Log_29
目を開け続けるには、一度でも目を閉じなければならない。
犠牲や対価という物は、必ずしも存在する。存在しなければならない。
善にはが悪が無いと成り立たない。何かを輝かせたいのならば、対比を作らなければならない。
真ん中に立つのではなく、どちらか片方に。その天秤が傾けば傾くほど、善はより大きく成長する。
私は、この世を平和に、『中立』にするのではない。善と悪を平等に配置し、『バランス』を取るだけだ。
そうして、その狙撃手は太陽となった。
……太陽は、常に後ろから人々を照らさなければならない。
そうして保っていた普通は、現れた『変数』によって『バランス』から外れてしまった。
液晶漏れと、ひび割れたガラスの画面_│
「……止まりましたね」
逃走車両が動きを止める。後を追っていたタクシーは様子を伺う。
「おー。じゃあ近くに停めちゃっていいですか?」
「はい、ありがとうございます。私は降りるので、事が片付くまであなたはここにいてください」
そう言って側近は車のドアを開け、静かな足取りで時空間調査委員会の方に向かった。
「はーい」
雨宮は貴重な空き時間で睡眠をしようと試み、被っていた帽子を顔にやり一眠りし始めた。
「さて……大人しく降りたな」
「『五線譜』が相手となれば、大人しくせざるを得ないですよ」
照井は乗っていた車から降り、実力者と対峙する。大人しく白旗を上げ、状況を見極めた。
「じゃあ、乗っている奴を全員下ろせ。話はそれからだ」
だが、立場は相手の方が優勢だ。照井はそれに大人しく従い、割れた窓ガラス越しに居る三人に話し掛ける。
「……分かりました。みんな、降りて。あと心ちゃんは騒がないでね」
紡はいつの間にか消えている。現れても側近には見えないかもしれないが……随分と、察しの良い幽霊だ。
「先生ぇ、私を誰だと思ってるの?」
ニヤニヤしながら心はドアを開けた。最近ボケキャラが定着しつつあるので、ここいらで自分の有能さをアピールしたい様だ。人差し指をクルクル回しながら登場した。
「こんな場面で騒ぐほどおバカキャラじゃ……」
そして、側近と目が合う。
「…………」
それは絶句か。はたまた感動か。
心は石像のように動かなくなってしまった。周辺には小さな宇宙が漂い、口は綺麗なo型だ。
「固まってくれた方が都合が良いですね」
「ね」
男二人は心の扱いやすさに感謝した。先程の諒もこのような形で居てくれたら、もっと楽だったろう。星煌はそう思ったが、言ったら殴られそうなのでやめておいた。
側近は少し驚いたような素振りを見せたあと、すぐにため息をついて会話を再開した。
「はぁ……自己紹介は要らないな。今日お前達を追っていたのは事情聴取のためだ」
こちらに記述しよう。
彼は『五線譜』所属。その中でもかなりの権力を持った『側近』である。
五線譜の中では最古参であり、仲間を好まない指導者が唯一認めた相手である。
全体的に外ハネな黒髪短髪。襷のような物を服に掛けており、スナイパーライフルと思わしき物を背中に背負っている。
そして星煌と同様、その目は常に輝いている。
チャームは『██』
この世界で突如てして才能が輝き出した原因とも言える。
「ふーん。それだけですか?」
照井は腕を組んで車体へ寄りかかる。随分と余裕な態度を見せ付けていた。
「……はぁ。なんだ?その態度は」
声のトーンが一段階下がる。少し目を細め、背中のライフルに手を掛けた。
「『いや、それだけかなぁ?と思った』だけですよ」
咄嗟に着いた嘘である。さすがに銃を取り出されるのはまずいとビビっただけである。
「そうか。次からは発言に気を付けることだ」
側近は取り出しかけたライフルを再びしまい、代わりにリボルバーを取り出した。
「全員、大人しく両手を挙げろ」
照井の額に焦点を合わせる。規則に則り引き金に指は置いていない。
彼の冷静な態度は、裏返せば今にも噛みつきそうな猛獣だ。
「はーい」
「次からは返事を短くする事だな」
照井の反骨精神は中々の物だ。先程言われた事を改善する気は全く無い。
「さあ、言い分でも聞くか」
照井が我先に口を開けた。
「『ぼ「あぁ、お前はすぐ嘘をつくからダメだ」…………分かりました」
