Log_19
この世の概念というものは、そのほとんどが定義や境界が曖昧なままである。
その意義を追求し、人はそれを綺麗事で片付ける。本来の意味を、原点を見失ったまま。
その中でもとりわけ曖昧なもの。
『許す』
それもまた、人によって線引きが違う。ここまでは許容できるが、ここからは許せない。といった、曖昧なもの。
私はただ、その範囲が広かっただけ。
優しさを追求することも、また"特別"への一歩に繋がると考えていただけ。
その一家と、積み重なる幾つものカトラリー_│
「ぐぇ」
乱雑放り出された星煌は、見覚えのない家の玄関へ、見事に背中から着地した。
それと同時に彼女は気付く。何度も現れては消え、彼女を翻弄させたあのドアは、ここから出てきていたのだと。
そうして彼女が顔を上げた時には、既に再生メンバーが全て家の中へと入っていた。
扉が音を立て閉まった。
星煌はもう、この状況から逃れられない。
彼女は覚悟した。爪を剥がされ、小指を切り落とされ全ての髪の毛が抜かれても決して情報を吐かない覚悟を。
「私から聞きたいことはいくらでもあるし、そちらも色々事情があるだろうが……」
星煌はゴクリと息を飲んだ。手を握り、手汗を誤魔化そうとした。
凜々の瞳から見下ろされるその視線は、身長差もあって威圧感が半端なものではなかった。
「一先ず……」
「もう夕方過ぎだ。夜飯にしよう」
「?」
「私もそう思います」
「お腹すきました」
「??」
星煌は「は」の言葉を精一杯抑えた。
また尋問や争いが始まると思ったが、そうではないらしい。彼女は拍子抜けし、頭に星が降る感覚に陥った。
「ご、ご飯を?」
「そうだ。もう六時半だしな。……あぁ、先に入浴派だったか?」
「い、いえご飯派ですのでお気になさらず」
「嘘じゃなくて何よりだ。ほら、靴を脱げ」
そういえば、彼女には全て嘘が筒抜けだったことを、星煌は今思い出す。
嘘で誤魔化す癖がある彼女にとって、それは少々辛いものだった。先にご飯派で良かったと心から思って、立ち上がって靴を脱いだ。
「え、えぇっと……私は何を?」
「客人が動こうとしなくていい。好きなところ……と言われても困るか。ダイニングテーブルにでも座ってくれ」
星煌は『客人』らしい。
本当に都合が良かったから、たまたまそこにいたから攫っただけで、特に大した理由は無いのだろう。
そして、ここに来たのが心でも、諒でもこの流れはきっと変わらなかった。
きっと抵抗は無駄だ。星煌はそう思って、とりあえず流れに任せることにした。
「先生!私も手伝います」
「ありがとう。じゃあ、蒼穹には――」
……流れに身を任せた結果、星煌はダイニングテーブルで一人佇むことになった。
頬ずえを付き、広い窓ガラスから外を眺める。ここは戸建て一軒家で、夕日が眺められた。
眩しい夕日が差し込んで、どこか居心地が悪かった星煌の真隣に、江汐が堂々とやって来た。
いかにも調理がいちばん得意そうなロボットはカトラリーへと手を伸ばし、それを各席に置き、席に着いた。
「はい」
「あ、ありがとう」
星煌にも箸をくれた。割り箸で良いのに、わざわざ来客用の、高そうな箸をくれた。
星煌がなにか言いたげなその目線をくらって、相手はその真意を読み取る。
「私は味見係なの」
彼女は堂々と宣言をした。
調理が下手なのか、過去に失敗した出来事があるのか……。
「……そうなんだ」
星煌はイエスともノーとも言わずに、納得の意味のある言葉を返した。
夕飯を作る二人を眺めながら、星煌は会話をする。
「三人は、家族みたいな関係なの?」
「うん。マスターが、拾ってくれたの」
「孤児院に人を持ち運んだりもしてるね」
「運送業……」
星煌はボソリと呟いた。江汐はその呟きが届いていなかったのか、彼女は首を傾げた。
星煌は「なんでもない」と言って自身の冗談を水に流した。
「私も蒼穹も、マスターに助けられた」
江汐はコーヒーの入ったカップの縁をなぞり、その液体に二人の姿を思い浮かべた。
