Log_45
思い出は思い出であり、今は今だ。
そうして我らは記憶を積み重ねてきた。それを変えてはならない。上書きは叶わない。
それに、全てを焼きす尽くすように燃える心も、何一つ通さない冷たい鳥籠も、もうここには存在しない。
暗いワンルームは日差しで明るくなり、破かれたフィルムは記憶通りに修復された。
心の扉を開けたんじゃない。彼はそれと共に生きる事を決めたのだ。
例えどれだけ辛くとも、傷が癒えなくとも。
それを手当て出来る、人が存在する。
そう言って彼は笑う。
流れゆく川の速度を追い越せと、大きく飛び跳ねた。
『彼が救われる日は何でもない日であり、些細な日常だろう』
晴天に、一人、机と椅子_│
もう八月がそこまで迫っている。人々は部屋の温度を下げ、遊びに出かける為に浴衣の準備をする。
もちろん、心も例外ではない。八月始めに行われる盛大な『祭り』に参加するため、必死に先生に交渉をしている所だ。
気温もピークを迎え、森に佇む拠点の周りには短命を知らない蝉が鳴いている。
儚い命だ。冬の冷たさを知らないまま、暖かい夏と隣り合わせに寄り添う。
ただ、人間にはそんな事を気にする余裕はない。
生きるのに忙しい。常に人生設計をし、明日何かが起こるかもしれないという恐怖から抜け出すために眠る。
もっとも、そんな事をする必要が無い位上手くいっているのなら、蝉の声に耳を傾ける程度は出来るのだろう。
ソファーに身を任せる。諒は片足を抱えながら、ひたすらに流れるニュースを沈鬱な表情で見た。
「星煌」
話そうと、その名前が口からこぼれる。今喋るつもりは無かった。
星煌は何やらゲームの周回で忙しそうで、この停滞した空気感が心地よかったから。
それを、壊さないでおいた。だが、だからこそ諒の口からは勝手に言葉が漏れた。
「どしました?」
そんな事は知らずに、星煌はいつも通りになってしまった声で返事をする。スマホから目線を離さないので、諒の表情は見れていない。
「生きるってなんだと思う?」
哲学的な、重い質問を投げかける。とても晴れ渡った空の下で行う会話ではない。
「…………今体感してるじゃん」
ここでようやく星煌はスマホを手放し、隣に座る諒を見た。彼女も同じようにソファーに両足を置き、足を屈めて体操座りをした。
「"現実的"な意味じゃない。何を目標に、"どんなふうに生きれば良い"んだろなって」
諒は一秒先の未来に悩んでいる。
『今』という物は基本的に存在しない。一秒戻れば過去であり、少し先を行けば未来である。
「生きる意味が無いから死にたい的な?」
「そこまでは言ってない」
首を振って否定する。彼は全てを投げ出す為に自殺するような性格ではなかった。
「生きるってのに価値はないよ。生きるために辿った道のりが『生きた証』として残るだけで」
難しい質問だったのにも関わらず、意外にも星煌の口からはスラスラと言葉が出てくる。
それはまるでその質問を予知していたかのように。何度も予行練習をし、その本番を今迎えていると言われてもおかしくはない。
「そうか。じゃあ、お前は価値の無い人生を歩んでるのか?」
『今』を懸命に生きた『過去』の結果が大事と言いたい訳だろうと、諒は認識した。
「うん。少なくとも私はね」
「……」
星煌は笑顔で言った。
反論しようと彼女を挑発したが、帰ってきたのは予想外の答えだった。
つまりだ。産まれてからずっと生き、ここへ来て生活を変えても彼女は人生を価値の無い物だと言い張っている。
「じゃあ、俺が人を殺したら価値はどうなる?」
諒は別観点から考える事にした。元々の悩みの種から質問を伸ばし、それを星煌へ投げかけた。
「私視点で?」
星煌は面倒になったのか足を伸ばし地面に置く。それを左右に揺らし、動きをただじっと見つめた。
「あぁ」
耳に掛けていた髪が垂れる。それは彼の視界を少し塞ぎ、心にある不安感と一体化した。
「私は他人の価値を決めれないよ。"想像"することは可能だけど、決めるのは諒自身。私はその自己評価に沿うだけ」
