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無題/日記  作者: 岸 星煌
一章『何もない、起きやしない日常の大切さについて』
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「で、これからどうするんです?」

「とりあえず拠点まで逃げよう。そこからはまた考えるよ」

シートベルトを付けながら諒と照井の二人は意見を交わす。危なげなく時空間調査委員会一行は車まで逃げ込んだ。

運転席に照井、助っ席に心が座り、後ろには星煌と諒が。先程と同じ体制だ。


だが、追ってはやって来ている。

「『そこの車!止まりなさい!』」

「『今止まってくれたら追加で百万円プレゼン』『バカ!余計な事言うんじゃねぇ!』」

追跡する警察車両。その上に付属している拡声器から二人の声が響き渡った。


「とりあえず走らせるか」

自宅にナビを設定し、照井はアクセルを踏んだ。

車は躊躇いなく走り出す。当たり前にパトカーもそれを追いかけた。

これは、言ってしまえば大人同士の戦い。免許証を持つ者による熾烈なカーチェイス(という名の運転技術の見せつけ合い)が今始まろうとしていた。


「なんか楽しそう!」

相手の楽しそうな雰囲気に、心はつられてテンションが上がってきた。

「この車にも付けようか」

「欲しい!!」

悪ノリだと分かっていても乗っかざることを辞められない。仕掛けるのを辞められない。

彼女は更にテンションが上がったようだ。勢いよく手を挙げて、キラキラと目を輝かせた。

「それどころじゃないだろ。本当に撒けるんです?」

若干不安になりながら諒は言った。無理もない、いくらゴールド免許と言えどこの性格なら一人くらいは轢き殺していてもおかしくは無い。

「任せてよ、運転は得意だからね」

照井のこの言葉が嘘にしろ本当にしろ、チャームのおかげで本当になってしまう。なんと恐ろしい才能だ。



時空間調査委員会一行はとりあえずナビに沿って車を走らせ、追ってくる何台かのパトカーを振り切る算段を立てる。

「道が分からないから大通りの方に行きたいな……」

「そうですね。この人混みだと周りの人を巻き込むかも知れません」

こういう所は普通である。普段はあんなにドンパチしているのに、一般人は巻き込まないのだ。

変な感性だと星煌は思ったが、ここでは恐らく、変なのが普通であるのだろう。


「高速乗って……いや、……流石に逆走はまずいか」

「人が居ない所なら良いんですけどね」

「東京じゃなければね!なんでこんなに人が居るんだろ〜」

人が居なければ逆走をしても良いという感性。中々常識を逸脱しているようだ。

だが、既にスピード違反は起こしている。ここは一般道路なのにも関わらず、アクセルはベタ踏みで時速七十Kmは優に超えていた。


「随分と飛ばしますね」

「そうしなきゃ振り切れないからね。これは所謂"チェイス"って奴だよ」

人差し指を立て、ふふんと照井は声を出す。カーチェイスなぞ、日本に住んでいれば"ゲーム"での出来事で済んでしまう単語だ。

「ね〜窓開けちゃだめ?」

「良いけど、手はまだ出さないでね。撃たれたら危ないから」

「わーい!」

心は窓を開け、入ってくる風を感じた。風が吹いてなくとも、速度が出ているのでそれなりに涼しく感じるだろう。



「……随分と危ない運転をしやがる」

交通規則など目に入っていないのだろう。彼は続々と車両を追い越す車を眺める。

「まあ、あんだけ速度出てるんですからねぇ。避難命令は後ろが出してくれてますけど」

追っているのは一台だけではない。後ろから『危ないので離れてください』との声が聞こえて来た。

「どうします?」

「俺が考えとく。お前は運転しとけば良い」

「はーい」

そう言って助っ席に座っていた藤村は銃を一丁構え、狙いを定めた。



「うわ危な」

タイヤに向かい放たれた弾丸を、照井はギリギリ所で回避した。そこに穴が開けば一発ゲームオーバーである。彼は何としてでもそれを避けなければならない。

「うぇ……シートベルト無かったら死んでた」「……」

「撃って来たね。反撃する?」

心は傍に置いておいた大剣を手に取る。ここでは振り回せないが、投げれば確実に効果抜群だ。

「いや、とりあえずはいいかな」

「それに心ちゃん、『この車は頑丈なんだよ!特にタイヤは弾丸を受けても破れない!』」

「そうなんだ!すっごい!」

(絶対にチャーム使ったな)