「……すごいね、凜々さん」
「うん。自慢のマスターだよ」
そう言ってこちらに顔を向けた彼女の笑みは、やはり人工的なものとは思えなかった。その誰かを思うような笑みは、ロボットとは遠く感じた。
「ごめんね、江汐」
星煌は反射的に言葉が出た。
謝るという行為は、どこか淀みや躊躇いがでるものだが、その笑顔を見たら、星煌はその言葉を出さざるおえなかった。
「?」
「江汐を、傷付けて。あんなことして」
「……私たちが先に攻撃したんだから、それは私のセリフだよ」
「それでも、だよ。私は謝りたい」
バラバラだった星煌の視線が江汐の方へ向く。
先程は誰かに操られたようになっていたが、今はそうではない。戦いが終わったからだろうか。
そうして、いつの間にか彼女は、星煌初めて会った時と同じような態度へと戻っていた。
そしてとても、人間らしい表情をしていた。人間なのだから、当たり前だけど。
「うぅん。謝らないでよ。だって、こうなったのは私の落ち度で、星煌のせいじゃない」
「でも、江汐に傷を残してしまった。いくら江汐の思考が操られていたからと言って、そんなことはしてはならない」
星煌は少し俯いて、テーブルの縁を見た。行き場のない視線は、彼女の不安を表していた。
それでも、彼女はすぐに顔をあげた。
「自己満足でいいから、謝らせて」
「ごめん」
真っ直ぐに江汐の瞳を見つめ、はっきりと言う。
彼女の世界で、彼女の中で"人"を傷付けるというのは、どんな時でもしてはいけないルールの一つであった。
「……」
「ふっ、あはは」
「そ、そんなおかしいこと言ったかな、私……」
急に笑いだした江汐を見て、星煌はなんだか恥ずかしくなった。頬を手で覆う。
謝るという行為に恥ずかしさなんてないはずなのに、その反応のせいで少し顔が赤くなった。
「はぁ……っ、ふふ、ごめん。なんだかちょっと嬉しくて、おかしくて」
「星煌って、優しいね」
ひとしきり笑った後に江汐は言う。
「??なぜその結論に……」
「いいから、優しいの。ほら、部屋案内するから――」
そうして、その二人は流れるように二階へと行ってしまった。
「……」
蒼穹はその姿を見て、自身の考えを改めた。
やはり、この人達は攻撃対象ではなかったのかもしれない、と。
「ねぇ、先生」
「どうしたんだ、蒼穹」
一人は味噌汁の具材を入れながら。一人はハンバーグのソースを煮込みながら、目を合わせず会話をする。
「照井穹って人は、悪い人なんですよね」
「あぁ」
それは、再生メンバーの共通認識。
「じゃあ、あの子達は?」
蒼穹味噌汁をかき混ぜる手を止めた。そして、先程まで二人が会話をしていた、少し引かれた椅子を見た。
「……それは、聞いてみないと分からないな」
「そっか」
唐突に、帰ってきた日常。
それは星煌にとっても、再生にとっても同じことだった。
「「いただきます」」
声が重なる。
星煌はそのハンバーグを口に運んだ。
「!美味しい……」
ずっとここで暮らしているのだから、上手なのは当たり前かもしれない。だが、美味しいものを食べて美味しいと言うのも当たり前のことである。
「口に合うようで、何よりだ」
顔を綻ばせる星煌を見て、凜々は少し笑った。
「これ、二人で作ったんですか?」
「う、うん。私と先生の自信作です」
星煌の向かいに居た蒼穹が答える。
「凄い……良かったら今度、作り方を教えて貰っても?」
星煌は輝いた表情で蒼穹の瞳を見つめた。
「手書きで、良ければ……」
「全然。ありがとうございます」
星煌は料理のレパートリーが増えたことに嬉しがり、ルンルン気分で箸を進めた。
「……」
「あなた、優しいですね」
蒼穹はひとしきり考えたあと、その結論に至った。
「、……え、?私?」
「そうです。あなたです」
唐突に出された話題。先程の事ではなく、何故か星煌の優しさについてになった。
「さっき少し聞こえたんですよ。江汐に謝っていたのを」
「いや、だって……そりゃあ、不可抗力とはいえ傷付けちゃったんですから……」