それでも彼女はすぐに自身の答えを出す。諒は不安を遮られたのに安心したのと同時に、その回答に星煌『らしさ』を感じた。
「……俺は自分の事を殺人犯のクズだと思ってるが、お前もそう思ってるのか?」
対して諒はらしくもなく、この瞬間だけにある自身の自己肯定感の低さを露呈させる。
「表面上は従うよ?『そっかそうなんだ』って言って。私は諒の事をそうは思ってないけど」
「、そうか」
そんな表面上だけの偽りを散々言っている癖に、『諒の事をそうは思わない』と言っているのは、彼女の優しさなのだろうか。それとも単に、そう思ったから言っただけなのだろうか。諒は生き方よりもそっちの方が気になり始めてしまった。
「……」
「岸星煌、歌います」
そう言って彼女は突然立ち上がり、マイク替わりのスマホを構える。うるさいテレビの電源を消し、代わりに自分が前へと立つ。
「は?」
突然の状況に困惑する。諒は体勢を崩し、正面に立つ星煌をとりあえず歓迎の拍手で迎えた。
「『ただ』」※カットだ。こんな著作権にまみれた歌詞、しかも下手な歌を態々書くわけないだろう。……(というメモが貼られている)
「どうだった?」
律儀に終わりまで大声で歌った星煌はゼーハー息を荒らげながら諒へと問う。
「……音程外しまくってたな」
昨日無理やり聞かされた曲なので、諒の耳にはそれとなく残っていた。それでも分かる程、度々外れていた音程バー。
「うわーまじか。…………元気出た?」
「これでどう元気を出せと?」
突然歌い始めた目的は、何やら様子がおかしい諒を元気付ける為だったらしい。
未だ諒は自体にジト目になりながら困惑してしまい、ずっと肩を上げ下げする星煌に呆れた。
「くそ、やられた!」
ついに星煌はソファーに倒れ込み、シンガーソングライターの歌の上手さに心の内で感動した。
「何も仕掛けてねぇよ」
歌って勇気付られるのなら人生はとても簡単だ。これで盛り上がろうとするのならカラオケBOXに行かねばならない。
諒の気分が晴れた訳では無いが、幾分かはましになった。そんな気がした。
「なぁ、星煌」
「何?」
先程と、全く同じ滑り出し。
ここまで来てしまったのなら、もう行くところまで行って話すしかない。諒はそう思って、会話を再開した。
「優しいってなんだ」
先程とはまた変わった質問。諒はそれに誰かの面影を重ねたせいで、優しさのあり方に疑問を持ってしまった。
「『優しい』かぁ。うーん、諒はどう思う?」
星煌は問いに答える前に、諒の考えを聞いた。彼女は思い出した、この状況が前にも存在した事を。二重の意味で重なるデジャヴだ。
樺澤 凜々とした会話。その時はなんと答えたのかを思い出そうとする間に、諒の考えを聞こうとした。
「……ちょっと待ってろ」
「うん。いいよ」
そう言って顎に手を当てる諒を横目に、星煌は自身の記憶を辿る。
必死に捲って思い出したのは、凜々の頭に蝶々の髪飾りが付いていた事だけであった。
「在り来りな回答だが、『他人に寄り添える人』とかか。それか『支えてくれる人』とかだな」
諒は自身の記憶にある『優しい人』を思い出しながら言った。█はいつだって彼の傍にいてくれて、幼い天才には無い物を沢山持っていた。
「へぇ、そうなんだね」
対して星煌は珍しく結んだ髪をいじりながら答えた。彼女はその答えに"納得"したらしい。
「……いやお前はどう思ってるんだよ」
だが諒は引き下がらない。例え同じ考えであったとしても、彼女の口から言葉を聞かなければ納得できない。
「諒がそれで良いなら、いいと思っただけだよ?」「『さっさと言え。殺すぞ』」
痺れの切れた諒がナイフに手を当て星煌を脅す。彼が短期でキレ症なのはこの委員会の全員が知っていた。
嫌いなはずのチャームまで発動している。表情も相まって、さながら殺人鬼のような殺気を感じさせる。
「あっはい言います言いますからナイフ下ろしてください」
星煌は身の危険を検知し、一歩引き下がりつつも取り出される鋭いナイフを静かに下ろした。