ゲームオーバーになるなら、コードを書き換えてしまえば良い。これは所謂チートであり、照井にしか出来ない芸当であった。



「何台か追ってきてるなぁ」

「……」

照井は無言で速度を上げた。右折するのを忘れたが、もはやナビ等どうでも良い。辿り着けさえすれば良いのだ。

流石に速くないかと後部座席の二人は違和感を感じたが、とりあえず気にしかない事にした。

「〜の♪〜〜っだあ!」

助っ席に座る心は歌まで歌っている。

何とも緊迫感のない状況に、星煌は一週回って落ち着いてきた。


「……つむぐ、紡来て!」

この状況をどう受け止めるか。星煌はまず適当な空中に向かって呼びかけた。

「どうしたの、お姉ちゃん」

背後から透けた幽霊が顔を出し、二人の間に座った。常に星煌を追っている為、こうして座るのは珍しい事だ。


「暇だから話し相手になろ」

「わーい」

そして星煌が選んだのは、家に着くまでの暇を潰すことだった。

「いや『わーい』じゃないだろ。一応追われてんだぞ」

「えー……でも殺しはしてこないだろうから大丈夫かなって」


「っ、と。危ない危ない」

大きく右へ逸れる。そのドリフト技術さえも偽造で手に入れられるのだ。

「えーー紡がどっか行った!」

星煌の体をすり抜けて紡が視界から消えた。

「ふふ、慣性の法則なんて効かないよ」

「そうなの紡ちゃん!?かっくいー!」

「くれぐれも轢かれないようにね」

一先生として少しだけアドバイスをしたが、幽霊にそんなものは通用しないかもしれない。

「はーい」

だが、生前であれば通用しただろう。照井は紡ぐが交通事故により命を落とした事を知らない。人が人であれば地雷を踏み抜いていただろう。さす先生。


「てか先生、安全運転で出来ます?速度速すぎて怖いんですけど」

常に倒れていた方が安全まであるだろう。緊張感が無い、暇とは記述したがこの体験は中々スリリングなものだ。

「んー出来たらそうしたいんだけどねー」

照井は話しながらも撃たれる弾丸を華麗に避けた。

当たっても良いが、それだとチャームを掛けていることがバレてしまうだろう。そうなれば次は、確実に『こちら』を狙ってくるはずだ。

敢えて照井は避け続けている。余計な被害を増やさない為に、だ。


「先生次右ね」

「おっけーナビ助かるよ」

「ふっふん!私が一番助っ席に相応しいね!」

心はカーナビをポチポチと操作する。その行為は無意味だが、本人はとても楽しそうだ。



「…………」

「諒、大丈夫?体調悪い?すごい汗だよ」

「いや、平気だ……大丈夫だ、大丈夫……」

先程から両手を祈るように握りしめ、ひたすらに虚空を見つめている。

口数も妙に少ないし、心なしか震えているように星煌は感じた。


星煌は伸ばしていた手を空中に滞らせた。体調が悪い訳では無いらしいので、大丈夫だと言うのなら大丈夫なのだろう。

「そう?それなら「右に曲がりまーす」」



そうしている間に、車が大きく右へ傾いた。ドリフトと言うやつだろう。

「は、また」

星煌は手を引っ込め、シートベルトを掴もうとした。

だがその手は、隣に居た者によって遮られる事になる。



「うわ危」「うわああああああ!!!!!!」



星煌が諒を案じていた心は、その()()()()()()()()()大声により打ち砕かれた。



「びっっ……くりした。え、本当に大丈夫?」

引っ込めかけていた右手はいつの間にか諒を抱きしめている。諒が飛びついてきたので星煌は反射的に受け止めてしまった。

「大丈夫じゃない……事故る、もうダメだ……死ぬんだ俺は……」

星煌の腰辺りを抱きしめながら諒はこれから先の事に思いを馳せた。そして死ぬ覚悟をした。


「すごい声聞こえたけど、諒大丈夫?マジでどしたの」

「心でさえ心配するレベル」

心は流石に心配になって後ろを振り向く。普段聞かないような大声だ。静かにスマホのカメラを起動した。


「……い」

「?」

彼は震えながら小さく呟いた。その光景はさながら小動物と変わりはなかった。



「怖い………………」


そうして絞り出したひと声。それはとても単純で、誰しもが持ちえる『恐怖心』であった。

「えーっと……事故が?」

「それもある!!けど怖い!この体が揺さぶられる感覚!!!」

諒は星煌を納得させようと叫ぶ。彼は自身の恐怖を味わって欲しいのだろう、彼女の体を前後に揺さぶった。


「なるほど、わかったよ。諒くんは絶叫系が苦手なんだね」

照井は二度三度頷いた。

そしてこの状況はきっと奇跡なのだと、そう思った。神様からの贈り物に感謝しながら、彼はおもむろにニヤニヤし始めた。



「あらよっと」

特にナイフも弾丸も何も飛んできていない。ただ右に曲がればいいだけなのにも関わらず、照井は大きくドリフトをした。


「!?あああ!あ!ああああ!!!」

「大丈夫だよ諒死なない!死なないから!!」

