Log_44
夢で、家族の姿を見た。
何度も……繰り返し繰り返し映し出される光景は日常そのもので、俺はそれをひたすらに録画した。
何時でも、見返せるように。忘れないように。
寂しくてもその気持ちを大切にする為にくれた、俺にだけの贈り物。
そんなものは要らない。過去を思い出せば、より辛くなるだけだ。
手が止まる。ひたすらに映像が流れ、俺はそれに魅入られる。俺がそれを思い出す度に、復習に歯止めが掛かってしまうから。
どこかの有り得たかもしれない未来で、雪原を歩く。
雪を踏みしめる度に響く笑い声が、俺の涙を相転移させた。
白亜の足音とウィンドソング_│
「岸。きし、せいか……星、煌」
「名前、こうやって書くんだな」
新たな日常として始まった日記帳を開く。そのページには雑な字で書かれた名前と、簡単なプロフィールがあった。
諒はその字を指でなぞり、どこか複雑気な表情でそれを見つめた。
気になる。
岸 星煌という人物が、気になって仕方がない。
諒はそのページをかれこれ三十分ほど凝視し、自身の考えを頭の中でまとめている。
好奇心が留まることを知らない。たかが一ページ、たった数行の文章は、彼の心を魅了した。
そして諒は考える。なぜこれ程まで、あの異世界人が自分の心を踊らすのか。
ページを捲る。日記と思わしき惨憺な文章を丁寧に読み、彼は自分の世界へと入り込んだ。
あくまでも主観で、これはただの考察に過ぎないが……。
彼女は日によって態度が"かなり"変わる。
普段は落ち着いている。飯を作り、鍛錬を重ね、そこそこ規則正しい生活を送っている。
だが年相応に悪ノリをし、勝手にボケ倒したかと思えば急激に熱が冷め飽きる。
情緒不安定だとか、そこまでではない。むしろ、彼女は自分でそれをコントロールしている様に見える。
彼はあまり他人に興味を持たない。知ろうとしない。持ったとしても、それはただの観察であり、少し分かればそれ以上踏み込まない。
そんな彼がここまで考察を進め、星煌の奥底に眠る鍵にまで手を伸ばしているのはなんとも珍しい事だ。
「好きな物……特になし?じゃあ嫌いな……これも無いのかよ」
気付けば、空っぽな頭の中は星煌でいっぱいであった。
"恋"……いやそれはないな。絶対に。
絶っっっっっっっ対にだ。
ルートが言ったような『もしも』なんて物も存在しない。
じゃあなんだ?なんでだ?何故、こんなにも彼女に目線を奪われ、俺は一人で葛藤しているのか?
「あ、わかった」
「あいつは、俺に…………」
納得した彼は部屋を出て、満足気な表情で廊下を歩く。役目を終えた日記帳をリビングに居た次の人物へと手渡した。
「おい、リボン曲がってるぞ」
珍しく遅く起きて来た諒が、心のリボンネクタイをちょいちょいと指差す。書き終えたであろう日記を渡し、そのまま通り過ぎようとした。
「ほんと?じゃあ直して!」
だが、心はそれを許さない。彼女は今メイク道具の整理で忙しいのである。
と言っても新しいポーチへ移し替えるだけの簡単な作業だが。
「はぁ?仕方ないな……」
諒はやれやれと進ませていた足を止め、太めなリボンを結び始めた。
そんな光景を見ていた星煌は最近、諒を観察して気付いたことがある。
彼は何かと雑なくせに、何故か人にお節介を焼く。でも、そのお節介の仕方が雑なことに。
「よし、こんなもんだろ」
諒は一息ついて手を払い、再びその場を去ろうとする。
「……なんか悪化してない?」
だが心はその手を引き留め、よく見るように促した。
「いや、さっきよりはましなはずだ」
諒知らん振りして足を進めるが、心の妨害によりその体は進まない。
「……」
文句を言いたげな視線で心が手を引っ張り、諒は無視をして歩く。どちらも無言でそれを行い、次第に不満が募っていった。
大人しくチャームを使えば良いのに。星煌はそう思う。
因果逆転でも起きて自動発動になり、『彼の行動は全て上手くいく。指を動かした時点で完成までの道筋がある』仕様になれば良いのにと。
「さっきより可愛く無くなってる気がするよ!!」
「そんな事ない」
「そんなことなくない!」
一進一退の攻防が続く。
自分から頼んだ癖に不満を募らせた心はついに両手で諒を引っ張り、意地でも洗面台に向かおうとする諒を阻止する。
「……よし、星煌。やってやれ」
