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無題/日記  作者: 岸 星煌
一章『その言葉の真■と確かな芸術について』
21/24

Log_20


「やあ。会いに来ちゃった」

二階の窓枠から顔を出す、見慣れた顔が一人、そこにはいた。


つい先程のことである。

深夜に窓をどんどん叩かれ、その音により起こされた凜々が、敵襲かと急いでカーテンを開けた。


そして見えたのは、照井穹以外の誰でもなかった。

「……お前、こんなド深夜に来るやつがあるか。帰れ。殺すぞ」

凜々がそう言って懐のナイフをチラつかせる。どちらも傍迷惑な行為だ。

……その凜々も襲撃時は必ず夜に行っていた。つまり、どっちもどっちである。

「わぁ。物騒だね」

「迎えに来るにしても、せめて朝にしろ」

なぜ場所がわかったのか、二階の窓にどうやって登ったのか、凜々はあえて聞かなかった。


「そっか。じゃあ、星煌ちゃんが起きたら来るよ」

そう言って彼は凜々の視界から姿を消した。凜々は窓を開け下を覗くと、手を払って帰路へ着く照井の姿が見えた。




夜風が肌を撫でる。

無数に生えた木の一つに寄りかかりながら照井は空を眺めた。

再生の家も、委員会の拠点とタメを張る程森の中にあった。


煌めく星が目を焼く。叶うことならいつか、旅に出てそれを間近で見たい。照井はカメラを手に取り、それを一枚撮った。

この委員会の顧問に所属する限り、旅をしたいという願いは叶わないだろう。


この世界において、輝く星というのは空に存在するだけではなく、人の目にも宿るものだ。


風が吹いた。そしてまた、朝が来るだろう。



暗いところで、話をしよう。明るい話をして、全てを隠そう_│




鳥のさえずりが耳に囁く。

朝一番に凜々が玄関を開けると、そこに居たのはいつも通りの照井。

昨晩から、何も変わってないその服装。

「……貴様、ずっとそこに居たのか」

凜々は深夜、たしかに彼が帰るのを目撃した。だが、それは思い違いだったらしい。

「うん。寝てたよ」

実際、彼は家から少し離れたところに行って、そこで暇つぶしに芸術鑑賞をしていただけだった。


まだ夜が明けて少ししか経っていない。

江汐と蒼穹はまだ寝ているし、凜々と星煌もこの時間に起きる予定ではなかった。


( 立って寝れるんだこの人…… )

凜々の隣に立ち、インターホンに起こされた星煌は思う。

いつも朝は弱いイメージがあったのに、そういった芸はできるのだと感心した。


「迎えにきたよ、星煌ちゃん」

「……歯磨きしてからでいいですか」

「もちろん。待ってるよ」照井が言い終わるのと同時に、凜々は勢いよくドアを閉めた。殺したいのをぐっと堪えているのか、その手には血管が浮き出ていた。もしも蒼穹と江汐眠りが浅かったら、今の音で起きてしまっていただろう。


星煌は熟睡する二人を眺めながら歯を磨いた。口の中がミントで溢れ、次第に目も冷めていく。

寝ているところを邪魔はできない。そうして江汐と蒼穹に別れを告げる暇もなく、星煌は家に帰ることになった



「お世話になりました」

星煌は凜々に別れを告げる。

最初会った時はその殺意の高さに恐怖の感情しか抱けなかった星煌だが、今は違う。

この人は私達を守るために行動してくれた、優しい人なのだと。

……そして、悪いのはこっち(照井さん)側だと気付かせてくれた。


「私が勝手に連れ去ったんだ。面倒を見るのは当然だ、気にしないでくれ」

頭を下げた星煌に、凜々は肩を叩いた。

「それじゃあ、また。いつでも歓迎するよ」

凜々はそう言って手を振ってくれた。照井の左後ろの木には、命中しなかったナイフが大量に刺さっていた。


「……なんか、仲良くなってない?」

「はい。なんか仲良くなりました」

二人は森の中を歩く。木が日差しを遮ってくれて、歩きやすい。

特に話すことはなかった。ここで話さずとも、家に帰ったら質問攻めされるだろうから。


そもそも、照井は大体話を聞いていない。外に出るといつも木や空を眺め、どれだけ話そうと星煌達の会話は耳に入っていなかった。「先生」と呼ばれればかろうじて反応はするが。

