Log_50
平和な日々に終わりを告げるというのが、どれだけ難しい事か。彼女は知っている。
だが、平和じゃない日々がどうであるのかは知らないし、分からない。
平和の対極。闘争? 戦争?
いや、何も反対にしなくとも良い。
イベントが開催されたな日も、ちょっと落ち込んだ日も、トラブルが起こった日も。彼女にとっては可も不可も、全てが『特別』である。
『まあ、好きとは言ってないけどね』_│
「『祭りに行けない?』」
静寂に包まれていたリビングで、突如照井の口から発せられた言葉。
『行けない』というのは、Log_45に心と話していた事だろう。
「うん。仕事押し付けられちゃった」
当の本人は机に顔を突っ伏している。暗い、落ち込んでいるような声色で言う。
「仕事って、なんのですか?」
気になった星煌はソファーからダイニングテーブルの椅子に移動し、照井へと問いかけた。
「その祭り全体の『警備』だよ。もーさいあく」
照井は今まで見てきた公安連盟の惨状を思い出す。
全員が見るに堪えない程ボロボロな体。顔からは喜怒哀楽の『怒哀』だけが残り、明日も来る仕事に絶望していた事を。
「警備? それって公安とかの仕事ですよね」
何故そんな仕事がコチラに回ってきたのか、諒は不思議に思う。
「うん……警備の人数が毎年全然足りないから、今年は追加で何人か派遣させろって」
そんな悲惨な光景を毎年見てきた照井は、『まさか自分がそちら側にまわる事になる日が来るとは』そんな事を呟きながらテーブルに上半身を五体投地させた。
「頑張って! 先生!」
心が遠くのソファーからそう叫ぶ。
「みんなもだよ」
「私達もだった!?」
心は予想外の回答に驚いて飛び上がってしまう。彼女は『先生の代わりに自分が楽しもう』と思っていたのだ。
「俺達も……、そんな四人増えた程度で変わるんですか?」
「いや、被害にあったのは僕達だけじゃなくて、ガタイが良いから選ばれた建築支部の子達と、強いから決闘連盟」
諒の質問に答えるように、照井は名前を一つずつ上げる。
「そこも巻き込まれてたんだよね。みんな揃って嫌そうな顔してた」
照井含めたその三組が、ちょうど本部の仕事場に揃っていた。それを見た人事管理連盟長が『丁度良い』と言ってその三組を適当に指名し、今の惨状に至るのであった。
「追加って、それだけなんですか? 意外と少ないですね」
『巻き込まれた』と言うもんだから、諒はてっきり全委員会が巻き込まれているのかと思っていたが……そうでは無い様子だ。
「他は仕事があるから……救護委員会とかは別枠での参加だし」
毎年凄い勢いで飛び回る救護委員会の人達を思い出す。
一人は瞬間移動をし、もう一人は空に飛び回り……ある人物はローラースケートで速度違反。そんな特殊部隊。
「それで公安連盟と交通委員会が総出で動いてる。まあ今回呼ばれちゃったけどね」
照井はようやく体を起こし、その勢いのまま今度は背もたれに寄りかかる。
「へぇ……それで人足りるんですかね」
「さぁ? 知らなぁい」
それだけ言い残した彼は机の下まで潜り込んでしまった。
「機嫌悪いですね」
諒もその行動に合わせるように下を覗く。照井は体育座りをしたまま猫のように丸まっていた。
「そりゃあそうだよぉ! 自然を鑑賞できるのは良いけど、面倒事には巻き込まれたくないからね」
「ぶーぶー言ってるね」
「な」
照井も、なんだかんだ手を抜く性格である。……自分の好きな事をして生きていたいので、それ以外には極力才能を注ぎたくないのだろう。
「先生、はい飴」
星煌はテーブルの下に潜り込み、への口に無理やり丸い飴玉を突っ込む。
「ん〜、美味しいけどリンゴじゃなくてぶどうが良かったな」
「この人……」
