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無題/日記  作者: 岸 星煌
一章『何もない、起きやしない日常の大切さについて』
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49/58

『Log_46』


燃える、燃える。静かに、淡々と。

焚き火のような美しさは無い。ただ炎が全てを灰に返し、そこには何も残らない。

何回も、夢で見た光景。

トラウマのようだ。それは脳から離れず焼き付き、炎症の焼印を押される。



……燃やされたのなら。



燃(・)や(・)し(・)返(・)せ(・)ば(・)良(・)い(・)。

まだ、炎は鎮火していない。ひたすらに炎は広がり、人々に燃え移る。


さあ、今こそ全てを燃やす時だ。

篠原 諒よ。あの時動かなかった身体を無理矢理にでも動かせ。




葉桜が散り、残るのは枝ではなく実である_│





天才と称された人物が居た。

万物の天才である。一を習得したらそれを千まで伸ばし、その千を無限に増やすことが出来る。

少し手を捻るだけでも世界は彼を称賛し、その手から零れ落ちた雫は完璧な円を描いた。


それが、彼の『チャーム』だ。

『万能』の才能を持ち、少し学ぶだけで人並み以上の才能を発揮する、そんな才能。


何をやっても上手くいってしまう。

そんな人物の、過去のお話。





季節は巡り、瞬きの間に冬になる。

窓から見える雪は多く、普段の路地を覆い尽くす。そして人々は、朝から終わることの無い雪掻きをし続けている。

「諒くん、明日何食べたい?」

紅茶片手にエプロン姿の母は微笑む。

「……?明日、なんかあるの?」

ぼさぼさの頭のまま、比較的短髪の少年は口にした。


"篠原 諒"。私立中学に通っている一年生。

保有するチャームは『万能』であり、その才能は家族からも周りからも褒め称えられている。

それを駆使して様々な部門で活躍し、本人もその才能に感謝している。


「テスト、今日で終わりでしょう? お祝いに何か食べに行こうかしらって」

母は微笑んだままで、諒に語り掛ける。今年最後のテストが終わる記念に、ご褒美をくれるらしい。

「じゃあ姉ちゃんが食べたいもの」

幼い諒は迷いなく回答した。

「あら、それでいいの?」

「姉ちゃんだってテスト終わりじゃん」

「ふふ、アンタは本当に『春葉(はるば)』が好きねぇ」

母はより一層笑顔なる。諒が姉の事を話す度に、決まって母は笑みを見せた。

「別に好きじゃない」

対して諒は

「そんな事言っちゃって。小学生の時はずっとべったりだったのに」

「……じゃあ父さんと母さんの好きな物で良い」

既に父は会社に向かってしまったが、リクエストした夕飯を食べる為に気合を入れていたのを朝に見掛けた。

「ふふ、嬉しい事言っちゃって。じゃあ、明日の夜はお寿司ね」

よく行く板前を予約しようと、母は携帯を手に取った。

「あぁ」

何かを決める時、決まって諒は自分の意見を口にしない。

我慢しているのではない。彼は、誰かが喜んでいる様を見るのが好きなだけだった。


「……あらやだ、なにかおかしいと思ったらあの子起きてないじゃない」

「はるちゃん! 早く起きないと遅刻するわよー!」

異変に気付いた母は立ち上がり、二階に居るであろう姉向かって叫ぶ。


母と父は平(・)等(・)に愛を注いだ。

秤は常に均等。一方に手を加えたのなら、もう一方にも。同時に、何一つ欠けさせずに。

何なら、俺(・)を(・)産(・)む(・)つ(・)も(・)り(・)は(・)無(・)か(・)っ(・)た(・)みたいだ。

ただ、まだ一歳の姉が他の赤ちゃんを見てはしゃぐ姿を両親は見て、次を産むことを決めた。そんな馬鹿みたいに単純な理由。

……それくらいには姉のことを愛している。第二子が天才と呼ばれようと、それは結果論だ。どちらも、愛おしい子には変わりない。