体が大きく左へ引っ張られるのと同時に、諒が星煌の体を抱きしめる。彼女の体がねじ切れる勢いで抱きしめているせいで、彼女の体からはギリギリと音が鳴っている。

「だっはは!はぁ、はは……はーおもしろ」

照井は大爆笑である。今の諒は叩いたら鳴るおもちゃとそう変わりは無い。


「ほら落ち着いて、いつものクールな諒に戻って」

諒の背中をバシバシと叩いて元に戻そうとしたが、機械ではないので中々上手くいかない。

「諒はクールじゃなくて雑男だよ」

「そうかもしれないけど!」

そうである。

「はぁ……頼りない諒くんは私が何とかするんで、いい感じに逃走お願いします」

はぁはぁ言いながら震える諒を宥めながら星煌は自身の役割を理解した。

「任されたー」

照井はひと通り満足したため運転に集中する事にした。気分は最高潮である。



「なんだあの運転技術……」

先程の警察官、藤村が前を走る車を睨んだ。意味もなくドリフトを見せつけてくる照井に、煽られたような気分になって眉間に皺を寄せた。

「まぁ、チャームは絶対に絡んでるでしょうね」

運転席に座る別の警察官は言う。

先程からタイヤを狙って撃っているのにも関わらず、全て華麗に避けられている。

「『近隣住民の避難呼びかけ完了しました。もう人も車も来ないはずです』」

「了解。……まさか高速にも乗らず、一般道路でチェイスしてくるなんてな」

タイヤを狙い撃ちながらも会話を続けた。


「しかも、とてつもなく運が良いですよ。信号に一回も引っかかってないですし」

「ますますチャームが絡んでる事の裏付けになってきたな。はぁ、何でこんな事を俺が……」

「、自分で調査を名乗り出てませんでしたっけ」

ジト目がさらにジト目になる。彼の記憶では、藤村はこの件に関して真っ先に手を挙げていた記憶がある。

「まあ、速度が速いだけで変な真似は今の所してきてません。十分に警戒しながら追跡を続けますね」

「了解。……一応増援も居るからな」

車の隣に居る頼りないバイクを見ながら、藤村は前の車へ呼び掛けを続けた。



「どうする?やっちゃう?」

「お前の判断に任せる」

聞いた事のある声だ。そのバイクに跨っていたのは、先程まで居たビルの門番をしていた二人であった。

「さっきみたいなヘマしない?」

「しない」

「じゃあやっちゃおっか」

警察車両のバイクに跨る二人。本来は一人乗りなのにも関わらず、無理矢理二人で乗っていたり


「さてさて?『今日のアイテムは、こちら!』」

不真面目な方の男はポケット手を突っ込み、適当なアイテムを取り出した。片手運転である。

「おぉ!中々のラッキーアイテムだね!」

「じゃ、よろしく頼むよ」

どうやら、良いものを引いたみたいだ。それを真面目な方の男は受け取って、右肩を回した。

「任された」



「『誰であれ、狙ったものは絶対に外さない』」

その言葉と共に右腕を大きく振りかぶり、一直線に『矢』を投げた。



「うわっ、矢!?」

「わー果たし状みたいだね」

リアウィンドウに突き刺さった一本の矢。突然の事に三人は驚いて、話題は諒からその矢へと移った。

「この速度でガラスを貫くとは、中々の技術」

「うわ、また投げてきたよ。しかも全く同じ所じゃない?」

関心している場合ではない。このまま当たり続けていたら、後ろががら空きになってしまう。

「先生、投げてきた人弓持ってないよ?」

心は体を少しだけ乗り出し、バイクに跨っている二人組を見た。

「素手!?じゃあ絶対にチャームだ」

弓と矢は一心同体だ。弓なしで矢をここまで正確に貫けるなんて、『普通』に考えればまず有り得ないことだ。


「う〜んそうだな……名前は」



「『投擲』だ」

視点が切り替わる。

『投擲』

とある対象に狙いを定め、当てるという覚悟を持って投げるとどんな状況であっても絶対に外さないという才能。だが、速度や強さは自身の力に癒着する。


「ひゅー!流石だ!グレネードでも投げちゃう?」

二人は笑顔でグータッチを交わし、これからの昇給を期待した。

「こっちに転がってくるだろ。却下だ」

片割れは後ろからデコピンをして、自身のメガネを少し上げた。

「ちぇー」

「出してないよな?」

「運によるね!あ、雑草出てきた」

もしここがゲームの世界で、彼の幸運値が最高であったならば彼はこの世界で最強候補の一人であっただろう。

「……さっさと良いもんよこせ」

「はいはい待っててね〜」

二人は会話に夢中で、横を通り過ぎた車に気付かなかった。



「なんかまた飛んできそうだよ!」

心は手渡された双眼鏡で後ろを覗く。もはや諒を前にして心を後ろにした方が良い配置だ。

「うーんどうしたものか……」

「避けれないの?」

照井は少し悩んでいたが、心のその一言によって悩みを吹っ切れさせる事になる。


「…………やってみよう!」

(諒くんの為にも、わざと喰らおうとしたけど心ちゃんが言うなら仕方ないな、うん)

