩飯の事でいっぱいであった。
……
「うーん、すごい! 星煌ちゃんまでもを取り込んで容赦なく放置!」
一人外に放置された照井。どうして良いかわからずに、ただただその場に座り込んでしまった。
「あ、星見えるじゃん。綺麗だなぁー」
……外に放置されようと、照井がやる事は変わらなかった。彼は嬉々としてスケッチブックを取りだし、その場でスケッチをを開始した。
記録:記入 星煌