星煌も別にそこまでおしゃべりな訳でもないし、かといって沈黙が気まずいタイプでもないので、ただ歩くだけでいいのは気が楽だった。


少し歩いて、街の方へと出た。

「お〜……」

あまり街の方へと出ない星煌は新鮮な気分になり、辺りを見渡す。やはり、どこか見覚えがある風景だが、建物や行き交う人々に見覚えはない。


今日は休日だ。遊びやデートやらで、いつもより人が賑わっている。流行りのものに体を動かし、楽しむために活発になる人々。


「寄り道、してもいい?」

そんな星煌を見た照井は一つの提案をした。彼にとっては星煌を楽しませて自身の目的も達成させられる、一石二鳥なこと。

「?いいですよ」

星煌はその提案を断れるはずがなく。そうして二人はマップに従い、とある建物を目指した。



それは白く、壮大に存在した"美術館"にて




「へ〜……」

二人は開催されているフェアのパンフレットを受け取って、中へと入った。

壁一面に絵画が並ぶ。その種類は様々だ。

橋の上で耳を塞ぎ、陽射しが強いので日傘を差す。そこには夜の風景があり、天使がキスをした。


「芸術、好きなんですね。知らなかったです」

星煌からの照井の認識はあまりない。朝に弱くて、食べるのが早くて、よく外出をする成人男性。……と言っても、何歳なのかも知らなかった。

「どんなジャンルが好きなんですか?やっぱり、こういった絵ですか?」

星煌は視線を絵から絵へ移す。自身の目に留まる物を探そうとした。

「なんでも好きだよ、絵画も好き」

「でも、僕が美しいと思うなら、それは僕にとって芸術だよ」

照井はとある島の前で立ち止まった。それを目で追い、じっと眺めた。


その姿を見て、星煌は自然と質問をしてしまう。

「へぇ〜……例えば何が好きとかあります?」

「例えば、か」

星煌は「好きな作品あるのか」というニュアンスで質問したが、照井には少し違う意味で届いたようだ。


休日なのに、この美術館には人があまりいない。気付けばこのエリアは、周りに人がおらず、星煌と照井のしか残っていなかった。



照井は少し考えたあと、嘘をつくのを辞めた。


「諒くんの家はね。昔、()()()()()んだよ」

「諒くんは犯人に復讐するためだけに生きてる。この委員会を選んで、その時までずっと息を潜めてる」


「え、そうなんですか?」

到達に明かされる過去。なぜ芸術からそこに行き着いたか、ではなく星煌はその昔話に衝撃を奪われた。

「そうだよ」



「僕はその現場を、生で見てみたかった」

燃え上がる火の手を想像する。

諒はそれを見て、どんな反応をしたのか。どのような感情を抱いたのか。


星煌が言葉を紡ぐよりも先に、照井が話し始めた。

「心ちゃんは、記憶喪失」

「『チャーム』に関してのことじゃないよ。彼女の記憶は、()()()()()()()