だが、それは側近により阻まれた。彼にとって、照井は最重要人物であると同時に、最も危険な人物でもある。なるべく口を開かさず、この事件の全貌を明かそうとしていた。
「俺だったら良いですか?」
それを見た人物が、口を開く。
「……お前は時空間調査委員会所属、委員長の篠原 諒で間違いないか?」
顧問がダメとなれば、次に声を上げるのは委員長である諒だ。
「その通りです。まさか覚えられてるとは」
「俺は日本に住む人、全員の名前を覚えている。間違えてなかったのなら良い」
サラッととんでもないことを口にする。真偽はどうであれ、そう簡単に口から出て良い内容では無い。
「じゃあ、俺の言い分を」「だが」
「その案は"却下"だ」
冷たく放たれる声。人差し指を地に向けた。
「……理由を聞いても?」
「お前は事件当初、現場に居なかったからな」
至極真っ当な意見だ。当時現場にいない且つ、何も知らない人間から事情を聞いたとて、それはただの偏見報道に過ぎない。
「そういう事なら仕方ないですね」
諒は大人しく引き下がる。その言い分なら、事情聴取は星煌に向かうはずだ。彼は頷いくことで彼女に信頼を寄せた。
「当時隣にいた人……お前か」
「そうですね」
(えーーーよりによって私かよ)
諒の読み通りだ。彼女の目線からしたら完全なる物欲センサーである。全力で空気になろうとしていたが、生憎見つかってしまった。
星煌は冷や汗をかき始める。
先が読めない、台本のないシナリオは、彼女が嫌う物の一つであった。
「……?おかしい……」
だが、側近は自身の思考を巡らせている内に、一つの解なしにたどり着いた。
「あら、弾切れですか?側近さん」
口を開くなとは言われていない。照井は側近に茶々を入れ始めた。
「いや……私は、こいつの名前を知らない」
側近の反応を見るに、彼がこの国に住む人全ての名前を覚えていると言ったのは嘘じゃ無かったようだ。
疑心から、引き金に手を添えた。もしかしたら、目の前に経つ人物ははこの世の『管轄外』かもしれないと側近は考えた。
「……!」
(……僕は確かに『岸 星煌が時空間調査委員会所属であることは周知の事実である』と言ったはず。じゃあ、どうしてこいつは……)
その嘘は、本当になっているはずだ。連盟や他委員会の反応を見ればわかる、なっているはずなのに。
照井の中に出てきた一つの結論。消去法で決まり、それしかないと韻を押された。
岸 星煌、側近のどちらかが、この嘘の対象外である。もしかしたら、どちらも対象外かもしれない。
「え、名前?岸です。岸星煌」
一応話題の中心であるが、星煌は知らぬ素振りで名乗った。モブBからの昇格である。
「……そうか、失礼した」
最も、彼の中にはモブなどという名前は存在しないけれども。彼は思考を統制し、次の言葉を考えた。
「覚えた。『岸 星煌』……次からその名は忘れない」
場面によっては命に関わると勘違いしてしまう文章構成だ。
「あ、はは〜。ありがとうございます」
星煌は愛想笑いでその場を乗切る。適当にニコニコして好印象付けようとした。
「よし、前へ出ろ。いくつかお前に質問を投げかける」
だが、質問からは逃れられない。側近は銃口を照井から星煌の額に向ける。
「全て正直に。嘘を付いたらどうなるかは分かってるよな?」
「……はい」
流石に怖気付いた星煌は死ぬ覚悟を決めた。失言をする前提である。
「よろしい。では始める」
ポケットの中に折り畳まれた紙を取り出す。公安連盟に代わり、側近は調査を始めた。
「まず一つ。貴方……『時空間調査委員会顧問である照井 穹は、あの場でチャームを使ったか?』」
星煌はその質問に一泊空気を置いた後、直ぐに口を開いた。
「、照井さんはチャームを"使ってた"と思いますよ。私から見ても、あの場には異常と言える程人がいなかったですし」
星煌は当時の風景を頭に浮かべた。そこには自分と照井の二人しかおらず、『どうぞ楽しくおしゃべりしてどうぞ』と周りから言われているかのようだった。居ないのに。
正直、チャームを使っているだろうなとは勘付いていたが、それは言わなかった。共犯になる可能性があるから。
「そうか。ところで、照井のチャームは『偽造』で間違いないか?」
「はい。チャーム名を偽造で偽造してない限りは」
「……どっちにしろ名前は偽造で合ってるな」