貰ったくせに一丁前に文句を言う照井。諒は思わず蹴りそうになってしまったが、やんとか自身の衝動を抑えた。
「次からはそうしますね」
「お前も、そう易々と言いなりになるな」
「えぇ〜……あー、こっちもなんか言ってるよ? 心が」
返答に困った星煌は論点をずらそうと、先程から放心状態になっている心に声を掛けた。
「参加、さんか……さ……」
「本当だな。なんだ、心。もっとハキハキ喋れ」
警備するのがよっぽど嫌なのかと諒は思い、顔を俯かせる心の表情を見ようと覗き込む。
「参加したかったぁ!!!! お祭り行きたかったよ! みんなで!!」
彼女は今更祭りに行けないという事実に気付いたのである。
叫び声と共に勢いよく顔を上げ、諒は衝突しそうになった頭を感覚的に回避する。
「んだよそんな喚いて。大体警備をしなくても、俺らは穴を守る役目があるだろ」
時空間調査委員会の本来の業務である。最低限業務をこなさないと、本当のサボり委員会になってしまう。
「そこは運じゃん!! 賭けに勝ったらみんなで楽しめるじゃん!!」
「全員で行くつもりだったのかよこのバカ!」
二:二で別れるのなら辛うじて諒も認めていたが、全員で行くとなれば論外だ。彼にとってハイリスクノーリターンの発言に思わず手が出た。
心はそれを軽々と避け、そのまま星煌へと急接近する。
「ねぇ? 星煌も行きたかったよね」
「え? んーまぁ……みんなが行きたいなら」
抱き着かれそう言われた星煌は何となく頷き、そこはかとない肯定を示した。
「ほら! こう言ってるよ諒!」
心はそんな星煌を盾にし、諒へと戦いを挑んだ。
「知らねぇよ無理なもんは無理だワガママ言うんじゃねぇ」
申し込みは通過しなかったようだ。理想と現実のギャップは大きいものである。
「まぁ〜、仕事が終わったらちょっと時間あるからさ、そこで見て回ればいいよ」
見かねた照井がどこぞのホラー映画のようにテーブルから這い出て言う。
「うぅ……絶対全部売り切れてる……」
「休憩があるからそこで買いな」
「ほんと!?、ならそうする!!」
屋台全部買い占める勢いで心は言った。
三人はこの発言で何となく理解した。心は目に付いたもの全部買うタイプだ……と。
「……ずっと言いたかったんですけど、そもそもその祭りってなんですか」
星煌はおずおずと手を挙げ言う。そんな大規模な祭り、何がどうされているのだと。
「え知らないの!?!?!?」
「えうん」
星煌は軽い質問のつもりであったが、心はその発言に思わず抱き着いていた手を離し、『ありえない』という顔で返答してしまった。
「心、あっちの国に指導者は居ねぇ。なら知らねぇもの道理がいく」
「そっか…………」
呆然とする心の肩に手を置き、諒は静かに宥めながら言った。
「祭りは、正式には『指導者就任記念祭典』って言ってね、『指導者』が直々に主催する……まあ大規模な夏祭りかな」
「お〜名前そのまま」
星煌がそれを知らないのは当然である。警備をするとなってもさほど絶望しなかったのもそのためだろう。
「ちなみに毎年激混み。さっきも言ったけどマジで警備が足りない」
照井が珍しく本気と書いてマジの顔で言う。
「え、……あの渋谷ハロウィンよりもですか?」
「うん」
「やばぁ……」
星煌はテレビ越しに見た地獄風景を思い出す。そしてそれよりも多いというのだから、もはや視界には人以外映らないだろう。
「ほぼ全国から人が集まるからね」
「やばぁい!」
それは星煌の想像以上であった。もはや東京では収まりきらないだろうと言う人の多さに、星煌は今になって警備の仕事に恐怖し始める。
「それに、えっと……確か二十時位には指導者が演説も行うから、より一層やばい」
「やばぁぇ!!」
星煌は余計な事するんじゃねぇよと内心思ったが、きっとそれなりの理由があるのだろうと腹を括った。