「謝らないと、って。そういうのは、敵味方関係ないですから」
「……そっか」
鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしたのは蒼穹ではなく、隣にいた江汐と凜々であった。
蒼穹はその言葉に納得した。たしかに、謝るのは当然のことであり、自身もその状況に立ち会ったらそうするかもしれないと考えた。
だが、二人は違かった。
凜々は優しいが、それはあくまでも身内や、子供のみだ。敵だと見切りをつけたら、それ以上情けをかけない。
そしてそれは江汐もそうだ。そもそもその命令のこと以外考えないし、相手が死んだとてこちらには関係がないと思ってしまう。
星煌や蒼穹のような当たり前で優しい思考に、凜々と江汐は行き着いていなかった。この出来事はもしかしたら、二人の思考を改めるきっかけになるかもしれない。
「……って言うか、なんであんな状況になってたんです?」
星煌は自身が褒められるこの状況がむず痒く、それを打開するため別の話題へと持っていった。
「照井さんを殺そうとして、ついでに委員会もぶっ壊そうとして……」
「あぁ、それはだな。簡単に言うと……」
「……あいつは、人を殺したんだ。直接的じゃなく……"見殺し"、の方が正しいか。」
前のように、昔を語るだけで荒っぽくなるような凜々ではなかった。もう見切りをつけ、覚悟を決めたからだろう。
「見殺し……それは、昔のことですか?」
「あぁ。私があいつと一緒にいた頃に、だ」
「へぇ。道理私がで知らないわけです」
あの自由奔放な性格だから、まあそういったことも起こりうる……かもしれないと、星煌は自身なりの考察をたてた。
「そうだったんですね、先生」
「そのこと、言えるんですねマスター」
「……」
「……?あ、みなさん知らなかった感じですか?」
少しの沈黙が走ったあと、星煌はその言葉の意味を理解する。
「うん。今知ったよ」
「え〜……」
味方に敵のをやっつける概要を話さないのはどうかと思い、星煌は凜々の方を見つめたが( そういえば話してなかったな )という顔をされた。
その詳細を話さなくても着いてきてくれると思っているのは、信頼が傲慢か……まあ、おそらく前者であろう。
「君から見て、照井穹はどんな人間だ?」
自身の失態(本人はあまり失態だと思っていない)を隠そうと、凜々は分かりやすい咳払いをして他の話題へ移した。
「えぇ〜……、普通の人……ですかね」
「そもそも私、照井さんとあんまり喋んないですし……」
星煌はここ一ヶ月間の出来事を振り返る。照井とまともな会話をしたのは、チャームについて聞いた時ぐらいだ。
「?そうなのか」
凜々は意外だという顔をする。
星煌のこの雰囲気。どこか照井と似通った空気を漂わせていたので、波長が合うのかと勝手に思っていたが、そうではないらしい。同族嫌悪というやつか。
「そうなんですよね」
そもそも照井に嫌悪なんて概念が備わっているのかと凜々は訝しんだが、その考察は次の一言により打ち砕けることになった。
「この世界に来てまだ一ヶ月経った位ですし。まあ、あんまり関わりはないのは当たり前っちゃ当たり前かもしれませんね」
「この、"世界"?」
凜々は箸を止める。今まで普通の言動をしてきた星煌が、そんな場違いな言葉を発するのは、凜々達にとって違和感でしか無かった。
「?あ、あぁそっか」
星煌はボソリと呟いた。
あまりに馴染みすぎていて、本人でさえ忘れかけ、あまり気にしていないこと。
「私、この"世界の人じゃない"んですよ」
「この世界の、人じゃない?……」
凜々は目を見開き、箸を置いた。
あまりに非現実的で、空想的な回答にどう捉えれば良いか分からなかった。
「所謂、異世界転移ってやつです」
「別の世界から、この世界にやってきたんです」
「つまり君は、『異世界人』ということか?」
「まあ、この世界から見たら……ですかね」
