Log_10
私は、愛されていた。
頭を撫でてもらうために、帰る場所があった。
でも
場所はあったけど、道のりがなくて。
途切れてしまった道の先は、何もなくて。
きっと、ここにいるみんなも、そうなんだな。
彼女は死にきれない魂を見て、悲しそうに目を閉じた。
幽霊は、眠れない。
閑話 : 幽霊のイタズラと求める拠り所の比例について_│
――昼 森の奥地にて
「猫だ」
茶トラが毛ずくろいをしている。
家の裏手の森を歩いていた。虫が嫌で早く終わらせようと早歩きだったが、自然と足が止まる。
人間慣れしているのか、こちらに寄ってきて、足に顔をスリスリしている。
やはり人間は猫に抗えない。優しく顎を撫でてあげたら、満足そうな顔をした。
( 猫に懐かれたの、初めてかも )
顔には出ていないが、彼女はこの上ない幸福感を覚えた。少しスリムな体型は、撫でるのにちょうどよかった。
そもそも、彼女がこんな奥まで来たのは、ある"依頼"の途中だったから。
「穴の、範囲?」
口の中の麺を飲みこんで諒の話を聞く。
( 朝ごはんの時間くらいゆっくりさせて欲しい )なんて思っていられない。
一人は半分寝こけてもう一人は猫背になりながら朝ご飯を食べてるけど。
まあ、内訳は辛いラーメンや冷凍チャーハンといった朝ごはんというより昼ご飯の方が正しいと思えるようなご飯だが。
まだ若いし動いているのでこんな食生活でも大丈夫なのだ。
これでもこの人達は立派な時空間調査委員会で、お給料も(一応)貰っているので、給料泥棒にならないために今日も朝から活動に励んでいる。
「そうだ」
「今までは拠点周辺にしか出現していなかった穴が、もし今後遠くの方で現れたら、到着に時間が掛かる」
「その時の、住民の避難ルートと、俺らが辿り着くまでの最短ルートを調べたい」
既に朝のパンを食べ終えた諒が地図を指さす。
この委員会に大事なのは"速さ"。
いかに早く辿り着いて、最も早く討伐する。
もし失敗すれば、死に至ることもある。実は危険な事なのだ。
「あ〜じゃあ、こっちの奥の方まで行ってくるよ」
「私街の方!」
各々地図を指さして答える。
「俺は反対側を行く。何かあったら連絡をくれ」
そう言って諒は席を立つ。一足先に出掛けるようだ。
「これ、地図だから、もう迷わないだろ?」
( 覚えてるんだ、迷子になったの )
彼女でさえ忘れかけていた記憶を、物が丁寧に補完してくれる。
渡された地図を受け取って、いってらっしゃいと、声をかけた。
定番の決まり文句。でも、それが一番大切だ。
回想が終わったあとでも、彼女は本題を忘れて猫に魅了されている。
いつの間にか顔はすっかり笑顔になって、毟った猫じゃらし天然産で遊んでいた。
猫が着いてこいと促すようにズボンの裾を引っ張るので、その通り後について行く。
気付けば、家からはかなり遠くまで来ていた。
到着地には、木で囲まれた古めかしい公園があった。
錆びた鉄棒、段差の一部が崩れている滑り台。
顔が真っ黒な象の乗り物に、紐がないターザンローブ。
( 今は、使われてないのかな )
森の暗さも相まって、不気味に見えるその公園。
猫が向かった先のギコギコ鳴るブランコには、一人の少女が座っていた。
その子の膝に乗っかり、丸まっている姿は、飼い猫と言われても違和感はなかった。
「あ……」
星煌は覚えている。その人物は、『観測』で見た少女と同じだった。
(ボブカットの黒い髪、セーラー服に、赤いリボン)
特徴が全て一致している。
肉眼でしか認識できない、観測で見れなかった情報を挙げるのならば、『少女の足が透けている』
と、いうことくらいだ。
その時が来た。未来を、辿る時が。
「あれ……」
足の透けた少女を見つめていたら、相手も驚いたように星煌を見つめる。
視線に気づかなかったその姿は、本物の幽霊といわれても違和感はなかった。
「もしかして、『視え』ちゃった?」
「『見え』ちゃったって……まぁ、『観ました』けど」
星煌は丁寧に答える。
彼女が『見える』のは、彼女のチャームの恩恵でもあり、少女の『意思』も関係している。
"普通"の人は見えない。
だが、彼女はそういう目が良かったらしい。
「わお。声も聞こえちゃうんだ。霊感あるの?不思議だね」
少女がふわりと立ち上がって猫を抱えたままこちらに来る。足は動かさず、流れに身を任せてこちらに歩いて……いや、スライドしてくる、の方が正しいか。
「私、結崎 紡。見ての通り幽霊なの」
「そうですね。岸 星煌です」
「ふふ、敬語はいいよ。私の方が、多分年下」
猫を撫でながら優雅に話す姿は、とても年下とは思えない。でも、
「数年前に、"事故"で死んじゃったから、こんな姿なんだ」
