Log_32
眩しいのが嫌で、カーテンを閉めた。
その光は俺には眩しすぎて、目だけではなく心までも焼いてしまうから。
でも今は、それを強引に開けるやつがいる。外から窓を割り、そこに佇んで。
いつの日か、そんな眩しさが続いてしまったから……太陽の輝きには慣れてしまって。
開けたまま放置していた。まるで、そいつらがまた来てくれるのを期待するように。
これは、おかしい。間違っている。
やはり留まるのではなく、動くべきだったと後悔した。かつての樺澤凜々の様に、復讐者として。
籠の中に囚われずに、付いた足枷ごと移動して。目に映るものを全て燃やして、灰になるまで復讐を。
『今更、復讐なんてできるのか?』
『今のお前はただの篠原 諒であり、過去の面影は消え失せたというのにか?』
亡霊がそう語る。
善と悪の狭間に立たされた俺は、灯りを消すことを選んだ。
霜柱の標_│
星煌と照井は現在、彼の部屋で机越しに向かい合っている。
「ねぇ、星煌ちゃん」
「な、なんですか?改まって」
荷物が散らばった床をせっせとどかし、正座をしながら話を続ける。
何やら真剣ムードな照井に星煌は少し困惑しながら出されたお茶に手を付ける。
「いや"悩み"を聞いて欲しくてさ」
照井は彼女を強引に呼び出し、部屋の中へと引き摺り込んだ。ついでにされた部屋の掃除も彼女がやったものだ。
「はぁ……前に散々話したのにですか?」
苦悩しながら話す照井の態度に星煌は不思議になって空返事しか行えない。
「あれは秘密を共有しあっただけじゃん!」
そんな冷たい星煌に照井は遂に机に顔を伏せてしまう。事の重みを感じるのは彼だけであり、星煌にとっては超どうでも良いことである。
『秘密』とは照井の『自然に抱く美しさ』についてだろう。
それなら二人も知っているのでは?と、読者は思うだろう。
だが、実際は少し違う。心と諒は『照井の犯した罪』については知っているが、『罪に至るまでの照井の感情』については詳しく分かっていない。
『あー見殺しにしたんだななんかひでー人だったんだな』程度に捉えているため、その後の対応も今に至るまでいつも通りなのである。
「でさ、なんかさ、なんかさ……」
「え本当になんです?怖いんですけど」
いつもとは違う照井の態度に星煌は本気で困惑してしまう。気持ち悪いという訳では無いが、へにゃっへにゃな照井はなんだか違和感があった。
「なんか、最近ふとした時に心臓がバクバクするんだよね」
照井は顔を上げ、猫背になりながら自身の心臓のある所に手を当て口にした。
「え不整脈?」
「やめてよ」
星煌は真っ先に病気を疑う。普通なんの前触れもなく動悸が激しくなったら、病院に行くべきだ。
なぜ私に相談するのかと星煌はさらに困惑した。
「病気目線で見ちゃいますよそりゃあ。疲れた時にバクバクするあの感じですか?」
星煌は一般的なものを想像する。緊張で心臓の音が大きく聞こえたりするアレだ。
「違うの、なんか、こう……『ふふ♪』みたいな」
「は?」
「ガチトーンやめて?」
『ふふ』なんて擬音語の心拍は存在しない。照井は至って真面目に説明しているが、星煌は逆ギレしそうになった。
「いやだって『ふふ』ってなってる時の心臓のBPMなんて普通六十ですよ」
「心拍数ね?」
心臓の音を音楽に例える人物は中々いないだろう。むしろ居たら困る。
「んな事はいいんですよ。その動悸息切れめまいってどういった時になるんです?起きた時?立った時?」
だいぶ追加の症状が追加されているが、星煌は気を取り直して原因を探ろうとした。
「うーん……みんなを見てる時」
照井は少し悩んだ後に簡略な説明をした。照井の心臓が激しくなる時は、決まって皆の姿を見ている時であった。
「え、皆って私たちですか?」
「うん」
首を傾げて真偽を問う星煌に照井は小さく頷いた。
「はは、だいぶ頭やられてるんじゃないですか?」
「僕もそう思う」
自己肯定感の低さから出た発言。照井はそれを半分真摯に受け止め、机に乗っかる自身の腕に顔を埋めた。
「見てる時か、なんでしょうね。心臓……バクバク……」
星煌も腕を組み考える。ありとあらゆる可能性を探るため、頭を巡らせた。
