Log_2
カッ。
「……?」
プロローグが強制的に中断される。
大きな、いや、実際は小さかったかもしれないけど、確かに音を立て、『ソレ』は現れた。
「……なにあれ」
私は小さく呟いた。
気配も、正気も生きてる雰囲気も何も無い。
何処から来たのか知らない、知るはずとも無い、とても人とは思えないナニカ。
腕、足、顔、構成するパーツは全て人間のそれだ。なのに、手首や関節が180°逆に折れていていた。
目の焦点はバラバラで、それが余計に不気味さを演出させた。それが歩く度に骨が折れる音がする。
けど、確かにソレはこちらを補足していて、一歩、確実に地面に足を踏みつけて歩いてくる。足取りは重く、鈍い。
本能が感じる。一歩ずつ近づいて来るのは、人ではなく"死"だと。
突如現れたモンスター。私はどうして良いかも分からずに、方向転換して走り出す。
体力がないとか、朝にしては全然人がいないとか考えている場合ではなかった。
(走るのは苦手だけど、まだ家出て数分だから、来た道を戻って家に帰れば良いか)
楽観的とも取れる意見を脳内で出し合って、ひたすらに来た道を戻る。あぁ、自転車があったらどんだけ楽だった事か。
そもそも、この事態にも遭遇してなかったのでは……なんて、考えても仕方がない。
とりあえず重たいカバンを捨てて、相手の反応を見ようと後ろをちらりと振り返ると、相手は歩いて私の所に来ようとしていた。
近くの木を丸ごと一本抜こうとしているのか、力を込めてそれ抜き始めた。小さな、ってか、皮膚がダルダルな身体にそんな力があるのかは知らないが。
目は見えているのか、不思議だった。明らかに焦点があっていない。
だとしたら、音に反応しているのか? とも思ったが、そんな事を検証している暇はないし、頭脳もない。
ゾンビ的な何かだと思ったが、それはNoといえる。なぜなら肌色が緑では無いからだ。あと太陽の下で歩いてるし。
そんな事を考えながら走った。私が全力で走っているのにも関わらず、相手は一歩踏み出すだけで私との距離を縮めた。
あと気になることといえば、空に浮かんでいる不思議な
…………?
「なに、あれ」
思わず、逃げていた足を止めてしまう。
あんな黒い穴、いや、なんだ?あれは本当に……。
空に浮かぶ、不自然で異質な黒い穴。空が青くて澄んでいるせいで、はっきりと目に映ってしまう。
今、やっと理解した。恐らく"ソレ"はこの穴から来て、こうして、この世界に来ているということ。いや、消去法でそうとしか考えられない。
穴では無く目なのでは? それとも変形可能? なんて考察が思考の邪魔をするが、今はそんなことを考えている暇がない。
「っ!痛った……」
そうして顔を再びソレの方へ向けた時。そいつが投げた石の欠片が、私の頬を掠めた。
ー音と共に、だんだん近づいてくる。
先程とは違く、その目は、はっきりとこちらを捉えている。
いつの間にか相手は木を一本丸ごと抱え、こちらへ攻撃を仕掛けてくる。
やはり、人ではない。モンスターとか、エネミーとか……そういった類の者だろう。なんで居るんだよ、まじで。
やはり、一般人が到底叶うはずもなく。私が頑張って逃げても、きっと追いつかれていただろう。
死ぬ間際まで、そんな事を考える。
……でも初めての被害者って特別じゃない?