チャーム内容は把握しているようだ。では何のために名前を聞いたのだろう。諒は不思議になったが、それを気にしている場合ではなかった。
「いやぁ。ちょっとした内緒話がしたかったんでね」
照井がまた茶々を入れた、特に弁明をしたい訳では無い。
「……口を開くなと言うのを忘れていた。次、喋った者から撃つ」
側近はリボルバーを仕舞い、背中から愛用のスナイパーライフルを取り出た。
両手でそれを構え、銃口を覗き込むフリをした。既にメモの内容は把握したようだ。
「二つ。『貴方、岸 星煌は照井のチャーム発動に気が付かなかったか?』」
「はい。今ここで知るまでは一切そんな事考えてませんでしたし、気付きませんでした」
これは正直に、嘘をつかずに答える。
「何故?」
「なぜ、と言われましても。私は照井さんのチャームを事細かに知っている訳でもありせませんし」
「そうか。では、お前が知っている範囲で構わない。『照井のチャームについて応えろ』」
予定にない質問だ。これは単純に側近の興味であり、彼が有益になると結論付けたからだ。
「えーと……『嘘を本当にできる。自身の能力の改ざんや、物を創ることも可能。でも嘘だと見破られると効果は発揮しない』」
星煌は指を折りながら自信の知っている内容を話す。ここで下手な嘘をついたとて、後の処理が大変になるだけだ。
「……他にはあるか?」
「後は……あ、前に『無理な嘘はつけない』『実際に嘘が本当になるかは分からない』みたいな事を言ってましたね」
「そうか。もう無いか?」
「はい」
星煌は頷いて相手の顔色を伺う。なにか下手なことをしたら、直ぐに撃ち抜かれてもおかしくはない。
「では三つ。『なぜ、照井はチャームを使うような事を?』」
側近はそれに肯定も否定も、良い顔も嫌な顔もしない。心の内で『公平』に審判を下しているようだ。
「さあ?さっきの照井さんの言葉を引用すると、『内緒話がしたかったから』じゃないですかね」
星煌はニコリと答える。先程からずっと同じ顔をしているが、彼女にしては随分と上手な作り笑顔である。
「……お前は当事者だよな?」
側近の審判に少しのヒビが入る。
「はい。ただの考え方の違いですよ。私はあの場に人が居ても良い、そう考えただけです」
「まぁ、……良しとするか」
彼は一つの覚悟を決め、『良し』という合図を出した。
「……?」
小さく根付きはじめる違和感。側近はライフルの引き金を引いたが、弾は発射されなかった。
"カチッ"という音はした。弾が詰まったのか、そもそも入っていなかったのか。
「……聞きたいことは以上だ。もう口を開いても構わない」
『どんな事でも、一回は見逃してやる』それが彼のスタンスだ。弾が切れたのが原因ではあるが、星煌は知らずの内に命拾いをした。
側近は仕方なくスナイパーライフルを仕舞い、腕を組んだ。
「ほんとですか!?!?!?」
心はその言葉を聞き、石化から解き放たれる。第一声が彼女よりでかい人はいないだろう。
「……大声を出すな、と縛りを付けたら良かったな。本当だ」
「じゃあサイン下さい!!!!!!!」
「却下だ。そして手を下して良いとは言っていない」
早速銃を仕舞ったことを後悔し始めた。側近は心の態度に顔を顰める。だが、彼女はブレーキという言葉を知らない。たとえ相手がだれであれ彼女は領域内へとズカズカ足を踏み入れる。
「上げました!!!サイン下さい!!!!」
「却下と言ったはずだ。黙れ」
「くっ……ここは大人しく黙るべきか……」
一人でコントでもしているのだろう、きっと。彼女は口をモニョモニョと動かしながら畏敬の言葉を頑張って抑えた。
「それで、側近さんはこれから何をする気で?やはり逮捕ですか?」
照井はこれから起こることを予測する。相手は銃を装備している。逃げるのは難しいだろう。
背中に隠し持っているナイフに手を当てる。戦闘開始の鐘が鳴るのなら、凜々の様に先制攻撃をすれば良い。
「逮捕?何を言ってるんだ?」
「…………え?」
出てきたのは予想していなかった言葉。それだけは無いと、最初に除外した結論。
「じ、じゃあ側近さんはなんで俺達を追っかけてきたんです?」
思わず素の一人称が出てしまう。訳もないのに追って来るはずもない。なにか絶対に理由は存在するはずだ。
「事の詳細は"どうでも良い"。ただお前達が逃げたから追っただけだ」
