Log_52
私はお前を助けない。だからお前も、私を助けなくて良い。
無駄な庇護なんて要らない。私は一人でも生きていけるし、……そもそも、お前も他人の助けなんて必要としていないだろ。
『心配』なんて一言で、私の人生を邪魔するつもりだったら、まあ、いい度胸だとは思うが。
努力など要らない。才能が蔓延る世界で、そんな事をする奴は決まって敗者だ。
私は私の力で、自分のやりたい事をする。
それがたまたま、国民を引っ張る立場であっただけで。
その、すぐ側に立つ人物を……、
空は変わらず青かったが、感じる視線は確かにあった_│
「思ったんですけど」
帰り際。なにか思う所があったのか、諒は空になった会議室に残る管へと問う。
「毎年忙しいなら、なんでもっと前から対策をしないんです? せめて、対策の案をもっと前から考えるとか」
諒からしたら、こんな政策は不効率でしかない。立場が立場なので大人しく従っているが、下克上を起こせば直ぐに対策を変えるだろう。
「……みんな、忙しいのよ」
もっともな意見である。唐突に投げられた正論に、管はそれしか言う事が出来なかった。
「予定が合わないんだって」
委員会と連盟は多忙である。だが、多忙なのは委員会のみである。
「それに毎年、何が起こるか分からないから……対策のしようがないの」
「大変なんですね」
対策をしようとしても出来ないのだ。
年々増える新たな才能。証明書で把握はしているが、誰が、何を、そもそも来るのかその人はどんな性格なのか……そこまで把握する事は叶わない。頑丈なルールを作った所で、指先一つで簡単に破られてしまうのだ。
「でも任せてください! 今年は私達がいるんで!!」
心はその場で何回も飛び跳ね、自身の有能さをアピールする。
「そうね。ふふ、期待しているわ」
そんなはしゃぐ様子に、どこか気が抜けた管は微笑み、自身も帰ろうと立ち上がった。
そして四人は帰ろうと、会議室から離れる。
「じゃーあー、帰ったら何」「あ、おーい! そこの人」
「……」
離れようとした。が、その足はどこからか飛んできた一声により止められてしまう。
「逃げないでくださいよ?」
「あーあバレちゃった」
照井は以前と同じように逃亡を試みたが、残念ながらそれは察せられてしまった。
そんな窓から見える建物は、現在修理中であった。
どこかパンクな装いを身を包み、色とりどりなインナーカラーを髪に入れた建築支部の女性は言う。
「ちょっと手伝ってくれないっすか! 作るのはいいんだが、うち……らにはセンスが欠けてて!」
「はぁ。看板の文字をやれと」
諒は現在、建築支部の一人に頼み込まれ『屋台の色付け』を行おうとしている。
片手にペンキ、片手に様々な用途の筆を持たされ、床には屋台に飾られるであろう暖簾が広がっている。
「そういう事っす! じゃあ頼んだっすよ!」
その人物はそれだけ言って部屋の隅に行く。見た目に削ぐわず、パソコンで何かの作業をしていた。
「まぁ、任せてください。俺がやるからには絶対に上手くいきます」
「随分と自信たっぷりっすね」
そんなこんなで、諒はしばらくこの部屋で作業を行う事になった。
「じゃあ、君には……」
メガネを掛け、髪をセンターパートに分けた、運送委員会に所属する男は言う。
「ふむふむ、なるほど。『祭りに必要な備品を運ぶのを手伝って欲しい』? もちろん!ひとっ飛びですよ!」
その任務を承った心は自信満々で言う。
「助かります。私は他部署に届け物があって」
本来彼が担当しているのは備品の点検なのだが、訳あって本日は配送を担当している。
「ここからそう遠くない所に、祭りの準備をしている団体があります。そこにこれを。必要なら、台車でも何でも使ってもらって」
