Log_24
犬が好きか、猫が好きか。
その話題は何年先も決着がつかない、永遠の議題である。
なんだったら「ハムスターの選択肢がない。やり直し」と言ってくる第三者も現れる。
全てにおいて飼うことができる動物は、大抵が可愛い。
人間の体内の七割が水分であるように、動物の中身の九割は可愛いで構成されている。
やはり人間が醜いだけで、本来動物は尊いものである。
閑話 : だがやはり、猫は素晴らしい!
――六月下旬
「猫だ」
敵討伐後に訪れる、少し平和な一時。
街に行くついでに、少し散歩でもしようかと外に出た諒は、目の前の野良猫に心を打たれていた。
野良では珍しく、白い毛が生えた雑種。体格が小さいので、まだ子猫だろうか。左手をぺろぺろ舐めて、日向ぼっこをしている。
「かわいいな」
「なーう」
警戒心を知らないその足取り。すでに諒の足元まで来ていた。彼は懐いてくる子猫に目線を合わるよう、膝を抱えた。
「もふもふしてるな」
「みゃー」
よく喋る子だ。諒はその手で顎下を撫で、満足そうな顔に再び心を打たれた。暖かい日差しだからか、その体には温もりを沢山感じる。
街への道のりはまだ半ばなのに、足は一向に進む気配がない。
「名前は何にしようか……」
諒は既に、委員会で飼う算段を立てていた。
猫が嫌いな奴なんて居ないと諒は思って、ゴロゴロと音を鳴らすその愛くるしい体に微笑んだ。
( どこかで、見た事があると思ったら )
「……あんまん」
諒は不意に、昔飼っていた犬のことを思い出した。
ずっと、動物が飼いたいと思っていた子供の頃の事。誕生日に迎えた、大型犬。犬種はサモエド。白くてもふもふで、みんなからずっと――
( いや、これ以上はやめよう )
過去は振り返るために存在するのではない。過去とは、ただの足枷である。彼はそれを理解していた。
「にゃーぅ」
「……」
愛らしい声での攻撃は続く。この猫も既に、家へと迎えられる準備は出来ていた。
「なおーん」
「……、!……!!」
顔を歪めて葛藤する諒。猫を飼うのにだって、色々と条件がある。そう簡単に二つ返事で受け入れて良いものではない。
「そ、そんな声で鳴かれたって俺にはどうにも」「にゃおーん」
「……」
諒は迷った。
だが、彼はこの時に知ることになる。
人間と猫でヒエラルキーを作ると、必ず人間が下になることを。
「えぇ!猫だぁ!!」
「声がでかい。この子が怖がるだろ」
帰宅してそうそう、諒にとって一番見つかりたくない相手に出会ってしまった。玄関の扉が閉まるよりも先に。
心が来た時点でこれは大事になってしまう。全てが片付いた後なら構わないが、最初から乱入してくるのは少々困る。
心は諒の腕に抱えられた子猫をまじまじと見つめ、興味津々という顔で目を輝かせた。
「何?諒くんもう帰ってきたの……って、猫ちゃん?」
「拾いました」
次にやって来たのが照井。買い出しを頼んだ張本人である。
さすがの彼でも猫を殺して芸術の材料に使ったりしないだろうと、諒は謎の信頼をおいた。
※↑使いました。皮全部剥ぎ取りました。「そう思うのも無理はない。照井の狂った価値観を知っているのは星煌のみだからな」……というメモが貼ってある。
「可愛いよね!先生!」
心は興奮を抑えきれていない。自分も抱きたいのか、先程から両腕をカゴの形で固定している。
「うんうんわかるよ心ちゃん。品種は何かな?メークイン?」
「それを言うならメインクーンですよ」
そして全然メインクーンとは似ていない。短毛である。
だが猫は品種など気にしない。再び左手を舐め始めた。
「どしたの、なんか騒がしいけど」
そうしてキャッキャしていると、風呂場から濡れた髪で出てきた人が一人。戦闘後、誰が最初に風呂に入れるか選手権で二番手に勝利した星煌である。
「あ!星煌見てよ!諒が、猫拾ってきたの!」
「わーお……ゆ、諒。それ飼う気?」
星煌は二人と違い、興奮した様子を見せなかった。至って冷静であるし、なんだか遠慮気味でもある。
「あぁ……もしかしてアレルギーとかあったか?」
「いやそれはない。気にしないで」
猫を飼うのを躊躇う理由の殆どはアレルギーである。だが、それでもないらしい。
「けど、心の中でよーく考えて」
「本当に、その猫を飼ってメリットだけがあるかどうか」