諒は向かいに佇み呆れた目でこちらを見てくる星煌を頼る事を選んだ。
「私!?まあいいけど……」
唐突に選ばれた星煌は自身の思考を中断し、携帯を置いてリボンを結び始めた。
「よし、どう?」
数分の格闘の末、星煌は遂に満足の行く結果を生み出した。
「……お前これ縦リボンだぞ」
可愛らしい赤いリボンがそっぽ向いてしまっている。何度か結び直したが、結果は全てこの始末。諒は若干バカにしたように笑い、左右の長さが違うリボンを見てさらに笑った。
「さらに可愛くなくなったよ。星煌下手っぴだね」
心はストレートに不器用だと星煌にぶちかます。自覚があるのか星煌は微妙な表情でそのリボンを見つめ、諦めたかのように下を向いた。
「…………先生、お願いします」
その体勢のまま、星煌は身を潜めて観察していた照井の元へと行った。
「えぇ僕?さらに変になっちゃうよ」
肩を掴んで揺さぶってくる星煌の手を止め、照井は零れそうになったカップを置いた。
「ダメ元で頼んでるんですよ」
「期待されてないって事ね。悲しいな」
期待するしないではなく、独創的なセンスから生み出される物体が怖いのである。
「私は期待してるよ!だってウチのリボンがどうなるかは先生にかかってるから……」
星煌によって結ばれたリボンは既に解かれている。
「ごめんね心」
「星煌は悪くないよ!諸垢の根源は諒だから」
一連の流れをしている間に顔を洗い終えた諒が帰ってくる。心はそんな前髪がビシャビシャの彼を指差し言った。
「お前の結び方が下手なのが悪い」
「なんだとぉ!?」
"こうなる事なら頼まなければよかったアタック"を諒のデコへと繰り出し、心は反動で指先がびしゃびしゃになった。
「よし、どう?」
流れるように作業を終え、照井は満面の笑みで完成品をお披露目した。
「なんでネクタイに!?!?」
原型が無くなってしまったそれは、リボンでさえない。見事にネクタイへと変貌を遂げてしまった。流石照井だ。
「わかんない。なんかこうなってた」
「感覚に頼りすぎですよ」
恐らく話を聞いていなかったのだろう。なんでも良いかと結んだ結果、自身の手が覚えているこの形へなってしまった。
「これ、結び方を蝶ネクタイじゃなくて普通のネクタイのやり方でやったでしょう……」
「そうかも」
それかまだ眠気が抜けていないのだろう。照井は記念に一枚写真を撮り、心に"ハイチーズ"と決めポーズをせがんだ。
「でもネクタイも似合うね、心」
星煌はほとんどいつも通りな心の姿をつま先から頭まで見て言った。
「、……ほんと?」
「?ほんとだよ」
星煌は疑心暗鬼な心の頭をポンポンと撫で、いつもと違うそのスタイルを褒める。
「……じゃあ、このままでいいや」
少し照れた様子を見せた心は、不満気な態度を捨て鏡の前へルンルンで走って行った。
「おまえ、そうポンポン嘘つくなよ」
その様子を見た諒は呆れてため息をついてしまいそうだった。いつになく無表情で星煌に言い、腕を組んだ。
「え、嘘じゃないよ?似合ってたし……」
星煌は心外だという表情をし、自身の正直な心で答えた。
「……お人好しなだけだったか」
「僕も似合ってるなって思ったよ」
「え」
諒は心の中で"やれやれこいつは"的な事を思っていたが、それは照井によって覆される事になる。照井は星煌の意見に同意を示した。
「諒のセンスがアレなだけってこと?」
「だね」
「やめてください俺だけ貶さないでください」
この二人は他人を責めるのが大好きなのか、一度この形態に入るととことん弄ってくる。諒はそれをよく知っていた。
「俺はただ、『普段の方が似合ってる』って言いたかっただけで……」
それ故に、正直に言わざるを得ない。諒は言葉を詰まらせながらも言った。
「ならそう言えばいいじゃん」
「恥ずかしいんでしょ、そういうお年頃だからね」
「なるほど思春期」
二人はやれやれといった表情で会話を続け、本人の意見も聞かないまま勝手に結論をまとめた。
「……!……!!」
総責めである。諒はなにも反論出来ずに手だけをわちゃわちゃと動かし、怒ってるのか照れてるのか分からない動作をひたすらに繰り返した。
「嘘だよ。諒もその服似合ってるよ」
「え」
話題が転換する。星煌は諒の肩をポンポンと叩き、普段とは違う服の彼を褒めた。
「?それ新品だから、買ったやつでしょ?今まで見たこと無かったから」