そこにはいくつか積み重なったダンボール。普通の女性なら一つでも運ぶのは難しいだろう。
だが、心はそれを両手で軽々持ち上げる。
「任せてくっださーい! 私、こう見えて力にはけっこ自 し ん が ……」
「そうなんですね。じゃあおねが……って、もう居ない」
心は既にその場を抜け出し、目的地へ向かっていた。力ではなく、その脚力に彼は感心してしまった。
残った星煌は環境委員会の一人に、とある話を持ち掛けられている。
「あ、装飾品を」
どうやら内容は、祭りには必要不可欠である華やかな『装飾品を作って欲しい』ようだ。
「はい。少々人手が足りていなくて、生産が追いついていないのです」
「私でよければ、ですけど」
星煌はそれを二つ返事で受け取り、少したじろぎながら口にした。
「大歓迎です。では、こちらに。やり方を説明しますね」
そのまま二人は作業中と書かれた個室の中へと入っていった。
「いやー……自然って美しいね」
一連の流れを見ていた照井は、廊下の壁に寄りかかり人々を眺める。
「こうして人々が頑張る姿、未来に花を咲かせるために懸命に努力している美しさ!」
相変わらず、『人』という自然の美しさに魅入られているようだ。一人で笑顔になりながら、とても努力とは言えない表情で働く人々を眺める。キャンバスも鉛筆も無いのに、照井はその場でスケッチをするかのように指を動かした。
「みんな頑張って!僕はここで見て」「あ、暇ならチラシのコピーお願い出来ますかね」
「……」
その笑顔が、ビシネス笑顔へと変わる。
「『こう見えて僕忙しくて』」
照井はなんの躊躇いもなくチャームを発動する。『この場面を見るので忙しい』いう嘘を本当にするつもりなのだろう。
だが、意外にも相手はその嘘に対抗する。
「……『ホントのところは?』」
彼はどこからか取り出したマイクを差し出す。
「『本質的にはぁ、めっちゃ暇!!』」
そして照井は本音を口にする。
「じゃあお願いします」
そう言ってその人物は照井にチラシを押し付け、その場を去って行く。
「……口が滑ったな」
凜々以外の人物に、初めて看破をされた。
その事実に照井は少々驚きながら、渡されたA4用紙を手に取った。
「あの、手伝うのは良いんですけど」
これまた違う意味で自信満々に筆を持った諒は、目の前にある下書き状態の暖簾とペンキを交互に見比べる。
「どうかしたっすか?……ま、まさか報酬を!?」
無償で手伝ってもらう予定だった彼女はわなわなと震える。
だが、諒が言いたいのは。
「なんですこの色選び!! こんなんで完璧仕上がるとでも思ってるんですか!?」
暴言厨である諒は怒りを露わにする。
左から順に、黄色、灰色、灰色、茶色、濃い茶色、薄い青。
言うまでもない。カラー終わっているのだ。
「……?ダメだったっすか!?」
「ダメですよ、なんですこのバリエーションの無さ! 普通に最悪です!」
むしろこの色で完璧に仕上がると思っていたのか。諒はその考えに呆れ、怒りと共に叫んだ。
「す、すまんねぇ、うちはちっと目が悪くて……」
彼女は少し申し訳無さそうな表情をし、人差し指で頬を掻く。数日前に文字も見ず勘だけで買った記憶が蘇った。
「色盲なら他の人に買い出しを頼んでください!! これ使うくらいなら死にます」
自身の才能でもどうにもならない展開だ。諒はこの仕事を受けた事を後悔した。
「随分と覚悟が決まってるっすね!」
彼女はコロコロと表情を変え、今度は悪びれる様子を見せず、むしろどこか楽しそうにサムズアップをする。
「はぁ……」
見た目にあった能天気さだ。それにあてられた諒はため息を着き、これからどうしようかと途方に暮れた。