「俺も昔は行ってたな。ただ指導者から遠すぎて何言ってるのか全くわかんなかった記憶がある」
諒は自身の記憶にある最後の夏祭りを思い浮かべる。人が多すぎて暑かったのと、殆ど視界に映らない点のような指導者。
「そんなに人いるの!? マジでやばいじゃん。終わったかも」
星煌はこれから迎え撃つ無数の人々を想像する。
「え、そんなのを警備しないといけないんですか!?」
想像した結果、星煌はそれに拒否反応を示した。
「そだよー。文句言うなら連盟に言わなきないけないけど……まあ僕達に勝ち目はないよね」
日頃の行いである。ただでさえ委員会内では仕事が少ないのに、行事まで拒否しだしたら確実に周りから冷たい目で見られる事だろう。
「……サボり委員会」
諒はその意図を理解したようだ。
「サボってないよ!!!」
「俺達から見ればそうでも、相手から見たらそうなるって言ってんだ」
抵抗する心のデコをはたく動作をし、見事に避けられた諒は元の席に着席した。
「あ、そうそう。挨拶代わりのその会議が明日あるから行かないといけないんだ」
「俺達もですか?」
「みんなで行った方が良いでしょ? それに、そこで色々説明があるからね」
何とこの日は当日から約一週間である。毎回忙しい癖に、対策期間は短いのだ。
「はいはい!浴衣着ながら警備していいですか!!」
「明日聞いてみよっか」
「バカか。普通に考えてダメだろ」
私服警備ならまだ分かるが、それでも浴衣は動きにくい。諒は今度こそ心にデコピンを喰らわす。三度目の正直というやつだ。
「いーーやわかんないよ!?親しみやすい警備枠での参加がありかもしれない!」
「なんの枠だよ」
心の気分はボランティア活動なのだろう。一応れっきとした仕事である。
「じゃか買い食いしながらは!?」
せめて警備を楽しもうと考えた心は懲りずに案を出し続ける。
「もっとダメだろ! 喧嘩の仲裁をお前に頼んだのに焼きそば食ってたらそいつどんな気持ちになる!?」
「え……『わー美味しそうな焼き鯖』」
「もうこいつダメだ。野放しにしといた方がマシだな」
「諦めるのが早いよ、諒くん」
足を組んで心から目を背ける彼。心の相手するのは時間の無駄だと判断したのだろう。
「じゃあいざとなったら先生が何とかしてください」
「え……? 諒くんは僕が真面目に仕事すると思ってるの?」
照井が心底不思議そうな顔で笑う。
「自覚があるなら治してください」
諒はそんな事を言う照井の根本を治してやろうと、案外柔らかかったほっぺを引っ張る。
「んぇ〜痛いから(直さないけど)はなひて〜」
ゆるゆるした声で照井は軽く拒否し、対抗して諒のほっぺを片方引っ張った。
愉快な人達だなと思いながら、星煌は居なくなってしまったたねこをエアーで撫でた。
「ついに、ついに生指導者様が!!!!」
晩御飯の照り焼き風チキンを食べながら、心は美味しさとその未来に歓喜した。
「お前なら会った事くらい……そっか記憶喪失かお前」
「うん!!」
「この前向きさ。見習いたいね」
もはや、心の記憶喪失と星煌が異世界人な事を、全員は薄ら忘れかけている。
「まあ、私の記憶が一番信頼出来るからね!」
心は自身の髪を靡かせ、少女漫画のようなポーズを取る。
「ナルシストだった」
「毎年凄いこと言ってるよな。今年は何を考えてるんだか」
「知ってる? 星煌ちゃん。指導者は『約束を破らない』事で有名なんだよ」
「約束を破らない?」
「うん。毎年なんらかの『宣言』をして、国民からの支持を得てる」
食事を食べ終えた照井は星煌に向けて説明を始める。
「去年は〜……」
「『国民における人権侵害発言及び自殺件数を減らす』! ですよね!」
心は意気揚々と口にする。まるで自分の事のように嬉しがっていた。