傍から見たらそれは『特別』以外の何物でもない。数億人の
だが、この世界に選ばれた岸星煌は"沢山いる"
故に彼女は、特別ではない。
「詳しく聞いても?」
「あぁ、はい」
星煌も箸を置いて話し始める。江汐と蒼穹は唐突に現れた事実に思考を処理しきれていない様子だ。
「私の世界に、穴ができたんです」
「うちの委員会が対処してる、あの穴が」
「……」
凜々は頷く。
照井と昔一緒にいたのなら、穴のことも知ってると星煌思い、知ってる前提で話をすすめたが、相手の様子を見るにそれは合っていたようだ。
「私が居た世界は、才能なんてない普通の世界……ここの世界の昔の感じが、今も続いてるって思ってもらえればいいです」
最近チャームが生まれたのなら、昔は普通であった。正史がそのまま続いていた。星煌はLog_2で諒話された言葉をそう解釈した。
「そして穴から敵が来て、やられそうになったところを心……メンバーが助けに来てくれたんです」
「その恩返し……いや、証拠隠滅みたいな形で着いて行って、そのまま委員会に」
看破されることを恐れ、わざわざ言い直して真意を伝える。恩返しの気持ちも星煌にはあったが、事実は証拠隠滅である。
「そうだったのか」
凜々は今までの違和感が解消される。
あそこまで怯えていたのも、彼女の世界ではそのような事は御法度なのだろう。
この世の人でないならば、証明書は作れない。あれは、照井が作ったものだったのかと、凜々は納得した。
そして、凜々はそれを零.一秒で処理し、一秒で結論をだした。
「君、私の子にならないか?」
「あぁ、えぇ。…………え?」
彼女がその意味を理解するまで、かなり間があった。凜々は稲妻のごとき速さで答えを出したというのに。
「そこにいる理由は、別にないのだろう?」
「いやまあ……」
「……」
凜々からの熱い視線を受け、星煌は何も言えなくなってしまう。その言葉もまた、事実であった。
蒼穹は「私が一番お姉ちゃんですからね」と言いながら新しい妹に期待していた。
「……一度持ち帰って検討させていただきます」
「是非、前向きに考えてくれ」
「はい。ここになら、もう少しいてもいいですけど……」
( 連れ去られている身なのに? )と星煌はLog_1の時のように自身の発言にセルフツッコミをする。
「うんうん。それなら私も納得」
「星煌お姉ちゃんを引き取るなら、私も一緒にお願いね」
「わぁっーーー!?!?」
一拍置いて、隣に座っていた蒼穹がでかい声を出して叫んだ。体をビクリとさせ、その衝撃で机が少し動いた。
対面の江汐は、食事の手は止まれど、それほど驚いてはないようだった。
「君か、あの時後ろにいたのは」
凜々はその声に覚えがあった。気配もなく現われ、唐突に後ろから首を絞められたあの衝撃は、忘れようとしても中々忘れられないものだった。
「そうだよ。結崎 紡。よろしくね」
幽霊は自由に上空を漂いながら自己紹介をする。
「ゆ、幽霊?」
「うん。今は星煌お姉ちゃんの背後霊」
「せめて守護霊って名乗ってほしいな……」
「諸事情があって、一緒にいるの」
「ただ着いてきてるだけです」
この子の性格からして、何か語弊があることを言いかねないと警戒した星煌はその意味深な言葉に訂正を加えた。
「すまなかった。紡。あの時、君の姉を尋問するような真似をして」
「いいよ。星煌お姉ちゃんが無事なら、それで良い」
「、姉じゃないです……」
「冗談だ」
こういった性格の人間は冗談を言うのが上手いらしい。警戒していた星煌のフラグを回収するのもお手の物だ。
「星煌も、すまない。急に尋問を始めて」
「大丈夫ですけど……下手なこと言いませんでしたよね、私」
「ふふっ、大丈夫だ。君の回答は普通だったよ」
やはり普通らしい。
星煌はそれが褒め言葉であると認識して、自身の心情を悟られないように「ありがとうございます」とだけ言葉を返した。
……
「川の字……」
どれだけ仲が良いんだ。この三人は。