両親は差別をしない良い人間だと、俺は常々思っていた。



そんな、二つ年の離れた姉がいた。


「うわー! 遅刻する!!」

階段を駆け下りる音と、泣き叫ぶ声。"春葉" は眉を八の字にしながら、リビングに颯爽と現れた。

「諒もう行っちゃう!?」

「まだ」

彼女は急いで洗面所に向かい、顔を洗う。簡単に顔を整え、髪を結う。

「朝ごはんある!?」

「クロワッサン」

モゴモゴ言いながら歯磨きをし、靴下を履きながら諒に問う。

「今何時!?」

「ご馳走様。美味しかったよ」

「はーい。ありがとうね」

そうして再びリビングに現れた時には、既に諒は食器を片付けていた。


「わー!! 諒ひどい!」

「早くしないと置いてく」

既に諒は制服を整え、マフラーを巻いている。

「待って待って! あと十分くらい!」

春葉はドタドタと席に座る。だいぶ雑だがクロワッサンにジャムを塗り、急いでそれを頬張った。


「諒がもっとちっちゃい頃はなぁ!」

急いで食べなきゃならないのに、その口から流れ出る会話は止まらない。

「ふふ、今も昔もそんなに変わらないわよ」

「えぇー昔の方がもっと……ほっぺがもちもちしてた!」

どのくらい昔を思い浮かべているのだろうか。小学を通り越して幼児の時だろう。

「それは貴方もよ。でも、そうね……」

母は二人が今よりも小さい時の頃を思い浮かべる。



2___

「お姉ちゃん嘘ついたでしょ」

諒は頬を膨らませ、両手で勉強途中の姉の視界を塞ぐ。

「え? 私が諒に?」

春葉は伸ばしてくる手を掴み、下ろしながらその言葉を聞き返した。

「うん」

「そんな事するはずないよ、諒!」

彼女はそう言って掴んだ両手でリズムを取り始める。心当たりが無いみたいだ。



「じゃあ中学一年生の平均身長が『152cm』なのは」

諒は眉間に皺を寄せたまま姉に問い詰める。

「……」

春葉はその表情のまま固まり、口からは空気だけが漏れ出る。

「お姉ちゃん前『私は150で平均身長』って言ってたよね」

「……は、ははぁ」

「弁明は?」

押し黙る姉に近付き、握られた両手を何度も上げ下げする。


「に、二cm位いいでしょ!?」

春葉は上げ下げされる両腕の速度を更に早め、焦りながらその言葉を口にした。

「良くない」

嘘をつかれた事にご立腹なのか、諒の口は未だに膨らんだままだ。

「というか、何で平均身長なんて知ってるの!?」

「調べた」

「調べた!?」

まだ携帯もパソコンも買い与えられてないというのに、どうやって調べたのだろうか。

「あと覚えた」

諒は精一杯のドヤ顔をし、"これからは身長をごまかせない"という真実を突きつけた。

「もー!! そんな所でチャーム使わなくて良いのに〜!」

春葉は見栄を貼ったのを後悔し、二cmだけ足りない身長に嘆いた。



「ふふ、こんな感じのね」

その光景を見て父と笑ったのを、母は覚えていた。今思い出しても微笑ましいものだ。

春葉もその記憶を鮮明に覚えている。この出来事がきっかけで、"諒に嘘はつかない方が良い"と教訓を得たのだ。

「……確かにあんまり変わってないかも」

「身長が?」

「それは伸びた !!!」

変わらず平均身長には至ってないが、それでも数cmは伸びたと講義をする。

「ふふ、変わらず賑やかねぇ」

「も! ち! ろ! ん! だよっ!」

言葉を一節一節区切り、表情をくるりと変えた春葉は言う。


「ご馳走様、行ってきます!」

席を立ち、カバンを持って玄関へと向かった。靴を履き、振り返って声をかける。

「行ってきます」

諒も声を掛け、扉を開けて学校へと向かった。


「行ってらっしゃい。二人とも」

母は微笑みかけ、元気に外へ出る二人を見送った。



学校での生活は至って平凡、そして平和である。

仮にもここは私立中学校だ。特に教員トラブルやいじめが起こることは無い。