避けてしまうと、諒は確実に悲鳴をあげる事になる。それを避けるためにもわざと喰らっていたのだが、

そう自身の中で言い訳をしてこの状況を楽しんだ。ルンルンである。



「お、来るかな?」

「うーん、せい!!」

照井は勢いよく左車線へと移った。



「だあああああああ!!!!!」

そうしてガラスの割れる音が響き渡った。ついでに諒が叫ぶ声も。突き刺さったのは割り箸(木製)などにも関わらず、その威力は一級品であった。

「ダメだったね」

「ダメだったね〜」

心と照井は残念そうに口にした。偽造で手に入れた技術では、運命を曲げる事は叶わなかった。

「あああああ!!星煌!死ぬ、!!!!」

「星煌は諒の手によって死ぬかも!!全身を使って殺しに来ないで!!」

今度は首を絞められている。

これでは星煌 (呼び掛け)死ぬ (俺が)ではなく星煌 (が)死ぬ (諒の手によって)になってしまう。



「んー……星煌ちゃん、『観測』できる?」

そんな中、?照井はある一つの策を思い付いた。それは、星煌のチャームを頼ること。

「え、できますけど……この状況で未来を読めと?」

「もうダメだ……遺書、いしょを……」

相変わらず諒は狼狽え、星煌はその犠牲者となっている。こんな手一杯な状況で照井は星煌に助けを求めたのだ。

「うん。ちょっと試しにね」

「鬼畜ですね。分かりました」

星煌は諦めてチャームを使おうとしたが、少し不安になった。


「でも、私の観測ってそんな万能じゃないですよ?」

彼女のチャームは不安定だ。彼女は未来を見れるが、そもそもいつの未来を見れるのか、そしてそれがいつに起こるのか。そこは全くもって不規則なのである。

「やってみないと分からないでしょ?『開花』現象だって起きるかもしれないしね」

そんな星煌を焚き付ける一言。秘密を共有しあった照井だから言える言葉であった。

「…………やるしかないですね」

「ふふ、お願いね」

彼の読み通りである。彼女は複雑に見えて思考はごく単純なのだから。



「『剣は錆び、花は咲く。して巡る日々は……』」

そうして、彼女は未来を見始める。

今この状況が、前に観測した状況と全く一致していると気付いたのは、つい先程の事であった。


「え、なにこれ。膝枕?」

そうして、意味不明な場面を観測した。

「ちょっと〜どこ見てるの?」

「もうちょっと意識してやってみるか」

スローガン(詠唱)……とかよくね?めんどくせぇわ覚悟があれば良いんだろ」

彼女の目が一層輝く。それはダイヤモンドでもあり、星でもあった。


「……無理だわ。『剣は錆び、花は咲く。して巡る日々は……』」


「……」

「うーん……」

そうして自身の頭の中に流れ込んできた一枚画。星煌は悩むように顎に手を当てた。

「どう?」

「一応、さっきのバイクがナイフを握りしめる瞬間の未来が見えたんですと」

「うんうん」

先程と違い、その未来は今と関連している。嬉報に見えるが、実際は少し違う物である。照井は嬉しそうに頷いて、事の詳細を待った。


「いつ飛んでくるのかが分かんないです!」

「うーんたしかに」

とても不便だ。照井は率直にそう思った。

彼女はあくまでも未来の一カットが見えるだけであり、それだけである。それ以上でもそれ以下でもないのだ。



「……かんは」

そんな中、ずっと狼狽えていたはずの諒が小さく意見をあげた。

「?」

「時間は、写ってないのか」

今にも消え入りそうなか細い声で諒は言った。叫びすぎたのか、その声はカスカスに聞こえた。

「時間?あぁ、テレビに写ってる……」

諒はテレビに写る時間に着目した。こんな状況でも頭は回っている。半分は恐怖で埋め尽くされているが。

「たしかに、星煌ちゃん見てみて」

「はい。……」


星煌が観測した、とある一つの未来。それはナイフが視界の右端に映り、左端にはテレビのモニターが映っていた。

「、十四時十五分」

「おっけー二分後ね」

心はその言葉を聞いてひたすらにテレビを眺めた。アラーム要員だ。

ニュースは流れてないが、画面には流しかけの音楽と時間がしっかりと写っている。


「ナイスだよ、諒」

「死ぬ……」

恐怖心というのは、中々消えない物だ。どれだけ消そうと叫んだとしても、部屋が密室であったら意味が無い。

「はいはい大丈夫ですよ、後ろには紡も居るんだし」

「何かあったら私が気絶させるよ」

「それはそれで怖いだろ……」

車が右往左往していない、今だからこそ可能な会話だ。要因を作らなければ、諒は至っていつも通りである。


「じゃあもっかいやって!」

照井は生まれた空き時間を見逃さない。すかさず隙を埋め、星煌へと依頼した。

「もう一回!?まあいいですけど……」

「よろしくね」

「『、あー……して巡る日々はー』」

詠唱が面倒になったのだろう。

先程は出来なかったが、回数を重ねることでコツを積んだのだろう。少し省略しても発動可能になった。詠唱破棄というやつか。



「あ」

「どう?なにかわかった?」

「助っ人が来ます」

「おお!朗報だね先生!」

「うんうんやったね。で、助っ人って?」

前の二人はイエーイと楽しげにピースを交わした。

「窓開ければ分かりますよ」

「窓……?そんなすぐに……」

照井は言われた通りにサイドガラスを下ろす。たしかに横には車がくっついており、そこには見覚えのある顔が……



見覚えのある顔が?


