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無題/日記  作者: 岸 星煌
一章『その言葉の真■と確かな芸術について』
17/22

Log_16

衣装を整え、表情を作る。

背筋を伸ばし、指先まで意識を込める。

成功だけではつまらない。少しのハプニングを添えた方が、より舞台は大きく盛り上がる。

少女はそれを理解していた。だから彼女は、幼いながらにして奇跡の存在だといわれていた。


そして、その少女は誰よりも、客席から湧き出る歓声が大好きだった。

綱の前に立つ。

さあ、いよいよ幕開けの時だ。


これよりお見せするのは、一世一代のマジックショー_│




※これはLog_15での決着が着く、少し前のこと。



相手は森の中を駆け抜ける。心をなるべく遠くへ引き離したいようだ。

( なんでこんな道選んじゃうのかなぁ )

緑に囲まれ視界が悪かった。心は広がる草木を切り払いながら前へと進む。

相手の姿は見えているとはいえ、距離が縮まらない。追いかけっこ状態だった。

ここの土地勘は心の方が詳しいはずだ。

だが、相手は道を完璧に把握しているのか、迷いなく進んで行く。右に曲がったと思ったら直ぐに左に曲がり……どこに着くのか、目的地は心にはわからなかった。


前から時折投げられるナイフを弾き、ついでに回収しながら様子を伺う。

投げられた数は既に二桁に達していた。

相手はナイフを投げる際、"後ろを振り向かず"、ノールックで心の額を寸分狂わず正確に当てていた。

相当な技術がないと出来ない芸当だ。心が相手をするのは正しい選択だったといえる。


だが、少し進むと開けた道に出た。

一本道だが、先程よりもはるかに視界がよい。


「っ!」

辺りを見渡していたら先に到着していた相手が、敵がUターンをし襲いかかってくる。

心はそれを寸での所で体を曲げ回避し、そのまま後ろに下がる。相手との距離を取ったところで話しかける。

「ちょっとぉ!急に止まったら危ないよ!」


「……」

可愛らしくプンプン怒ったとて、相手の心には響かない。

その美しい青髪長髪の相手は返答もせずに続けて襲いかかる。心が大剣を振るおうと臆せず攻撃をしかけてくる。

その心を攻撃を、体全体を使い回避するのではなく、上半身だけの最小限の力で回避している。やけに体が柔らかい。

その動きは緩やかに見えるが、ショーをしているかのように繊細で、隙がない。


相手のメイン武器は槍である。右手にそれを構え、左で別の剣を構える。両利きのようだ。

右と左で交互に攻撃を繰り出し、防ぐ隙を与えないようにしている。


かくして交戦は続く。


「よっ」「とぅ!」

なんて心は攻撃ボイスを可愛く発しながらその声とは似つかわしくない両手剣荒々しい攻撃を見せる。

自身の身長とほぼ等しくあるそれを軽々片手で振り回す。

その剣の形状は一般的な三角形ではなく、例えるなら中華包丁のような四角形と例えた方が正しいだろう。


「ねぇ〜、お話しよう?」

「……」

「ずっとこのままじゃ"つまんない"でしょ?」「ねぇ〜」

相手は心の話を無視し続けるが、それを気にせず話しかける。

剣交わる音が響き続けるが、その音のスパンに負けない程話しかけている。


音に反応するロボットのように、「おーい」「ねぇ〜」「聞こえてる?」「もしもーし」

なんて声を心はひたすら出していた。


「こっちは真剣なんです」

痺れを切らした相手は仕方なくもう話しかけないでくださいの意で返事をする。

「わ!喋った!」

「……」

( 返答するのは、失策だった )

