Log_48
雨が降った後の空は決まって晴れやかで、冬の後に来る春は穏やかなものだ。
それがなんであれ、この世はそう出来ている。成功も失敗も、それは何でも対比となって。
道に捨てられ、冷たい誰かは愛を知る。幸福な人生にも、失敗は存在する。
普通の日々にも、美しさは存在する。破天荒な非日常でも、楽しさはずっと続いた。
それは、悪いことでは無いと。雨も雪も、地面に散らばる石も全て。
それを、私たちは笑って許せるのだから。
なら、それで良い。
不幸など、幸せなど。比べるものではないのだから。
ただ、その一幕に別れを告げて_│
諒が過去を明かす、一日前の事。
「星煌について教えてくれないか?」
ドアを開けた先に立つのは、どこから来たか分からない知人が一人。
「……その前に、どうやってここに来た」
唐突に尋ねて来た諒。寝起きのT√は玄関で佇み、腕を組んで諒を見下ろす。
「凜々さんに教えて貰った」
「……どうやって?」
「家まで行って」
「……なぜ樺澤の自宅を知っている?」
「先生が教えてくれたからな」
顔色変えず、淡々と答える。入る気でいるのか、既に靴を半分脱いでいた。
「……はぁ。良いだろう、入れ篠原」
T√は塞いでいた道を開き、大人しく彼を家へ招き入れた。
至って普通の部屋だ。T√はリビングのソファーに腰を下ろし、諒を対面の椅子に座らせる。
「で、何故に私の事を?」
眠気覚ましの珈琲を一口飲み、外していたメガネをかける。
「お前じゃない。あっちの星煌だ」
「はぁ、そういう意味では……まあいい。手早くまとめろ」
「端的に言うと、気になるからだ。あいつが」
あくまでも人として。岸 星煌という人物を知りたいという好奇心だ。
「へぇ、そうか」
T√はそう言って、もう一口珈琲を飲んだ。
「「……」」
「いや教えろよ」
数秒間静かな空気が続いた後に、諒が耐え切れなくなり、黙り込むT√に向かって堂々と指を指した。
「は? 私が教える義理はない。一度でも『いいよー教えてあげちゃう』なんて言ったか?」
T√は逆ギレをし、どこかに居るであろう誰かさんの真似をわざとらしくした。
「……」
「そうあからさまに不機嫌な顔をするな。『私』の事を知りたいと言っても、何が知りたいのか教えてもらわなきゃな」
遥遠くから、先生と呼ばれる人物のくしゃみが聞こえた気がした。
「そうだな……『お前から見た星煌』を教えてくれ」
その人物の事を知りたいのなら、まずは他人の解釈を聞くべきだ。諒はそう思ってT√に印象を尋ねる。
「はぁ?……"観察対象"。それ以上でも以下でもない」
T√は珈琲を飲み干し、それだけ言って足を組んだ。
「『観察対象』? なんであいつを観察するんだ」
ここの世界の星煌。穴が出た元凶であり、凜々の協力者である人物が何故異世界人を観察するのか。
「私が岸 星煌であり、あいつも『岸 星煌』だから」
「ただの、どうしようもない趣味だよ。ただ私は、他の世界線の自分を観察するのが好きなだけだ」
そして今回は、その対象がたまたまこちらにやって来ただけ。ただそれだけの事である。
「へぇ。じゃあ、ここにいる星煌は他の星煌と比べてどんなやつなんだ?」
今までどの位の星煌を見てきたのか。諒は気になって質問を続ける。
「はは! それを聞くか篠原。いいだろう、答えてやる」
諒の質問がハマったのか、T√は上機嫌になって語り始める。
T√は席を立ち、ノートを一冊取りながら言う。
「ここまでスペックが低い星煌は中々いない。他の世界を見たらわかるが、"私"は大抵『何かの分野』に没頭してる事が多い」
再びソファーに座り、そのノートを広げる。諒からは少ししか見えないが、なにかの文字がびっしり詰め込まれていた。
「例えば、人生の『効率』を最大限追求する星煌が居たり。『舞台』に立って演技をし、店に籠って、本を通じて『学ぶ』あぁ、『機械作成』が得意な星煌も居たな」
