第6話 新しい名前
夕方頃、フードを目深にかぶった王女様と共に私は冒険者ギルドへとやってきた。とりあえず、クエストで採取した薬草とかを受付さんに納品してお金をもらったよ。私が無事にお仕事を終えられて受付さんは我が事のように喜んでくれた。
「アイネちゃん、お疲れ様。順調に仕事をこなせて安心したわ。昨日に比べて表情も活き活きしてるし、一人でもやっていけそうね」
「はい、その節はありがとうございました。あの、それとは別件で――」
私は受付さんに顔を近づけた。すぐに何かを察してくれたのか、受付さんが真面目な顔になる。
「なに? もしかして何か大変なことが起きた? そっちの子に関わる話?」
「いろいろと複雑な事情が絡みまして」
「OK。部屋を変えましょう。盗聴防止の加護がかかっている部屋があるわ。そこで話を聞かせてちょうだい」
私たちは受付さんに案内されて別室へと歩いて行った。途中でギルドマスターのおじいさんにも会って、一緒に話を聞いてもらうことになった。
抱えている問題を二人に話す。
受付さんたちはしっかり聞いてくれて、考えをしっかりまとめた後にこんな結論を出してくれた。
「状況、理解したわ。Bランク冒険者のクリーム・ルナ・ローズファルコン様は死んだことにしておく。ご家族、つまり、王家にもそう伝えておくから」
偽装花で偽装した死体はモンスターに食べられたということにして、遺品として王女様が持っていた所有物を王家に送るのだそうだ。あと護衛役の男性の死体は丁寧に弔ってご遺族に連絡をしてくれるらしい。王女様はとても安心していた。
「アイネちゃん、クリーム様と一緒にこのままギルドの部屋で一晩を過ごしてくれるかしら。それから陽が昇ったら馬車を回してもらうから、それに乗って東の街へ行ってちょうだい。あそこは人手不足だから仕事には困らないはずよ。そこのギルドに紹介状を書いておくわ。私の同期の子に事情を伝えておくから。あの子は絶対に信頼して大丈夫。でも、もしもそこでも何かが起きたら、そこからさらに東の隣国へ逃げなさいね」
ということで、冒険者ギルドがあれやこれやしてくれて、王女様は別人としてやっていけることになった。
すぐにベッドに入り、夜明けと共に行動を始める。
馬車に乗って長いこと揺られ、私たちは東の街へと向かった。
目的の街に着いたのは二日後だった。かなり立派な石の壁に覆われた街へと入って行く。
想像よりもかなり大きい街のようだった。ここは私たちの住むローズファルコン王国と東の隣国との交易で栄えた街なのだそうだ。交易が盛んなだけあって、とても賑やかで活力を感じる街って感じだった。
そこらじゅうから美味しそうな香りが漂ってくる。ここでなら素敵な生活ができそうって私は感じた。
「うわあ、ここがイーストロックの街なんですね。私、この街を好きになれそうな気がしますよ」
「ええ、とても良い街ね。新しい人生の始まりにぴったりな街かも」
遠くに大きな岩山が見えるのが街の名前の由来だろうか。良い景色だなって思った。
馬車を降りて御者さんにお礼を言う。御者さんはベテランの優しい冒険者さんで護衛も兼任してくれたんだよね。旅の道中ずっと親切にしてくれた。とても感謝がいっぱいだよ。
さあ、のんびりと街を歩いてショッピングをしたり、お世話になる冒険者ギルドに挨拶に行ったりしたいところだけれど――。
私たちがまず最初に行ったのは教会だった。この街で一番高い塔がある石造りの教会だ。この教会は領主様のお城よりも立派に作られていてとても目立っていた。
それもそのはず。だってこの教会には、世界で唯一、神のお告げを聞くことができる聖女様がいるからだ。
世界的にも重要な聖女様がいる教会だからこそとても立派だし、歴史や文化的にももの凄く重要な場所になっているらしい。たとえば、人類で最初に聖女になった女性が生まれた場所がここだとか、芸術性にこだわりすぎて教会の完成までに150年の歳月がかかってしまったりとか。
……今度じっくり観光してみたいかもしれないな。人が多すぎてあんまりじっくり見られないかもしれないけど。
私たちはそんな教会に入って行き、修道女に話しかけて聖女様に会えるように手配してもらった。
あれ、意外にもすんなり話が通ったんだけど……。ただ、会うだけでけっこうな寄附金を持っていかれてしまったよ。私が真っ青になるような額を王女様は当たり前のように払っていた。
お金をケチらなかったのが良かったんだろうね。聖女様はすぐに面会をしてくれるようだった。
私たちが案内されたのはとても立派な礼拝堂だった。ふかふかな絨毯が敷かれているし、立派な女神像があるし、パイプオルガンや長い椅子は高級そうだしデザインが素敵だった。
ここは贅沢に作った綺麗で美しい礼拝堂って感じだ。
そんな礼拝堂の明るいところに、神に祈りを捧げている白い修道服の女性がいる。修道服といっても細やかな刺繍が入れられているおしゃれなものだ。使っている生地だって見るからに良い。明らかに他の修道女とは違うと一目で分かった。
その修道女が目を開けて立ち上がり、私たちの方を向いた。案内をしてくれた修道女が去って行き、この場には私と王女様、それから他とは違う雰囲気の修道女だけになった。