「そうそうそれそれ。よく覚えてるね」
それが実現したというのなら、大したものである。少なくとも星煌の世界で自殺件数を減らす事など、到底叶わない願いだろう。
「前者はあんまりわかんないけど、後者は結果的に実現して……まあ、だからあんな慕われてるってわけ」
「例えば、心ちゃんが熱狂的な信仰者のようにね」
「もうね、かっこいいとか、そういうレベルじゃないんで。神と言っても差し支えないよあれは!!!」
指導者の話になると、心はオタクモードに入ってしまう。さながらアイドルを推すファンだ。
国民の指導者に対する熱意は、人によってまばらだ。心みたいに熱狂的な人と、対して指導者完全拒否する人。完全なる二極化である。
「へぇ〜……意外と凄い人なんですね」
政治の事はあまり詳しくないが、そこまで例を出されればさすがに認めざるを得ない。
「まぁ、その位の"実力"がなきゃあそこまで登れないよ。仮にも国のトップだし」
「お前も会ったら分かるよ。俺でも思うが、あの人はオーラが違う」
天才の具現化である諒が言うのだから、相当な実力があるのだろう。
「そうなんだ……あ、お茶無い」
頷いた後、星煌はそう言って席を立つ。
「……お前さほど興味ないだろ」
「バレた」
政治に詳しく無いのではなく、興味が無いのである。
「という事で会議なのでよろしくね〜」
既に半分寝ている照井がふらふらとした足取りで寝室へと向かう。
「集合は何時です? また昼頃ですか?」
「『この後すぐ!』」
「は!?」
「嘘だよーんおやすみ〜」
それだけ言って照井は扉を閉める。
「…………」
「揶揄われてやんの〜」
「のー」
「死ねくたばれすみ」
諒は八つ当たりで二人に暴言を吐く。
「物騒過ぎるよあの子」
あんな良い子の姉の背中を見て育ったというのに、こんな暴言厨になるとは……と、星煌と心は諒の教育レベルを心配した。
「不安だ。『観測』しよう」
そんな事があった後、星煌は自室で寝る前に観測を開始する。
「吉と出るかな、凶と出るかな?」
なんだか嬉しそうな紡は変わらず星煌の背後から発言をする。
「分かんないね。まあ、やってみよう」
そう言って星煌は目を閉じ、頭に流れ込むスローガンを詠唱する。
「『剣は錆び、花は咲く。して巡る日々は……』」
「……」
「星煌お姉ちゃん、どうだった?」
目を開けてからもなんだか考え込む星煌。一体何があったのか、紡は気になって自ら質問をする。
「奇跡的に、祭りの場面を引き当てることに成功した」
「おー」
「けど、まじで人が多いことしか分からない」
星煌はあまりの人の多さに絶望した。想像以上である。
「ふふ。楽しみだね」
紡はどれだけ離れていても星煌が分かるので、人が多くても視界が変わらないのである。
「怖いよぉ〜助けて紡」
星煌は紡に泣きつこうとするが、その手は空を切った。彼女が幽霊である事を半分忘れている。
「怖いの権化である私に? ……頑張って、星煌お姉ちゃん」
「よし頑張る」
「ふふ。これが"チョロい"って事かな」
紡はそんな星煌の頭をお姉さん気分で撫でた。
「当たり前じゃん。紡が応援してくれてるから百億%の力出せるよ」
「そうなんだ。じゃあ当日も後ろから応援頑張っちゃう」
「やったね! ありがと紡」
そして撫で返そうとした手は紡の頭をすり抜けるが、失敗を誤魔化すようにエアーで撫でる動作をした。
「こちらこそ、だよ。おやすみ。星煌お姉ちゃん」
先程言葉が本心であるのか、それとも友達特有のノリというやつなのか、紡にはわからなかった。
「おやすみ〜」
そうして紡に電気を消して貰った星煌は目を閉じ、平和な日々に終わりを告げた。
この後、日記を付けるのを忘れていた星煌が慌てて飛び起きるのは、また別のお話である。
記録:記入 星煌