「えーっと……肯定と否定どっちが良い?」
「お前が思ってる方だ」
「それは困るからどっちか選んで」
「は?……肯定はさっき聞いた。否定で」
諒はその行動を理解出来ないまま、困惑した表情で次の言葉を聞くことになる。
「そう。じゃあ真っ向から否定してごめんだけど、"私は諒の考えに賛同できない"」
表情は変わらない。言葉に応じて笑い、口を下げ、ただ淡々と意見を述べる。
「『傍に居てあげる』そんなもの、誰だって出来る。なんなら、相手から勝手に来る事だってある」
「『他人に寄り添える』? みんな辛いのを我慢して、他人が他人にに寄り添いながら生きてる」
実体験なのか。それとも、ただの自己嫌悪か。
「みんな持っているのなら、それは『優しさ』なんかではない、なんの意味もない」
「だって当たり前だから。普通に生きていれば、そんなの誰だってできるよ」
それは、凜々との会話でも聞いた台詞だ。
当たり前。普通。その優しさに価値は無く、ただそこにあるからそれを行う。
「一般的な優しさは、既にゴミと化してるんだよ」
星煌は嘲笑うように口角を上げる。
██な██過去の記憶を思い出す。
「本当に優しい人は、隣に立つんじゃなくて、それを前に引っ張って行ける人だよ」
天井に手を伸ばす。ただの灯りでさえ、生きる上で重要な役割を持っていた。
それは断片的な記憶の中でも色濃く焼き付いて、離れない。
「『行動力』がある。ただ見てるだけ、支えるじゃなくて、一緒に突き進んで行ける人」
空想の人物を思い浮かべる。そんな『正義』の擬人化のような人物は居るのだろうか。
所詮、私のやる事は█の██████。
「どこまでも続くレールを、自分で敷く側の人間」
彼女は、選択の権利すら与えられない。
だから何をやっても████で。結局辿り着いた先は、普通で。
「だから私は、諒も心も優しいと思ってるよ」
だからこそ、目の前の人達は優しいのである。
星煌はそう思って、諒へと笑いかけた。
「……なんでそこに着地するんだ」
諒はその意見に納得する前に、目の前で笑う人物をどうにかしなくてはならないと思う。
「本当の事を言っただけだよ、優しい諒くん」
星煌は近付いて諒の右肩を叩き、会話を終わらせようとスマホへ手を伸ばした。
「俺は、お前の方が優しいと思うけどな」
諒はまだ話し足りないのか、星煌とは真逆の意見を口にする。
「私?」
「あぁ。お前は……『善人』を象った性格をしている」
ただの主観だ。物事を頼めばそれを受け入れ、足を踏み外そうとする他人の手を取る。
そんな、『良い人』の。
「そう?ありがとね」
それだけ言って星煌は止まっていた手を動かして、スマホを手に取る。
「……」
「それも、『表面上で納得する』ってやつか?」
諒の興味はとっくに星煌へと移っていた。先程の会話から放たれる回答。すらすらと出てくるその言葉。
彼は思う。自分は単純に、岸 星煌という人物に"興味がある"のだ。
「諒がそう思うならそうだよ」
「……さっきから、曖昧な答えばっかだな」
帰ってくるのは、肯定の意のみ。肝心な中身が聞けないままである。
「そう?」
本人は自覚がないようだ。……だが彼女は、"無自覚で曖昧な優しさ"が、誤魔化すのには一番良いと知っていた。
「あぁ。同情なんて要らねぇから、お前の意見を聞かせろ」
だからこうして、諒の方から発破をかけないといけない。
「あー……、うん、分かったよ」
星煌は起動しかけたスマホの電源をボタンを押して、大人しく心の内を明かす事にした。
「私は……別に自分の事を『優しい』だなんて思わないし、思った事もない」
「ただ皆がそう"望む"ように、そう有るように。私も、それに従おうとしてるだけ」
大して重要でもなく、大きな転換点でも無い記憶が思い浮かぶ。
「私のやる優しさは、所詮他人の道を辿ってるだけに過ぎない。他人の優しさの、"真似"をしているだけ」
別に友達とも思っていない誰かの、話を聞いている時の事だ。