「は!?、凜々!?」

照井は目を疑う。何故ここに凜々が居るのか。というか、こんな事になっているのをなぜ知っているのか。

「随分と驚いてるな。安心しろ、今日はもう既に穴が来ている」

凜々は優雅に腕を組み、照井に目線を合わせた。軽自動車で良くそこまで速度を出せたものだ。

「いや、そうじゃなくて……」

「『なぜ分かったか』か?」

「うん……」

思考まで完璧に理解されている。照井の頭はハテナマークでいっぱいであった。


「ニュースを流してみろ。そうしたら嫌でもわかる。……はぁ、速報でずっと流れていたからな」

心はその言葉を聞き、パネルを操作する。映したそのニュースには、確かに速報の映像が流れていた。

「え、つまり今上にヘリ居る?」

「居るな」

耳をすませば、パラパラという音が聞こえた気がしなくもなかった。


「先生!十五分だよ!」

心が隣から勢いよく叫ぶ。十五分の時報の役割はしっかりと果たせたみたいだ。

「おっけーありがとう。絶対に避けてみせる」

「私達は前の方に居る」

「りょうかーい」

凜々達の車は速度を上げ、照井達の邪魔をしないよう立ち去った。



「ナイフが出た!はーいよろしくお願いしやーす」

「まかセロリ」

当たりを引いた片割れは、嬉しそうにその果物ナイフを手渡す。

この門番はどちら共、少し様子がおかしいかもしれない。


「『絶対に外さ…………』ん?」

投擲のチャームを持った片割れが、再び才能を発揮しようとしたその時。彼はちょっとした異変に気が付いた。


「どした?なんかあった?」

「いや……俺が腕を上げた途端、一瞬だけ、左に逸れた」

「運転ミスったんじゃない?」

「そういう事じゃない」

今度は頭に軽いチョップを当て、その思考を統制した。


「相手は俺のチャームに勘付いてるはず。先程大幅に避けた時に当たったから、絶対に」

そうだ。投擲という名前は分からずとも、"彼が何かを投げたら命中する"という考察は立っていた。

「そやんね」

「だとしたら……」



「『絶対に当たる』ことを理解しているのなら、()()()()()()()()?」

そんな事をしても、労力の無駄使いである。

彼は前の車の『ガラス』を狙って、出てきた果物ナイフを投げた。



A.忘れていたから。又は、期待していたから。


「だああああああああ!!!」

再びハーモニーが車内に鳴り響く。いや、窓ガラスが割れているので、もしかしたら後ろの方にも聞こえているかもしれない。この不協和音が。

「うわぁ当たっちゃったぁ」

「え!?今先生凄い左に逸れたのに!?」

心がありえなーいという顔で照井の横の窓ガラスに突き刺さったナイフを見つめた。

「ナイフが車を通り過ぎろうと瞬間ににカーブした。まさかの運転席にに飛んできたよ」

「すごい!!」

「うん凄いね……はぁーあ。"先読み"しちゃえば行けると思ったんだけど。因果を捻じ曲げるタイプか」

照井はその未来を先に見てしまう事で、必中なのを回避可能にする!という計画を立てたのだが、それは失敗に終わった。


「まあ、星煌ちゃんが見た未来は間違ってなかったね」

「なんか、すみません。……諒、貴方が倒れ込むと私が標的になるんですけど」

かろうじて出ていた諒の頭が、星煌の腹の辺りに完全に埋もれる。小さな隙間から吹く風が、嫌な予感を連想させた。

「ガムテープでも貼っとけ!!!!」

「えー……犠牲になれと……」

星煌がこんな風にツッコミばかりするのは、なんだか久しぶりだ。ここ最近は諒というストッパーがいる為、ずっとボケ倒していたのだが……ストッパーがこうなってしまった以上、星煌がツッコミに回るしかないのだ。