それは、さらに会話を引き出すことになる。

相手は話す余裕がある心に驚きと警戒心を感じた。

かなり高スパンで攻撃をしかけているが、心は依然として余裕を保ったままだ。

その動きは雑に見えて、確実に相手を傷つけるという意思が見て取れる。


そして心は会話を続けようとする。

「どうして、急に襲いかかってきたの?」

「理由は言えません」


「攻撃を辞める気は?」

「あるとでも?」

「そっかー。まあ、私も辞める理由はないけど」

スカートの中から飛び出したナイフに心は頬を掠める。

随分近距離で投げてきた。そのまま隙をついて奇襲を仕掛けた方が、心には効きそうだが。

心はタイマンが得意である。本人が「敵と戦うより、こうして一体一で訓練をする方が身になる気がする」と以前言っていた。

まあ、相手がそれを知れるという選択肢は今のところない。


「じゃあ、名前は?」

心はギリギリのところで星煌を守ったため、それ以前の会話を知らない。

星煌が消えるのと同時に照井が立ち上がって走っていってしまったので、追いついたら既に状況は出来上がっていた。


「……そうきゅう。草冠に倉と書く方の蒼と、空の上側と弓を合わせた、穹」


「蒼穹……そうなんだ、いい名前!」

「穹って、うちの先生と同じ漢字だね!」

「……」

蒼穹はその言葉に無言で睨む。どうやら心は空気を読めないかつ人の地雷を踏む天才だったようだ。

交戦は続くは、蒼穹の心には冷えきった空気が流れ込んできた。


「最悪……」

蒼穹は小さく呟いてため息をつく。心はそれに気付いておらず、何故睨んで来るのか分からないもよう。

心做しか攻撃の手に力が入る。動きは丁寧なままだが、攻撃を仕掛ける瞬間のみ力を振り絞っている。


先程より強く、ガキンという音がひびきわたる。

「蒼穹の先生って、あのサイドテールの人のことだよね?」

「前ショッピングモールで会ったんだぁ、偶然!」

心はLog_11のことを思い出す。

そしてそれがこの事件へと繋がるきっかけを作ったのを、心は気付いていない。ついでに名前も覚えていない。察し能力が随分と低下しているようだ。


「えぇ、そうです。私を救ってくれた、命の恩人です」

( あの時の私は、世界を知らなかった。無知であった )


だからこそ、蒼穹は凜々のことを慕っている。

時々、考えることがある。あの時、先生が連れ出してくれなかったら、と。

一生傀儡人形として生きていき、客を喜ばせるためにあの過酷な環境に耐え続ける。

パフォーマンスは好きだったが、それは客の喜ぶ顔が好きだったから。そこから客を取ったのなら、彼女はもう綱を渡る必要はなかった。

凜々は連れ出してくれた。あの何も知らない、知ることを許されない空間から。


「大好きなんだね!その人のこと!」

「はい」

蒼穹は恥ずかしがることなく即答する。もしこの場に凜々もいたら、彼女の顔は赤くなっていたであろう。


「じゃあ、なんでうちの先生と戦ってたの?」

心は横目で見た二人を思いだす。

訓練というには力が込められすぎている。予告も何もなしに始まる舞台は、サプライズ以外にあってはならない。


「……あの人は、照井は、この世で最も罰を与えられるべき人間です」

攻撃の手を辞め、彼女に真実を告げようとする。

先程答えないと言ったばかりだが、きっと会話を続けるうちにその答えは出さなければいけない運命だったろう。


「仲間を捨て、その希望を意図的に閉ざす。そして、あなたたちも見捨てようとしている」

彼女を助け出したいから。それが凜々の目的であるならば、彼女も同じ目的を持つ。

「照井の抹殺。それによる、時空間調査委員会の崩壊。それが先生の目的です」

蒼穹は冷たい声でキッパリと告げる。


「へぇ……」

その言葉に心は一瞬目を見開き、すぐに顔を俯かせる。

それに蒼穹は選択を誤ったと気付かされる。

だが、理由が少し違う。蒼穹は彼女を悲しませたと思ったが、それは違う。

失望したからでも、悲しかったからでもない。


相手を倒す、()()()()()()()()

