Log_18
……
タイトルの一部が変化したようだ。
きっと改稿されたのだろう、確認願う。
序章 二『その言葉に含まれる真実と、全てを包む狂気的な█について』
序章 一 テーマ : 『普通』『書き出し』『穴』
序章 二 テーマ : 『嘘』『芸術』『精神性』
編集者はため息をつく。
「こんなトリックなんかして、何が面白いんだ?」
コーヒーを片手にPCを操作し、メガネの下から目を擦った。そこには隈があることから、随分長く編集をしていたことが分かった。
校正は「言い訳だって一つの武器だ」と言って、その映像を覗き見る。
言葉が文字のように浮かび、あらゆる発言が耳へと入った。
「この方が彼のテーマ沿っているし、この物語はまだ始まったばかりだと察せられるだろう?」
校正は隣に椅子を並べ、編集者の隣へと座る。彼女が飲んでいたコーヒーに砂糖を足して、一口飲んだ。
編集者はその言葉に納得し、作業を再開した。
家へ帰宅した時には、全ての灯りが消えていた_│
「武器を捨てろ」
指揮官の名を冠している男は、腰に掛かっている二つの剣の内一つを抜き、それを照井と凜々の間へと向けた。
『指揮官』
指導者率いる『五線譜』の内の一人であり、その名の通り、日本の軍を率いている。
そんな偉い人が、誰からも見られていない、時空間調査委員会へと赴いた。
二人は目を合わせ、その男の言う通りに行動をする。ここでトラブルを起こすのは、双方にとってデメリットでしか無かった。
凜々はマントの下から数え切れないほど大量のナイフを落とし、照井は筆やらペンディングナイフなどを適当に床に投げ捨捨てた。
「で、何だ?この状況は」
指揮官は木に刺さったナイフを抜き取り、それを観察する。何か違法な物で出来ていないか、トラップ等がないか調査してるのだろう。
指揮官が立つ森の後ろからは、武器を構えた無数の人影が暗闇と共にそこに立っていた。
「『いやぁ、ちょっとした訓練、でね』白熱してたんですよ」
「……そうだ」
照井は嘘を付く。その方が都合が良いから。
凜々は自身の感情をコントロールする。間近にある嘘を斬らず、その嘘を相手に飲み込ませた。
これにより、この状況は『訓練をしていた』という事実に置き換わった。
先程の言葉がどれだけ追求されようが、それは『訓練をしていた』の一言で全て解決する。この時点で既に、先程までの激論はただのじゃれあいへと化した。
「へぇ。そうか、"訓練"ねぇ……」
怪しむように二人に視線を向けたあとにナイフを観察する。
そしてそれを、それを元あった場所に性格に刺し戻す。
「なぜ、指揮官さんがこんな所まで?」
二人にとって、上にバレるのは都合が悪い。
凜々は照井を暗殺しようとした。別に捕まっても構わなし、当然だと思っている。
が、それは蒼穹と江汐を何とかしてからだ。それまではなんとしてでも逃げなければならない。
照井は別にバレても幾らでも嘘を付けるので平気だが、今この状況で無理やりな嘘をつくと凜々に裏切られる可能性があるので、できれば穏便に終わらせたい。
「通報が入ったんだよ。理由は後で言う」
指揮官は木に寄り掛かり、腕を組む。手に持っていた剣を地面に突き刺した。
「……それより、二人だけか?」
「あともう五人。連れてきますよ」
今この状況で嘘をつくのは得策ではない。全ての戦闘を中断してでも、他の子も連れてくるべきだと、照井は判断した。
「いや、面倒だから俺も同行しよう」
指揮官がすぐに後ろにいた人物に耳打ちをし、その者は身を引いた。
「どこだ?」
「こっちです。多少、道が悪いですけど」
凜々が先導をする。
指揮官の目線で考えると、大量のナイフを落としたそいつが、まだマントの下にナイフを隠し持っていることを考慮した時、先頭に立つのは好印象だった。
道中、そこらに散らばるナイフを見て凜々は嫌な想像をしたが、結果としてその考えは杞憂に終わる。
「あ!ちょうど良かった、お〜いせんせぇ〜!」
「、先生!」