「その一つに、チャームが当てはまるってだけ」


「……」


「そして、僕は記憶を失った瞬間の彼女を、観察したかった」

心が無になった瞬間を想像した。全てを映し出す彼女の瞳に、何も映らなくなった時。それをずっと見てみたいと思っていた。


「そういった、趣味で?」

それらを聞いて、星煌の口から出た感想。

好きな芸術を聞いて、他人の悲惨な姿を出した照井に真偽を確かめる。

何となくだが、その言葉は嘘では無い気がした。彼はそんなことを言って自身の評価を下げる人間ではないと彼女は思った。

「うん」

「それを、美しいと?」

「そうだよ」

照井は嘘偽りなく回答をする。空虚な左目は、星煌を映し出していた。


「……全然知らなかったです」

「当然だと思うよ。このことは諒くんも心ちゃんも知らない」

「それに星煌ちゃんは、まだここに来て一ヶ月でしょ?」

「確かにそうですね」

ハッキリ言おう。星煌は驚いた。

こんな、サイコパスじみた思考をしていただなんて。

理解できないし、しようともしない。


「だから、僕が人を殺したら星煌ちゃんに手伝ってもらおう」

照井は笑顔で言った。

彼の精神性を知った、仲間の中では今のところ唯一の相手。

「……なんで芸術から、人を殺す話になるんですか」

その星煌の顔は若干引きつっていた。


「こういうの、美しいと思わない?」

照井はポケットからカメラを取り出し、それを起動する。

あの時撮った、叶御が死ぬ瞬間の写真を星煌に見せた。


「……え思いませんよ普通に」

唐突にグロテスクな画像を見せられ、星煌はズバッと本音を言ってしまう。中々見れない彼女の一面だ。

星煌は思った。凜々が「見殺しにした」などと言っていたのは、このことであり、この間のためだけだったのかと。


「これを、美しいと?」

「うん」

星煌は考える。相手を擁護するような発言を、肯定するような発言を。


だが、どれだけ探してもこの芸術性は褒められない。

当たり前だ。常人には到底理解のできないものであり、これのせいで仲間に暗殺を仕掛けられ続けているのだから。


「……嘘ついてないですね」

「よく見てるね。嘘をつく気ないのに、そんなに観察されるとは」

「嫌でも視界に入るんですよ、発動する時の(アレ)

「そう?そんなに目立つものかな……」

星煌の世界にはないので、彼女の目に留まりやすいのは当然だった。普段見えないものが見えたら、誰だってそこに焦点を置く。


「人を殺したことは、今のところは無いんだよね。残念ながら」

間接的にはある。それは星煌も知っていた。やはり照井は、嘘を付かずとも取り繕うことが上手い。

「これからあるって事ですね」

何も言えない星煌は、簡素な返事しかできなかった。



そして星煌は諦めた。

こういった時に楽な方法は、相手を褒めるのではなく、自分を同じくらいまで落とすことだ。


「いいですよ。手伝ってあげます」

星煌は照井と同じよう、自身の思考を明かすことを決めた。

「……手伝ってくれるの?」

「だってその時のあなた、困ってるんでしょう?」

一つは善性。

誰もが持ちうるもの。その一端。

星煌はこれが他人より少し強い。


なぜ強いのか。そう。

その善性のきっかけである、その根源。


「それに、死体を埋めるのは限られた人しかできないじゃないですか。こんなチャンス、滅多にないですよ」

星煌は思わず顔を破顔させた。

自身の本音。先程の言葉を聞いて、心から思ったこと。


( このことに芸術性を見い出せるのか。……"いいな"、とても良い感性だな )