「も、もしかして……」
「なんか分かったの!?」
星煌がハッとした顔で震えだす。照井はそれに反応し大袈裟机から乗り出した。
「四股!?!?」
「なんでそっちの方向になるの!?」
だとしたら浮気しまくりである。本気で恋心を抱いていたら正当に処されていただろう。
「いやだってそれしか考えられないじゃないですか!あなたには凜々さんが居るでしょう!?」
星煌は頭を抱えながらも右手で照井を指さす。彼にそんな性癖が存在する事を受け入れられないのだろう。
「何もかも違う!!てか凜々とはそういう仲じゃないし!てか絶対に違う!未成年わいせつ!!」
照井は照れ隠しと否定に両手で机を何度も叩く。バンバンと鳴り響く音と二人の声で部屋は重奏状態であった。
「本人が否定するなら違うか……うーん……」
しばらくギャーギャーと言い合いを続けたかと思えば、星煌は急に落ち着き現実を見始めた。冷静に考えればそんな事はある筈ない。
「わかんないね……」
それに伴い照井も落ち着く。赤くなった手を見つめ、小さくため息をついた。
「専門家に聞いてくださいよ。諒とか診察してくれそうじゃないですか」
知恵も何もない無から診察が出来るわけないだろう。星煌は諒のチャームを面白半分で過信しすぎているようだ。
「諒くんに言ったら『マジでキモイからやめてください』とか言いそうでさ」
「うわぁ〜言いそ。はは」
「なんでウケてんの!もー!」
諒のモノマネをする照井をみて星煌は笑った。悩みも何も解決されないまま、お腹がすいた彼等は面倒になって宅配をした。
「なんか、先生最近おかしいですよ」
ニコニコしながら最近の写真を整理する照井を見ながら諒は言った。
「?、ほんと?」
自分から切り出す前に、相手の方が変化に気付いた。その位最近の照井の様子はおかしかったのだろう。
「おかしくないよ!ちょっと変わったってだけ!」
食器をガチャガチャと準備しながら心もその意見に同意した。
「心ちゃんもそう思うの?」
「うん!最近の先生とは沢山おしゃべりができる!」
彼女は並べられた写真を一枚手に取り、過去と今を比べた。
部屋に籠ってた照井はリビングにいる事が多くなり、自然と会話に加わることが多くなった。
「いや、そういう意味じゃなくて……」
同じ意見でも、心とは違うところに相違点を見出したようだ。諒は色んな意味で丸くなった照井の瞳を見つめ……、
「なんか、キモイです」
冷たい口調で言い放った。
「……」
「あー男子酷い!!先生泣いてるよ!!」
心が庇うそれも男子である。照井は心の腕の中で半笑いになり、ひたすらに床を見つめた。
「いや真っ当な意見だ」
「ほ、ほんとにキモイって、は、はは」
「なんで星煌は笑ってるんだよ」
心達用の昼飯を作る為に台所に立っている星煌。遠くからでも見える程爆笑して涙を浮かべている。玉ねぎを切っている訳でもないのに何故だろう。諒は不思議になった。
「いやいいんだよ心ちゃん。僕も最近キモイなって思ってるから」
照井は心の腕をゆっくりと退かし、木製の机に顔をめり込ませた。
「まさかの自認してる!?」
心は庇ったが、その庇護対象は自ら自首を測っていた。
「俺の勘は間違ってなかったな」
諒は腕を組み、自身の観察眼に惚れ惚れした。
「勘だったし!」
「はー。米炊けたからよそって、もう出来るから」
「はーい」
食器並べを中断した心の代わりに皿を並べ、星煌は皆にそう促した。
「ほら、もっと食べないとダメだよ」
照井はそう言って自分の皿から心の皿に野菜炒めを盛りつける。
「先生の基準で持ったら全員太っちゃうよ」
米の量と目の前に積み重なった食材の量が釣り合っていない。心は皿と皿を交換し、量を元に戻した。
「適切に動けばどれだけ摂っても太らないよ」
戻ってきた皿をもう一度交換する。意地でも食べてもらいたいようだ。
「あぁ、わかった。さっきの『キモイ』を訂正します」
皿を交換こし合うその光景も、一部の人から見れば『キモイ』に該当するかもしれないと考えたが、諒からはそう見えなかったので違う意見を言う事を決意した。
「?」