三人がそこへ着いた時、何故か心と蒼穹の二人は仲良く手を繋いでいた。
多少の擦り傷や切り傷はあるが、特段大きな怪我は見られない。
凜々はため息を漏らしながら二人を見つめる。それは安堵でもあり、少しの呆れでもあった。まあ、その呆れには愛情が含まれているが。
( 蒼穹のことだ。きっとなにか説得されたのだろう )彼女ははそう考え、二人の元へと向かう。
「『訓練、一旦終わりね。うるさすぎってクレームが入ってさ』」
心の頭を撫で、照井は言う。その言葉は先程の書き換えによって嘘ではなくなっていた。
「……?はい!分かりました!」
( 先生たち、仲直りしたのかな )
心と蒼穹の思考は一致していた。
二人は照井の言葉に少し疑問を持ちつつも忠実に動く。それぞれの先生の後ろに立ち、残りの三人を迎えに行こうとした。
仲直りしたのであれば、それは二人にとって一番嬉しい結末だ。それより嬉しいことはきっと無い。
そして、心は後ろに腕を組んで立つ指揮官の顔を見た時。
「っ、はぁッ…… !!!!」
心は大きく、とても大きく目を見開いた。
「?」
対して蒼穹は少し会釈をするだけで終わり、そのまま凜々の後ろへとついて行く。
だが、心は違う。その眼には星が横溢しており、その瞳で指揮官のことをこれでもかと凝視した。
どのような感情を向けているのかは分からないが、ただならぬ情熱があることは確かだろう。
心の反応に指揮官は驚き、何故か彼の方が先に会釈をした。それに対し心か右手で敬礼をした。
敬礼をするということは、心は『指揮官』として彼を見ているのだろう。何故、彼女が従順に従う部下のような行動をしているのかについては分からないが。
心はとりあえず照井の側に立ち、今にも飛び出しそうな心臓と跳梁したい体を抑えるのに精一杯だった。
彼女の思考は凜々と照井が和解できたのか、なぜここに指揮官がいるのかをグルグルすることになった。
そんな心に構う暇はなく、そのまま四人は先程来た道を真逆に歩く。
三人がどこへ移動したのか照井達には検討がつかなかった。照井は欠伸をしながら歩いているが、凜々は内心焦っていた。このまま見つからないと考えたら、……そう考えるのは、彼女の慎重な癖が現れていた。
フィールドを表そう。
拠点を左に見て、照井と凜々を中心にした時。
心達は前へ進んだ。だから二人は前に行けば会えると確信していた。
だが、残りの三人は扉の中へ入り込んでしまった。
照井と凜々は、今二人を迎えに行く時に姿が確認できなかったことから、とりあえず反対方向を捜索することにした。
少しの間歩く。指揮官というポジションは激務なのだろう。疲労からか欠伸をし、左手をポケットに突っ込みながら最後尾を歩いていた。
その間にも心はチラチラと後ろを振り返り、その度に顔を大なり小なりさせていた。
少し歩いたその先に、人影が見えた。恐らく三人のものだろう。
「あ、居た。おーい、三人と、も…………」
視力が良い照井は確信する。凜々は無事見つかったことに安堵し、蒼穹もまたそんな凜々の姿を見て嬉しくなった。
あれは確実に星煌と諒と江汐の三人であり、
「「あ」」
……そこに居たのは、木に括り付けられ気絶する江汐、その江汐の持ち物を漁る諒、手持ち無沙汰なのかただ立っている星煌。
「「……」」
凜々と蒼穹が途端に暗い顔をしてその状態にしたのであろう二人を睨み始める。
照井はどう言い訳しようか全力で頭を回しているが、心は相変わらず何も分かっていない。「おーい !」と声をかけ、元気に手を振っている。
ここにいる全ての人間が立ち尽くしているなか、星煌が自ら照井たちの方へ向かう。
その足取りはおぼつかなく、度々転びそうになりながらに進んで来る。
「じ、自首を、します、殺してくださ、い……」
星煌は震えた両手を凜々へ差し出した。
「やめろ、お前。勝手に犯罪者にするな」
諒はそんな彼女の背中を急いで引っぱたく。
星煌の認識の壁が生まれた。きっとこの世界では、この程度じゃ捕まらないのだろう。