照井は驚いた。自信が思っていた回答とは全くもって違かった。

それと同時に気が付く。

自分と同じように、この子も他人の前では"表面"しか映し出していなかったのだと。


「は、……はは、っ」

照井も思わず笑ってしまう。彼女の感性も、自分と同じようなものだと気付いた。

「……僕たちは、気が合うみたいだ。今度は水族館に行こう」


二人は似たもの同士である。

『特別』に執着する星煌。

『芸術』でしか生きられない照井。


星煌はそこに、差異はないように感じた。

だから、『そういうもの』だと考えて、それを受け入れた。別に、理解はできないが。



「これ、手が触れて良いなんて珍しいですね」

少し歩いて、開けたホールの方まで来た。相変わらず、人は少ない。

隣の"Touch ok"の表示を見ながら星煌はその絵画に触れた。

額縁の中に入っている絵はほぼ真っ白で、その中に度々破れた跡や他人が指でなぞったであろう色が付いている。


「実際に触れるのなんて、星煌ちゃんくらいだよ」

照井が失望したような声で言った。

「え」

星煌が急いで振り返ろうとする。先に「触っていいんだよ」と言ったのは照井の方だった。


「冗談だよ」

そうして振り返るとそこには、先程の声の主とは思えない、笑顔でそこに立つ照井が居た。


「……今すっごい焦ったんですけど、ねぇ」

「あはは、ごめんごめん」

早口で問い詰める星煌に照井は適当に謝る。ただのイタズラだった。

先程までは無言で歩いていた二人だったが、気付けば仲良く喋るまでの仲へとなった。照井も、星煌の扱いに何となく慣れてきた。


「これは、色んな人の手が触れてから完成するのが目的の作品だからね」

そう言って彼は、横に置いてあった絵の具が乗った皿にに手を付け一本線を引いた。

「……作品ってのは、終わるからやなんだよな」

「評価にはあまり興味はないんだよね。『完成』ってのは終わりだから」


「うん。これは芸術的だね」

彼は満足そうに頷いて、目には見えない指紋を眺めた。


「『これは』?……逆に、嫌いな芸術とかあるんですか」

「あるよ」

「あ、あるんですね……」

「自分で聞いておいて、無いって思ってたの?」

「はい」

照井は全てに芸術性を見出すのだと星煌は勝手に決めつけていた。地雷もあったのか。

それにこういった芸術家は、嫌いなものや不得意なジャンルはないと彼女は思っていた。


「ああいった、人の手で作られたものが嫌いなんだ」

その隣にあった、ローヌ川を眺めながら照井は言った。


「?」

『人の手で作られたものが嫌い』彼は確かにそう言った。つまるところ、それは……

「え、それ芸術作品の事嫌いだって言ってません」

「……そうかもね」

そうらしい。彼はこういった絵画……いや、絵画に限らず、人の手が加わったものならなんでも嫌いなのだろう。彼女はそう思った。


「じゃあ、なぜ美術館に?」

彼は今でどんな心境でここにいたのだろう。

星煌がここに居た一ヶ月間、彼は度々美術館へと足を運んでいた。その度に彼はどんな考えでそこへ赴いたのだろう。


「"苦手を克服したい"んだよ。星煌ちゃんが思ってたように、全てに美しさを見出すためにね」

「そうなんですね。頑張ってください」

……星煌の思考が盗聴されていた。それに彼女は少し驚いていたが、ただの当てずっぽうだろう。照井にそんな才能はない。

その理由は至極真っ当。先程あのようなグロテスク発言をした人物とは思えない向上心だ。


照井は近くのソファーに座り、星煌に隣に座るよう促した。

「じゃあ、星煌ちゃんの話をしようか」

そうして彼女が隣に座った後、照井は面と向かって話し始める。彼の興味は芸術から星煌へと移った。


「……え、私ですか?」

「さっき答えたじゃないですか」

唐突な話題に星煌は少し焦った。なんせ、自分のターンは終わりだと思っていたから。


「あれは、君の一部分に過ぎないよ」

「星煌ちゃんは、趣味とか、熱中するものはないの?」

「……特には。なにかにハマるってのは、あんまりないんですよね。飽き性なんで」

「へぇ、意外かも」

照井は、自身が知らない星煌の性格を知れると分かった。次第に彼は気分が良くなり、次の質問を考えた。

「ほんとですか?私、ゲームとか……アップデートがないと長く続かないタイプなんです」

星煌は苦手なスローライフ系のゲームソフトを思い浮かべながら答えた。星煌にとってああいった、"終わりがない"ものは不得意だった。


「趣味、得意な、好きな、もの……」

星煌は少し考え込む。自身の心の内を探り、本当に心からLove,Likeと思えるものは何か、考えた。


そうして出た結論。彼女は結局、そこへとたどり着く。

「特別なものは好きですよ」

「人でも、物でもなんでも」


「私から、……輝いて、見えてれば」

その声色には、憧れや憧憬、渇望……そして、劣等や嫉妬など、全てが入り交じっていた。


「へぇ。そうなんだ」

照井はそれを見ても『星煌の新たな一面を知れた』としか思わない。それに何がある訳でもなかった。

「……なんも言わないんですね」

「星煌ちゃんだって、何も言わなかったよ」

「……」

見事なブーメランだ。照井の場合、星煌のような"優しさ"ではなく、そういった"価値観"がそうさせただけだ。


「他には?嫌いなものとか」

星煌が逆のことを聞いたように、照井も逆のことを聞く。

「他にはって、別に自分のことなんて……」

彼女は少し躊躇った。



諒は復讐者であり、星煌から見たらただの……たまに優しい同僚。心は記憶喪失であり、星煌から見たら元気な可愛い友達、家族。


では、彼女のキャラ像は?