照井は大人しく引き下がってスープを飲み、先程と同じく見つめてくる諒の瞳を見つめ返した。
「最近の先生は……」
「『優しく』なりましたよね。……いや、過保護の方が正しいか?」
それは冷たい感情ではなく、暖かいものだった。
「なるほど、確かに『大事にされてる』って感じるかも!」
「優しいって、僕が?」
予想外の意見に照井は首を傾げる。先程の密会で解決しなかった話が急に解明してしまった。
「はい」「うん!」
二人は揃って頷いた。
「前も優しかったけど、あれは表面上って感じ!なんとなく雰囲気は優しいけど、実際は全然違うみたいな!」
心は笑いながら口にする。諒が具体的な答えを示してくれたお陰で、彼女も自分の意見を口にすることが可能になった。
「そうだな。最近は色々やってくれたりもするし……戦闘には参加してくれませんけど」
照井は照井なりの美学が存在するので、彼が戦闘参加する事は叶わないだろう。
少なくとも、彼らが戦場にいる限りは。
「うんうん、星煌もそう思うでしょ?」
先程から一言も発さない星煌が気になって心は横を見る。
「いや、……?」
「えぇ!?」
だが、星煌はいまいちピンと来ない顔でお椀と橋を握っていた。
「何が違うのか分からないな。だって、私こんな感じの照井さんしか知らないし」
(人を)刺し箸している。家の中なら行儀が悪くても良いとでも彼女は思っているだろうが、(……私情が入りすぎたな)
「たしかに、星煌目線だとそうなるか」
照井が変わり始めたターニングポイントは星煌が来てからと、凜々達との事件の後だ。それ以前の照井の胡散臭さを星煌は知らないのであった。
「……それを言うなら、諒くんの方が変わった気がするけど」
なんだか気恥ずかしくなった照井の矛先は諒へと向いた。
「は、俺?」
唐突に話題の中心になってしまった諒は素っ頓狂な声を上げた。
「それは私も思った!前はもっとツンツンしてたのに、最近はツンデレになってる!」
心は白飯を飲み込んだ後にとてもわかりやすい説明をした。ツンが十だったのが半分になって五 対 五になったのだ。
「え、諒はずっとツンデレじゃない?」
彼の比較的デレの部分を見てきた星煌は言った。デレの部分と言っても、彼女が見たのは車での事件のみだが。
「星煌教えてあげる。入ってきた時の諒マジで一匹狼だったよ」
心はひっそりと星煌の耳に口にした。声のボリュームはいつも通りで。
「まじで!?うわーその場面見てー」
「残念だな、録画はしていない」
諒もしっかりと聞いていた。彼が入ってきた当初は今以上に雑であったのだ。
「モノマネしてあげようか?」
照井は何処からかヘアゴムを取りだし、諒の髪型を真似した。
「今やったら食べたもの全部吐くんで後でお願いします」
なぜ口に食べ物を詰め込んで笑おうとしているのか。その光景でで爆笑するのは昭和の人のみである。
「後でもダメだ。……先生モノマネやったら殺しますよ」
「物騒な所は変わらないんだよ」
ナイフを突きつけて脅す諒に照井は身を一歩引いた。
「……俺からしたら、星煌が一番分かんないけどな」
「え、私?」
全く同じ流れである。話題を振られた三人は全員頭にはてなマークを浮かべていた。
「星煌とか一番分かりやすいよ!」
「じゃあ性格は?」
「うーん……優しい!」
自信満々に答えた心はなんの捻りもない答えを提示する。
「どんな風に?」
「え?……雰囲気が?」
諒は詰め寄るが、心は依然として曖昧な、誰にでも当てはまりそうな答えを言った。
「それ褒めると表すのはちょっと厳しいかな心ちゃん」
目を細めて愛想笑いする星煌を見た照井はこの先の事を勘繰り心を窘めた。
「いいか?心。よく聞け」
諒は突如立ち上がり、星煌を見つめ正直に言い放った。
「こいつは、『ネガティブな思考をしたかと思えばポジティブな行動をして、外に出たくないとか言ってるくせに買い物には必ず着いてくる。効率が良い動きはするくせに面倒で一歩も動かなくなる。考察は鋭いかと思ったら肝心な所で鈍感』なんだ。意味がわからない!」
諒はゼーハーと息を切らしながら口にする。なんと一息も入れずに言い切ったのである。