「……?」
開きっぱなしのドアから、なにやら騒がしい足音が聞こえた。
「あれは……」
気になった諒は、外に顔を出す。
「材料と〜♪私は〜ふふんがふ〜ん♪」
そこには、ダンボールを抱えて走る心と思わしき人物が鼻歌を歌いながら全速力でこちらに迫っていた。
「! おい! 心!!」
その様子を見た諒は心に向かって叫ぶ。
「んぇ? どしたの諒」
その声を聞いた心は諒が居る部屋の前で立ち止まる。
「ホームセンターでも何でも行ってペンキ買ってこい」
「え? いやぁ諒くん? 私も仕事を頼まれて「お前なら行ける」そりゃもちろん!!!確かに〜!!」
想像出来た展開。心はその言葉以外何も聞かずに走り去ろうとする。
「待て!」
諒は紙にナイフを突き刺し、それを心の進路へ向かって投げる。
「わぁ」
流石の心も急停止し、その紙を覗き見る。
「そのメモ渡すから買えるだけ買え。そして金は先生に貰え」
「はーい任されました〜!!」
心は壁に突き刺さったナイフとメモを受け取り、再び全速力で走り出した。
「よし、これでなんとかなるな」
『流石俺』と言いたげな表情で諒は腕を組む。
「すまんねぇ。せっかく頼んだのに。さすがのうちも不甲斐ないっす」
彼女は人差し指同士をつんつんと合わせ、申し訳なさそうに項垂れた。
「いえ、別に……そうだ。使わないのはもったいないんで……」
そんな彼女を励まそうと、ある事を思いついた諒は筆を取った。
星煌は現在、何人かと同じ部屋の中で、アーチに飾る装飾品の作業を行おうとしている。
「説明は以上です。だいたい分かりましたか?」
「はい。何となくですけど」
丁寧な説明のお陰で、星煌は自分のやるべき事をだいたい理解できた。
「物は試しです、とりあえずやってみましょうか。まずはコチラの……」
「あ」
なにかに気付いたのか、彼女が小さく声を出す。
「?」
「申し遅れました。以前、会議にいらしてましたよね。わたくしは清水 真白と申します」
星煌の頭の中でどこか見覚えがあると思っていたら、会議にも参加していた環境委員会の副委員長であった。
「あぁ! ご丁寧にどうもありがとうございます、岸 星煌です」
星煌は手に花を持ったまま、椅子から立ち上がり、自己紹介を返す。
「星煌さん。ふふ。やはり、貴方を選んだのは間違いでは無かったようですね」
「え、っと?」
その様子を見て微笑む真白に、星煌は逆に困惑してしまった。
「あの中で、一番真面目そうなのは貴方でしたから。わたくし、真面目なお方が好きなんです」
流石は副委員長だ。『真面目』という綺麗なものが好きなのだろう。
「真面目……まぁ、消去法でそうなりますよね……」
星煌は以前の会議の事を思い出しながら言った。
「いいえ。私の『鑑識眼』に間違いはありません。現に今も、作業、会話。どちらも真面目にこなしてらっしゃる」
会話をしながらも先程の説明通りに手を動かす星煌を見て言った。
『鑑識眼』
相手の人となりを何となくで感じ取れる能力。
会話をする必要もなく、その姿を一目見るだけだ、真白はその人がどんな人物なのかを感じとれる。
あくまで感じるのは『何となく』であり、具体的な根拠や理由は感じ取れない。
「貴方を選んで、正解でした」
真白は真っ直ぐな好意を向ける。これを委員長が見たなら、驚きのあまりひっくり返ってしまうだろう。
「、あ、はい。ありがとうございます」
星煌はその鑑識眼という言葉を『チャーム』としてではなく、『褒め言葉』として認識している。彼女にしか当てはまらない言葉の綾だ。
故に彼女は今もその好意に目を逸らし、どこか気まずそうな顔で着席したのだ。
「ふんふんふ〜ん」