ただ……少しやんちゃを起こして、怒られる事は少なくない。


先生に頼まれ、実験に使う部品を運んでる時の事だ。

「あ、諒だ」

春葉は二階から、校庭に立つ諒を見つける。手にはバットが握られてる事から、今は野球の授業中なのだろう。

「わぁ〜あれが弟くん?」

春葉の友達である紗見(さとみ)も下を覗き、四番打者である諒を見た。

「うん。いま打席に立ってるね」

こんな雪が降ったのに、よくやるもんだと春葉達は思った。

二人は成り行きを見ようと立ち止まる。


「凄いよね、『万能』だっけ」

諒が保持しているチャームは、学校内では噂になっている。

話題は様々だ。『超足が速い学生が入ってきた』『頭が良すぎる天才がいる』など。

「そうそう。凄いでしょ、うちの弟」

「アンタじゃないのに何威張ってんの」

こちらを見てやたらにこにこする春葉に紗見はチョップをかまそうとした。

「わ! た! し! は! 、お姉ちゃんだから。"嬉しい"の、諒が褒められると」

そのチョップを喰らう前に春葉は一歩踏み出す。そう宣言して、ちょっぷをし返した。

「へぇ〜ブラコンって事ね」

「違うよ!?」

「じょーだん冗談」

そう軽口を叩いて、二人はプレイボールを宣言する校庭を見る。

「ならいいけど……あ、ほら見てて。絶対、絶対に上手くいくから!」

「ほんとに?……あ、打った」

諒が振るったバットはボールに見事命中し、辺りからは歓声が鳴り響く。


そして、ボールは円を描いて上(・)の(・)階(・)へと飛んで行った。



「ん?」

「え?」



廊下に、窓ガラスが割れる音が響き渡る。

その音に反応して周りは騒ぎ出し始め、授業どころではなくなってしまった。大人達は早く離れるよう促し、静かな廊下は一気に混沌と化してしまった。


「……」

「割ったね、窓」

今頃三階では冷たい空気が廊下を包んでいるだろう。春葉は額に手を当て、才能がありすぎる弟をしようかと悩んだ。

「……こういう時は、叱らないとね……」

「はは、お姉ちゃんしてるじゃん」

紗見は春葉の肩に手を置き、これから怒られるであろう弟と懸命に怒る姉を想像した。



一方、事件現場では。

「やったな」

「割ったな」

「ヒュー! 諒かっけー!」

「…………はぁ」

周りから歓声が鳴り響く。盛りがる友達兼同級生を横目に、諒はフルスイングした事を後悔した。


「おい諒! お前は何度物を壊したら分かるんだ!!」

そして怒号が耳を劈く。怒る体育教師に向かってゆっくりと足を進め、とりあえず『さーせん』と謝った。



そんな日常が、日々が。学校ではひたすらに続いていた。

昔と違って今は才能で差別される事は無い。格差も特異も全て受け入れられ、子供達は平和にすくすくと学んでいた。


だが、始まりには終わりがある。

たった三年が経つだけで、子供達は社会へ出なければならない。



空は雲一つない快晴だ。諒と春葉は学校名物の大木の下に立ち、空から降り注ぐ祝福を浴びていた。

「今日、晴れて良かっな」

「雪はちょっと残ってるけどね」

「転ぶなよ?」

「まっさかぁ! せっかくの袴に汚れが着いたら嫌だもん!」

いつもよりおめかしされた顔で、春葉はいつも通りに微笑んだ。

「それもそうだな」

内心転んだら面白いと思ったが、その袴が母譲りの物だと諒は思い出してしまった。


「う、うぅ……春葉ぁ、この前までこんなちっちゃかったのに」

「はるちゃん、綺麗になったわねぇ」



今日は、春葉の『卒業式』だ。



母と父は涙を流す。その涙を支えるハンカチは、二枚目に突入したのにも関わらずびしょ濡れであった。

「素敵ですよ、春葉さん」

ママ友が欲しい母が雇った家政婦も、最早家族の一員であった。彼女は微笑み、ズレていた髪飾りを直す。

「ほんとですか!? わーい!」

「はい。折角なので写真を撮りましょうか」

「そうだな。よし春葉、ここ立ちな」

父は眼鏡をかけ直し、最適な場所を指定した。