文字を指でなぞり、一つ一つ思い出す。
「そして私は他の星煌をこの目で『見る』事。それに、人生を捧げている」
大抵の岸星煌は、そう出来ている。
「だがあいつは、なんの尖りもない、へこみもない普通の一般人」
「まぁ、あそこの世界が何一つ異変が無いのもそうだが……それでも、そこで輝く人々は存在する」
あの世界にも、類い稀なる才能を持つ人物は居る。持ちえなくとも、普通の人々は普通なりに人生を謳歌している。
「なのにも関わらず、地を這い何も出来ない。ただ輝く人々を遠くから見つめ、いつか来る『未来』に怯えながら『今』を過ごす。『過去』なんて都合の悪いものは、全て忘れて」
その普通がコンプレックスとなり、一歩も踏み出せない人物。環境に恵まれては無いが、虐められている訳でもないのに。
随分と低評価だ。諒は率直にそう思った。
「質問してやろう。篠原、お前は"私"とあの"岸 星煌"を見て、どう思う?」
メガネを持ち上げ、質問を投げかける。それを"比較"し、どちらに軍配が上がるか。
「どうって……何も普通だって、悪い事じゃねぇし、むしろいいと思う。俺からすれば、お前の性格の方がおかしく思うけどな」
諒から見たT√は自分の観察をする為に穴を開けるような狂人だ。それと星煌を比較したなら、確実に星煌の方が"良く"見える。
「だろ? だか、それはただの先入観に過ぎない。私から先に出会っていれば、お前のイメージはそうじゃなかったさ」
「ちょうどいい。お前に見せてやるよ、数多の世界の私を」
そう言ってT√は席を立つ。何かの準備をしたあと、諒を自室へと招き入れた。
「なんか……随分と殺風景な部屋だな」
恐る恐る入った部屋にはベッドと机と椅子だけがあり、机の上にはパソコンが一台。そして、その上には何十個にも連なるモニターが存在感を露わにしていた。
「部屋作りをする程暇じゃないのでな。おい『校正』」
「はーい呼びましたか」
そうT√が言うと、諒の背後からどこからともなく校正が現れる。
「██の世界に居る私を呼んでくる。ここで篠原を見張れ」
そう言って彼女は棚から何かを取り出す。
「りょーかーい」
「は?」
そう言い終えると同時に、諒の両手が拘束される。特に反抗はしないが、今の一瞬だけでどう両手を縛ったのかが気になった。超技術である。
「あいつは気まぐれだからな。遠くからの呼び出しには応じない。だから、こうして行く必要がある」
ぶら下がっている鍵を取り出す。
それを何もない空間へと差し込み、回す。
「『全ては、私の為に。真実さえも、私が触れれば開くであろう』」
何も無いところから突如、扉が出現する。スローガンを言い終えた彼女はその扉の中へ入り、捜索をはじめた。
扉を閉じると、そこにはまた無の空間が広がった。
「……あれが、『穴』の発生原因……」
そして、テレポートを確立させる技術。彼女が本気で敵に回っていたら……恐らく、照井の『偽造』を持ってしても倒すのは厳しいだろう。
「そうだね。星煌はあの『扉』を通じて他の世界に行ってる」
校正はそれを自分の事のように嬉しがる。佇む諒にドヤ顔を向けた。
「直ぐに帰ってくると思うけど。……雑談でもする?」
「例えば……俺から見た星煌、とか」
校正は相手の心を汲み取り、一番話して欲しいであろう話題をピックアップする。
どうやら、校正から諒の印象はそこまで悪くないようだ。
「……お前が良いなら教えてくれ。ただし、変な事は言うなよ」
諒は校正と初めて会った時の、あの出来事を思い出す。星煌の事は聞きたいが、極力星煌は絡めたくなかったのだ。
「分かってるよ、篠原くん」
校正は諒の肩をポンポンと叩き、自身の考えをまとめ始めた。
「あの星煌……T√じゃない方ね? 普通の人なら、星煌かを見ても何とも思わないだろう。