きっとニュースにもなるだろう。『岸 星煌』の名前が堂々とテレビに乗り、世間はその話題で持ちきり。
あぁ、嬉しいな。私が、"私"が日の目を浴びるなんて。
『いいよ、大丈夫』『安心して、私は平気だから』『心配しないで、いつも通りだよ』
いつも言ってたセリフだ。どうしてこんな時に流れ込んでくるのだろう。
……
『誤魔化すのにちょうど良いから。"本音"を隠すのには、嘘が必要だから』
(走馬灯ってのは、傷が深い時に流れ込むんじゃないのか )
それが最後の記憶として流れてくるのは、何だか不快であった。
頬の血が滴り落ちる。口に入って、形容し難い味が舌を介して口の中広がった。
相手がその大きな木を振りかぶるのを見た。やはり人ならざるものは、力が強いのだろう。
たとえ致命傷には至らないとしても、人間にとっては相当痛いものである。
近づく死の感覚と共に、後ろに倒れ込み、ゆっくりと目を閉じた。
それは、諦めとも言えた。
無理だと感じたら、それ以上の『努力』はしない。それが彼女の、私のモットーというやつだ。
世界が黒に染まる。
__Log より 一部抜粋
『だからあの時、星煌が無事で、本当に良かったんだ』___
「こらー!!!!」
その声と共に、世界が色付いていく。
目を開けて感じたのが、音。さっきと違って、確実に大きい、いや、大きすぎる音。
次に見たのが、割れる地面。吹き荒れる木々、そして、剣を持った人が一人。
その人に(多分)倒されている、ソレ。
完膚無きまでに潰されてる。血が飛び散ったグロい光景を見て出た感想は特にないが、折れ曲がった足も散らばった目も、さらに歪んで……もう動いていなかった。
(なんか知らないけど、助かってる)
死に損ねてガッカリしたのか、生き残った事に安心したのか……どちらの感情を抱いているのかは、よく分からなかった。
そうして呆然としてたら、その人がこちらに気づいた。
「あ、生きてる!?」
……どうやら、死んでいたと思われていたらしい。大の字で倒れていたからかな。
「あ、はい一応」
そう言って、手を引っ張って倒れてた体を持ち上げる。強く打ち付けたせいで、背中が痛い。
「いや〜倒れてたから死んでるのかと思った!ごめんごめん!」
あははと笑いながら近づいてくる、少しテンションの高い、長髪ポニーテールの女の子。髪色が明るく、恐らく焦げ茶色である。
前髪は切りそろえ、長い三つ編みと触角を出している。制服らしき物を着てるので、おそらく学生。
左腕には腕章をがついているが、服で隠れて文字がよく読めない。
「大丈夫?」
わざわざ伸ばしてくれた手に「ありがとうございます」と返し、起き上がる。
「あ、怪我してる。ちょっと待ってね」
彼女は自身のポケットを漁り出した。恐らく、先程ついた頬の傷の事だろう。
「?いや、このくらい別に」「はい!これ!」
彼女はそれを私の頬へ貼り付けた。
「無事でよかった!」
そう言って笑って、歴戦のアイドルも及ばないくらい、眩しい笑顔で私の手を握った。
太陽というか、星みたいな人だと思った。
こんな性格の人は、言っちゃえば何処にだっている。
でも、それでも……なんだか、特別性がある。カリスマとか、目を奪われるとかはちょっと違うけど。
多分、彼女は夜空に一番目立つ所に立つのだろう。それは月にも劣らずに、有り得なくとも、何色にも輝いて。
そして、私がそれを見上げる人物である。
「初めまして!私の名前は水凪 心貴方の名前は?」
「初めまして。岸 星煌です」
「せいか! いい名前!」
目がキラキラしてる。こんなんじゃ、本当にアニメの世界みたいだ。
「いや〜ごめんね?急に。何が起こってるのかわかんなかったでしょ」
「まあ、そうですね」
(ホントだよ……) と、言いたくなる気持ちをグッとこらえる。何が何だか理解出来ていないし、内心は冷や汗ダラダラだし、心臓がバクバクしてる。
正直、絆創膏を渡してくれるまでは、ソレを殺った勢いのまま殺されるかと思ったし。
この人はこんな、バケモンを倒す事を仕事にしているのか? そもそも、これはなんなんだ?
