↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継承者は忘れていく ~才無しと蔑まれた狩人は、敵を狩るたび最強に近づき、大切な記憶をひとつずつ失っていく~  作者: あおあお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
122/157

第122話「六人の名」


白い馬車は、昼過ぎに来た。


街道の向こうから、二頭立ての白い車体が、ゆっくりと近づいてきた。屋根に教会の紋。御者のほかに、灰色の外套の男が二人。そして、車内にもう一人。


町の広場に、子供たちが並んでいた。晴れ着を着て。親たちがその後ろに。名誉の日を迎える顔で。


だが、その顔に、昨夜までとは違う影が差していた。顔役の老人が、夜のうちに幾人かに話したのだ。手紙のことを。マナのことを。完全には信じていない。だが、疑いの種は蒔かれていた。


俺は、広場には入れなかった。盤が三台、据えられている。近づけば鳴る。だから、広場の外れの建物の陰から見ていた。


ニラが、俺の目になった。カルナのときと同じだ。


◇


馬車が止まった。


車内から、男が降りた。灰色の外套。だが、検定士ではなかった。もっと身なりのいい、恰幅のある男。巡回を仕切る、監督官らしかった。


監督官が、広場を見回した。慣れた様子で。何十もの町で同じことをしてきた顔で。


「――星辰教会の名において」男が、朗々と言った。「本日、この町の器の検定を行う。適性を示した子は、聖教国リディアにて学びの機会を与えられる。名誉なことである」


拍手が起きるはずだった。例年なら。


だが、今年は、広場が静かだった。


監督官が、わずかに眉を寄せた。


◇


顔役の老人が、進み出た。


「――監督官どの。一つ伺いたい」


「なんだ」


「この町からは、六年で六人が選ばれました。名誉なことと思うております。……ただ、その六人が今、どこで何をしておるか。教えていただけますか」


監督官の表情が、動いた。ほんの、わずかに。


「……子細は、教会が管理しておる。案ずるな。皆、健やかに学んでおる」


「名前は」


「なんだと」


「六人の名を。今、どこの学び舎におるか。一人ずつ教えていただければ、親たちも安心します」老人の声は、丁寧だった。だが、退かなかった。「偉い人になっておるなら。学び舎の名も、住まいも、あるはずです」


監督官は、答えなかった。


一拍。二拍。


その沈黙が、広場に広がっていった。


◇


「――記録は」監督官が言った。「教会の機密である。個々の、子供の所在を、いちいち、町人に明かす決まりはない」


「決まりはなくとも」老人が言った。「生きておるかどうかくらいは、言えましょう。……六人、全員が生きておりますか」


「無論だ」


「では、一人でいい。一人の名を挙げて、その子が今、どこにおるか。……それだけ教えてくだされ」


監督官の額に、汗が浮いた。昼の日差しのせいでは、なかった。


◇


そのとき、ニラが動いた。


建物の陰の、俺の隣から、広場へ。手帳を抱えて。監督官の前へ、歩いていった。


「私が、代わりにお答えしましょうか」と、ニラは言った。


監督官が、この見知らぬ女を見た。


「私は、記録者です。二年、大陸を旅して、選ばれた子供たちのその先を追ってきました。……教会が追わないものを。ここに書いてあります」


ニラは、手帳を開いた。


「メルクのマナ。八歳。街道で死亡。リディアには着いていません。カルナから上納された、二十年分の子供たち。行方、記録なし。……教会は、選んだ子のその先を記録していません。連れていってそれきりです」


「――でたらめを」監督官が、声を荒げた。


「でたらめかどうかは」ニラは、静かに言った。「あなたが、この町の六人の名と所在を言えば、証明できます。……言えないなら、私の書いたことと同じです。教会はその先を知らない」


◇


監督官は、ニラを睨んだ。


それから、灰色の外套の二人に目配せした。この女を排除しろ、という合図。二人が動こうとした。


だが。動けなかった。


広場の空気が、変わっていた。親たちが、子供の手を引いて後ずさっていた。晴れ着の子供を抱き寄せて。名誉の日は消えていた。代わりに、疑いと恐れが広場を満たしていた。


ここで女を力ずくで排除すれば。それは、女の言葉が正しいと認めることになる。


監督官には、それが分かっていた。


「……この町は」監督官が、低く言った。「教会に盾突くのか」


「盾突いておりません」老人が言った。「ただ、六人の名を聞いておるだけです。それに答えられぬのは、……教会の方ではありませんか」


◇


監督官は、長い沈黙のあと言った。


「――今年の検定は見送る」


広場が、ざわめいた。


「この町は、器の機が熟しておらぬ。また来る」


それは退却だった。名を答えられなかった監督官の、精一杯の面子だった。器が熟していないという言葉で、この町を諦める。今日は、一人も連れていかずに。


白い馬車が、向きを変えた。


来たときと同じ、ゆっくりとした速さで。だが、車輪の音は来たときより急いていた。馬車が街道の向こうへ消えるまで、広場の誰も、口をきかなかった。


◇


馬車が消えた。


子供たちが、晴れ着のまま立っていた。連れていかれなかった子供たちが。何が起きたのか、分からない顔で。だが、親たちは分かっていた。我が子が今日、連れていかれずに済んだことを。


顔役の老人が、ニラのそばに来た。


「……あんたの書いたものは」老人が言った。「本当か」


「本当です」ニラは言った。「でも、この町の六人がマナと同じだとは、書いていません。分からないからです。……ただ、教会がその先を追っていないことだけは、本当です」


「六人は、どうなる」


「分かりません」ニラは、正直に言った。「もう連れていかれた子は、私にも追えない。……でも、これから連れていかれる子は、いなくなりました。今日、この町では」


老人は頷いた。それから、深く頭を下げた。ニラに。そして、建物の陰の俺たちに。


◇


その夜。


隊は、町の中の宿に泊まった。盤は、監督官が馬車に積んで去った。町から盤が消えた。だから、俺も久しぶりに、町の中で眠れた。


ニラは、手帳を開いていた。


今日のことを、書いている。白い馬車が来て、去ったことを。六人の名を、監督官が言えなかったことを。検定が見送られたことを。


「――一つの町を、止めた」と、俺は言った。「二百のうちの一つだ」


「うん」ニラは、書きながら言った。「でも、一つ止めた」


「あと、百九十九、ある」


「なら、百九十九、書く」


ニラのペンは、止まらなかった。


二年前、ヴェルデの窓口で旅券に判子を押していた女が。今は、教会の巡回を一つ、止めていた。記録一つで。剣ではなく。


俺は、それを見ていた。


継がずに獣を止めた昨夜と。書くことで巡回を止めた今日と。どちらも、奪わずに勝っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。