「だが、違う。あれは、俺が見てきた星煌の中でもトップクラスで『イカれてる』」
「イカれて?」
T√との意見とは真逆である。常識通りの一般人ではなく、常軌を逸したイカレ野郎だと。諒はその言葉を聞き返す。
「うん。まずはチャームを教えてあげようか」
「俺の才能は透視。『人の考えが透けて見える』んだよ」
他人の考えが、思考が。全て頭の中へと入ってくる。
どんな事を考えようと、彼には筒抜けである。例え違うこと考えようと、彼にはその『本質』が透けて見える。
「篠原くんが今考えてることも、モニターに写ってる水凪ちゃんの考えもね」
だから彼は、諒が話したかった話題を当てれたのだろう。
何種類もの映像が映し出される内の、一枚を指差す。
「モニター……、本当だ。観察対象ってまさか……」
その画面には、リビングで二度寝をかましている心が映し出されていた。諒は即座に嫌な考えが思い浮かぶ。
「許してくれよ。俺達はただ、君達を『見てる』だけなんだからさ」
引いた顔をする諒。校正は、この場にいないT√の代わりに表面上の謝罪をした。
「それでね。あの星煌の考え"方"は、到底人間のそれとは思えない。正直、少し見るだけで頭が痛くなるよ」
表面上には現れない、星煌の思考。
「良い感じにぼかして言うなら……『Dos攻撃』かな」
"Dos攻撃"
サーバーに過剰なデータを送り込み、処理能力の限界を越えさせサービスを停止させることを目的としたサイバー攻撃。
「数多に枝分かれするその思考が、俺の思考をショートさせる。彼女は、考える量が多すぎるんだよ」
校正から"見た"彼女の思考は、それに近しいものだ。
「考えている『量』が多いからイカれてるのか? 考えている内容じゃなくて?」
「うん。普通の人が他人と会話をする時、気にするのは相手の事だ」
「でも彼女は違う。そこから思考が無限に派生する」
「他人が放った『ありがとう』の一言でさえ、彼女の頭は数多の考えで埋め尽くされる」
肯定と否定。新たな解釈に、否定される真実。
「彼女の思考は止まらない。今この時でさえ、彼女の頭の中には無数の意見が蔓延っている」
一台のモニターに映る、星煌。彼女は自室で日記を付けているが、校正は画面越しでこれを見るだけで頭が痛くなってくる。
「……それを、『表』に出していないだけで?」
「うんうん。ちゃんと分かっているなら、俺から話す事はもう無いね」
「……そうか」
諒はその事実を噛み締める。彼女の表面だけではなく、深層にある思考までも全部読み取れる日は来るのだろうか。
そうするためには……今まで以上にチャームを使わなければならないだろう。
「うん。それに、もう帰ってくるようだから」
校正が腕時計を一瞥し、先程まで扉があった空間に指を指す。
「ほらね?おかえり、星煌」
「あぁただいま。今からあっちの世界に接続する。よく見てろ篠原」
そして、そこからはT√が現れた。
「接続するって、……?なんだ、画面が……」
それを気にする暇もなく、諒は一つの点滅するモニターに視線を奪われる。
「……あー、『あー。聞こえてるか?』」
「『うん。聞こえてる。それで、なんの用?』」
その画面には、小さい望遠鏡の筒を持った岸星煌が映し出された。
「……あいつが初めてルートを見た時も、こんな気持ちだったのか……」
拘束が解除された諒は頭を抱える。
この状況を平然と受け入れているが、自分の知る星煌が三人もいることは、良く考えなくともおかしい事である。
「『質問があってだな。お前、自分の事をどう思う?』」
星煌は自分が問われた質問をそのまま次の対象者に問う。
「『私の事?うーん……他人からはよく"マイペース"って言われるけど、私は……ただの学生だよ』」
特に表情を変えることなく、星煌は袖を弄りながら言った。
"マイペース"。ここに存在する星煌がそうと言われたら、それは少し違うだろう。