少女は、死んだのだ。年齢も、見た目も変わらない。死ぬ直前と同じ髪、服、そして精神で。
よくある事故だった。
学校の帰り道で、赤信号を無視した軽トラが突っ込んできて。
背の小さかった彼女は、相手にさえ気づかれずにこの世を去った。
今でも事故の瞬間を思い出せる。
その度に、タイヤに巻き込まれて捻れた足と、強く打ち付けた頭が痛む。今でも、血が出ているみたいに。
「この猫も、皮が剥ぎ取られて死んでた」
手の上で気持ちよさそうに抱きしめられる猫は、また幽霊生活をエンジョイしたいのか到底どくつもりはない。
猫だから、飽きたら輪廻でも何でもしそうだが。
「じゃあ、なんで見えて、話せるの?」
純粋な疑問を口にする。憐憫や寄り添うのは後だ。対話もしてないのに同情するのは、違うとわかっているから。
「私の、『チャーム』のお陰だね」
「私のチャームに具体的な名前はない。調べられないから、わかんなかったの。でも、死んでから、解ったの。詳細だけは」
「『死んでも、一回だけ復活できる。ただし、半透明の、足が透けた幽霊姿で』」
膝下で無くなっている足と、全身が若干透けている。美しい黒髪と背景の緑と同化して、黒なのに鮮やか見える。
「『幽霊っぽいことならなんでもできる』そういえば歳も取らないね」
指を折りながら1つずつ説明する。
その白味がかった目に輝きはない。
「どう、怖い?」
何も言わない星煌をからかいたくなったのか、それとも幽霊という恐怖の概念を取り払うのは難しいと理解した故の質問か。
顔を覗き込む。
彼女は、久しぶりに人を見た。
前に街に行った時は、誰にも気付かれなかった。
誰からも見られずに、両親さえも、その存在には気づけず。
悲しかった。もう、涙は出ないけど。
だから、離れた。寂しさを紛らわすようにその場から逃げて、遠くまでひたすら走った。
もう撤去すらされない古い公園に来て、かつて居たであろう小さな子供たちを想像して、人を待ち続けた。
幽霊達を観察して、夜空を見て、空へ浮かぶ。
星煌より年下なのに話し方が大人びているのは、きっと長い年月、一人で待ち続けていたから。
たとえここに居たのが数年だったとしても、寝れないのなら時間の流れはもっと遅く感じる。
彼女は、死んだ幽霊の魂と会話ができる。でも、殆どは未練を残した、発狂寸前の人達で。
良い人もいたけど、その人達はすぐに未練を無くして、天に還って行った。
心の癒しにはなったけど、動物とは話せない。
やはり、心の底では誰かに気付いて欲しかったのだろう。
その思いが、彼女を、星煌を導いた。
「まさか」
覗き込んだ顔は、優しい笑顔で。
「こんな可愛い幽霊達なんて、誰も怖がらないよ」
彼女は少し屈んで、すっかり懐いた茶色い野良猫を撫でながら、心からの本心を口にした。
彼女は、見た目で人を判断しない。
どんなに顔が整ってても、どんなにスタイルが良くても彼女は靡かれない。
話を聞いて、一緒に遊ぶ。そして食事をして一連の態度を見て判断する。
まぁ、彼女は大抵のことじゃ、怒らないし懐きもしないけど。
彼女の寛容さは、そこから来ていた。
「楽しい?今、"生きてて"」
( 可哀想、とは思うけど )
( 生憎、私にはどうにもできないし、救えもしないから )
それなら、今を楽しくするしかない。
未練を残しても仕方ないから、慰めるよりも、肩を叩いて、上を向かせたかった。
それが、彼女の優しさだ。
自分だったら、「可哀想」と同情されるより、「一緒に行こう」と言ってくれる方が嬉しいから。だから、そうする。
その輝きに、紡は目が眩む。その目の星もそうだが、彼女の透き通った精神に、包み込まれるような、夜空に。
「……眩しい、ね。貴方」
また一人、焦がれた。
「そう?」
( 目はたしかに眩しいかも )
絶対にそんなことを言いたいのではない、と理解はしているが、あえてボケを貫き通す。そちらの方が、自分が調子に乗らないから。
そう、自制心を強めた。
星煌はこう言う。あくまで彼女のやり方で。
「私の目がキラキラしてても、紡ちゃんは別に怖がってないじゃん」
「それと一緒だよ。私がきみを怖がらない理由なんて」
「ふ、ふふ」
紡は小さく笑う。
きっと、会う相手は誰でもよかったのだろう。
話せれば、会話を出来れば、それで十分だったから。
たとえ超怖い地獄から来たような人でも、神に酔狂する人でも、誰でも、一緒にいてくれるなら。私を、見つけてくれるのなら。
けど、会ってよかったと、貴方でよかったと思える相手は、彼女しかいない、紡は確信する。
久しぶりの会話はなんだか楽しくて、猫が脇役になるなんて!と彼女は思いながら、それを地面に置いた。
「一個下なんでしょ?