例えそうだったとしても、星煌の罪悪感が消えうることはない。このようになった状況になった自分を呪いながら、両腕を懸命に差し出した。
「……はぁ、生きてますので、落ち着いてください」
「寝ていた方が都合が良いと思いましたが、そうではなさそうですね」
江汐が目を覚ます。いや、ここで目を覚ます以外の選択肢はなかった。
彼女は冷たい手首を調査した。ショートはしていない。治さずとも、まだ動くようだった。
「江汐!」
蒼穹が駆け寄ってロープを外す。実行犯の諒もそれを手伝った。
「良かった、生きてて……」
「……わたしは、このくらいじゃ死にませんよ。蒼穹」
凜々は星煌に手を下ろすように促し、肩を叩いた。
そうして顔を上げた星煌の表情に、凜々はその姿に少し違和感を覚えた。気絶させたとはいえ、何故にここまで怯え、絶望しているのか。
「『訓練、一旦中止ね』こっちにおいで」
ロープを解き終わった時、三人はその言葉に反応した。後ろにいる指揮官が気になるが、とりあえず先生の言葉に合わせる。
この三人は察しが良い。頭の善し悪しに関係なく、『空気が読める』タイプの人間だった。
下手にでしゃばらず、この状況に置かれ、違和感があっても聞かず、周りに合わせる。その行動は調和が取れていた。
「……まあ、こういった訓練もあるか」
来たのが指揮官で良かった。こういった訓練にも関わりが深く、理解もしてくれた。
他の五線譜のメンバーだったら、おそらく即刻疑われていただろうと、照井は思う。特に、決闘者や司書あたりには。
「メンバーはこれで全員です」
「……そうか。まあ、判断はこれからだ」
「生命証明書を回収する。調査の一環だ、協力願う」
指揮官は真面目な態度へと切り替わる。何らかの用紙を挟んだバインダーを取り出し、調査に必要なものを要請した。
「はぁい。……どーぞ」
照井は全員分の証明書を預かり、それを指揮官へと手渡した。
「くれぐれも偽物は出すなよ」
過去にそういった事例があったのだろう。指揮官はそれを丁寧に預かった。
「『そんなことできません。全部本物ですよ』」
照井は静かに笑って、自身の才能を否定した。チャームによって。
( ! 、嘘が紛れて……? )
その言葉に凜々は反応してしまう。
指揮官はこちらに目線を向けずに用紙にペンで記入をしていたため、気付かれてはいないと思うが、彼女はその言葉に思わず目線を向けてしまった。
( この中のどれかが、偽物…… )
凜々しかわかることのない、その嘘。少し鼓動が早くなった。
「ほら、僕たち昔馴染みなんですよ。元同じ委員会メンバーで。ちょっと協力してもらってたんです」
「っ、そうだ。数十年前だが、指導者にでも聞けばわかるはずだ」
その思考はすぐに中断されることになる。凜々にはその考えを顔に出さないように必死になることしか出来ない。
「へぇ……まあ、そういうことなら仕方ない」
後で一応調べておこうと指揮官はメモを残して証明書をチェックする。
「あと、そんなに身構えなくていい。ただの取り調べだからな」
取り調べなんて普段受けないから身構えているのに、と全員薄っすらと思った。
指揮官はこういった役割をいくらか経験しているため、取り調べという行為に慣れてしまったのだろう。だから身構えるなと言って、こんなにも慣れた手つきで進められているのだろう。
「あの人は?」
星煌が諒に問いかける。この中で唯一、指揮官のことを見たことがない人間だ。
「『指揮官』だ。大人しくしとけ」
「私殺されない?」
「死なねぇから静かにしろ」
諒は星煌にのみ聞こえるよう耳打ちする。何度も繰り返し死なないか聞かれるせいで、諒のその返事は少し呆れたようにも聞こえた。
先ほどから星煌は動悸が止まらない。犯罪を犯したあとの時効になるまで息を潜めている感覚に近いなと、彼女は思った。人を殺したこともないくせに。
『指揮官』
日本の軍隊を操り、その物事に関して全ての決定権を握っている。
だが、世間からの認識は薄い。この日本も、近年は戦争が起きていない。自衛隊などの軍のトップにいることは知っているが、逆にそれしか知らない。