「『"星"という【奇跡】を追い求める為に、私は生まれてきた。それだけの事』」
彼女はそう言って静かに微笑み、星が映し出されない昼の空を眺めた。
「『占ってあげようか? 昼だから、正確な情報は出せないけど』」
「『いや結構。お前の言葉が聞きたかっただけだ。もう切っていいぞ』」
そう言って会話を終わらせようと、T√が何らかの機械に手を伸ばす。
「いや待て、『俺から質問を一ついいか?』」
諒はその手を止め、インカムらしき機械へと声を出す。T√は驚いてそれを手渡してしまった。
「『知らない人の声だ。いいよ、見知らぬ人』」
向こうの星煌はそれを穏やかな声で受け入れた。
「『お前は、優しいをどう思う』」
「『これまた突飛な質問だね。優しい……その概念にもよるけどなぁ……いいよ、答えてあげる』」
少し咳払いをした後、向こうの星煌は堂々と答え始める。
「『すばり、"私が授業をサボっても、怒らない人"! かな』」
そして笑顔で答えた。どうやら、向こうの星煌はサボり常習犯らしい。
「…………切っていいぞ」
想定した答えと違う答え方に一瞬で興味を無くした諒はインカムをT√へ返却する。
「そうか。じゃあまたな、███」
「『うん。また何かあったら、奇跡の麓で会おうか』」
そう言って画面の星煌はブラックアウトし、反射する諒の顔が写し出された。
「どうだ、篠原。岸 星煌は大抵、ああ出来ているんだ」
そう言ってT√は椅子を回し、諒へと向き合う。
「確かに、あの星煌は……どちらかと言うとお前に似ていたな。占いやらなんやら言っていたが」
性格はともかく、話し方は随分とT√そっくりであった。諒は先程言った彼女の言葉を理解する。
「あぁ。それはあの世界に……まあいい。これを聞いた上で、岸星煌が如何に"非凡"であるかを理解できたならそれで良い」
「なるほど。お前から星煌の印象は、今の所『普通』なんだな」
「……まあそうだ」
図らずとも漏れ出た意見に同意する。誰しもが抱く印象であるならば、別にバレてもなんの損傷もないが。
「もう知りたい事は無いか? 答えてやったんだ、日が暮れる前に帰る事だな」
まだ時刻は十三時である。T√は一刻も早く諒を帰らせたいようだ。
「……ちなみに、あいつの『過去』も知ってたりするのか? 知れる事があるなら、なんでも知っときたいんだ」
諒は帰る前に、自身の好奇心を更に満たそうとする。自身が過去を明かした後に、相手の過去も知りたいのだろう。
「それで思い付いたのが『過去』か。……」
T√は頬ずえをつく。
少し考えた後に、書き出しを口にした。
「……『岸 星煌の過去は平凡なものである。どこを取っても日常の一部でしかなく、非現実的な事は何一つない』」
「『その日常は"尊いもの"であるのだろう。誰もがそう認識する、当たり前にもなりつつある文章を"完璧に理解できる人間"はいるのだろうか』」
「『そんな人はほとんど存在しない。何故かって? そう高らかに言った人物の一生は、平和そのものだったから』」
「こんなものだろう。理解できたか?」
「……"意味"は理解できた」
「なら良いだろう。彼女にはこれしかないんだから、これ以上詮索するのは野暮だ」
もっとも、星煌の過去を漁っても何も出ないのだが。
「はぁ。お前がそう言うならやめとく」
諒は大人しく引き下がり、別の話題でまだ何かないかと考える。
「そういや、この前五線譜の"側近"に会ったんだ」
諒は自身の完璧な記憶にある異端を思い出す。
「『俺はお前の名前を知らない』的な事を星煌に言っててだな。なんか知ってるか?」
「……そうだな。あぁ、知ってるとも」
その言葉を聞いたT√は一瞬驚いた顔をした後、なにやら笑いながらに言い出した。
「厳密に言うと、この世界に岸星煌は存在しない。という事だろう?」