「そこの人ーいい加減に止まりなさーい」

「うるさいね。あの拡声器、撃っちゃって良い?」

チェイスを始めてから、鳴り止まぬ事を知らない声。心はいい加減音楽が聴きたいと痺れを切らして、拡声器を破壊する事を選んだ。

「いいよー速度ちょっと落とすね」

「よしきた!諒、ちょっと銃借りるね」

心は無許可で諒のホルダーから勝手に拳銃を奪い、それを手に取った。


「ぶつかる、ぶつかるぶつかるぶつかる……」

「ぶつかんないから……呪詛唱えないで……」

諒はそれどころではなかった。後ろも後ろでおおははしゃぎしている。

しかも、シートベルトは外さずに。やはり命綱。


「銃とか使ったことないな〜」

心は暴発しない事を祈りつつ適当に弄り回し、照井のサイドガラスを勝手に開ける。ほぼ割れているので意味はあまりないが。

「心ちゃん、銃を構える時はまず……」

「こんな感じでしょ!えーい!」

照井が教えようとしたが、それよりも先に身体を乗り出し、パトカーの上に付いているメガホンへと狙いを定めた。

「人の話……てか見えない……」

何故わざわざ照井の視界を遮る必要があるのか。乗り出す心の身体のせいで視界の半分は見えていなかった。



「うわっあっぶねぇ……」

音声が途切れる。てっきり運転手が撃たれると思っていたが、狙いは上の拡声器であった。

「撃たれましたね。しかも一発」

「被害がこれだけで済んで良かったよ。これはもう要らねぇな」

藤村はマイクを手放し、双眼鏡を手に取った。



「色々は済んだか?」

速度を落とした凜々の車が、再び横へと来る。こうした方が会話が百倍やりやすい。

「うん。で、何しに来たの?」

「援護に決まってるだろう。この状況を打破するためのな」

「おぉ!……どうやって?」

正直言って、状況は二転三転している訳でもなく、攻防を繰り返している訳でもない。

だが、再生にはこの状況を打破する力があると考えこの場に見参した。

「こういった時の勘は優れないのだな。安心しろ、家には無事に返してやると保証しよう」

凜々が目を細め、したり顔で照井へと言った。ドヤ顔のつもりなんだろうけど、顔はだいぶ怖い。具体的に言うと、子供が想像するお母さんの顔だ。見たら号泣する程の。



「こちらには、操りのスペシャリストが居るからな」

凜々は人差し指を立て、上を見るよう指示を出した。



「お嬢さん!車の上を降りろ危ないぞ!」

拡声器が失われた藤村は、窓から顔を出して叫ぶ。

新たに現れた車のルーフには、"青髪の少女"が一人、そこに立っていた。



「……元サーカス劇団を舐めないでください。これくらい、何も心配ないです」

蒼穹は小さく呟き、その才能を輝かせる。

目の周りには小さく星が瞬き、彼女は舞台に挨拶をした。


「『さあ、生きろ。最後まで手足を動かせ』」

指から小さく細い糸が伸びる。ここからは、彼女のステージ(独壇場)である。



「……、!?あのお嬢さんのチャームは分かりますか」

運転手の同僚が焦ったように口にする。ブレーキを何回も踏み、額に汗を流した。

「俺に他人の才能を見抜く才能はありませーん」

藤村は身を乗り出しながら適当に返す。それよりも、彼女をルーフから下ろすことが先であった。

「ハンドルの操作が効かないんですよ」

「……なるほど、緊急事態だな」

どう考えても操作が効かない方が優先である。藤村もハンドルを掴み左右に揺らしたが、確かに車体は動かなかった。

「詰みですね」


「ハンドルから手を離すな!諦めるな!まだ道筋は残され」


「って、うわっ!」