「あとは暴れているから援護してくださいと依頼があったからだ。別に捕まえろと言われてはいないし、する気もない」
「……」
「つまり、僕たちの早とちりってこと?」
「修理費罰金諸々は後程連盟の人達が請求に来るだろうけどな」
「……」
そうして照井は、一つの結末に辿り着いた。『だいたい自分が悪い』という結末に。
「そんな目で見つめるな。どう考えたって自業自得だろ」
なんだか呆然としている照井。逆に側近の方が困惑してしまう。
「事の詳細はどうでも良いのに、なんであんな質問を……」
諒でさえ頭にハテナマークを浮かべ困惑している。
「それは『追いついた際に聞いてください』と連盟から渡されたメモだ。私はそれについて聞いただけ」
先程ポケットから取り出したメモが、真にその役割を果たした。
とても理にかなっている。たとえ独断でこの場に来ていたとしても、理屈は正しい物だ。
「……」
「たとえ連盟の人達に捕まったとして、お前らが一言一句同じ事を話せば釈放してくれるとは思うけどな。人も誰一人殺されていないし。……罰金は別として」
「…………騙された!!!」
手を下ろしてはダメなことを忘れてしまうほど、照井は項垂れていた。地面に手足を着いて四つん這いになる。せっかくした努力は全て水の泡になってしまった。なんならマイナスである。
「騙してない」
その通りである。側近はただ依頼された事をこなしただけなのに、どうして悪人のような立ち回りになっているのか。
「先生、チャーム使った位じゃ捕まんないと思いますよ」
諒はずっと思っていた事を口に出した。最初に暴れた時も、車内にいた時もずっと思っていたが中々言い出せなかった。
「もっと早く言ってよ諒くん!!」
照井はさらに絶望した。
「まあ、聞きたいことは聞けた。……『もう楽にしていいぞ』と言おうとしたが既に腕は下ろしてるな」
「ただ、今回のチェイスについては頂けない。負傷者は出ていないが、普通に迷惑だ。今後は気を付けるように」
側近は小さく溜息をつき、時空間調査委員会に警告をした。今回は見逃してくれるが、次回がどうなるかは分からない。
「はーい……」
照井は気の抜けた返事をし、これから来るであろう上からのお叱りを恐れた。
「では、私はこれで」
「うおおおお !!!待ったあああ !!!!」
側近が帰ろうとタクシーへ乗り込もうとした時、心が全速力で前に立ちはだかった。
「待たない」
「私も待ちません !サイン下さい !!」
側近はその体を押し退け前へ進もうとしたが、その体は微動だにしなかった。
「……」
その燦然と、こちらに期待を向ける眼差しに。側近は遂に諦めという行動を選んだ。
「はぁ。これに書けば良いのか?」
サインボードとペンを手に取り、側近は意見を飲み込んだ。
「っっ!!はい!!!!!!」
「…………はい、どうぞ」
「っっ〜!!!ありがとうございます!!」
心は九十度深々とお辞儀をし、爆音で感謝を述べた。その目尻には嬉し涙が浮かんでいた。
「では、私はこれで。今後こういった事を繰り返していると、委員会の予算を減らすからな」
タクシーに乗り込む前に振り返り、照井に指を指す。どうせまたやらかすとわかっていても、彼はさらに念を押した。
「その脅しは教育委員会にしか通用しませんよ」
へっ、と効果音がつきそうだ。照井は余裕綽々で答える。
「それと、顧問の取り替えだな」
「すみません。気を付けますごめんさい」
照井は先程の心と全くおなじ事を繰り返す。ついでに九十度深々と謝罪をした。
「よろしい。では、くれぐれも事故事件は起こさないように」
そう言って側近はタクシーへと乗り込み、本当にそのまま帰って行ってしまった。
「釈放されたね」
「誤解だってわかって良かったですね」
「いや、最初から逃げなければよかった話だろ……」
どうやら、本当に捕まえる気は無いようだ。既に車は見えなくなっていた。
「先生の運転トラウマになりそうでしたよ。主に諒が」
「……」
その言葉に全員の視線が諒へ集中する。
諒は全力で知らないフリをして目を閉じた。
「そうだ!!動画撮ってたよね!?心ちゃん!」
「もちろん!!今みんなに送るね」
「送るなバカ!!!!消せ!!!!!」
そうして、再び日常が再開した。