「うん!」

木から少し離れた場所には雪が積もっており、春葉はそれに寄り添うように立った。



「……ほら、諒も入って!」

「はぁ?なんて俺が、っうわ!」

春葉に腕を引っ張られた諒は、その隣に立たされてしまう。

「ふふ、仲良しね」

「うん!」

「……はぁ」

しんみりしていた空気は一瞬で明るくなる。

諒は困ったように笑って、少し崩れた髪を。


「では、撮らせていただきます」

家政婦は良いモデルのカメラを構え、二人にピントを合わせる。



「……そうだ」

「?なぁに、諒。もうシャッター切ろうとしてるよ?」

諒は少し言い淀んだ後、小さく口にした。



「卒業、おめでとう」

「! ……ありがとう、諒!」



「『はい、チーズ!』」



結局、抱き着かれた事により体制が大きく崩れてしまったその写真は、今でも玄関に飾られている。


そんな……幸せな日常。

ずっと、ずっと続いて欲しいと願った、"普通"の幸せ。

何一つ特別でなくとも、ありふれている物こそが美しいと知っていたから。


……


俺が生まれた瞬間からこの運命は決まっていたのかもしれない。

逆らえず、それを受け入れるしか道は無かった。



「ねぇ、たまにはお買い物してみない?」

卒業した後に時間が出来た春葉は、諒をお出かけに誘う。

「……」

「いかにも『えー面倒だ勝手に行け』みたいな表情しないで!」

対して学校から帰ってきたばかりの諒はそれを断ろうとする。なんせ、楽しみにしていた新作ゲームをこれからやろうとしてた所だ。

「大丈夫だって! 絶対、絶対上手くいくから!」

「えー……」

諒は後退りし、するりと二階へ逃げようとする。


「あら、おふた方。お買い物ですか?」

だが、家政婦がそこを通りかかってしまう。逃げようとした諒の足が止まる。

「はい! 何か必要なものあります?」

「そうですね……では、明日のお茶会用のお菓子とお紅茶をお願いして良いですか?」

家政婦は善意でお使いを頼み、商品名が書かれたメモ用紙を春葉に預けた。

「ま! か! せ! て! くっださーい!」

「ありがとうございます。では、こちらを」

もう逃れられない。春葉は意気揚々とお金を受け取り、諒はその状況に頭を抱えた。


「余った分は、お好きに使ってください」

「!」

諒はその言葉に反応する。才能を使って頭をフル回転させ、最適な買い物案を生み出す。

「よし、行くぞ姉ちゃん」

「お! 乗り気になったね。行ってきまーす!」

何故諒のやる気が出たのかに春葉気付かないまま、二人は玄関へと走り出す。

「えぇ。行ってらっしゃいませ」

家政婦はそれを見送り、明日行われるであろう女子会を楽しみに待った。




「お金、全部なくなったね」

「無駄に高いんだよ、あの紅茶」

袋の手提げを片方ずつ持ちながら諒と春葉は帰路に着く。時刻は昼を過ぎてすっかり夕暮れだ。

「いや諒が他のものばっか」「必要な物だ」「えぇ〜? ほんとに?」

諒はバッサリと言い切る。お茶会とは程遠い駄菓子を大量に買い込んでいた。

「ほんとだ」

「ふふ、じゃあそういう事にしといてあげる」

まだまだ子供な諒を見て、姉である春葉はくすりと笑って許容した。


「帰ったら褒められちゃうかな」

「子供じゃないんだから。それに、姉ちゃんもう社会人になるだろ」

春から彼女は██委員会に所属する事になったのだ。ずっと前から語っていた彼女の夢でもある。

「褒められたら嬉しいじゃん! 諒は嬉しくないの?」

「俺は褒められ飽きた」

「あはは! 確かに諒ならそうだね!」

二人で道を歩く。家は街から少し離れていたが、その道のりですら生活の楽しみになってしまう。そんな、尊い時間であった。



「……?」

「なぁ、なんか煙上がってないか?」

「? ほんとだね。焼き芋でも焼いてるのかな?」

二人は家付近から発生している煙を見る。木で隠れていて中々見えないが、確かに灰色の煙が夕暮れと共に立ち上っていた。