「私が動いて他人を救ったとしても、『ありがとう』の言葉なんて使って欲しくないよ。もっと有るべき場所で、有意義に使って欲しい」
自己嫌悪と賞賛の言葉が混ざりあって、気分が悪くなった星煌はすぐに目を閉じた。
「……」
「ねぇ。諒」
それが、逃れられる最前の方法。常に考える彼女が、唯一"目"を閉じれる場所。
「私が、この世界を救う救世主で。この先の"未来"も全て知っていて、尚且つ私はこの世界に、意図的に来たとしたら」
世界線が分岐する。
『もしも』
彼女が、既に特別な存在であったら。
「私の世界にも魔法が存在して、ずっとずっと、『救世主としての舞台装置』になりきっていたとしたら」
既にこの世界を、観測していたら。
「諒は、どうする?」
瞳にある星が、燦然と輝く。
「くだらねぇ嘘だな」
「お前には、そんなこと出来ないだろ。ルートに何か仕込まれたのか?」
だが諒はそれを否定する。その星には何の力も宿ってない事を、知っている。
「…………はぁ……上手くいったと思ったのにな」
諒の考えは当たっていた。星煌は渾身の嘘が不発になった事実に落ち込み、小さくため息をついた。
「俺以外だったら騙せてたかもな。俺の観察眼を舐めない方が良い」
圧力とも言える相手の対応に論破で返せたことに、諒はドヤ顔をして腕を組んた。
「たしかに。よ、天才さん」
星煌は本心からそう思いながらも、どこか皮肉が混じったようなよく分からない声で諒を賞賛した。
「……」
だが、彼は考える。その嘘が、先程の考えが。
全て"即興"で編み出された物だとしたら、中々な物だと。
「お前も大概だな」
そうでないとしても、その考えをした事があるのはどっちみちおかしいという事を。
諒はバカにしたような表情で笑う。
「何が?」
「今の答えでわかったよ」
「俺と同じだ、『自分が嫌いなんだろ』」
諒は星煌に指を差し、同族だという主張をした。
彼は自分が嫌いである。その理由は後述されるが、彼は自分自身を好まない。
自己肯定感が低い訳ではない。彼は自分が天才だと自覚している。褒められた言葉を当然だと受け取り、更に技術を向上させる。
ただ、過去の失敗が彼をそうさせているのだ。
「はは、私には自分を嫌う"資格"はないよ。だって、母親が痛い思いをして産んでくれたんだよ?それなのにこの命を嫌ったら、親不孝になっちゃうよ」
対してこちらは諒と真逆。自己肯定感が低く、何をやっても素直に受け取れない。
星煌はそう言って目を閉じ、こちらへ向く指から目を背けた。
「へぇ、いい子ぶって。認めたくないんだな、自分が嫌いな事」
「認めてしまったら、『善人ではなくなる』からか?」
諒の好奇心が考察を加速させる。
何にでも"同意"を示し、誰にだって"望まれた優しさ"を与える。
既に彼の頭の中で考えはまとまっていた。後は彼女が、アンサーを返すのみ。
「諒がそう考察するなら、それは合ってると思うよ」
だが彼女ははぐらかす。先程と同じように、分かってない『フリ』をして。
「……一応煽ってんだけどな」
「乗っかって欲しい?」
「本音を言うならな」
「うーん……じゃあ一つだけ言ってあげるよ」
そう言って滲み出た彼女の優しさが、諒の好奇心の一つを支えた。
「色々考察してるけどさ」
「諒は私の事、どのくらい知ってるの?」
「その程度の理解で、私の事を測ろうとしてるの?」
彼女の数少ない、心の底から漏れ出た本音。
一番最初に、直感的にそう思った……優しくない事を。
「……」
諒は思わぬ返答に目を丸くし、数回瞬きをした後……。
「っ、はは!」
顔を綻ばせ、大きく笑った。笑うその瞬間には星が散り、これ以上ない笑顔を見せた。
「? 急に笑ってどうしたの」
興味を削ぐような言動をしたつもりだった星煌は当然笑い出す諒に困惑する。
「いや……ただ、その一言で俺は星煌の事を少し知れた。それだけでいいし、それだけだ」
自身の興味が満たされた諒は満足そうな笑みを見せ、逆に星煌の肩を叩いた。