心が手に持ったそのサインは、ごく小さな文字で『側近』とだけ書かれた簡素なものであった。
……
「ということで」
「帰ってきたねー」
玄関のドアがガチャリと閉まる。たった半日の外出であるが、そのリビングに懐かしささえ感じていた。
「凜々ちゃんもそのうち開放されるでしょ!お腹すいたから(某配達アプリ)していい?」
緊張から開放された四人は急に疲れが溜まり、一斉にソファーになだれた。照井は既にスマホで出前の準備をしている。
「ダメです昨日のカレーがあるのでそれ食べますよ」
諒は一瞬ソファーに座ったかと思えば直ぐに立ち上がり、冷蔵庫の中を漁り始めた。
「そっかー」
『あと一歩のところだったのになー』と照井は呟いて注文を取り消した。
「えー…………めんどくさ……」
だが、諒以外の三人はソファーから頑固として動かなかった。星煌は心にもたれ掛かって小さく呟く。
「お前が作ったんだろ!!」
諒は叫ぶ。ここは星煌の自宅と違い、勝手に作っとくから勝手に食べとけスタンスでは無いのだ。
「まあそうか、……」
彼女はひたすらに虚空を見つめて押し黙った。
「……いや意見があるなら言えよ。黙るな」
星煌の小心的な態度に諒は不安になって思春期に入ってしまう。『どうしたの』の一言は言えないのである。
※思春期とは→好きな女の子に素直になれず虐める現象
「諒、いじめだよそれ」
「パワハラ、か……」
二人はやれやれと星煌の肩を持つ。悪ノリは二人の得意分野であった。
「断じて違う!!」
「はは。じゃあ米炊くからカレー温めて」
「なんなんだよ……」
星煌は何事も無かったかのように冷蔵庫からカレーを取り出した。コロコロ替わる彼女の様子に諒はため息をつきながらもキッチンへ向かった。
「心ちゃん見てこれ、面白そうじゃない?」
「なにこれ!!やる!!!」
「よしきた。買おう今すぐに」
照井は(某有名ゲーム会社の二じゃない方のゲーム機)を操作しそのソフトを購入した。
「やったぁ!!先生大好き!!」
心が照井へと抱きつく。心は誰にでもパーソナルが激狭であった。
「まずい。ここで『僕もだよ!』とか言ったら事案が発生する」
「言っちゃダメなの?ウチ悲しくなって泣いちゃうよ?」
「うーん先生が捕まって良いなら……」
「『照井 穹はどんな事があろうと捕まらない』って偽造すれば?」
サラッととんでもないことを言う。捕まって欲しくはないが、それ以上に否定されるのが嫌なのは少し倫理観が壊れている。
「流石に世界のバランス崩れちゃうかも!」
「そっかー。じゃあ私が代わりに言ってあげる。『僕もだよ、心ちゃん!』」
そんな茶番である。だが、無事に明日の予定が決まった。
「おい」
「?何」
「いや……さっきは何を言い淀んでたんだよ」
カレーを温めながら。一人はその様子を眺めながら言った。
「え、いやいいよ本当に」
「は!?『いいよ』じゃない、言え!これは命令だ」
諒は星煌に指を指しながら命令する。彼は割と短期でキレ症であるが、ここまで高圧的な態度を取るのは珍しかった。
「えー……」
「『えー……』じゃない!!悪口か?悪口かそうなんだな!」
ヒスもする。余程内容が気になるのだろう、諒の芸が止まらない。
「更に違うよ……変な方向に解釈しないで」
「じゃあなんなんだよ」
「ただ、……」
「ただ?」
星煌は少し言い淀んで、……諦めて、自分の意見を口にした。
「……帰りに見かけた、(某ハンバーガーチェーン店)の新作が美味しそうだったなって……」
「…………」
「それだけ?」
「うん」
「それだけかよ!!」
諒は超どうでも良い事に思わず台所を叩いてしまう。やはりキレ症であった。
「だから言わなかったんだよ。全く、ツッコミたいのはこっちの方だよ」
「はいはい被害妄想ですみませんでした。んなもんいくらでも買ってやるわ、次はさっさと言え」
星煌の髪にデコピンをして諒は何度目か分からないため息をついた。
「はい」
本当にどうでも良いのだろう。星煌ですら会話する気を起こさなかった。
「あ!パワハラ!!」
「諒くんさぁ……」
「こうなるからなわかったか星煌」
「はーい」
……
夜 自室にて
「なんか、こうして夜に一人になって話す事も減った気がする」
星煌は一人ベットに横たわり、夜の反省会タイムを始めた。
「わたし、居るよ?」