嫌な予感がした。

いくらなんでも、煙の量がおかしい。ただの焼き物から出ていい量ではない。

そして鼻を塞がせるような、遠くにも届く焦げの匂い。


不安になって、歩く速度を高めた。姉は何も言わなかった。



そして離れていても、ここからでも見える、見えてしまう……。


その赤(・)色(・)。




「は?」

「な、なんで」

手から力が抜ける。袋が落ちて、中身がこぼれた。



「家が……燃え、てる」


ぱちぱちと音をたて、それは燃え盛る。

それはの卒業式があった、次の日のことだった。


「な、なんで。家政婦の人は、ってか……」

「おい、母さんは!?父さんだってまだ中に居るはずだ!」

諒は叫んで、家の敷地内へと入ろうとする。

全てが燃え尽きてしまう。父は少し足が悪かったから、早く助け出さないと間に合わなくなってしまう。


「早く行かないと、全部燃え」「待って諒」

走り出す諒の腕を引っ張り、止める。

春葉は玄関付近をじっと見つめ、指を指した。


「あそこに人がいる」

「人?……!」

よく見ると、入口黒い人影が二、三人。更に庭にも何人か見える。何やら話し合っているようで、無線らしきもので連絡を取っていた。



「逃げるよ、諒」

幸い、離れていた二人はまだ気付かれていない。

故に彼女はその選択を取った。一人でも犠牲者を減らす、"安全択"を。


「は、なん」「大丈夫」



「私が、何とかするから」

「絶対、ぜったい……"上手くいく"」

「……」

そう言って、自身に刷り込む。信じ込ませる。

姉は何でもかんでも、自分で全部背負う人だった。



俺は何も言えないまま、反対方向に走る姉の背を追いかけた。



俺達は両親を、身内を見殺しにした。



逃げて、逃げて……路地裏まで来た。

「はぁ、っはぁ」

「ここまで来れば、ひとまず大丈夫だろ。ほら、水」

買い物途中に買った水を姉に分け与える。でも、荷物はそれ以外殆ど持ち合わせていない。

「あーありがとう……流石に何十分も走ってれば疲れるね」

「そりゃそうだ。俺じゃないんだから」

「はは、諒はすごいなぁ」

これだけ走っても諒は少し疲れる程度だ。そう言って春葉は少し座り込み、壁にもたれかかった。


「……」


諒は拳を握り、静かに話し始める。

「俺からすれば、姉ちゃんの方がすごいよ」

「俺はチャームを使えばなんでも上手くいくはずなのに……それでも、何度も失敗する」

諒は自身のことを振り返る。彼だって、最初から全部上手くいった訳ではないし、行き過ぎて失敗することだってある。


「でも、姉ちゃんは一度だって選択を誤ったことはない」

「いつだって、俺は……」

それだけ言って、最後の一節を言い淀んだ。それを言ってしまえば、何かが崩れる気がしたから。



「諒」

落ち着いた春葉は、ゆっくりと立ち上がり、諒の手を取る。

「私が上手くいってるのは、諒のおかげだよ」

昔と同じように。何一つ変わらない、その思いのまま。


「全部、全部……諒を守りたかったから、上手くいった」

「私はお姉ちゃんだから。私の意地が、失敗を拒んでるんだ」

「諒が居なかったら、私はこんなに上手くいかなかったよ」

春葉はいつだって弟思いだった。

『私が失敗したら、姉としての威厳が保たれなくなる』

『私が成功すれば、諒だってもっと才能を発揮出来るはず』

諒は優しいから。私のせいで力を百%発揮出来てないのだと、そう思っていた。



「だから、大丈夫だよ」

握っていた手を、もっと強く握りしめる。


「『二人』なら、絶対に上手くいくから」

「私が諒の失敗を守るから、諒はもっと前へ突き進むの」

「ね?」

そう言って、笑う。

先程両親を失ったばかりなのに。その笑顔は眩しくて、その事実さえ焼き付きしてしまうほど暖かいものだった。

「……」


「そういう所が、凄いって言いたいんだ」