「今回の件でそれは覆ってしまったけどな」
今回の件というのは、あのカーチェイスの最後で起きた会話のことだろう。
「存在しない……?」
もしそうであるならば、ここに存在するT√も『この世界の人ではない』という事になる。明らかな矛盾だ。
「あぁ。この世界にいた、本来の岸星煌は……」
「既に死んでいる」
「は……?」
「だからアイツは忘れていた。死した人間の名前まで覚えていたら、脳のリソースが足りなくなるからな」
「死んでいるって、殺されたって事か?」
諒は動揺した。思わず机を叩いてしまうほど。
「はは。お前の脳内には様々な考察が飛び交ってるだろうが、種明かしは先にしておこう」
「なんでだよ! 知られちゃまずいのか!?」
相手が明かしてくれるかどうかなんて関係ない、一つでも真実を探ろうとする。
「いや、ここで明かしても良いが……」
「もっとベストなタイミングがあると思ってな。こんな窮屈でしみったれた空間で話す事じゃない」
「『未来』に期待してるだけだよ、篠原。お前がかつて、それに思いを馳せたように」
諒に手を差しのべる。それを握りしめ、T√はそう呟いた。
「私は『今』しか知らないんだ。飛んだ先の世界が、たまたま『未来』であり、『過去』であるだけ」
「私はいつだって、一秒先の未来に期待しているんだ。『不確定』な物より、美しい物は存在しないからな」
そうだ。だから私は、私を追い求めているんだ。
「……」
その言葉を聞いた諒は冷静になろうと、深呼吸をする。
「なら、俺も未来に期待するか」
今聞いた事は、きっと遥か先のことだ。極力忘れようと、ここに来た目的を思い出した。
「お前、俺の『過去』を書いてくれないか?」
「はぁ?」
意味の分からない言葉に、T√は今まで一度も聞いたことない低い声を出す。
「元々はそのつもりで来たんだ。あぁ安心しろ、お前の才能は信頼しているからな」
そう言って諒はいくつかの便箋を取りだし、T√へと手渡す。
「……?? なぜ私に頼む」
「ただの推測だ。お前の相方が『校正』なら、お前は『作者』だろ?」
実際、その考察は的を得ている。彼女は実際にこの日記を編集しているのだから。
「……はぁ。少し違うけどな。だが、その鋭い観察眼の報酬として書いてやろう」
T√はしょうがなく、手渡された便箋を受け取り机に置いた。
「そうだな……明後日、ポストに入れておく。誰かが見る前に受け取る事だな」
「サンキュー」
無事に意見が通った諒は、そろそろ帰るかと思いT√の自室を出る。
「あ」
「あ?」
「見つけた」
扉を開け、目の前に居たのは……幽霊である結崎 紡であった。
どうやら紡は諒を探していたようだ。二人はひたすらに目を合わせ、この状況に諒は困惑する。
「探してたよ。午後の鍛錬が日課になりつつある星煌お姉ちゃんが『諒が失踪した!!』って言って」
そう聞いた諒は後ろをちらりと振り返ると、何やらリビングで三人集まって話し込んでいる画面が見えた。
「あー……仕方ない、連絡入れておくか」
そう言ってスマホを取りだし、星煌と書かれた人物へとメッセージを送った。
「私は幽霊だから、全部知ってるよ。あなたが自室で写真を切り捨てたのも、その後に泣きながらテープで繋ぎ合わせてたのも」
その様子を見た紡は口を開き、諒の独白である一場面を口にする。
「……なんだ、急に」
「星煌お姉ちゃんに、『過去』を話そうとしてるんでしょ?」
「それはそうだが……」
どいつもこいつも、今日は自分の手の内を読まれてばっかである。
「でも、君はまだ迷ってる。ルートに依頼したのは良いものの、それを本当に渡すかどうか。その勇気があるのか」
かつて踏み出せなかった一歩を、今本当に動かせるのか。
「そうだね。俺もそう思うよ、結崎ちゃん」
そしてまた、何も無いところから校正が現れる。