その修道女が私たちに挨拶をしてくれる。
「ようこそおいでくださいました。クリーム・ルナ・ローズファルコン様、そして賢者の森の民の生き残りのお方」
「「えっ――」」
私も王女様も驚いてしまった。だって私たちはこの教会で一度も名乗っていないからだ。
その修道女がにこりとほほえむ。
「あなたたちの来訪は神からのお告げで知っていましたよ。どうか安心してください。聖女であるこの私、タルト・ソレイユはあなたたちの味方ですから」
とても安心だと感じられる優しいほほえみだった。聖女と言うより聖母という感じかもしれない。
改めて聖女様を見てみる。聖女様は20歳くらいのとても美しい女性だった。長い髪は夏の空のような青色だ。瞳は澄んでいてきらきらと輝いている。スタイルがとても良いようで、あまりボディラインが分からないような修道服のはずなのに、出るところや引っ込むところはとてもはっきりと分かってしまっていた。
王女様が少し前に出て聖女様と会話を始める。
「お初にお目にかかります。わたくし、王女のクリーム・ルナ・ローズファルコンと申します。事情があり、どうしても名前を変え、別人として生きていかなければならなくなり、急に来訪させてもらいました」
王女様は事情を丁寧に説明した。第1王子様に命を狙われていること。王位には興味がないので、別人として生きることで難を逃れたいこと。そして、自分が死んだように偽装しておいたこと。
聖女様はしっかりと聞いてくれた。
「分かりました。では、神に祈りを捧げ、新しい名前を授けてもらいましょう。少々、お待ちくださいね」
聖女様が女神像の前に跪いて祈りを捧げ始めた。すると天から優しい光が聖女様の身体に降り注ぎ始めた。
私はその光景を見て奇跡的だと思った。涙が出そうだった。神様は本当に存在するんだって感じられたよ。
私が同じように祈りを捧げても私には光は降り注がない。聖女様ってやっぱり凄いんだなって思った。
聖女様がゆっくりと立ち上がる。そして私たちの方を向いた。
「神がクリーム様に新しい名前を授けてくださいました。その名前は――」
ごくり……。私も王女様も緊張感を持って続きを聞いた。
「ホイップ・ハニーブレッドちゃんです」
わあ~、なんだか甘くて美味しそうな名前だ~。
「ホイップ・ハニーブレッド……」
王女様が復唱した。
「元の名前がクリームでしたので、関連する名前にしてみたそうです」
「関連ですか……? あ、ホイップクリーム。はあ……。わりと軽いノリで考えられたんですね」
「あと、パートナーのアイネ・シュガー・ミルキークレープちゃんが甘くて美味しそうな名前だったので、そこに合わせたともおっしゃっていました」
私の名前も影響していたんかーい。
王女様はちょっと楽しそうだ。
「うふふふ、アイネと合わせた名前――。なんだか嬉しいですね。ホイップ・ハニーブレッド。とても気に入りました。これからはこの名前で生きていこうと思います」
「よかったです。あと神はこうも言っていましたよ。アイネちゃんはホイップちゃんにとって、とっても大事なパートナーだから生涯大事にしなさいよ、と」
「はい。アイネは命の恩人でもありますし、何に変えても生涯大事にさせて頂きます」
王女様にそういうふうに思ってもらえていただなんて。私にとってそれはとても光栄なことだった。
「あと、あなたたちには大いなる使命があるそうです。ですが、決して暗くなることなく、前向きに元気に楽しく励んでくださいね、とおっしゃっていました」
「ありがとうございます。そのお言葉を忘れず、励みたいと思います」
「はい。頑張ってくださいね。ちなみに、神のご加護により、今をもってあなたのことをクリーム・ルナ・ローズファルコン様として認識できる人は近しい人だけになりました。これからのあなたはホイップ・ハニーブレッドちゃんです。暗殺の手は届くことはないでしょう。そこは安心してくださいね」
「感謝します。あの、神にお礼の祈りを捧げても?」
「もちろんです。一緒に祈りましょう」
ということで、私たち3人で一生懸命に祈った。不思議といつもよりも神の存在を近くに感じられた気がした。「めげずに頑張ってくださいね。いつかきっと良いことがありますから」と神に背中を優しく押されたような気がした。
聖女様にお礼を言って礼拝堂を後にする。部屋の外には司祭様がいて、お告げを頂いたのなら寄附金をと言われてしまった。
それがけっこうな額で王女様、いや、ホイップさんは悲しい顔をしていた。
「ごめんなさい、アイネ。すっからかんになっちゃった。明日から稼がないといけないわ」
「大丈夫です。一緒に頑張って稼ぎましょう。あ、呼び方はホイップさんでいいですか? それともホイップ様の方がいいです?」
「もう王女じゃないから様は禁止。せっかくの機会だし、さんづけも禁止にするわ。ホイップって呼んでちょうだい。あと、私はあなたのことをアイネって呼んでいい?」
「もちろんです。これからよろしくお願いします、ホイップさん。じゃなかった。ホイップ」
「ええ、こちらこそよろしくね。アイネ」
なんだか嬉しくなって二人で握手をした。とても照れくさい握手だった。