星煌は諒の両肩を掴み、真剣に諭し始める。
その雰囲気に思わず心と照井も真剣に考え始めてしまう。
諒は考える。猫を飼うことによって生じるデメリットを。可愛さだけでは補えない事を。
( 食費とか結構するしな )
「食費代とかバカにならないんだよ!?」
( 命に対しての責任とか )
「ちゃんとその命に責任持てるの!?」
「全部言う……」
出る考えが一緒である。だが逆に、一緒ということはその程度しかデメリットは存在しない、ということだ。
「なんでぇ、星煌猫苦手なの?」
「ううん。大好きだよ」
「じゃあ犬派とか?」
「めっちゃ猫です」
二人は真面目に考えようとしたが、特にそれらしい理由は見つからなかった。既にこの子猫にメロメロである。
それにデメリットが出ても可愛さで±零どころか+百億点である。
「じゃあなんでそんな……なんか否定してるの?」
先程からの星煌の言動はちょっとおかしい。いつもなら流れに任せて「いいよー」「わー可愛いー」とか言っているはずである。
なのに何故、こんなにも躊躇しているのか。
「、私も猫飼いたいよ……」
「かわいいし、もふもふしてるし、名前とか考えたいし」
( 全部同じ…… )
見事なまでに、先程の諒と同じ考えである。まあ、猫を目にして出てくる考えの九割が『可愛い』とされている。偏見だが。
「……別にダメとは言わないけど……」
「言わないけど?」
星煌はグルーミングをする猫を眺めながら言う。それは正しく正論であり、この場を沈黙へと陥とす一言。
「いや、私なんかが育てるより他の人にお世話してもらった方がきっと幸せになれるよな、って思ってただけだから」
その言葉は三人の思考を真理へと至らせる一言。そして場合によってはとんでもない暴論。
「「……」」
「お前、それ正論だぞ」
「え」
「中々きついこと言うんだね、星煌ちゃん」
「あ、いや」
飛んできた多方面からのブーイングは、その言葉が失言だったと星煌に自覚させるきっかけになった。
「やだー!!猫飼いたい!!」
「あぁごめんなさい、飼おう、飼おうね心」
そして暴れる心を宥めた。星煌はこの発言を未来永劫後悔することになるだろう。
かくして一悶着あり。
「まあ確かに、もしかしたら戦闘に巻き込まれちゃうかもしれないからね」
照井はそんな星煌の考えに一部肯定する。猫を飼いたいのは山々だが、ここに置いていては敵にやられてしまうかもしれない。
……当の本人は諒の膝の上で丸くなっている。
「つっても、誰に預けるんです?」
「誰に、か。うーん……」
ここのメンバーで人脈があるとすれば、照井か心くらいである。
星煌はまず異世界人なので論外だし、諒は親しげに知人と話す様を見たことがない。
かといって照井の知り合いとなると、後ろから刺さそうとする奴が出てきそうな気もする。
「心の友達とかには居ないの?猫欲しい人とか」
だとすれば、残りは心だ。
頻繁に街の方へ遊びに行き、お土産を買って帰ってくる。きっと人脈も豊富だろう。
少し連絡するだけで相手は見つかる、そう思って三人は心の方を向く。
「?私友達いないよ?」
「え?」
「ん?」
「は?」
「?」
「はぇ、えぇ〜……」
「???」
星煌は本日二回目の失言をした。しかも特大の。
正直、これは仕方がないと言える。なんせ星煌だけではなく、諒と照井も開いた口が塞がらなくなっているから。
「じゃあ、いつも何しに外に出てたんだ?」
「え?一人で遊んでたけど」
「、そ、そうか……」
明かされる衝撃の事実。友達なんて有り余るほどいると考えていた三人は、困惑の表情を隠しきれない。諒でさえも深く追求しなかった。
「こ、今度からは一緒に行こうね」
今になって心の友達発言が星煌の心臓に突き刺さる。
「ほんと?やったぁ!!」
星煌はそう言って心の頭を懸命に撫でた。
本人は全然傷付いてなどいないが。
何故か知らないが、急に周りが親身になって頭を撫でてくれた。よく分からないけど彼女は喜んだ。
「う〜ん、一応宛があるにはあるけど……」
照井はスマホの連絡帳を見た。そして思いついた。一人だけ、彼の返事にYESと答えそうな相手を。
「まさかの先生が?」
「今月末に、"会議"があるんだ。二ヶ月に一回やる、委員会の会議が」
「今月末?……あと三日後か」