「紡は良いんだよ」
「わーい」
喜ぶ幽霊は壁と身体を半分こして遊んだ。心の部屋では右半身が飛び出している事だろう。
「元々一人で居る事が多く、更に独り言も多い私にとって、一人の時間が減るのは良い事なのか悪い事なのか。わからぬ」
書こうとした描写を全て言葉にする。
まあ、Logの序盤を見れば分かる事である。彼女の思考は常に動き回り、影分身をして会話を続けていた。
「そうなの?」
「うん。昔の趣味は独り言だった」
「ふふ、私と一緒だー」
紡のそれとは重さのベクトルが違うが、まあ似たようなものだろう。
「はぁ……これからどうなってく事やら」
(選択、特別、救世主……いや、なんのだよ)
星煌は小さく呟いて毛布を握りしめる。目を閉じて、寝る準備をした。
「まあいいや。私はいつも通りだよね「そう思うよ」……だよね。流れに身を任せてに過ごせばいんだよ」
『それが、良くない選択だとわかってても?』
灯りが消える。紡が消してくれたのだろう。
『そんなことに意味はないよ、きっとね』
『今更無駄だろ。私は怠惰なんだから』
『でも面倒見は良いよ?』
『私はな。でも私はそれを面倒見が良いとは思わないな』
『どうせ全部うに裏切られんだから、良いだろ?』
『それでも、関係を深めずにはいられない』
……うるさ
『煩いも何も、全部自分で考えてるだろ』
……
思考は止まらない。常に巡る。
これは止められない。止めることの出来ない。
私は常に、考える。考えすぎる。
色んな私が、私へと問いかける。悟りを開く。
認めたい私と、否定したい私。別の反論を生み出し、頭は更に混沌と化す。
もしかしたら、日記に記した岸星煌の思考は数多に存在するたった一であり、全ては読み取れて無いかもしれない。
「星煌お姉ちゃんって、静かだよね」
「……」
「あ、寝てる」
思考が中断されたのだろう。今日は色んな事があったので、寝落ちしても仕方がない。日記は代わりに書いといてやろう。
「暗いって言った方が良いのかな。でもそれじゃ、悪口になっちゃうよね」
幽霊は静かになった部屋で星煌を見つめる。その眼差しは敬愛の目であった。
「ふふ。私は、明るいんじゃなくて静かな星煌お姉ちゃんの方が好きだな」
「だって、こっちの方が素っぽいから」
だが、常に星煌を監視する物は言う。この中で一番岸 星煌を理解しているのは、もしかしたら結崎 紡かもしれない。
暗い部屋の中で、幽霊は一人静かに消えた。
……
「不思議だ。あの時引き金を引こうとしたが、壊れて作動しなかった」
「へぇ?武器のメンテナンスは最近やったのにも関わらずに、か」
明かりが一つ灯った部屋。この声は、『側近』と『指揮官』だ。
指揮官は星煌と名乗る者に銃を向けた時のことを思い出す。
「そうだ。……お前は時空間調査委員会に会ったことあるだろ?」
「あるな。お前から押し付けられた業務で。てか報告書読んだだろ」
「……あいつらは、何か変だ」
「変?あの委員会がおかしいのは元々じゃね?」
(スルーかよ)
もう少し同僚であり部下ある俺を労って欲しい欲しいと思ったが、そんなことを言うのは野暮である。
「いや、そうではない。あいつらはきっと『変数値』だ」
「?……あぁ、お得意の『バランス』の話か?」
「そうだ。変数値が現れたということは、近々大きなトラブルが起こるな」
「はぁーぁ。やだな……お前のそれで、全部『平等』にしちまえば良いのに」
指揮官は両目に灯る光を指さす。立場的には部下であるが、態度はいっちょ前である。
「それは出来ない。私はあくまでも、バランスを取ることしか出来ないんだ」
「それに、それは指導者様の目標でもあるからな」
側近は珍しく口角を上げ、側近へと視線をやった。
「……まあ、確かに」
指導者関連の話題を振れば、指揮官はすぐに大人しくなる。実にわかりやすい奴だ。
「お前も、もっと励むんだな」
「は!?ナイフ術は俺の方が上だろ!?」
「それ以外は私の方が上だ」
「くそ……こいつ…………」
ただの雑談が続く。暗がりの中、時刻は既に三を指していた。
(そもそ、だ)
(岸 星煌……私の記憶の中だと、既にその人物は死んでいたはず)
側近は過去を思い出す。
やはりこの世界は、大きな『矛盾』を抱えていた。
記録:記入 星煌 側近