諒は小さく呟いて、顔を背ける。

「え?」

「なんでもない」

話題を変えようと、握っていた手を離した。


「なぁ……俺達これから、『外の人』なのか?」

春葉の隣に座り込む。諒はポケットをまさぐって、自身の所持品を確認した。

「うーん、証明書があるから何とかなるとは思うけどぉ……そもそもここからどうして良いか、まだ分からないね」

「そうだな。……」


「よし!」

あからさまに落ち込む諒を見て、春葉は覚悟を決めたように両頬を叩く。

「?」

「生き残る方法を、今から考えるの」

「生き残るって……」

諒は考える。この状況下でゴミ漁りをせずに、生き残る方法。

だが、春葉はもう思い付いているようだ。

「こういう時は、"大人"を頼ればいいの!」

「私のチャームで、全部説明するから!」

そう宣言して、落ち込む諒の顔を覗き込んだ。


春葉の保持するチャーム。

『話術』

自身が考える言葉を、無意識下において完璧に説明 文章化できる才能。

断片的な言葉を並べるだけで、頭はそれを文章へと書き換える事が可能。ただし、言葉をより適切なものへ言い換えたりするのには自身の知識が必要になる。


「……」

「姉ちゃんが、全部……一人で?」

「ううん。二人でだよ、諒」

「ふた、りで……」

春葉は諒の言葉を否定する。いつになく落ち込む諒の姿を見るのは、とても久しい事であった。



「ここから先は、私たち二人で頑張ってくの」

「さっきも言ったでしょ?私たち『二人』なら、なんでも出来るって」

「だから、そんな顔しなくても大丈夫だよ諒!」

そう言って立ち上がり、諒に手を伸ばす。


「いや、でも」「大丈夫」

何度も否定しようとする諒の言葉を遮る。真っ直ぐ前を向き、諒の瞳を見つめる。

諒はその手を取れないまま、宣言する姉の瞳を見つめ返す。



「『絶対に、上手くいく』」

瞳が、光る。



「お姉ちゃんが全部、ぜんぶだよ」




「守って、あ! げ! る! か! ら!」



「ね! 、ゆう(諒)」





言葉を言い切ると同情に、聞いた事のない鈍い音が路地に響く。


「は?」




「……あ、れ」



そう言った彼女の身体には、小(・)さ(・)な(・)穴(・)が(・)空(・)い(・)て(・)い(・)た(・)。


春葉の身体が地面へ横たわる。

突然の出来事に声も出ない。目の前にあったはずのその体を、受け止める事も。


「はっ、ごほっう、っ」

口から赤い液体が漏れ出る。

「、?は、はっ」

現状が理解出来ない。何一つ。頭が真っ白になり、心臓の鼓動だけがうるさく聞こえる。

耳鳴りがする。手に触れる血でさえ、諒には理解出来なかった。



「……!」

遠くから足音が聞こえる。姉の耳にはしっかりとそれが入った。



「ゆう、にげ、て……」


「い、や、、でも」

諒は後退りせず、話す姉の身体に近付く。


「……『お願い』、『遠くに、はやく、はやくっ』」

チャームを使い、回らない頭で必死に言葉を伝える。

『生きて欲しかった』

常に安全策しか取れない春葉は、諒を何としてでも生き残らせたかった。



諒は声を荒らげたい気持ちを必死に抑えた。

でも、姉の願いを聞いてしまった。諒は何も考えられないまま、その声に従い背を向ける。



それでも、姉の声だけが小さく聞こえた。


「『ぜったい、うまくいくか、ら』……」



赤くなったその体は、両親が燃えた尽きた体とそう大差なかっただろう。





そこからは、あまり覚えていない。

覚えようとも思わなかったし、そんな事を気にする余裕もなかった。

俺は『万能』なのに何も出来なかったから。そんな事を、覚えたくなかったから。



だが、一つだけ。

この心には、『復讐心』が込められていた。


「そうだ。復(・)讐(・)だ」

「俺は、全てを燃やさなければいけない……」

路地裏を歩く。