自身の部屋があるにも関わらず、畳の間で三人で寝ようとする。当たり前のように三人ズカズカと入って行ったので、それが普通なのだろう。
星煌は( 完成された仲に割って入るのは良くないな )と、先程の勧誘を後ろ向きに検討した。
「マスターの隣は譲れません」
江汐がムンと主張をした。
「何意地張ってるんですか、アンタは」
仲が良い。ずっと一緒にいるということは、姉妹に当たるのか。
「星煌の隣も譲れません」
「私に端っこに行けって言ってるよね?」
……こういったやり取りは、仲が良いからこそできるものだと星煌は知っていた。
そうしてなんやかんやで私が間に入り込み、11時には皆床へついた。
「私は、星煌お姉ちゃんが異世界人なこと知ってたよ?」
夜遅く寝る前に、紡が星煌へと話しかける。
「紡は盗み聞きしてるからね」
「ふふん」
「もう寝ちゃうの?」
「寝ちゃうよ。夜更かししても明日に響くから」
星煌は横向きから仰向けになって、紡と目を合わせた。
「いつもの日記は?」
「明日つけよう……」
眠気に抗えなくなってきた星煌は目を閉じて、そのまま身を委ね始める。
「そっかぁ」
「うん……おやすみ」
紡の頭をポンポンと撫でて星煌はそのまま眠りに着いた。
「……窓から覗いてるあの人、言わなくて良かったかな」
「まあ、いっか」
そう言って、紡は自身の頭を撫でる。
そんな不審者が出現したことよりも、星煌が撫でてくれたことの方が彼女にとっては重要だった。
……
「おはようございます……」
「あ、おはよう」
寝起きでまだ体がおぼつかない星煌とは対照的に、凜々と蒼穹の二人が朝からのびのびと動いている。
「朝は、どのくらい食べる?」
「あんまり……パン、一切れ程度なら」
「了解した」
「ほら、顔洗ってください。あっちに洗面所とタオルがあるから……」
星煌はお姉ちゃん力を発揮している蒼穹の後ろに着いていき、冷たい水で思考を冷やした。
「あ、江汐はアラーム止めて二度寝してましたよ」
「……」
そうして、普通の朝ごはんが始まった。
また、カトラリーの音が響く。照井が一日の始まりとして楽しみにしていた、この音。
「蒼穹は大体の日はバイトだ。今日は休みだから、朝食の手伝いをするって聞かなくて」
「当然です、先生!休みでも、気を抜いてはいけません」
蒼穹は山盛りのご飯を食べながら言う。常人から見て、とても朝から食べれる量ではなかった。
「蒼穹は頑張り屋さんなんですね」
「!」
「そうだな。蒼穹は誰よりも頑張ってる」
「!!」
サラリと言われたその言葉に蒼穹は頬を赤らめた。急に、そしてなんでもないように言うから、彼女の心臓に悪かった。
「測定……結果、蒼穹は『ツンデレ』です」
そして、唐突に刺される空気の読めない一言。
「はあ!?別にそんなんじゃないから!」
「ふは、言い得て妙だな」
「チョロイタイプです」
「ちょろくないから!!」
蒼穹が箸を置き、それ以上口を開かせまいと向かいの江汐の柔らかい頬をぐぐっと伸ばした。
蒼穹の敬語がしばしば外れるのは、普段からなのだろうか。
それとも、星煌がいるから敬語になっているのだろうか。
( 平和だ。とても、襲いかかってきた人たちとは思えないほど )
それは、傍から見ればただの家族だった。
だが、星煌は"相手にも相手の生活がある"等の事を口にしていたため、それほど驚きはない。が、それはそうとして普通の日常があるのだと再認識はさせられた。
強いてあげるとするのなら、凜々さんはあんな顔をして笑うのだと、思った。
皆食べるものはバラバラなのに、謎の統一感がある。
星煌は朝食のトーストを一口かじって、それをコーンスープで無理やり流し込んだ。
朝食後にテレビから流れる映像は、どれも目に止まらないものばかり。
「『再生』は、これからは何を?」
ダイニングテーブルに座ったままの二人は、未来のことについて語り出す。
「時空間調査委員会の解体が終わったら、次は政府だな」
「……なんだか、スケールが大きいですね」
委員会の解体に関して、星煌はあえて突っ込まかった。
