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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第144話「二つの墓」


蓋が割れて。記憶が、なだれ込んできた。


頭が割れそうに痛んだ。だが、痛みの向こうから、映像が次々と蘇った。忘れさせられていた、一番古い記憶が。堰を切ったように。


俺は、膝をついた。木の下に。二つの墓の前に。


掌が、冷たい石をつかんでいた。その冷たさが、記憶を、引きずり出す錘のように、俺を過去へ沈めていった。目の前の墓が遠のいた。代わりに、遠い昔の光景が、目の裏いっぱいに広がった。今、この丘に立っている俺の体はそのままで、心だけが、十一年前の、この同じ丘へ引き戻されていく。


◇


見えたのは、丘だった。


この丘。子供の俺がここにいた。まだ五つか六つの。そしてその隣に。


もう一人いた。


小さな木の実だった。二人で、拾い集めた木の実を土に埋めて。芽が出るか、と。埋めたそばから掘り返して、まだ芽が出ないと笑い合った。その子の笑い声。俺と、同じ高さの笑い声。それが、耳の奥で鳴った。


誰だ。その子は誰だ。


◇


記憶が、進んだ。


冬だった。雪が降っていた。その子と俺は、熱を出していた。二人とも。同じ病で。……村に流行った、病だった。


母がいた。俺たちを看病する、母が。やつれた顔で。眠らずに。二人の子の額を冷やしていた。濡らした布の冷たさ。母の手の温かさ。それが、交互に額に触れた。


母。……セラ、ではない。セラは村の女だ。俺の母は。


顔が、見えた。


忘れていた、母の顔が。


◇


母は、泣いていた。


二人の子を看ながら。医者はいなかった。こんな辺境の村に。薬もなかった。ただ、雪と熱と母の涙だけが、あった。


そして。一人の子が。死んだ。


俺の隣で。同じ病で。俺とよく似た顔の、その子が。……冷たくなった。母が泣き崩れた。その泣き声を、俺は熱に浮かされながら、聞いていた。何もできなかった。手を、伸ばそうとしても、腕が動かなかった。同じ熱の中で、俺だけが生き残ろうとしていた。


その子は。俺の、双子の弟だった。名を呼ぼうとした。だが、その名が出てこない。蓋がまだそこだけを押さえていた。


◇


俺は、墓標に手を伸ばした。


二つの石。一つは小さい。子供の墓だ。……弟の。そしてもう一つは。


記憶が、また進んだ。


弟が死んだあと。母も倒れた。看病で疲れ果てて。同じ病をもらって。……母も死んだ。冬の終わりに。俺と、二つの墓を残して。


二つの墓。弟と母の。


五つの俺は、この墓の前に、毎日来ていた。弟と母を埋めた、この場所に。石に話しかけて。芽が出るのを待つように、二人が帰ってくるのを待って。……その記憶が掌から腕を伝って、胸まで上ってきた。


◇


俺は、墓の前で動けなかった。


忘れていた。全部。弟のことも。母のことも。この丘に、二つの墓があることも。……忘れさせられていた。誰かに。


忘れさせられた記憶の、縁が、ぎざぎざと鋭かった。自然に薄れたのではない。刃物で、切り取られたように。ハイレへ向かう道で気づいた、あの鋭い縁。それが、ここに全部あった。


俺は、顔を上げた。


ベテルが、そこに立っていた。二つの墓を見下ろして。悲しみとも、悔いともつかぬあの目で。


「――あんたが」と、俺は言った。声が、震えた。「あんたが消したのか。俺から。弟と母の記憶を」


「消した」とベテルは、静かに言った。


◇


「なぜ」と、俺は叫んだ。「なぜ、消した! 弟だぞ! 母だぞ! ……俺の、一番大事な。一番、忘れちゃいけない。その記憶を。なぜ、あんたが勝手に」


「お前が」ベテルは、目を閉じた。「壊れそうだったからだ」


「壊れる?」


「五つの子が。双子の弟と母を同じ冬に失った。……お前は、泣き止まなかった。何日も。飯も食わず。眠りもせず。ただ、弟と母の名を、呼び続けた。……このままでは、お前も死ぬと思った」


◇


ベテルは、目を開けた。


「だから、わしは」とベテルは言った。「お前から、その記憶を抜いた。弟の記憶を。母の記憶を。……そして、村の者からも抜いた。誰も、お前に、弟や母のことを思い出させないように。……お前が忘れて生きられるように」


俺は、その言葉を聞いていた。


二年、俺は、忘れることを恐れてきた。継ぐたびに失うことを。名を唱え、記録を残し、必死にこらえてきた。……その俺が一番古い、大事な記憶を、とっくに失わされていた。旅を始めるより、ずっと前に。


忘れさせられた。俺が、生きられるように。……ベテルは、俺を救うために、俺の一番大事な記憶を消した。


だが。


「――それは」と、俺は言った。「〈星の間〉と、同じだ」


ベテルの目が、動いた。


リタが、姉のリィナを忘れさせられたように。〈星の間〉の子供たちが、名前も過去も奪われたように。俺も、弟と母を奪われていた。


「教会が、子供から姉の記憶を消したのと。あんたが、俺から弟と母の記憶を消したのと。……同じじゃないか。良かれと思って。救うために。だが、勝手に。本人の許しもなく」


◇


ベテルは、答えなかった。


長い沈黙が、あった。丘の上を風が抜けた。木の葉が鳴った。


「……同じだ」と、やがてベテルは言った。「わしのやったことは、教会と同じだ。……いや。教会にそれを教えたのは、わしだ」


俺は、息を呑んだ。


「教会に、それを教えた?」


「ああ」ベテルは、俺を見た。「記憶を抜く技を。器をいじる技を。……全部、わしが教会に教えた。何百年も前に。……〈星の間〉の大本は、わしなんだリゲル」


風が止まった。丘の草も、頂の木も、音を立てるのをやめた。世界がこの告白のために、息を潜めたようだった。


俺は、ベテルを見つめた。この育ての親を。俺の記憶を消し、俺を救い、そして——〈星の間〉を作った男を。二年、俺が旅で戦ってきた篩い。その一番深い根が、この、白い髪の老人の中にあった。


「あんたは」と、俺は言った。声が、自分のものではないように、掠れていた。「一体、何者だ」


ベテルは、丘の上に立っていた。


六十年、老けない男。いや——もっと長く。何百年も、生きてきた何かが。


「――丘の続きを話そう」とベテルは言った。「お前が、なぜ空の器なのか。……その話をするには。わしが、何者かを話さねばならん」

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