燃えていた炎も、差し伸べられた手も全ては冷たく失われてしまった。



俺は至って冷静だった。


だからとりあえず、"犯人を炙り出す"ことにした。


まずあるとしたら。

こんな事をするのは、俺の"才能"に嫉妬した人物だろう。

つまり、俺の知り合い。少なくとも、クラスや学年内ではあるだろう。



だから、"中学に殴り込んだ"。

喧嘩という名の尋問を繰り返し、ただひたすら相手に問いを投げかけた。

『犯人の名前を言え』『実行犯は誰だ』『アリバイを示せ』

俺は『天才』だったから。どこを殴れば一番痛いのか、何を言えば相手を一番苦しめられるのかを理解していた。



金も住処も、何とかなった。

俺は『天才』だから。復(・)讐(・)だ(・)っ(・)て(・)簡(・)単(・)に(・)で(・)き(・)る(・)。あまりあまり好きではなかった才能は、この為にあったのだ。

世界が俺を肯定する。お前は復讐をして良いと、して良い"資格"があると。

そして周りは『お人好し』ばっかだったから。俺は『可哀想』なんだから、少し事情を話せば金をくれて、弱った様を見せれば一室が借りられる。

それを恩という偽善で返せば、相手は喜んでくれる。


耐えれば、耐えれば良い。

地道な作業だが、片っ端から炙り出せば良いのだ、全部、全部吐かせて。


終わらせたら、俺もあっちへ行こう。姉が、家族が居ないこの世界に……希望などないのだから。

姉はいわば、俺の存在そのものを肯定してくれる人物。

両親が望んで姉が生まれる。姉が望んだから俺が生まれた。


俺の存在を肯定してくれた人は、全員居なくなったから。ならここに、俺がいる理由は無い。



「……"時空間、調査委員会?"」

一枚の紙が目に入る。思わず足を止め、その個性的なポスターをまじまじと見る。

「聞いた事はあるが……、見た事ないな」

『経歴不問』『アットホームな職場です』『社宅付き』……。そんな事が書いてある。

そんな裏路地に張り出された一枚の紙。

誰も見ていないのだろう。それは所々破かれ、隣には落書きまでされていた。

製造に至っては19__年だ。だからこんなにも色褪せているのだろう。



「……」


都合が良い。


「はは」

「やっぱり俺は、恵まれてるな」


チャームだ。才能のお陰だ。

復讐だって、俺がやれば何だって上手くいく。


そう言って俺は、復讐者への切符を切った。

暗い路地裏を、足を引きずりながら確実に進む。

未来という光に向かうが、俺が携えるのは燃える炎だけだ。



「『絶対、ぜーったいに。上手くいくよな』」


「はは」




嗤う。その瞳に宿った星は黒(・)く(・)歪(・)み(・)始めていた。





……



「で、なにこれ」

「何でもない。ただの手紙だ、感想もいらん」

「いや、一方的に過去の出来事押し付けといてその様ですか!?」

ソファーに座っていた星煌は立ち上がり文句を口にする。

それもそうだ。唐突に長文の手紙が差し出されたかと思えば、無言で『読め』と。そして読んだら『感想はいらん』って。

「あぁ。この様だ」

「なんかニュアンスが違う!」




「だってそれを見ても、お前から俺の印象は変わらないだろ?」

「?それはそうだけど」

星煌は当たり前だろうと口にする。

「ふは、だから良いんだよ」

「えぇー……」

暗い過去とは裏腹に上機嫌になる諒を見て星煌はさらに困惑した。



「……ちなみに、作成はルートに頼んだ」

「アイツに!?!?!、」

「っはは!」

その言葉を聞いた途端顔が歪んだ星煌に、諒はおかしくなって笑ってしまった。

その瞳の光は、白く元通りになっていた。



記録:記入 諒

死んだ姉の代わりに、その気持ちを背負って生きていく。

「うん。もう大丈夫だ」


「たまには手を抜かずに、頑張って生きてみるか」

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