「はぁ……出会ったの頃の星煌を見てるみたいで、ちょっと"からかいたくなった"。別に、お前が乗っかなくても良かったけどな」
諒はニヤリと笑って自身の思惑通りに行った事実に感嘆した。
「うわぁ意地悪。良い性格してるよほんと」
出会った頃と、今の私はそんなに差異があるのか。星煌はそう思いながらソファへと更にもたれ掛かる。
「そうか?」
「うん、そういう所あるよ諒は。見てれば分かる。……」
星煌は、自分も存外煽りに弱いのだなと思った。こんなにも簡単に、相手の思うツボにハマってしまうとは。
「まあでも優しい優しくない関係なく、諒といると安心するよ」
「俺と?」
唐突な讃賞に諒は思わず聞き返してしまう。
「うん。兄と似てるから」
星煌は自身の兄を思い浮かべる。諒は背が高く、筋肉は無いが持久力のある兄を。
「……居たんだな、兄弟」
「うん。上に一人と、下に妹が一人。兄も諒みたいな天才肌だったからね、余計に似てる」
星煌はくすりと笑って、置いてきた二人の人物を思い浮かべた。が、特に思い入れのある記憶があるわけ無いのですぐに顔が見えなくなった。
「……」
諒は『天才肌』という言葉に反応して、言おうとした言葉を詰まらせた。
「なぁ、俺のチャームの事どう思う」
以前にもこんな会話をした。諒と星煌が、初めてチャームについての会話をした時だ。
諒は自身のチャームを開示し、星煌は彼の才能を褒めた。
「? あぁ、諒はそのチャーム嫌いなんでしょ?」
「……よく、分かったな」
星煌はさらりと、何の前触れもなく本心を突いてくる。諒は驚いて苦笑いをした。
「見てれば分かるよ。なんで嫌いなの?」
彼女にとってそんな物は"見れば分かる"程度らしい。
今度は諒の番である。彼は少々悩んだ後、自信の無い声で言った。
「……別に、このチャームを使う事は構わないんだ。現に今俺はチャームに頼りきってるが、それを悪いとは思わない」
「ただ俺は、このチャームを、『万能』を持ってしても人を……救えない」
彼が自分の事を嫌う理由。一つの、大きな失敗。
「たとえ車の運転が上手かったとて、そこに至るまで……アクセルとブレーキを知らなければ運転することは叶わない」
「たとえ天才的なセンスを持って軍隊に入隊しようと考えも、背が低くければそれは叶わない」
「そもそもの話なんだ。俺には『先』があるのに……そこに到達するまでの、『今』が存在しない」
諒は自身の過去を見つめながら、『今』にしか存在しない自分を重ねる。
「へぇ。だから使ってなかったんだ。それはその『今』とやらを作るために?」
「まぁそうだな。『万能』で補えない所を、俺は自分で作らなきゃならないんだ」
星煌の問に頷き、諒は左手の拳を固く握った。
彼は天才である。それは紛れもない事実だ。
だが、彼にだって弱点はある。彼はあくまでも人間であり、無から人参を錬成する事も、この細身で百二十kgのベンチプレスを上げることも出来ない。
「……本当に?なんでそんなネガティブに考えるの?」
「ネガティブって、だって「諒、『そもそもそれを使おうとしてない』でしょ」……」
星煌はその『先』というテーマに則り、自身の観察眼から編み出される考察を口にする。
「先とか今とか、『才能』の前ではそんなの関係ないでしょ。そして才能を扱う為には、『自信と信念』が必要なんだよ?」
「そんなグズグズしてたら、才能の方から離れて行っちゃうよ」
これは、『一般人』である星煌からしか出せない意見。さっきとはまた違う雰囲気で、星煌は淡々と述べる。
「っ、いや」「希望に縋らないの?もしかしたら『開花現象』が起きて、全てを覆せる程の強さになるかもしれないのに」
「過去の失敗に縋り付くのは醜いよ。『今』を見据えて動かなきゃ、何も始まらないだろ」
「それとも何?また失敗するのが怖いの? 『自分のチャームを使う』って事も踏み出せないちっぽけな勇気なの?」
星煌は仕返しと言わんばかりに存分に煽り返す。だが、一気に長文を喋ったせいで口が疲れ、少し息が上がっている。