じゃあ、私がお姉さんだね」
末っ子はそう言う。
「うん。星煌お姉ちゃんって呼んでもいい?」
一人っ子は初めての姉を手にした。
紡は思う。二度目の生、どうせなら違う人生を紡いで、一度目より楽しくやろう、と。
殆どは期待。残りの少しは、自分に残った少しの恋しさを無くしたかったから。
家族には、どうせ気づかれなかったんだ。新しい子も作っていたし、私がいなくても、上手く楽しんでくれるだろう、と。
このすこしの未練を、"消したかった"
「もちろん。好きな呼び方でいいよ、敬語もいらない」
星煌は紡の頭に手を起き、優しく撫でる。
透けているのに触れれるのは、なんだか少し違和感を覚えたけど。
彼女の嬉しそうな顔は、目が丸いのも相まって、まるで猫そっくりだった。
「ねぇ、ここから連れ出してくれる?」
「誰も誰も来なかったの」
ここで過ごした日々。誰も、ここには来なかった。
寂しかった、辛かった。プリンセスは、塔に囚われたままでBad endを迎え、残された王子はその場をさまよい続けた。
だが、今作は違う。
旅立ちの日だ。それは別れではなく、出会いの。
「いいよ。君にとっては、この世界は狭すぎると思うけど」
一生を費やしても回れない世界。一生が長ければ、いくらあっても足りない世界になる。
「やった。じゃあ、星煌お姉ちゃんに取り憑いちゃお」
"取り憑く"。少女は、間違いなくそう言った。
その言葉通り、お礼をするかのようにふわりと浮いて、正面から星煌を抱きしめる。
冷たい手が首に触れた。幽霊なのに体温を感じて、でもその手はやっぱり人のものはなくて。
けど、紡の心はきっと暖かいだろうと、星煌はそう感じた。
「ふふ、これで、一緒だよ」
「ちゃんと面倒見てね。除霊とか、ちょっと怖いから」
紡は星煌の肩に乗って、幽霊らしく、ちょっとした呪いの言葉を口にする。
目で見えなくても、楽しんでいるのは声でわかった。
「……連れてってあげるよ、色んなところ」
「お話も、もちろんね」
目を伏せて会話を続ける。
彼女なりの優しさ。
楽しませたい。悲しみを、それ以上の楽しさで"覆いたい"
年下ということもあって、その優しさはもっと甘くなっている。
「うん。私も、二人きりになったら、たくさんお喋りするね」
そんな独占欲強めの甘ったるしい会話を続ける。
彼女は、星煌以外の前には顔を出さない気だ。そもそも星煌以外には見えるかわからない。
でも、これで夜の話し相手ができた。
星煌はこう見えて意外とおしゃべりなので、メンバーが増えたことにより、夜の会話はもっと盛り上がるだろう。
「何かあったら助けてあげる。お話、聞いてくれてありがとう。これからも聞いてるよ」
最後にくしゃりと頭を雑に撫でて。
一区切りついたところで、久しぶりの会話で疲れた彼女は目を閉じる。意味はないが、振りでもそうしたい、そんな気分だった。
そう言って彼女は姿を消した。
きっと、ずっと見守ってくれるのだろう。
寂しがり屋な少女のそばにいてあげれるのは、星煌にとっても人を救う貴重な機会だ。だから、嬉しかった。
なんせ、彼女は偶然にも守護霊を獲得してしまった。
足元に残った猫は、先程までぽやぽやしてたくせに、まだ足りない!と、撫でろと足に体当たりをして促した。
彼女はそんな猫を抱いて、大人しく帰路に着く。道のりをマップに線でメモしたから、もう迷う必要もなかった。
――夕方 自宅にて
「何かあったのか?」
「いや?なんか公園があっただけ。それ以外は本当に道。地図と違った場所もなかったから、さっき言ったルートでいいと思う」
猫は手放した。彼女は欲を言うなら部屋で世話をしたかったけど、猫は気分屋だ。きっと私の部屋に閉じ込めておくより、のびのびと自然を巡る方がいいだろう。
なんて綺麗事、或いは言い訳を並べながらここまで来た。
いつか帰ってくることに期待しながら、ね。
諒がマップを見ながら指さす。
「その公園、封鎖されてなかったか?」
「前に立ち寄った時は、立ち入り禁止、のテープが貼られてたぞ」
正確な記憶からの返答に、固まる。
「え…………」
背筋がゾッとした。
頭の中で思い描いた紡が、誰も使ってないから。そのくらい、誰も気にしないよ。
なんて言ってるような気がした。
手汗でびっしょりなったマップを握って。
幽霊でも、イタズラでもない。
それが、星煌が感じた一番の恐怖だった。
記録 : 記入 星煌