「おー、変な人だ。『貴方も私が見えてるのか』を聞くのは置いといて、やっぱりそう思うよね」
「思うも何も、篠原くんの頭の中は常にその事でいっぱいだったからね」
「なるほど。あなたはそういう『チャーム』なんだね」
「うん。大体そんな感じの」
幽霊であっても、彼の思考を読む能力にはなんの異変もない。大分主語が省かれているが、会話は成立していた。
「なんで、君は迷ってるの?」
「……」
諒は送信し終えたスマホの電源を切り、目を伏せて答えた。
「ただの、『罪悪感』だよ」
「許してくれると思うか?」
「何も救えなかった俺が……幸せを望むことを」
自虐風に口にした。
自分は何も出来なかったくせして、今更幸せになろうとしている。半端であった復讐の道を捨て、あちら側に、"善"の側に立とうと。
「ふふ。なるほど」
その言葉を聞いた紡と校正は頷く。
そして紡が諒の周りを何周かした後、彼の前に立ち、口にした。
「『諒ってば、そんなことで悩んでたの?』」
「、?」
突如その口から出された、短い一節。
何故かその影は、髪の長い女性を写し出して。
「あ。もう終わっちゃった、短いね」
「お姉さんの魂を下ろしてみたの。一文しか喋れなかったけどね」
彼女のチャームだろう。幽霊っぽい事ならなんでも出来るという代物である。
「春葉を!?」
諒は驚き、大声で叫んでしまう。そしてもっとその言葉を噛み締めればとすぐに後悔した。
「うん。でも残念な事に、実物はここにはいない。悪い事じゃないよ、彼女は『未練』を遺さず旅立てたんだ」
「ただ……『残留思念』は、君の周りに漂ってる」
常人には見えないであろう、辺りに浮かぶ空気の層を指差す。
「小さな『想い』の結晶が、君を覆うように。お姉さんだけじゃない、ご両親と、親しい人物が一人」
「ふふ。何かあった時、頼ってみるといいよ」
「奇跡でも、運命でもなくて……小さな『想い』が、君を助けてくれるはず」
紡はそれだけ言って、姿を消してしまった。
「そっか、そうか……」
少し俯いて、かつてあったその影に想いを馳せる。
「……帰るか」
そうして少し俯いた後、何かを決めたように顔を上げた。
「送ってやろうか?」
「いや、いい。自分の足で帰る」
扉を使おうとするT√の言葉を断り、諒は玄関へと向かって歩き出した。
「そうか。頑張れよ」
それだけ言って星煌は扉を閉める。
「はは、お前が声援をくれるなんてな……でも、大丈夫だよ」
もう見えなくなった顔は気にせずに、諒は靴を履いてドアノブに手をかける。
空は晴れていた。彼を祝福するように追い風が吹き、太陽は暖かさを与えた。
「絶対に、上手くいく。あの日からずっと……ずっと、そんな気がしてるんだ」
そう言って彼は笑顔を見せ、振り返ること無く走り出した。
記録 星煌:記入 諒
……
『ふふ。諒ったら、私が居なくても一人で頑張れるじゃん』
『でも良かった。これでようやく、私達も、あなたも前へ進める』
『行ってらっしゃい、諒!』
『絶対! ぜーったい、上手くいくからね!』
そうして、その残留思念達は炎の中で息絶えた。
彼が私達を『幸せであれ』と願うのなら、それに応えなければならない。
そして私達も。
誰よりも、貴方が幸せであれと願っている。
前編 一章『何もない、起きやしない日常の大切さについて』
"Good END"
NEXT
前編 二章
『絶対的な権力と、逆らう事の出来ない愛について』
「何つっ立ってるんだ。ほら、行くぞ」
前に立つ二人の間に入り、両肩を組む。
「うわびっくりした! 急に肩組まないでよ〜」
心は唐突に帰ってきた諒に驚いて躓きそうになってしまった。
「なんだよ。嫌だったのか?」
諒は肩を組んだまま晴れやかに笑う。
「いや別にいいけど! 珍しいね、諒がこんな事するの」
そう言って心は腕を回し、肩を組み直す。
「いいだろ。たまにはな」