彼女は自分を客観的に見るのが苦手だった。自身の『思考』や今の『状況』を第三視点で見るのは得意だが、自身に関しては何一つ見えなかった。

常に空気に流され、壁となり。一体化し。そこにあるように、ただ"型にはまる"

自分がどうあるかなんて、見る人によって違うのだから。


「僕が言うのもあれだけど、正直に言ってみなよ」

彼はそんな星煌を、ただ自身に正直になれていないだけと考えた。恥ずかしがっているのか、怖がっているのかは知らないが。

彼自身もまた、"以前"まではそうあったように。


「だって僕らは、分かり合えるかもしれない人間で、ラッキーな事に、ここには二人しかいない」

視界が広がる。右を見ても左を見ても、そこには人がいなかった。こんな運命的な出来事があるか。


「それに僕は、今まで嘘をついていないよ。目、光ってなかったでしょ?」

照井はこれで、星煌にやられたことを、きっちりそのまますべてお返しした。


「……たしかに、そうかもですね」

星煌は先程までの言葉や質問らを全てを後悔しながらかろうじて言葉を返した。


「君が言うのが苦手であるなら、僕が言ってあげる」

「星煌ちゃんの特徴。性格についてね」

彼は左手で人差し指を親指を伸ばしながら言った。星煌を下から覗き込むような体勢をして、直ぐにまた背もたれを頼った。


「星煌ちゃんは目が良い。視野が広いと言うべきかな」

それは、周りをよく見ていると言った意味だろう。

「……視力は良くありませんよ」

そして悪くもない。ギリギリ0.9だ。


「あと、自分の意見をあんまり持たない。よくいえば空気が読めて、悪く言えば流されやすい」

照井が星煌を見てきて一番に抱いた印象。あまり自発的に行動せず、良くも悪くも相手に合わせる。

「考えない方が楽ですから。無駄に空気も悪くせずに済むし」


それを人々は優しさと呼ぶのではと照井は考えたが、彼女はそれを否定してしまうだろう。それを言うのを辞めた。

「でも、頭の中では考えてるんじゃない?口数や会話は少ないのに、出る言葉は全て正確」

「たまたまですよ。暇だから考えてるだけです」

彼女が散々思考しているのは、火を見るより明らかだ。


「それと、融通が効く。それは何にだってなれる証」

もう印象の在庫があまりない。照井は先程と似通ったことを言っていると分かっていても、それを言わざるを得なかった。


「……それは、私が矛盾の塊ですから」

星煌はただひたすらに、否定をする。


「私はある人にとっては太陽で、それを影から眺める人物であり、それと同時にただの重力に任せられた、そのひとつ」

星煌は座っている自身の足へと目線をやった。何となく、こういった話題は目を合わせない方がいいと思ったから。



「私は自分のことが好きです。でも嫌い。プライドはあるけど、自尊心がない」

「ある人から見たら岸星煌そのものでも、世間から見たらただの一般人でしかない」


「……私が上手く自分のことを言えないのは、その矛盾を抱えてるからです。分からないんです」

彼女はフラフラ歩いて先程の絵画へと行き、続きを口にした。この間にも、彼女の頭は動き続けているのだろう。


「……むしろ、私という存在は"矛盾があるからこそ"成立してるんです」

「岸 星煌は空虚であり、空っぽな、何も無い存在である。そして、同時の全ての人間を内包してるんです」

彼女は回りくどく自身を一般人と主張した。

そんな自身の考えに納得したのか、うんうんと頷いて彼女は、


「……やっぱりやめましょう。私には、自分の言葉より他人の話を聞く方が好きです」

嫌な顔をし、ため息をついた。

突然立ち上がったと思ったら自身の思考をひけらかして……そしてソファーの方へ向かい、再び元の位置へと戻った。

先程までのノリノリな考察はどこへ行ったのか。……いや、結論が出たから、嫌になったのかもしれない。


「……星煌ちゃんも、嘘にまみれてるね」

照井はやはり、星煌のことをあまり知らなかった。そしてこれは、諒や心も知らないことだろう。

「?そうですか」

自覚がないようだ。今まで散々矛盾について話していたのに。

やはり、自身のことは分からない様子だ。


「うん。僕といっしょ」

「一緒、ですか」

「さっきも言ったでしょ?『気が合う』って」