「い、や……そうだ、この前買ったやつだ」
諒は動揺しつつも頷き、褒め言葉を素直に受け取る。
「だよね、良かった。心おいでー朝ごはんできるよー」
それだけ言って星煌は焼き途中のトーストを見るためにキッチンへと行ってしまった。
「はーい!!……諒、どしたの?顔真っ赤だよ?」
「うるせぇ!!!!!!」
「なんか怒られた!そっちの方がうるさいのに!」
心は最高の気分で帰ってきたのに話し掛けて早々怒鳴られてしまう。隠れて顔は見えないが、耳が赤くなっていた。
「思春期だね」
「違ぇ!!!!!!!」
「え痛ぁ。先生にやる威力じゃないよね?」
諒は照井の脛を常人なら骨が折れているだろう威力で蹴り飛ばした。
「何やってんの。トースト冷めるよ」
星煌は急に暴れ回る諒を心配する。仲裁の為に、彼の為に焼いたきつね色の食パンをテーブルに置いた。
「ふんふふーん」
「……」
「らーらららー」
「……」
「あ、 諒ーちょっとキチペ取ってぇー」
窓際から声がしたので、諒はそれに従いソファーから腰を上げた。
「はい。……何やってるんだ、さっきから」
テレビを見ていた諒は、星煌の行動に気付いていなかった。ただ楽しげに歌う声と、特定の動作を繰り返してるであろう音。
「え?掃除だけど……暇な時にやっとかないと、ホコリ溜まっちゃうから」
星煌は珍しく髪を結い、ゴム手袋を付けながらサッシの掃除をしていた。
「あ何?それとも手伝ってくれるの?」
渡されたペーパーを受け取り、期待しているような声で言った。
「え、いや」
諒は普通に面倒なので首を振り否定の意を示した。
「あそう。後で掃除機掛けるからうるさかったら二階行きなね」
「うん……」
星煌は無理に手伝わせる事はせずに、諒もそれに頷いた。
「?何、まじまじと見て」
だが、諒の何が言いたげな視線には目を背け無かった。星煌は再び顔を上げ諒を見る。
「いや……何聴いてんのかなって」
「あぁコレ?(有名シンガーソングライター)の新曲。聴く?」
質問は単純だった。星煌の片耳に刺さったイヤホンから流れる音が気になってちらちら見ていたのだ。
「いや気になっただけだから別に」「んな遠慮しなさんな超良いから聴いといてよ。あぁこれランダム再生だから次の曲も絶対聴いてね」
引き下がろうとする諒の耳に星煌は無理やりイヤホンを差し、堪能して欲しいと曲を一番最初まで巻き戻した。
「えー!!うちも聴いて良い!?」
その会話を聞いていた心も星煌の元へ行き、その趣味嗜好を図ろうとした。
「うん。ほら片耳貸してあげる。じゃ私先に二階行ってるから腹減ったら呼んで」
星煌は余っていた方のイヤホンを心に手渡し、掃除道具を持って階段を登ってしまった。
「はーい!!」
「……」
意図せず心とイヤホンを分け合う状況になってしまった諒は、複雑になりながらも曲を聴こうと流れでる歌詞に耳を澄ませた。
「おい、星、か…………」
「ね、寝てる……」
先程まで掃除を続けていた星煌は、疲労からか、それとも暇だったからなのか眠りについていた。
時刻は既に昼過ぎである。昼食にしようと考えた諒が日課の鍛錬から戻ってきたらこれである。
("肩"とか貸すべきなのか!?でもキモがられ……いやそれ以上にその位置は頭痛くなるだろ)
ソファーに座りながらも首が真上を向いている。最早なにかのストレッチだ。逆スマホ首と言っても過言では無い。
諒はその場で右往左往を繰り返し、ソファーの周りをぐるぐる回っては起こすかどうか悩み悩んだ。
そんなこんなで諒がわたわたしていると、廊下からバタバタと走ってくる音が聞こえた。
「おーい星煌!!!」
犯人は心である。この静寂した状況にどデカい声を加え、更に扉を勢いよく開けた。
「!!おい!うるさい!」
「諒もうるさいよ?って、星煌寝てる。体制やばウケる写真撮ろ」
「……今ので起きた」
心が携帯を起動するより先に星煌は目を覚ます。眠りが浅かったのか表情も台詞もいつも通りだ。
「おはよう!!」
「おはよ。ねぇ心ここ座って」
「おーけーりょーかい!」
星煌は自分の隣に座るようポンポンと手を置き、心はそれに大人しく従った。
「よし、…………」
そして星煌はスリッパをほっぽって足をまげ、そのまま心の"足の上"へと顔を乗せた。
(肩ではなく膝!?!?!?)