二ヶ月に一度開かれる、各委員会の顧問、又は委員長連れてきて本部がやる『報告会』
内容は主に街をよりよくするための取り組みや、各委員会の情勢などを把握するために行われる。
また一年に三回、連盟と委員会をまとめて開かれる『決裁』も存在する。これは四月、八月、十二月に行われるのでまだ先のことである。
「うん。そこでの知り合いが居て、その人なら引き取って貰えそうだな〜って今思った」
「だから、それまではお世話しようよ」
やはり、猫が飼いたい気持ちを抑えられない。
別に今すぐその人の所へ連れていくことも可能だが、それだとわざわざ自宅まで行くことになってしまう。それなら会議のついでに預けた方が良い。効率というやつだ、と照井は自身に言い訳をした。
「三日間の、儚い命……っ大切に育てなきゃ!」
「まだ子猫だ。勝手に寿命を付けるんじゃねぇ」
「みゃー」
講義をするように猫も鳴く。だが顔は愛くるしいままだ。
「……星煌ちゃんはなんでそんな後ろに?」
「いや、猫って過干渉しない方が懐くって言うじゃないですか」
「、懐かれたいのか?」
「そりゃぁねぇ!」
今のところこの猫が一番懐いているのは諒だ。星煌は悔しかった。諒には猫に懐かれる才能まであるのかと、この世を恨んだ。目光ってるし。
「だから私は猫のご飯買ってくる」
「着実に好感度を上げようとしている!?」
猫は大抵おやつが好きだ。星煌がおやつを一度あげれば、懐くこと間違いなしと考えた。その熱心さに思わず心もツッコんでしまう。
「じゃあ僕も。車あるし」
「え」
「俺も。買い出ししたい」
「え!?じ、じゃあ私が相手していいの!?」
どうぞどうぞとはならない。二度とない独り占めタイムに心は興奮を見せた。手をわさわさ動かして今にも猫に飛びかかろうとしている。どっちが猫か。
「……心一人じゃ不安だからやっぱ残る」
「なんなんだよ」
まあ、その気持ちも分かる。
記憶喪失であり、さらに友達がいないことが発覚した心に、まだ隠し事(別に隠してはいない)は絶対に存在すると星煌は考えた。
一人にしてしまうと、勝手に野生に帰したりしてそうなので、星煌も残ることにした。
「じゃあ諒くん行こう、男子会だ男子会」
そう言って照井は諒と肩を組んだ。照井の高い身長が浮き彫りになる。
( この人、あの事件からキャラ変わってんな )
諒は内心そう思った。あの事件、諒はあんまりよくわかっていないが。
色々おかしいという意味では変わってないが、三人はなんとなく……"喋ることが増えた"と感じた。以前は聞かれたことにしか答え無かった彼が。そして最近は話もちゃんと聞きてる気がする。
まあ、お喋りになったということ。それだけである。
ついでに先程できなかった買い物も終わらせようと諒は無地のエコバックを手に取った。
「じゃ、変なことすんなよ」
「あ、ついでにお菓子欲しい。クッキーで」
「うちグミね」
「はいはい」
どうせ買い物に行くのなら、お菓子を買えば、次の買い物の負担が軽くなる。そう言い訳して、女子二人は甘いものを欲しがった。
そうして玄関のドアが閉まる。ここには二人のみ。
「ね、心」
「なになに星煌」
あちらが男子会をするのなら、こちらは女子会をするしかない。
「この猫、先生の髪に似てない?」
「うはーー!!星煌天才超似てる激似」
寝起きのまま整えてないボサボサの髪に、切らないまま伸びた襟足。
短毛で白い毛並み。そしてしっぽが長く伸びているその様は、確かにどこかそっくりであった。
星煌はその猫の顎下をわざわざ撫で、これ以上ない幸福感に満たされた。
「名前決めよ、名前」
「めっちゃいい!!何にする?」
「実は候補が…… 」
「待って、私も考え…… 」
そうして会議が開かれる前に起こった、少しの事件であった。
星煌はこの日の日記を、いつもと違い明らかにルンルンで書いていた。(校正調べ)
記録 諒 記入 星煌
〜帰宅後〜
「名前何にしたの?教えてよ」
「ねこです」
「、猫?」
「ひらがな二文字で、ねこです。ねこちゃん」
「あ、照井穹って選択肢もありましたけど、先生と被るのでやめました」
「……そっか」
皆照井に対して"先生"呼びなので、別にその名前でも区別はできるのでは?と内心思った。
「いやどうして自分の名前が付いたのかについてツッコめよ」