「何もない。だからこそ、僕たちは似た者同士なんだと思うよ」

この白い空間に、溶け込むような人が二人。


「星煌ちゃんは人によって出す一面を変えて、態度を変えて……」

一人はキャンバスのように真っ白であり、もう一人は色があるのにも関わらずそれをぼかし、上手く馴染んでいる。



先程彼が思ったこと。

そして彼も以前、同じような境遇へと陥っていた。

……世界が知らないだけで、今もそうかもしれないけれど。


「そうして、『本当の自分がどれか』すら、自分で分からなくなってる」

「そうじゃない?」

照井のその発言は、"嘘"ではなかった。

嘘は世界によって見極められる。つまり、本当であるということ。


「……そうですよ」

星煌はようやく認めた。それは彼女の負の面だからだろうか。


「でも、ほかの人もきっとそうですよ」

自身の事、性格やキャパを正確に理解できている人はそういないと、星煌は考えた。

そう言って、彼女はまた、偽り。

一般人へとなった。



「違うよ」

だが、照井はそれを否定する。

「星煌ちゃんは"異常"なまでにここに溶け込んでる」


星煌がここに来てからというもの。

彼女は、『突然現れた穴、委員会へ入ること、一緒に暮らす状況、まともじゃない食事、日本の状況、再生メンバー』

……

それらを、全て()()()()()。それはもはや、優しさという概念だけでは通用しない。


「疑問を持っても、なにか違っても、それを受け入れて、『この世界の自分』を作ってる」

「あっちの世界の岸星煌。そして、ここの世界での新しい岸星煌を作って、自分の面を増やしている」


世界からはみ出さないよう。自身を何度も何度も捻じ曲げて、その根源を頼りに、性格を形成した。

照井は思った。彼女はきっと、明るい性格になろうとしたらできるし、ヒステリックな人物にもなれるし、皆を導く主人公にもなれる。


けど、そうしない。あくまでも、『一般人』であろうとしている。

『普通』から、抜け出したいのに。性格だけでは特別になんかにはなれないと、彼女は思っているのだろう。


「そうじゃない?」

「……そうなんですかね。やっぱり、よくわかんないです」

誤魔化した。彼女もこれ以上、自身の分からない面を勝手に暴かれるのが怖くなった。

「はぁ、自分の話はあまりしたくないです。あんまり『覚えてない』んで」

「そうなの?」


分からないというのは、そもそも知らないという意味で。

彼女か無意識に一般人にになろうと自身を否定しているのは、きっと"過去"が原因であり、そしてその過去を『覚えていない』のが一つの要因だろう。

「はい。まともに覚えてるのは中三までです」

「……それ、去年じゃん」

「去年ですね」

星煌がこの状況で冗談を言うとは思えない。きっと本当なのだろうと、理解しながらも照井は少し納得するのを躊躇った。

「記憶力があんまり良くなくて。自分が興味無い事は覚えられないんですよ」

彼女にとって学校は退屈なものである。勉強は苦手なものだし、友達に会話を合わせるのも苦痛だった。


「よし。これでお互い好きな物、苦手なこと、弱点……色々話しましたね」

星煌は無理やり会話を中断させる。随分と時間が経ったようにも感じたし、会話のし過ぎで少し彼女は疲れていた。

「もうこれ以上は自分のこと話しませんよ」

彼女は膝を頼りに頬ずえをついて、照井へ堂々宣言した。

今まで彼女が自身の内面を明かしていたのは、あくまでも照井が言ってくれたことに対してのお礼だ。これ以上なにか喋ると、また照井の内面を聞き出すことになってしまう。



「じゃあ、僕がほかのことを喋れば同じことを喋ってくれる?」

しかし、照井はまだおしゃべりしたりないようだった。

先程の星煌の話を聞いて、照井は俄然興味が湧いてきた。そのような解釈に、彼もまた乗り気なのだろう。


「…………まぁ……」

星煌は嫌々と肯定した。

「ははっ、めっちゃ嫌そうだね」

「さっきも言ったじゃないですか。自分のこととか分からないんで……」


その星煌の意見虚しく、照井は上機嫌で揚々と喋りだした。

「じゃあ、……何喋ろうかな」

「過去と今について喋ったから、未来かな」

「夢……将来の夢にしよう」

( 将来とか言える歳なのかな、この人 )