どこかで聴いたことあるような鼻歌を歌いながら、照井は動かないコピー機に寄りかかる。
「……あの、何をなされてるんですかね。私は確かに、チラシのコピーを依頼したんですけども」
先程照井に依頼した人物が、様子を見に顔を出す。だが、サボる照井を見た途端に表情が曇った。
「ほら、自然って美しいから。自然と、機械も楽しくなっちゃったんだよ」
一見意味不明な言葉で言い訳をかます照井。反省という言葉が辞書に載っていないようだ。
「こんな所に自然を感じる要素が何処にあるんです! 第一、これ壊れてるじゃないですか!! 壊しましたね!?」
そんな照井をよそに、彼はガタガタいって動かないコピー機をバシバシ叩く。焦りからか、額からは汗が滲み出ていた。
「まぁまぁ、他部署にでも借りに行けば良いよ」
「紙飛行機を作らないでください!!」
真っ白な光沢用紙は風の流れに乗り、外へ飛んで行ってしまった。
「おぉ! 凄いっすね!」
「言ったでしょう? 俺がやるからには上手くいく、って」
諒はあの絶望的なカラーから上手く配色し、見事な暖簾を仕上げた。
「君、名前はなんて言うんすか!」
色盲な自分が全くわからないということは、多分凄いのだろう。そう思った彼女は目を輝かせ、興奮気味で諒へと問いかけた。
「時空間調査委員会所属、篠原 諒です。そちらは?」
「鍛造委員会所属の『相薔薇 詩乃』! こう見えて立派な彫刻家っすよ!」
彫刻も一応『鍛造』に入るのだろう。どうやら鍛造委員会には様々な『造り手』が揃っているようだ。
「へぇ、そうなんですか……なのに美的センスは終わってるんですか?」
諒は初対面でも容赦なく指摘をする。
「そ、そこらは他の人を頼ってたんで……ま、まあ! 上手くいったから良かったっす! はは!」
彼女は上擦った声で下手に誤魔化し、情けないその姿に、諒は不本意ながら心を思い浮かべた。
「というか、こういった屋台の暖簾は手描きなんですね。もっと機械的に頼るものだと思ってました」
星煌の世界までとは行かずとも、この世界も中々に機会発達が進んでいる。
少なくとも、こういった物は全て任せては良い程に。
「そうなんすよ!! 基本的には全部任せちゃうんすけど……」
詩乃は諒の言葉を一部肯定した。
「でも、たまに言ってくれるんです。『お前さんらの手作業のが良い』って。その場合はこうやって筆を使って描くっす!」
自身はあまり描かないが、それでも、職人の手を使って頼まれる事の嬉しさは知っている。きっと、この委員会に所属する人なら誰でも感じた事があるだろう。
「へぇー……」
どこか儚げで、でも熱い心を見せる詩乃の言葉に、諒は素直に感心した。
「じゃあ俺が描いたらダメじゃないですか。詐欺では?」
綺麗事を言っている割に、やってる事は犯罪一歩手前である。何が『お前さんらの手作業』なのか。
「り、りょうが!量が多いんすよ! だからちょっとくらいご愛嬌って事で!」
詩乃は再び下手な誤魔化しを見せる。忙しさの前では、職人魂も敵わないのか。それとも、そもそもそんな魂、欠けらも無いのか……。
「はぁ。まぁバレなきゃ犯罪じゃないですよね」
そうは言ったが、諒も作業を辞めるつもりはなかった。
「どうですか?」
「花は完璧と言って良いですが……縦リボンですねこれ」
「……はい」
「はい!」
星煌は再び完成品を見せる。
「今度は全体のバランスがあべこべですね」
「……はい」
「じゃっじゃん!」
今度こそ完璧だろうと、ドヤ顔で花を差し出す。
「リボンの生地が裏表逆です」
「…………」
「こ、これでどうです!?」
三度目ならぬ、四度目の正直である。
「……良いですね。綺麗に仕上がってます」