今まで稚気が溢れていた表情は、次第に■■■の顔へと変化する。


「つまり」

息を吐く。その顔は少し火照ったようにも見えた。

きっと、梅雨にしては眩しいほどの、太陽があったからだろう。


残念ながら、彼女はその一つしかない真実を否定することを選んだ。

「『君は、悪なんだね?』」

目が光る。


「っ……!」

先程まで感じ取っていたものとは明らかに違う。

これは、"殺気"だ。


反射的に蒼穹もチャームを起動させる。

「『さあ、生きろ。最後まで足を動かせ』」


背中から剣が更に二本、意志を持ったように動き始める。その剣はよく見ないと分からないほど細い糸で繋がれている。


彼女のチャーム『傀儡人形』


物を、細い糸を介して操れるようになる。

物の動きは手、及び指と連携されており、指先一つを切るように振ればそれと動きはリンクし、対象は同じ行動を取る。

また、言葉にも効果がある。『浮け』と言ったら浮くし、『攻撃をしろ』と言ったら自動で攻撃してくれる機能も備わっている。

ただし、その糸が切れたら効果はなくなる。


だが、強みは数を増やせることにある。全ての武器が違う動きで襲いかかり、圧倒的な手数で相手を追い詰められることだ。

彼女の綱渡りが奇跡と呼ばれていたのも、このチャームのおかげだ。

綱を渡れないなら、糸に細工をすればいいだけの話だった。


心が迫る。

体を一回転させ、その勢いのまま大剣を大きく振るう。

速度と重さ。普通どちらかををとったらどちらかを捨てねばならぬ関係。だが、彼女はどちらも手にした。

それをどのような経緯で手にしたのかは、まだ秘密だ。


蒼穹は寸での所で回避する。

「あーあ。避けられちゃった」

心のその攻撃は、確実に『首』を狙っていた。もはや正当防衛など通用しない。十倍、百倍、いや、測定不能になるほどの強い攻撃をお返ししてあげようとしていた。

その声のトーンは低い。残念そうに言うが、顔は無表情のまま、動かない。


非常にやりにくい。心を相手したのは、蒼穹にとっては間違えだったろう。

なんせ、彼女のチャームは不明だ。発動してはいるんだろうが、内容が分からない。

その変わりように、二重人格があるのかとも考察したが、すぐにその思考は無駄だと気付く。

彼女が自分から名乗りあげない限り、答えは出ないからだ。


そして蒼穹は近くの木の上に登り、枝に体重を載せる。そのまま"足"で弓を引き始めた。

サーカスの一つあったその芸。彼女は『巻層雲にまで届きうるの綱渡り師』と呼ばれていたが、実際には多種多様な劇を繰り出すパフォーマーだった。


矢と同時に無数の剣が襲いかかる。

「へぇ、いいね」

心は味わうように舌なめずりをする。


「だけど、残念」

剣を柔軟性を使い全て避け、矢を綺麗に真っ二つにする。


「君は、『悪』だもん」

「私たちを殺そうとして、私たちを離れ離れにさせる……」

「そんなの、許せないよね!」

彼女は先程までとは違い、今度は笑いながら武器を振り回す。その木を一振で丸ごと切り倒した。


蒼穹は次の木へと飛び移り、距離をとりつつまた弓で攻撃をする。

その度に木は切り落とされ、大きい音を立て崩れ落ちてゆく。


蒼穹は埒が明かないと思ったのか、弓ではなく、チャームで勝負を挑もうとした。

糸が切れれば才能が消えるのをまだ相手は見抜いていない。

「わたしも、負ける訳にはいかないんです」

( なら、そのうちに攻撃をするのみ )