諒はその光景に衝撃を受け、脳内は大パニック状態である。
「これが噂の膝枕!初めてやった!見て、星煌丸まってる。猫みたい」
対して心は寝こける星煌の頭をわさわさと掻き回し笑顔で写真を撮った。
「え……いや、諒そういうの嫌がるかなって」
時刻は回ってお昼過ぎ。目が覚めた星煌は起きて早々パスタを茹で、心の希望によりミートを乗せた。
「心は大丈夫だと思ってやったけど、嫌じゃなかった?」
諒に先程の事を聞かれた星煌は自身の意見を口にする。
「大丈夫に決まってるじゃん!今度は私が寝る番ね!!」
「良かった。じゃあこれからもよろしく」
「えー先生もやりたいなー」
その光景を見逃した照井は口にする。次の機会は絶対に逃さないと心の中で誓った。
「先生の足硬そう」
ほぼ骨である。鉄パイプに寝そべる感覚だろう。
(俺に足りないのは、会話のセンスか……)
諒はその光景を見て、心の中でそう思う。彼が照井のポジションに居たなら適当に突っぱねて機会を逃していただろう。
なんだか言いたげな表情をしている諒を見て、星煌はごく自然に言った。
「でも、次は諒の番だね。よろしく頼むよ?」
「ぁ…………え……」
少し上目遣いで頼んでくるその表情に、諒の脳内には様々な未来の光景が駆け巡る。
その場で固まり、段々と顔が赤くなる。
「わ!諒くん耳真っ赤!!」
「顔も真っ赤!!」
珍しくたじろぐ諒に二人は取っ掛り満面の笑みで諒の顔を覗いた。
「死ね」
「うーんストレート」
諒は顔を逸らしながらもハッキリとした声で言った。
「全く童貞だな篠原 諒……」
「刺すぞ」
「えぇ怖い……」
殺気を覚えた星煌は身を震わせ、安全の為少し距離を置く。
「不覚だ。腹でも切ってやる」
辱めを受けた諒は覚悟を決めてナイフに手を当てる。
「うおぉごめんごめん早まらないで」
既に顔の火照りは収まっていた。諒が懐からナイフを取りだすので、星煌は慌ててそれを止めた。
「でも、心も同じこと諒にやってたら効いてたと思うよ?」
「二度はない」
恐らくその世界線もあっただろう。相手が誰にしろ、男は女の普段観ない一面に弱いのである。
「えぇー!!私が照れさせてみたかった!」
心は眉を下げ、残念だという顔で言う。彼女が諒を照れさせたら死ぬまで一生弄られるだろう。
「別のアプローチを考えればいいんだよ」
「なるほど」
「超際どいセーターとか買えば良いんだよ」
「なるほど!」
良くはない。心は悪ノリモードの星煌の話を熱心に聞いているが、話の方向性がおかしな所へ飛んでしまっている。
「やめて?僕が心配になるから……」
その会話を聞いた照井は心の肩を掴み、頭振るい必死に否定をする。不安からか汗が止まらなかった。
「あ、先生にはやっちゃダメだよ。凜々さんが居るから」
「確かに!!」
「凜々とはそんなんじゃないよ、二人とも」
話題が唐突に照井へと飛ぶ。彼はそちらも否定して自身の態度を貫いた。
「でも両片思いだったんでしょう?」
「…………」
星煌の鋭い発言が突き刺さる。照井は肯定も否定も出来ずに、微妙な笑顔のまま俯いた。
「んな事言ってやるなよ、可哀想だろ!」
諒は必死に照井を庇う。おそらく男同士にしか分からない何かがあるのだろう。
「いや別に」
「結構おもろい」
「こいつら……」
だが女子共はウキウキで俯く照井をつつく。もはや、諒に出来る事は何も無かった。
記録:記入 星煌