清水は頷き、微笑みながら完成品を手に取った。
「よし、セーフ、セーフ……」
失敗を繰り返した星煌は、その言葉で自身の心を落ち着かせる。
「緊張なさらずとも、ちゃんと上手に出来ていますよ」
その様子見た清水は星煌の肩をポンポンと叩く。委員長がこの場に居たら、彼女は卒倒していただろう。
「、? あ、はい。ありがとうございます」
唐突に褒められた星煌は困惑しながら感謝の言葉を口にする。
「ではこの調子で進めましょう。極めるとああなれますよ」
清水は星煌見せようと、他の椅子に座る人達を指差す。
「……」
そこには二、三人の人達がでひたすらに花と花束を量産しており、素早い手つきで作っているのにも関わらず、その顔はどこか曇っていた。
「あ、はは……、精一杯、頑張ります……」
その光景を見た星煌は頑張ってリップサービス捻り出した。
「君はバタバタと忙しそうだね」
照井は忙しなく走る彼を見てそう呟く。先程から外と中を、他部署からこちらへ足を止めず移動していた。
「そりゃあそうですよ!! 毎年この時期は良いネタが溢れかえってるんですから!」
記者魂という奴だろう。彼は興奮気味に纏めた書類をバタバタ靡かせた。
「へぇ〜、やっぱり、祭り以外にも"注目の話題"とかあるの?」
照井は興味が彼に移ったのか、修理中のコピー機から目を外し、彼に目線を向ける。
「祭り以外でですか? 特に無いです!!!」
彼は堂々と胸を張る。
「え?」
意味的にも物理的にも声を大にして言ったその言葉に、さすがの照井も困惑を隠せなかった。
「現地で集めるんですよ! 思い付いた物を手当たり次第に聞いて、出して、当たればそれでOKなんです!」
ペンをクルクルと回し、彼はさも当然かのように言う。
「……中々面白いね、君。何くん?」
「あぁ、申し遅れました。私、放送委員会広報支部所属の、谷崎 応と申します」
彼は名刺を取りだし、それを照井へと手渡す。確かにそこには、名前と所属が刻まれていた。
「たにざき……あぁ、もしかして副委員長君?」
照井はそれを受け取り、社会人の社交儀礼として自身も名刺を渡す。
その名前、というよりかは役職に聞き覚えがあった。というか、よく見れば何度か顔を合わせた事がある気がする、と彼は思った。
「はい、そうです。そちらは時空間調査委員会の顧問の方で間違い無いですか?」
応は受け取った名刺を分厚いホルダーへ仕舞う。
「うん。照井でも、くんでも、ちゃんでも、師匠でもいいよ」
「では照井さんで。あぁ、そういえば聞きたい事があったんでした。よろしいですか?」
応は照井のサービスを受け流し、以前聞けなかった質問を思い出した。
「? うん。僕で良ければなんでも」
照井はそれを好意的に受け入れた。
「ありがとうございます。では、遠慮なく」
彼はどこからかマイクを取りだし、スイッチをオフにしたまま、目を光らせる。
「『どうか、正直にお願いしますね。時空間調査委員会のメンバーには……』」
彼が真相へ踏み出そうとした、その時。
「お前なんか良さげな事言ってるけど毎回事故ってるじゃん」
「そうね。今日は捨てられた猫を拾ってこないでちょうだい、あほ」
どこからが飛んできた野次により、取材が中断される。
「……」
「私、一応副委員長ですよね!?」
応は振り返り、パソコンで事務作業をするいつもの二人組に向かって問を暴投する。
「そうだな暴走列車」
「そうよ。ドジ」
「暴走列車でもドジでもありません!!」
図星である。すっかり広まったその二つ名を、応は否定する事しか出来ない。
「そもそも、私がこんなに動いてるのは『委員長』が――」
何やらチャンスとみた照井は、その隙を見て逃げた。これで仕事からはおさらばだ。