指揮官の事を詳しい人物から彼のことを解説されようと、「で?」としかならない。
強いてあげるのなら、"顔が良い"ということだろうか。その恵まれた顔のせいで、彼のファンクラブには一定数の人が所属している。
「ただ、"音がうるさい"」
指揮官は顔を上げ、ハッキリと文句を言った。
書き終わったペンをくるくる回し、それを照井の前へと突き出した。
「今回来た理由はそれだ。近所の住民から"クレーム"が入ったんだ」
「平日昼間から銃や剣戟の音がうるせぇってな」
「『たまに聞こえるが、いつもはこんなに長くない』『なにかトラブルが起きたのかも』って通報が入ったんだよ」
「確かにここは都心部から少し離れてるが、それにしてももっと静かにやれ。敵の討伐なら仕方ないが、訓練なら気を付けろ」
いつの間にか腕を組んでいた。彼の癖なのだろうか。
「すみません。以後気をつけます」
凜々はそう答え、謝罪をした。
「……一つ、質問を良いですか?」
「なんだ?」
「なぜ"公安連盟"を使わず、指揮官が直々に?」
そして凜々はそのまま質問をする。後ろにいる子供には関係がない、ただの大人の話。
『公安連盟』
分かりやすく言うのなら、警察の役目を持った連盟。
全国に散らばり、その地域の治安を保つ。シンプルな役目ながら、連盟に指定される重要なものだ。
「さあ。俺にもわからん」
凜々が思っていたのとは違う反応を見せる。
ただのクレームだけなら、公安連盟を使えば良い。わざわざ指導者が赴いたのは、何か理由があるからだと凜々は考えたが……特に何か理由がある訳では無いらしい。
「本部に通報が入ったから『側近』が他の委員会に対処させようとしたら、指導者が『お前が行け』って俺に言ってきてな」
「理由は知らん。命令されたから来ただけだ」
( わざわざ東京から出張させやがって…… )
急ぎなら、尚更ほかの奴らに対処させた方が良かったのではと、指揮官は思った。
「……」
その言葉に嘘はない。彼は、何も知らないようだ。
と、なればなにか企んでいたのは指導者だろう。また凜々に一つ解消するべき疑問が生まれた。
「あぁ、これは問題ない。返却しよう」
そう言って指揮官は照井に証明書を返す。見られただけで、特に何か弄られた形跡は無かった。
「まあ、今回は注意だけだな。お咎め無しだ」
「次は室内とかでやれ」
「はーい」「分かりました」
大人二人はその場をやり過ごすための嘘を付き続ける。
子供達は何も分かっていないままとりあえず大人に合わせ、大人しくする。
そして、誰もがじっと大人しくし、誤魔化し続けた中。
「あの!!」
突然黙っていた心が叫ぶ。
隣に居た星煌はびっくりして握っていた証明書を落としそうになった。それほどまでの声量だ。
先程から随分と様子がおかしかったが、ついにその本性が現れるのだ。
「?どうした」
帰ろうとした指揮官は足を止め、心の方へと顔を向ける。
そして心から飛び出した言葉は、誰にも予想できないものだった。
「サイン、ください!!」
「……??サイン?」
「はい!!!」
そう言って心は色紙とペンを取り出し、深々と90度腰を曲げて差し出した。
「……これに書けば良いのか?」
「はい!!!」
指揮官がそのペンを紙を取り、右手で書き始める。しばらくキュッキュという音が響いた後、それは持ち主へと返却される。
「はい、これで良いか?」
それはサインというより署名だ。丁寧に読みまで書いて、綺麗な字でフルネームが記述してある。慣れていないのか色紙の大きさに比べて字が小さくなっている。
『 寵白浜 寵』
それが、彼の本名のようだ。
「!……!! ありがとうございます!!」
あまりの嬉しさに声が出ないのか、その一言でさえ心から懸命に捻り出している。
色紙を潰さないよう大事に握りしめ、再び深いお辞儀をした。
以前からやけに指導者と五線譜に詳しいなと時空間調査委員会のメンバーは思っていたが、ファンだとは知らなかった。しかも、ここまで熱狂的な。