「よ、よく喋るね……」
星煌は少し引き気味で苦笑いした。
「お前の事だよ!!」
そんな彼女に諒は怒りながら座わった。
一生懸命に言ったのにも関わらず何一つ受けと言っていない様子の彼女を見て、諒は長文をしゃべった事を少し後悔した。
「饒舌だね諒くん」
「びっくりした。諒ってそんな長文喋れるんだ」
星煌だけではなく、周りも引き気味であった。驚いた様子で二人は口にした。
「どっちかというと喋れないのはお前の方だろ!!」
基本短文しか喋らない心に諒はツッコミをし返した。長い言葉を喋る程頭は回っていないのである。
「みんなまだまだだね。私はみんなのことわかるよ」
食事をし終わった星煌は余裕綽々な様子でそう言い切った。
「まず先生は一度決めた事はやり切るタイプだと思う。それがなんにせよ、どんな道にせよ進んで、その先が今の感じだ思う。言い換えれば責任感が強い。悪く言えば周りが見えない」
「で、心は明るいとか雰囲気が柔らかいというよりはそばにいるだけで安心する。何もしなくても無意識に人を救うタイプだね。(他二人に比べ)空気も読める方……そして超可愛い」
「えぇ?やだも〜そんなことないって」
「いや心が可愛くなかったら全人類ブスだから安心して」
サラッとこんな事を星煌は言う。彼女はこういった他類の話題には嘘をつかないため、心の底からそう思っている。そしてそれを誰にでも言う。
「篠原諒とかいう男は基本何事にも動じず対処するので一件The真面目な感じ。万能の名だけあってなんでも出来る。でも全部押し付けられそうなのがちょっと心配かな。あと雑」
語り終えた星煌は満足そうに立ち上がり、コメントも貰わずに食器を下げに行った。
「……まあ、納得感はあるな」
「ね!星煌すごい!!」
これにより諒から星煌の印象に、『思ったより他人見ている』が追加された。
「でも、まだ完全には知らないんだよな」
「主にプロフィール面で」
食事を終えた時空間調査委員会。星煌は棚の中からガサゴソと物を漁り、一つの手帳を取り出した。
「てことではい、これ」
星煌はそれを諒へと差し出し、受け取るのを待った。
「?なにこれ」
諒はそれを受け取る前に、見た事もないキラキラとした表紙を見ながら質問をした。
「知らない?『交換日記』だよ」
「表紙が女児すぎる……」
諒は大人しく日記受け取り、表紙と裏表紙を交互に見た。
「まずは一ページ目にプロフィールの記載をよろしくね」
まさか、日記を付けながら日記を交換するとは。星煌のしたい事がますます分からなくなってきた。
「楽しそう!!!!」
心は真っ先にそれに食い付き、ソファーから諒の席まで一直線に飛んできた。
「一緒にいるのに書く意味あるのか?」
もっともな意見である。"他人の知らない日常を見る"ではなく、"同じ光景を共有し合う"になってしまっている。
「絶対ある!!!やりたいやりたい!」
心は背もたれに手を付きぴょんぴょんと飛び跳ねる。チャームを発動していないのに目をキラキラと輝かせ、興奮した様子を見せた。
「諒書き終わったら心に回してね。ちなみに初日は照井穹。もう書いてあるよ」
「え!!!後で見よ!貸して!」
「ダメだ次は俺だからな」
手を伸ばした心の手を弾きそれを自分のものにする。これが篠原流のツンデレであるのだろう。
「えーー!!……まあ楽しみが増えたからいっか!」
「ポジティブだね、心は」
「もちろん!」
心は笑いながら口にして、買ってきてくれた星煌に感謝の意を込めハグをした。
……
「日記か……」
彩度のない自室に戻った諒は手渡された日記を机に置く。
プロフィールを見ようと、ページを一枚捲る。表紙だけではなく、中まで女子小学生が好みそうなデザインだ。
そこには『好きなもの』『嫌いなもの』といった簡単なプロフィール欄に、小さな文字がいくつも埋まっていた。
「すぐに飽きなきゃいいんだけどな」
諒はそう言ってペンを手に取り、今日起きた出来事を丁寧ではなく雑に仕上げていった。
「……『今日の 朝ごはんは パンだった』」
あまりに簡素な日記に、心が文句を付けるのはまた別の日のお話である。
記録:記入 星煌