凜々は、今ここで打ち解けたからこそ照井に危害を加えられる前に解体しなければならないと考えていた。
「あぁ。この世界に覆われた、嘘をなんとしてでも看破しなくてはならない」
「嘘って、あぁ江汐が言ってた……」
星煌は昨日の江汐の発言を思い出す。
『巨大な、嘘で覆われてるんですよ。この世は』
※Log_15より引用。
「江汐に聞いたのか。それなら話は早い」
「あの嘘がどこから出て、どのようにして広まったのか……」
「私は、突き止めなければならない」
それが、樺澤凜々の人生の目標である。
全てを暴き、この世から間違いを無くすこと。
間違いであるならば、それは正さなければならない。
「応援してます」
それは、大体の人が同じことを思うだろう。
けど、実行にまで移せる人物は少ない。
星煌は尊敬と援護の意を込め、その言葉を発した
「さ、さすが先生……!!」
「とても素晴らしきお言葉。『只今の映像を永久保存するため……』」
少し離れたところにいた二人が、星煌達の方を向いて感動していた。蒼穹は「ねぇ、今の聞いた?江汐」と言って江汐の肩を揺らし、その江汐はチャームを起動して高画質で今の映像を保存していた。
「なんか、大丈夫ですか?」
「私こんなところいてお邪魔じゃないですか?」
その熱烈な視線を受け、疎外感を感じた星煌は昨日まで言いずらかったことをこっそりと凜々へ言う。
そうして、小さい声に反応したのは。
「そんなことないです!」
凜々ではなく、蒼穹だった。小さくした声でも、他の人には聞こえていたようだ。
彼女が急いで駆け寄って星煌へと言いよる。
「先生が選んですから。その道に間違いはないですよ」
彼女が星煌をここまで信頼しているのは、昨晩の江汐への対応もあるが、凜々への絶大な信頼が主な理由である。
先生が選んだのだから、その道に間違いがあってはならない。そういった強めな因果逆転の思考が入ってるのだろう。
「それもそうだし……星煌は、私たちに優しくしてくれる」
いつの間にか隣にいた江汐がひっそりと言う。
非公認組織というのは、何かと毛嫌いされがちだ。それでも
まあ、星煌はその仕組みをイマイチ理解できていないだけだろう。
「ねぇ、ボードゲームに興味は?新しく買ったものがあって……」
星煌は蒼穹に腕を引っ張られ、三人仲良く和室へとなだれて行った。
「……」
凜々はそんな姿を見て少し笑った。朝食後コーヒーを飲みながら朝刊を見る。
再生が集落を襲ったなど書いてあるが、いつも通り嘘をつかれたものだろう。
子供たちが元気なのなら、それで良い。
彼女を連れ去った具体的な理由はなかった。傷付けるつもりもなかったので、連れ去った人物に尋問と相手にダメージを与えられば良かった。
けど、その"選択"は正解だったと言えよう。
結果として星煌について知ることができ、ついでに委員会の現状についても知ることができた。
照井に関しては何も無かったが、逆にそれは決意を固めた凜々にとって良いことである。
「しかし、本当に似ていないな」
凜々の協力者である、もう一人の星煌。
姿はそっくりだが、中身はまるで真逆だ。
そう思いながら、凜々は朝刊に付いてきたクロスワードを解き始めた。
一方その頃、時空間調査委員会では。
「……」
「ねぇ、諒。顔怖いよ?大丈夫?」
星煌が帰ってこなくて、一日が経った。
諒はコップを口に付けたまま固まり、何もないところを神妙な顔でひたすら睨んでいた。
「先生が迎えに行ってるんだから、大丈夫だって!」
なにやら落ち込んでいる諒の背中を心がバシバシと音を立てて叩く。
彼女は意外と楽観的だ。その行動はきっと、照井を信頼しているからできるのであろう。
「先生が迎えに行ってるから、不安なんだよ……」
照井と凜々の死闘を少し見た諒は、また戦闘にならない事を祈ってため息を着いた。
二人は無事に帰ってくることを祈りながら、味気のありすぎる朝食食べて待っていた。
記録:記入 星煌