「突然訪問して悪かったな」
ペンを返して、指揮官は踵を返す。
「いえ! とんでもないです!」
心は心の中で盛大に祭りをしながら言葉を返した。むしろ会いに来てくれてありがとうと言いたいほど嬉しかった。
「じゃ。おいお前ら、帰るぞ――」
その影が小さくなっていく。
そうして、戦闘を無理矢理中断することになった調査が終わった。
……
「……一回、部屋に行こうか」
以外にも、凜々は大人しく照井の後ろへついて行く。
拠点へと足を進める人の心情はそれぞれ違う。
心は一人で感激しながら星煌に自慢をし、その星煌は何一つ状況を理解できないままその猛攻を耐えていた。
諒は今の状況に頭を回して考察をし、何をしでかすか分からない凜々を見つめていた。
江汐はそんな諒を警戒しながら蒼穹との会話を続ける。その内容は江汐の身体を心配することだらけで、この江汐はこの機械の身体を弱く見られていると、戦い抜いた彼女に少し対抗心を持った。
拠点に着き、その扉を開ける。急いできたから、鍵は閉まっていなかった。
全ての人が入ったことを確認した後、扉が閉まる。凜々にとっては久々の拠点でありながら、その雰囲気懐かしいままだった。
生活に必要だと持ち込んだ電子レンジ。ふざけて買った月と星のライト。
そして、立て掛けられたままのイーゼルも。
心は真っ先に我が家へと駆け込み、諒は「茶でも出そう」と言って靴を脱ぐ。星煌は何をして良いのか分からなかったため、指示が出るまでとりあえずただ突っ立っていた。
「いやぁ、とりあえ」
拠点に上がらせようとした照井は靴を脱ぎ、雑談でもしようと話題を振ろうとした。
「話し合うことは、何もない」
そんな照井の言葉が遮られる。心と諒も足を止め、その言葉が出た方へ顔を向ける。
そう言って凜々は背を向け、閉まったばかりの扉を開けようとする。
そんな凜々の行動に江汐は迷わず彼女の左隣に立つ。
蒼穹はその状況に少し戸惑ったが、まずは先生に状況を聞くのが先だと判断し、そのまま右隣に立った。
「いや、きっと誤解がっ」
一番近くにいた星煌は凜々達を引き留めようと手を伸ばしたが、金属の腕によりそれは阻まれる。
その様子を見た凜々は江汐に耳打ちをした。
「誤解?そんなものはない。少なくとも、私にとっては」
既に凜々はその選択を決めた。先程話し合った。それで、彼女はもう振り返らないと決めたのだ。
ドアノブを捻り、扉を開けようとする。
「おい、このまま何もせず――」
同じ復讐者である諒の言葉を遮るように古いドアノブが音をたてた。
照井は何も言わなかった。彼女がその選択をすると思っていたから?もしくは、彼も考える時間が欲しかったから?
そのまま、勢いよくドアを開けた。
その空間は『穴』のように、暗い闇で満ちていた。
拠点に連れてこられたのは凜々達にとって都合が良かった。彼女の『チャーム』を起動できるから。
「ああ、彼女は借りていく」
凜々から一番近くに居て、且つ都合の良い人物。
行き場のなかった星煌の腕がそのまま江汐に掴まれる。
「え」
星煌が引っ張られたと感じた時には、彼女はは既に暗闇が広がる扉の中へ飛び込んでいた。
立て続けに江汐と蒼穹も飛び込む。
心は急いでその腕を掴もうとする。誰でもよかった、一人でもここへ残せるなら。
だが、その手は届かなかった。
最後に入った凜々は、壁に寄りかかりこちらを見つめる照井を睨みつけながら勢いよくドアを閉めた。
「ちょ、っと!」
心の手が空振る。
大きく音を立てて閉まったドアが目の前にはある。
諒は舌打ちした。( こうなるなら、最初から背後で睨んでおけば…… )と、彼は後悔する。
そうして逃した手を掴もうと、心はそのドア再び開ける。
「え……」
しかし、そこには塵一つなく。
何もない、先程まであった、光景。
既にそこに、『人は居なかった』
いつも通りの、まともに手入れされていない庭先だけが広がっていた。
記録 : 記入 星煌