車が突如として宙へ浮かぶ。下から誰かが持ち上げている訳でも、この車にジェット機能が搭載されている訳でもないのに。

「わー。アクセル踏んでないのに前に進んでますよ」

既にハンドルからは手を離してる。アクセルを踏み、外して遊んだ。小学生がモールにあるお金入れるタイプのおもちゃの車で遊んでいるような感覚だ。

「こうなりゃ十中八九チャームだな。しかも操作系」

内容は分からないが、こんな芸当はチャームでしか行えない。それか一流のマジシャンか。

「ですね。隣のバイク見てくださいよ、既に諦めてます」

相当仲が良いのだろう。既に職務放棄し、指スマをして遊んでいる。

「くそ、アイツら……」

「元は門番ですから、仕方ないですよ」


「ここからどうする気」「うわあっ!あっぶな!!」


車が大きく左へ移動したかと思えば、建物とぶつかる寸前で完全に静止する。

「なんの前触れもなく叩きつけにきましたね……あ、バイクは置き去りにされてますよ、ウケますね」

こちらと違い、バイクは街灯とぶつかりコースアウトしていた。

「はぁ、アイツら……ッチ、増援は!?」

「先程既に呼んであるので、来てると思いますよ、ほら」

後ろからサイレンの音が鳴り響き、赤黒い車が何台かやって来た。


「『そこの車ー止まりなさーい』」

一言一句同じ事を言い放つ。それが通じないと分かっていても、言うしかないのだ。強いて相違点をあげるとするならば、こいつらと違い女の声だ。


「……先生、私は両手使って十台が限界です」

「アイツらはどうせアクセルを踏んでないだろう。最悪そのまま離すだけでも良い」

「分かりました。このまま続けます」

蒼穹は淡々とパフォーマンスを続ける。心の様なバケモン有機物相手でなければ、彼女の才能は他とは一線を画していた。



その舞台に身を任せ、照井は悠々と運転を続けた。

自体は既に好転している。ここが逃げる絶好のチャンスであった。

「てか、凜々は運転してないんだね」

「忘れたか?わたしは方向音痴だぞ。しかも、ここには運転の天才が居る」

ただの高性能ロボットである。未成年であるが、バレなきゃ良いのである。


「それに、私には後ろ盾がいるからな」

「?」

……私の事か。



「確かに、『開けろ』と言われたら開けるが……少々人使いが荒いな」

「処す?」

「処すな」

校正の戯言も載せといてやろう。

恐らく、凜々はその気になれば何時でも逃げれると言いたいのだろう。私が『扉』を開けてしまえば、容易く逃げ切れるからな。


……()()()()()()だな。まあ、少し考えればわかることだろう。



「私たちが引き付けておくから、お前はさっさと逃げろ。安全運転でな」

「はいはい」

照井は右手を無理矢理伸ばしてその頭をポンポン撫でた。直ぐに引っ張叩かれたが、彼は満足気である。隣にいるロボットはその光景を録画した。


「安全運転で頼みますよ!?!?」

後部座席から星煌が全力で叫んだ。

「はあ、はあ死ぬ!死ぬんだ俺は!!」

「諒痛い痛い!腹がネジ切れるからそんな掴まないで!!」

先程の頭ポンポンに対してこちらは青春の欠片も無い。まだ成人済み男女の方が甘酸っぱい事をしている。

もしかしてギャグ時空とやらなのか?と星煌は少し心配になった。


「……心ちゃん、動画撮ってもらって良い?」

「最初からずっと撮ってるよ!」

心がニヤニヤと親指を立てる。彼女は誰よりも早くこの光景を録画しようと考えていた。

「はは!さすがだよ!最高だね!!」

照井は声を上げて笑い、それと共に速度もあげた。