こんな手の内を明かす前に、まずは外面事情を星煌は知りたかった。


実は、照井は星煌の生命証明書を偽造する際に年齢等はすべて確認していた。つまり、星煌が一方的に知らないだけなので、別にさっさと聞けば良い話であった。



「僕はね、旅に出てみたいんだ」

「……似合いますね」

平和な話題だと、星煌は安心した。そして、何となくそのイメージが合致した。カメラを持っているからだろうか。

「ほんと?良かった」

やはり照井は、価値観が少し狂っているだけで、根はまともな人物なのだろう。先程の『苦手を克服したい』発言等、本来の性格が滲み出ている。

「で?なんで、旅をしたいんです?」

その答えは今までの会話から大体予想はできたが、星煌から聞かないことには始まらなかった。


「やっぱ、自然が好きだからさ」

「ずぅっと、旅に出て、この世界にある美を観察して……」

「それを、液晶やフィルム越しではなく、この体で味わいたい」


「いいじゃないですか。とても普通で」

「そうだよ。僕は『自然』が好きなだけだからさ」

自然が好き。それは照井が産まれてからずっと思っていた、一つの価値観。


「その自然がちょっとアレなだけで」

「自覚はあるようで何よりです」

まあ、その自然への価値観もあの事件が存在しなければ無かったと考えると、まともなものである。


「で、星煌ちゃんは?」

照井は忘れていない。自身が語れば、相手も同じことを言ってくれることを。


「……」

「私の夢だって、最初からひとつです」

彼女は嘘をつかなかった。それだけは、彼女に存在している根源だから。



わたし(編集者)その上に、テープを引こうとして、やめた。

こいつにはこいつのやりたいことがあって、それは数ある岸星煌が求めているうちの一つだと、私は気付いた。

そして私も結局、そこを目指している。


『才能』……『チャーム』を手にした時点で、()()()()()()()()()()()()。私は、読者は、勝手に思い込んでいた。


だが、それは違う。


この世界において、『才能』とは()()()()()()()()()()

であるならば、彼女もその才能を手にしてて当然。それは()()()()の事であった。

それ故に、彼女の目的は達成されていない。

やはり、人間は強欲なのだと。隣の芝生は青く見えるとは、よく言ったとものだ。



「『特別』になること」


「その形は、まだ朧げで、概念的で……」

「そういったものは、自然と得るのが美しいと『先生』は言うとしても」

呼び名が変わったことに対して、照井は深く追求しなかった。


「私は絶対に、それを追い求めてしまう」

星煌は天井の灯りに向かって手を伸ばした。この建物にとってはただのライトでも、彼女の眼を焼いた。


「そうだ、逆に考えてみましょ」

星煌が唐突に提案をする。

相手の感想を聞きたくなかったから、相手が発言をする前に他の言葉で遮った。


「これは、私達が似た者同士な"証明"」



「私は、『特別になるために人を殺す』先生は人が死ぬという自然現象に美しさを見出し、『それの手助けをする』」

そうして、一つの結論が出された。


「完璧だ。美しい対比だね」

照井もまたそれに美しさを見出した。

二人の意見が合致した。散々と言ったが、これで明らかになった。二人が、似ている理由が。


「もし私が人を殺したら、先生『偽造』してね」

「はは、わかったよ」

星煌が今日一番の笑顔を見せたため、照井はそれに同意するしか無かった。先程の星煌の特別への執着を、知るだけ知って、気にしないようにした。


その会話は実に狂気じみている。到底普通とは思えない。周りに人が居なくて良かったし、居なくて助かった。

聞かれていたら、確実に彼等は通報されるだろう。「殺人を企ててる男女が……」などと。



そうして再び帰り道についた。気付けば時刻は昼過ぎだ。

朝に迎えに行った時は六時だったので……彼女たちは七時間ほど美術館に居たことになる。

「お腹すきました」

「ご飯食べてから帰ろうか」


その声色は、最初よりも暖かいものだった。

二人の関係は知り合いから悪友、そして、『別に一番仲良い訳では無いがそれはそうとしてお互いをよく知っている』

……例えるなら、『親と子』のような関係へとなった。

「なんだか、先生のことよく知れた気がします」

「僕も、星煌ちゃんのことよーく分かったよ」

二人は並ぶ。笑って、近くのファミリーレストランへと足を運んだ。




記録:記入 星煌

「え、先生車持ってたんですか?」

「うん。こう見えてゴールド免許だよ」

そうして二人はパーキングに停めてあった車を使って帰宅した。

駐車場もないのに、この森のどこに車を停めるのかと星煌は思ったが、拠点の横手に適当に停めていた。

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