「買ってきたよー!! 、って、意外と進んでる」
帰宅した心が足で勢い良くドアを開ける。両手に入り切らない程の缶を抱えて。
「それはもうな。バリバリだ」
「お礼の彫刻も作ってるっす!!」
先程からずっとガンガン聞こえるのはここの部屋からだったのか。心の悩みが一つ解決した。
「えー凄い!!!」
本格的な作業に心は興奮した。
「仕事しないんですか? もう祭りはすぐそこですよ」
「ぐ、……こ、これは、息抜き! 息抜きだから問題ないっすよ!!」
打ち込む手の動きが少し早まる。
「お前こそ、頼まれてた仕事はどうしたんだ」
「終わった! 暇だから寄り道ぃー」
心は既に配達を終えたらしい。出されているのに一つも使われない椅子に座り、二人の作業を眺めた。
「諒も、それ終わったら一緒に星煌の所行こ!」
「別に良いけど、手伝ってくれるんだろうな」
「もちろん、任せてよ! 私絵描いた事ないけど」
自身の絵心がどの程度なのかも知らないが、それでも心は謎の自信に溢れていた。
「……やっぱいい。相薔薇さんとお話しとけ」
これが出来るのはきっと自分だけだと思った諒は、残りの暖簾を仕上げる為に袋から缶を取り出した。
「仕事終わった? 星煌ちゃん」
「びっっっくりした……まだですけど、どうかしました?」
ドアが開く音と共に星煌へと話し掛ける照井。唐突な出来事に驚いた星煌は肩が跳ね上がった。
「暇だからぁ、一番楽そうな所手伝いに来た」
照井は遠慮無く星煌の隣へ座る。
「暇って。作り方はわかるんですか?」
知人が来て安心した星煌は普段の様子を取り戻す。コミュ障は、どもっているのが普通なのだ。
「見様見真似でやるよ。うーんと……、ほら! こんな感じでしょ?」
照井は適当な用紙を手に取り、何度糧を動かす。
星煌のを一目見ただけなのにも関わらず、来て数分で見事な花を作り上げる。
「……天才肌」
それを見た星煌は本音をぼそりと零した。
「感覚タイプだって言って欲しいなぁ」
腐っても照井は芸術家だ。この程度は楽勝なのだろう。照井は星煌に向かっては誇らしげにその才能を見せつけた。
「あら、知らぬ間にもう一人」
しばしば退室していた真白が、戻って来たのと同時に違和感に気付く。
「こんにちはぁ。見てくださいよ、どうです? 上々でしょう、これ」
照井は先程作ったばかりの作品を見せる。
「……たしかに、悪くはないわ」
「わーい」
「で、も。花弁を誤魔化しすぎです。やるならもう少し丁寧に作るように」
それでも真白はダメ出しをする。その花は返却された。
「はーい」
ちょっと雑に作ったのがバレた照井は大人しく席に着く。
「……ほらね? 僕は別に諒くんとかと違って天才では無いよ、ただ理屈じゃなくて感覚でやるタイプなだけ」
照井は確かに多才ではあるが、諒程ではないし、諒より真面目では無い。
「……」
「うわすっごい嬉しそうな顔」
先程までへの字であった星煌の口角が天井を突き抜ける程上がる。
「他人の失敗がこんなに嬉しいの初めてです」
清々しい笑顔で星煌は最低な甘い言葉を口にした。
「性格悪いねぇ。じゃあ次はもっと上手く作っちゃおうかな」
「残りのノルマは百個ですよ、もっと勝負できます」
「…………帰ろうかな」
その言葉を聞いた照井のテンションが一気に下がり、動かしていた手が止まる。
「じゃあ迎えきてくださいね」
「うわぁーめんどくさぁーい」
「こら、おサボりはダメですよ」
机に身を投げる照井の頭を真白は新品のホコリ取りで叩いた。
結局、仕事からは逃れられない照井。この後心と諒が合流し、ノルマをすぐに達成してしまうのはまた別のお話。
記録:記入 星煌