そうして悠々と帰路に着く。ちゃんとナビゲートに従って、時空間調査委員会は何とか目的地周辺まで帰ってこれた。




「はぁ……逃げられた」

藤村とその同僚運転手も諦めて茶をシバいている。

「んーそうですね……でも大丈夫だと思いますよ」

「は?なんでだ」

「さっき増援を呼んだ時に、『五線譜』の一人が来てくれたらしいんです」

「!?そんな大事になってたのか……」

さっさと言えよと藤村は運転手の頭もシバいた。

「いや、それが自分から名乗り出たらしいですよ」

「自分から……?まあ理由はなんでも良いだろ。一人でも来てくれたんだ、絶対に確保できるな」

「ですね」

二人は大人しく引き下がる。藤村さこれから書く報告書を思ったら頭が痛くなってきた。

「……お前のそのチャーム、地味に欲しいよな」

「私もそう思いますよ。この『沸騰』、何時でも温かいお茶が飲めるんですから」

報告書からは目を逸らし、特集チャーム対策支部らしくチャームの話をした。


『沸騰』

九十九℃以下の液体を一気に沸騰させる事が出来る。ただそれだけである。

確かに、"地味に"欲しいものである。地味に。




「いやー助かったよ。凜々たちが囮になってくれて」

「ですね」

拠点の近くを走りながら照井は一息ついた。既に諒も元通りになっている。青ざめた顔は元通りに、軽口も叩けるようになっていた。

「だね!でも、一台付いてきてるよ?謎のタクシーが」

ただのタクシーである。偶然であるかもしれないが、心は何となく後ろをつけられている気がした。

「まあ、一台程度ならすぐに振り切れ」




「っ、伏せろ!!!!」

「え?」


照井が叫んだその瞬間。リアウィンドウが飛んできた弾丸により完全に割れる。そのまま全てを一直線に貫いた。


「うわあ!?銃!?」

ガラスの破片が所々に散らばる。あの弾丸は、星煌達の真横を通過して行った。

「ちゃんと伏せたな。反射神経は○と……」

「何そのチェックシート!?」

諒はおもむろに背中からバインダーを取りだし、謎のシートに星煌の能力値を記入した。

果たして彼は背中に何個の物を仕込んでいるのか。


「いやー、しっかり貫いて来たね」

この車に搭載されているほぼ全ての窓ガラスが粉々に砕け散っている。心は入ってきた風を全身で感じながらサイドミラーを見た。

「どうする?先生」

見えたのは、どこか見覚えのある顔。彼女は人の顔を覚えるのが絶望的に下手なため、それがとある委員会の顧問である事に気付いていない。

「んー……一旦止まろうか。追ってはこないと思うし」

照井はゆっくりと速度を落とし、拠点がある森の近くに車を停めた。




「あら?貴方が外すなんて珍しいですね」

とてもタクシーから出る速度ではない。

だが、これを乗りこなしているのは顧問である雨宮だ。彼は帰る途中に拉致され、強制的に運転席へと着かされている。

今にも閉じてしまいそうな眼を無理やりこじ開け、奢ってくれたコーヒーを一口飲んだ。


「今のは威嚇射撃だ。立場を分からせるためのな」

スコープを覗く目を外す。

ガラスが割れる車を見つめ、顎に手を当てた。

辺りの温度が一気に冷える。太陽は名称だけで、それに温度は存在しなかった。



「安心しろ」

「次は、絶対に当てる」


『側近』とガラス越しに目が合う。

輝く瞳は自分とは程遠く、煌めく。後ろを振り向いた諒は、目を合わせた事を後悔した。


それは誰も越えられない「覚悟」の眼差しだった。




記録:記入 星煌

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