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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第145話「厄災戦争」


ベテルは、二つの墓のそばに腰を下ろした。


木の根に背を預けて。俺も、墓の前に座った。丘の上を、風が渡っていく。眼下に村が小さく見えた。朝の光が、谷をゆっくりと満たしていくところだった。


「――どこから、話そうか」とベテルは言った。


「最初からだ」と、俺は言った。「あんたが何者か。……全部」


「長い話だ」ベテルは、目を細めた。「お前が生まれるずっと前。……何百年も前の話だ」


俺は黙って続きを待った。麓では、ニラがこの丘を見上げているはずだった。降りたら全部聞かせて、と言った女が。俺は、これから聞くことを、どう語ればいいのか。まだ見当もつかなかった。


◇


ベテルは、語り始めた。


かつて、この大陸に、厄災戦争と呼ばれる戦があった。星の力をめぐる戦。空から降る星の力を、器に注ぎ、兵器として使う戦だった。国が、いくつも滅んだ。空が、幾晩も赤く燃えたという。星の力を注がれた器が、山を砕き川の流れを変えた。人が、器として使い潰され、使い潰されては、また新しい器が集められた。……ベテルの語る声は、淡々としていた。だが、その淡々とした調子が、かえって、その戦の長さと、むごさを伝えてきた。


「わしは」とベテルは言った。「その戦を戦った、一人だ」俺はその横顔を見た。皺の刻まれた、老人の顔。だが、その奥に、何百年分の戦火が沈んでいた。


「……何百年も前の戦を?」


「ああ」ベテルは、掌の火傷を見た。「わしは、その戦であるものを握った。星の力の核を。……握ってはいけないものを握った。だから焼けた。掌も。……寿命も」


その火傷を、俺は子供の頃から見てきた。丸い掌の中の痕。何百年も前の戦の傷が、今もこの男の掌で、赤く残っていた。


◇


「寿命?」


「星の力の核を握った者は、老いなくなる」とベテルは言った。「時が止まる。……祝福ではない。呪いだ。仲間は皆死んだ。戦が終わって歳を取って。……だが、わしだけが死ねなかった。何百年も」


俺は、その言葉を聞いていた。


六十年、老けない。老婆がそう言った。だが、六十年ではなかった。何百年。ベテルは、何百年もこの村にいた。老いずに。死ねずに。同じ小屋で。同じ囲炉裏の前で。村人が生まれ老い死んでいくのを、ずっと、見送りながら。


「――なぜ、この村に」と、俺は聞いた。


「隠れていたのだ」とベテルは言った。「わしの知識が、また戦を起こさぬように。星の力を器に注ぐ技。記憶をいじる技。……わしが作った技だ。だが、その技が教会に渡った」この辺境の小さな村。地図にも、はっきりとは載らない場所。ベテルはそこを選んだ。誰の目にも留まらぬように。自分の知識が、二度と戦の火種にならぬように。……何百年、この囲炉裏の前で身を潜めてきた。


◇


「あんた、作った技を。教会が使ってる」


「ああ」ベテルは頷いた。「わしは、戦を終わらせるために、その技を作った。敵の兵士の戦意を抜く。記憶をいじって。……殺さずに無力化するために。……良かれと思って作った」


良かれと思って。その言葉が、た出た。


「だが」とベテルは、続けた。「戦が終わって、その技は教会の手に渡った。教会はそれを子供を篩う道具に変えた。星視盤。〈星の間〉。……全部、わしの技が大本だ。わしが良かれと思って作った技が、今、大陸中の子供を篩っている」


◇


俺はめまいがした。


ベテルの技が、〈星の間〉の大本。俺が二年旅をして止めようとしてきた、あの篩いの。その、一番深い根が。目の前のこの育ての親だった。


囲炉裏で、山羊の汁を煮てくれた手。俺に、初めて弓を握らせた手。夜、名前を唱えることを教えてくれた、あの声。……その全部の持ち主が、大陸中の子供を篩う技の、作り手だった。


「……あんたは」と、俺は言った。「篩いを作った、張本人なのか。俺が、止めようとしてきた篩いを」


「そうだ」ベテルは、俺を見た。悔いの目で。「お前が二年、戦ってきた相手の大本はわしだ。……お前を育てた、しだ」


風が丘を抜けた。頂の木が低く鳴った。俺は言葉を失った。二年、追いかけてきた敵の顔が、育ての親の顔、重なっていく。その重なりを、受け止めるだけの言葉を、俺は持っていなかった。


◇


二年。


俺は、篩いと戦ってきた。教会の巡回を止め、記録を集め、子供を救おうとした。その、篩いの大本が。俺を育てた男。俺に、狩りを教え、名前を唱えることを教えた、ベテル。


俺は、篩いの作り手に育てられた。


篩いの作り手に育てられて。篩いと戦ってきた。


その皮肉が。胸を抉った。メルクで見た記録係の目。カルナの塩田の子。白い馬車に連れられた子供たち。トウルが、四回低く出て俯いた顔。……あの全部の、一番奥の糸が、この老人の手に握られていた。俺が救おうとした子供の数だけ、この男の作った技が、子供を傷つけてきた。二年分の旅の意味が、足元から、崩れそうになった。


「なぜ」と、俺は掠れた声で言った。「なぜ、俺にそれを隠してた。二年、旅立つ前。あんたは、俺を送り出した。篩いと戦うために。……なのに、あんたがその篩いを作ったなんて」


◇


「それを話すには」とベテルは言った。「もう一つ、話さねばならん。……なぜ、わしが、お前を育てたか」


「弟と母が死んで。俺が独りになったからだろう」


「それも、ある」ベテルは、目を閉じた。「だが、それだけではない。……わしが、お前を育てたのには。もっと深い理由があった」


ベテルは、目を開けた。


その目に、俺は初めて恐ろしいものを見た。愛情と。……何か別の渇きのようなものが。同居していた。


「まずお前が、なぜ空の器なのかを、話さねばならん。……それは、生まれつきではないリゲル」


生まれつきでは、ない。


俺は、ずっとそう思ってきた。生まれつき、星の力を持たない器なのだと。呪いのような、この体質は、生まれ落ちたときからのものだ、と。……だが違った。俺の空の器は。誰かが作ったものだ。あとから、手を加えて、空にされたものだ。そして、それを作ったのは。

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