諒はその言葉に何かが穿たれたのか、先程より大きく目を見開いた後、何かを諦めたような口振りで言った。
「……やっぱり、お前は目が良いな」
彼はさっき言いそびれた褒め言葉を言う。
「え何? 京都弁発動してる?」
持ち前の自己肯定感の低さが発動し、星煌はその言葉を疑う。
「違う。それに俺の出身は秋田だ」
「うわ都会!」
「神奈川も都会だろ」
「うーん正論! でも何処だって場所によるくない?」
現にここは森に囲まれている。超田舎では無いが、利便性があるから住む街では無いだろう。
それよりも秋田が都会かと言われたら別にそうでもない事に気付いてしまった諒は、今更反論できないことを悟った。
「……そうだな」
「はは、うん。今の俺なら、リボンを上手に結べるさ」
「絶対に、失敗しないよ」
楽しく話す星煌を見て、諒は先程の話題を切り上げようとした。
「え?んな事気にしてたの?」
星煌達はつい先日の事を思い出す。全員が全員ミスりまくった結果、ネクタイで一日を過ごす事になった心を。
「あぁ。お前の言う通り、小さなミスも引き摺るタイプなんでな」
「……なんかごめんね」
煽りまくった後の罪悪感を感じた星煌は、なんだか気まずくなって小さく謝った。
「いや、別に構わない」
「それに、俺…………」
「……俺達って家族なのか?」
諒は心の真似をし、家族というワードを使おうとしたが……本当に家族なのか疑問に思って、星煌へと質問をした。
もしかしたら心が勝手に言っているだけであり、星煌はそう思ってないかもしれない。それが不安になったのだ。
「え……まあそうなんじゃない?同じ屋根の下で暮らしてんだから」
「はは!お前のそのちょっとズレてる所、おもしれぇな」
諒は思う。恐らくこいつに感情論は通用しないと。
「?」
星煌は諒なんで笑ったのか分からないが、とりあえず自分も笑っておいた。
「安心しろ、今日から俺が兄として可愛がってやる」
諒は何故か星煌と肩を組み、彼女の兄と代わって自身がそのポジションになる事を決めた。
「なんでそうなるの? 今日情緒不安定だよ?」
「いいから黙って従っとけ」
不器用な優しさは伝わらない。諒は兄を無くした星煌を気遣ったつもりだが、星煌は家族を失って悲しいと思っていない。
「そこは変わらず暴力的なんだね」
「……いや、諒はずっと変わってないか」
星煌も腕を回して肩を組み、今日はなんだかおかしい諒に『変わってない』と言い張った。
ソファーに座りながら肩を組み、何も映さないテレビを見てるのはだいぶおかしな光景だ。
「諒は『雑』なんじゃなくて『手を抜いてる』だけであり、少々『暴力的』な面があるのは『軽口を叩ける程の仲』という事。『面倒見が良い』のは『無自覚に自分の方が上手くできる』と思っているから」
「私がここで見た時から変わってないなぁ。どっかの時に『復讐』とか言うから、もっと暴力的になるかと思ってたのに」
星煌は他の世界線の考察まで進めていた。もしかしたら諒がその才能で時空間調査委員会どころか世界まで壊滅的させるんじゃないかと。
「……」
「そこまでいくと、怖いよお前……」
諒は行き過ぎた星煌の観察眼に恐怖を覚える。交換日記のプロフィールに、特技は『無し』と書かれていたが、絶対に観察眼と書いた方が良い。諒はそう思った。
「?」
まあ、自己肯定感の低い星煌がそれに気付く事は一生ないだろう。
「お前から見た俺はそうなんだな」
「んーまあ、全員そうじゃない?私が分かるんだから」
「そうか……そうなのか……、?」
諒は先程言われた褒め言葉とも取れる言葉を、受け入れるか貶すか悩んだ。
「納得しといた方が良いよ」
「じゃあ、そうしといてやるか」
大人しく納得し、諒は自身の手の抜いた生活を改めようかと考えた。
「なぁ、さっきの話に戻して良いか?」
「え?どこ?『生きる』がどうのこうのって話?」
「いや、俺の『才能』についての話だ」
避けてた話題を、自分から掘り返す。一度切り上げた話題を、また取り上げる。