そんなことを思っていたら、急に距離を詰められる。
それは好奇心が中心ではない。理由がある詰め方だ。
「で、さ」
顔は笑ってるけど、表情は真剣。先程とは明らかに雰囲気が違う。
こちらも思わず表情が硬くなる。
「これ、私達のミスも……まあ、あるけど、でも、『目撃者』に君はなっちゃったんだよね」
ふむ、証拠隠滅か?先程思ったことがこう現実になるのは少々早すぎる気もするが。
まあ、どう考えても相手には勝てない。力の差が現れてすぎている。地面抉る程の怪物とまともに戦えるわけない。
「ええっと、だからさ……」
手をもじもじさせて、申し訳なさそうな顔をしながら頼み込んでくる。
「一緒に、着いてきてくれないかな〜って……」
驚いた。思っていた事とは違う言葉に、思わず頭に星が落ちる。
証拠隠滅のために閉じ込められるのか。確かに、外に出さなければ知られる必要も無い。
「あぁ、はぁ、良いですよ……」
どこについて行くのかも聞き忘れるほどには、ね。二つ返事でそれを了承した。
でも、相手からしたらその返事は良好であったようで。
「ほ、ほんとに!?」
目を輝かせながらさらに強く手を握ってくる。
「やった〜!!丁度人手が……」
「、嬉しい〜!」
そのまま腕を上下にブンブン振り始める。
これは一種の筋トレ方法ですと言われても違和感がないほど、勢いが凄かった。
「あー、ところで、ついて行くとは言ったんですが」
「ん?」
そう、肝心な事を聞いてなかった。
「どこに、なにで行くんですか?」
移動方法と、目的地である。
肝心な心さんが来る時に目を瞑っていた為、何も見えなかったのである。
「あの穴に~」
心さんは空に浮かぶ原因不明の穴に指を指す。
「はい」
「飛んで行く!」
「?」
「そして私たちの家に行く!」
「……ありがとうございます」
ふむ。意味不明だがどうやら飛ぶらしい。
飛ぶ?それは鳥のように羽ばたいて?それとも擬似的に?結構な距離があったと思うが。
そうなると問題なのが、まず高いところが苦手。そして降りる時の位置。
高いところから落ちるのは、どうしても苦痛だ。まあ、普通の人間だから仕方の無いことだ。
「よ~し、しっかり捕まってね!」
気づいたらもう目的地の真下に着いていたし、いつの間にやらお姫様抱っこされていた。行動が速い。思考する暇がない位には。
上を見ると、やはり空高くに浮かんでいた、黒い謎の穴。彼女は何か知っているのだろうか。
だが、何かを考える隙すら与えずに、
「行くよ〜!!」
「え、あー、あの」
返事をしようと口を開いた次の瞬間。
私の体は、まるで映画のポスターのように浮いていた。
記録 記入:星煌
side __/視線
――同時刻 ? にて
「あいつ、おっせーな……」
辺りに散らばった敵と青い空、そしていつまでも閉じることの無い穴が、それを意味している。
水凪があっちに行ってから、早三十分。
『あっちのやつ! 飛び込んで殺ってくる!』なんて言って、そもそも移動できるかも知らんのに、駆け出して。あいつなら、そこら辺の雑魚敵一体ちょちょいのちょいなのに、なにをしてるのやら。
いつも通り委員会の仕事をこなしていただけだった。
ただ、ちょっと量が多く、二人では捌ききれなかっただけ。
だから、二つ目に出てきた穴に入った個体がいたから、帰るのか?と思っていたが……そうしたら、一人になっちまったって訳だ。出入り仕様だろ。普通。
……まあ、目を離した俺も悪かった。
穴が二個同時に開くなんてこと、今まで無かったから、穴から出た敵が、別の穴に入ったらどうなるのかなんて、考えたことはあってもどうなるのかなんて知らなかったし。
まあ、俺がやったから上手くいったが。
(今回でどうなるのかは判ったか……)
そんな仮定ばっかの考察をしながら、律儀に待っていた。まだ暑さが本格化する前で良かったと、心底思う。
これで真夏だったら汗びっしょりで流石に帰っていた。当たり前だ。
あの人も変わらず戦闘には参加せず、俺が迎えにでも行ってやろうかと考えていた時。
盛大な音を立ててそれが来た。
上から降ってくるのは、見慣れた姿と……
その脇に抱えられる……知らない人。
「ただいまー!!」
周囲に豪快な音を撒き散らしながら、派手に着地。オマケに声もでかい。
「いやぁ〜聞いてよ実はさ〜……」
なんて呑気に話し始めるから俺は思わず
「お前、帰ってる来るのが遅いんだ!」「よ!!」
頭にドスン、と一発ぶち込む。
「いったぁ~い!」
なんて思ってても思ってもなさそうな顔と声で心は答える。
はぁ、と、短く息を吐く。既に疲労感はMAXだった。
これはまた、面倒くさそうなことだな…と、抱え込まれてる奴をみて思う。
「……おかえり。で、誰?そいつ」
「拾った!!!」
と、大人も騙せる純粋な顔でそいつは答える。
「……」
何か死んでそうだけど。
……ここからだった、『全ての始まり』は。
俺と、こいつ。それと、この、星煌。
昼間に、星は映らない。だが、消えている訳ではない。
もしかしたらこの世界に生きる全ての人は、ここから人生が変わったのかもしれない。
記録:__
記入:星煌