課せられた信頼。右腕という称号。

それは彼女を縛る枷ではない。むしろその信頼こそが、彼女の生きる原動力となっている。


「『つまらない』なら、面白くしてあげます!」

背中の剣が全て抜ける。

右手の指を全て使い、計五本で心に襲いかかる。


「そう来なくっちゃ!」

敵がまた強くなったそれに失笑するさまは、傍から見れば戦闘狂とそう大差ないだろう。

心は大剣を投げ捨て、剣を避けることに集中し始めた。


「これなら、どうです!」

指先一つに神経を込める。ピアノを引くように、メロディを奏でるように狂いなく、左の指をバラバラに動かす。


心はその攻撃をアクロバティックに避ける。ステップを踏むように避けたと思ったら、バク転をしてそのまま先程拾ったナイフを投げる。

狙いはブレブレだが、速度は一級品だ。

蒼穹はそれを右手の槍で防ぐ。木からおり、武器を捨てた心に接近戦を仕掛けようとした。


だが、それを考えたのは心も同じだ。

降りてきた蒼穹目掛け走り抜き、着地をするのと同時に足で掴んでいた弓を足払いで振りほどく。

蒼穹は反射的に槍にチャームを掛ける。槍は宙へと浮かび、蒼穹の転倒を防ぐ。


だが、心の狙いはそれではない。

心は右手を大きく振りかぶり、蒼穹との繋がりを持っていた左手を思いっきり払い落とす。

「!?」

指先を痛めつけられた蒼穹はチャームが解除される。

これで、双方拳での戦いをつけなければいけない状況へとなった。


心はその勢いのまま右手を地面につけ、一回転をすることで足で蒼穹の身体に攻撃しようとする。

相手はそれをバク転で回避し、距離を取ろうとする。


心が空ぶった攻撃は、地面に穴が空くほど力強いものだった。

今のを避けていなければ、蒼穹は確実に地面に埋められていただろう。

心は依然としてこの状況を楽しんでいるのか、手についた砂を払いファイティングポーズを取る。


「このままこの委員会が続けば、あなたたちは捨てられる。それでも良いんですか!?」

額に汗を流しながら蒼穹は叫ぶ。

いつの間にか、説得をするのは彼女の方へ回っていた。


「『捨てられる』? 面白いこと言うね」

「先生が、そんなことするはずない。絶対に」

それは、ただの意見であり、盲信。服従。

側しか見ていない、偏ったもの。



だが蒼穹は、それに"強く反応した"。


「そ、それは本当か?」

蒼穹が目を白黒させる。

動きは止まり、驚いた表情を見せる。


「うん? ……うん!もちろん!」

心が想定していた返答とは違う反応に少し戸惑うが、照井が無実だと証明する心は本物なので、肯定する。

「なるほど。それなら攻撃なんてしなくても……」

顎に手を当て、考え始める。

戦闘は中断され、考察へと変化した。


「……い、いやでも、私は良くても先生が……いやそもそも先生が勘違いをしてる可能性も?」

蒼穹はその場でぐるぐる回転し始める。

先程の冷たい姿とは大違いだ。いや、こちらが本当の姿かもしれない。


何故蒼穹は、たった一つの意見で攻撃を辞めた?

それは、彼女の意識が、"人を信じすぎてしまう"事にある。彼女は、疑うことを知らないのだ。

そしてそれで何度裏切られたとしても、次こそはと、また縋ってしまう。

そんな人間なのだ。彼女は悪人をするにはあまりも、純粋すぎる。


心はそんな彼女の姿に少しの間戸惑ったが、相手が考えを改めたことに気づく。

それなら、彼女も攻撃する理由は無くなる。


「じゃあ、とりあえず先生達のところ行こっか!」

蒼穹の手を取り、先程の道を引き返そうとする。

いつの間にか先程の影は無くなり、"いつもの彼女"がそこにはいた。



かくして、裁判は閉廷した。幸運なことに、罰を受けることなく。

その戦闘の短さは、両者の実力が現れていたからだろう。強者は多くを語らない、というやつだ。




「……貴様は、そこまで落ちたのか」

サイドテールが風に揺れる。その表情は諦めと同時に後悔、怒り、憂いが見て取れる。


「いや?」

「最初から地の底にいるんだ。むしろ、僕は空に、希望へ向かって進んでるだけだよ」


彼は、辿るその道が過去に向かっているとも知らずに。


さあ。因縁の相手を、燃やす時が来た。



記録 : 記入 蒼穹 心 星煌

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