言いたい事があったから。この一つだけは、言わなければならない。
「ずっと、星煌みたいな『普通』に生まれてたらどうなんだろうって思ってたんだ」
「お前は良い意味でも悪い意味でも普通だ。なんの尖りもなく、穴もない。まあ、未来は見れるけどな」
正面を見合わせる。
ずっと、ずっと憧れていたもの。
最初の根本から覆せれば良かったのにと、何度も何度も後悔した、その事を。
「ふーん。褒め言葉?」
「俺にとってはな」
「でも、今思った。俺がこの道を辿ってなければ……」
「お前らにも会えてなかったし、こうした今も無かった」
普段なら恥ずかしくて言えない事を、今だけは正直に話す。
「結果論だけどな。俺は、この道を選んでも幸せになれるのかもしれない」
手放していた物。自分はそうなってはいけないと、無意識に手を抜いていた事。
「いや、もうなってるかもな」
ようやく、心の整理がついた気がした。
(俺はここに居て、"楽しい"と思ってるんだ)
背けていた事実に、目を合わせた。
「そっか。それなら良かったよ」
星煌が普段見ない、なんだか落ち着かない様子を見せた諒がなんだか面白くなり、彼の頭をポンポンと撫でた。
「星煌は、『過去』を想ったりしないのか?」
不意に頭を撫でられた諒は█を思い出し、連鎖的に過去を思い出した。
「さぁ。昔の私なんて、もう忘れちゃったよ」
「私は『岸星煌』であり、時空間調査委員会所属の炊きたてほやほや新米ちゃんなんだから」
「……そうか」
諒は深く追求しないことにした。星煌の記憶力があまり良くないことは、要所要所で見られていたから。
「心には、今の話言わないの?」
「おいおいな」
いつかは言うつもりらしい。星煌に問いかけたように、記憶が無い彼女にも。
その言葉を聞いて星煌は安心した。自分だけ特別扱いをされなくて、と。
「んー……じゃあ、心に話すその時は、私も呼んでね」
「わかった」
きっとそれはすぐに来るだろう。諒は一度決めた事には真っ直ぐであるから。
「心はどんな反応するのかな」
「……『え〜、諒ってそんなことで人生悩んでたの〜?』」
もう、使うのは躊躇わない。持ち前の才能を存分に発揮し、諒は心の声真似をした。
「ちょっと似てるのやめて?面白いから」
「言いそうだろ?」
「めっちゃ言いそう」
すっかりいつも通りだ。……いや、この会話も彼らにとっては『いつも通り』なのかも知れない。
顔は見合わせない。
これはただの会話である事を、二人は知っていたから。互いにその言葉を交わし受け取り、ただ口を開くだけ。
それだけ。
「星煌」
「何?」
「それでも俺は」
「お前のことが、羨ましいよ」
「そ」
そう言って諒は誰も見ていないテレビを点け、星煌はスマホゲームを再開した。
どんな表情をしてたのだろう。互いに一瞬そう思ったが、それは既に過ぎ去った『過去』だ。既に知る権利は残されていない。
そんな、会話。
ただの日常の一ページであり、日記に書くことすら億劫な。
それでも、彼はその言葉を聞いて安心した。
そして、同時に思う。
『時空間調査委員会 篠原 諒』
その物語は、とっくに始まっていたのだと。
既に運命は狂わされ、花道が咲いていた。
自分の事は、未だに好きにはなれないが……この才能位は、今まで以上に頼りにしたって、何にも存分に使ったって良いのだと。
少しくらい、真面目に生きたって。
『幸せ』に生きれるよう、努力したって良いのだと。
過去を思い出して、笑って良い。
今を生きる為に、それは必要な事だから。
彼は狂ったかのように突然大きく笑いだす。
満足いくまで声を出した後、安心しきった表情で目を閉じた。
記録:記入 星煌 諒
「どうした?面白い場面でもあった?」
「いや、なんでもない……ただの、思い出し笑いだ」
「そっか」「ねぇ!!!今諒の笑い声が聞こえたよ!!」「それより星煌ちゃんが大声で歌ってた方が気になるけどね」
「……なんか、前にもこんな会話したな」




