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継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


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第131話「選ばれたい街」


二日歩いて、その街に着いた。


名の知れた街だった。ヴァンネスの地図には載っていなかったが、街道を行く商人が、口々にその名を言った。ハイレ。豊かな街だ、と。近くの銀山で栄えている。そして、教会の覚えがめでたい街だと。


街に入ると、たしかに豊かだった。石畳は磨かれ、家々の壁は白く塗られ、広場には噴水まであった。西の谷の、痩せた畑とは正反対だった。噴水の水が、日を受けて光っていた。水を飾りに使える街だ。ロウデでは、水一杯を巡って東西の岸が争った。この街は、その水を噴き上げて遊ばせている。豊かさの匂いが、石畳の熱と一緒に、街じゅうに満ちていた。


だが、俺は、すぐに妙な空気に気づいた。街の中心に盤が据えてある。三台。露天で。布もかけずに。


◇


盤が隠されていない。


メルクでもカルナでも、盤は市の日にだけ出された。普段はしまわれていた。器を測る道具は、どこか、後ろめたいものだった。人を篩う道具だからだ。


だが、この街の盤は、堂々と広場の真ん中に置かれていた。


その前に、列ができていた。広場の隅に立って、俺はしばらくその列を眺めた。列は途切れなかった。一組が終わると、また一組。親の顔には、緊張と期待が混じっていた。


親子の列だった。親が、子供の手を引いて、盤の前に並んでいる。順番を待っている。まるで、何か良いものをもらう順番を、待つように。


列の親たちは、皆、晴れやかな顔をしていた。子供の頭を撫で、身なりを整え、盤の前に立たせる。役人が水晶をかざす。目盛りが読まれる。高く出れば、親が周りに聞こえよがしに喜ぶ。低く出れば、親は、そそくさと子の手を引いて列を離れる。まるで恥じるように。


「――何の列だ」と、俺はコッツに聞いた。


コッツが、街の男に尋ねて、戻ってきた。その顔が困惑していた。


「兄貴。……あれ、検定を受ける列だ。自分から並んでる」


◇


「自分から?」


「ああ。この街じゃ、盤の検定は、いつでも受けられる。教会が、常駐の役人を置いてる。……で、親が子供を連れてきて、測ってもらう。高く出たら、大喜びだ。低く出たら、がっかりして帰る」


俺は、その列を見ていた。


メルクでは、子供が篩われるのを恐れていた。カルナでは、低く出た子が塩田に落とされた。白い馬車の町では、連れていかれるのを、名誉と思い込まされていた。


だが、この街は違った。


親が、自分から子供を差し出している。測ってくれと。高く出れば誇らしい。連れていかれれば、名誉。……篩われることを、恐れていない。篩われることを望んでいる。


◇


その夜、宿で、街の主人が事情を話してくれた。


二十年前、この街から一人の子供が高く出て、リディアに連れていかれた。その子が、出世した。教会の、高い位に就いた。そして、故郷のこの街に多額の寄進をした。銀山の権利を、街に有利に取り計らった。街が豊かになったのは、その子のおかげだ、と。


「――だから、この街は」と、宿の主人は、誇らしげに言った。「教会に、子を差し出すことを名誉とするのです。高く出た子は、街の宝。リディアに行けば、いつか街に恩を返してくれる」


「その子は、今も生きてるのか」と、俺は聞いた。


「無論。……いや」宿の主人は、少し口ごもった。「実は、十年前から音沙汰がない。じゃが、高い位の方はお忙しい。便りがないのは良い便り、と申します」


◇


便りがないのは、良い便り。


白い馬車の町の、老人と同じ言葉だった。連れていかれた子は、手紙を寄越さない。だが、それは忙しいから。偉くなったから。……そう信じている。


だが、この街が違うのは。


白い馬車の町は、信じ込まされていた。この街は信じたがっていた。


一人の子が、出世して街に恩を返した。その、たった一つの成功例に、街全体がしがみついている。うちの子も、あの子のように。差し出せば、いつか、恩を返してくれる。だから差し出す。喜んで。


篩いが希望になっていた。


希望になった篩いは、恐怖の篩いより、たちが悪いかもしれない。恐怖なら、逃げようとする者がいる。だが、希望は、皆が自分からその中へ入っていく。誰も逃げようとしない。


◇


ニラが、手帳を開いた。


「――この街のことも、書くのか?」と、俺は聞いた。


「書く」ニラは言った。「でも、これは難しい。……今までの街は、篩いに苦しんでた。私の記録は、その苦しみを証明するものだった。でも、この街は篩いを喜んでる。私が、連れていかれた子の末路を見せても」


「喜びを、壊すだけか」


「うん」ニラは、頷いた。「白い馬車の町では、疑いの種があった。手紙が来ないって。だから、私の記録が効いた。……でも、この街は疑ってない。疑いたくない。私がマナの記録を見せても、そんなのは他の街の話だ、うちの子は違う、って言うだけ」


◇


俺は、その列を思い出していた。


親が、子の手を引いて、盤の前に並ぶ。喜んで。誇らしげに。


あの親たちに、ニラの記録を見せたら。連れていかれた子の多くが行方知れずだと、教えたら。


きっと、こう言う。うちの子は、違う。うちの子は、あの出世した方のようになる。


希望を持つ人間から、希望を奪うのは。苦しみを証明するより、ずっと難しい。


「――どうする」と、ガロが聞いた。「この街には、篩いに苦しんでる奴は、いねえ。助けを求めてる奴も、いねえ。……なら、俺たちの出る幕は、ないんじゃねえか」


俺は、答えられなかった。


◇


だが、その夜、俺は、眠る前に一つ引っかかっていた。


高く出た子は、喜ばれる。では、低く出た子は。


列に並んで、盤に低く出た子は。がっかりして、帰ると宿の主人は言った。その子はどうなる。


街が、高く出た子を宝とするなら。低く出た子は宝ではない。この街の希望の裏側に。低く出た子の、居場所はあるのか。


昼間、列を離れていく親子を、何組か見た。低く出た子の手を引く親は、皆、足が速かった。周りの目から、逃げるように。子供の方は、何が起きたのか、分からない顔をしていた。ただ、親が急ぐから、一緒に、小走りになっていた。


篩いを喜ぶ街。その街で篩いに漏れた子。


明日、それを確かめようと思った。希望の街の、その影の部分を。

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