第117話「白い馬車」
新しい街の話となると、めちゃくちゃ書けますね笑
ロウデを出て、七日が過ぎた。
川の街を離れると、道はまた上りになった。橋番の街は川底の窪地にあり、そこを出れば、どちらへ向かっても坂になる。隊は北東へ坂を登った。次の街の名は、まだ聞いていない。ヴァンネスの古い地図に、この先に大きな町が一つあると記されているだけだった。
坂を登るほど、風が乾いていった。川の水気が抜け、代わりに乾いた石と、人の暮らしの匂いが、遠くから流れてくる。何百人分もの煮炊きの煙。家畜。踏み固められた道。狩人の鼻は、まだ見えない町を、匂いで先に捉える。足の裏に伝わる地面も、いつの間にか、土の柔らかさから、道の硬さに変わっていた。
旅は、以前より遅くなっていた。人が二人増えて、荷も重い。シオと、その分の飯。リタの荷物も、少しずつ増えていく。子供は拾ったものを捨てないからだ。石や鳥の羽や、割れた陶片が、荷台の隅に溜まっていった。ガロは何も言わずに、その隅を空けておく。減らすのはもうたくさんだ——そう言った男の荷台だった。
シオの手は、少しずつ開き始めていた。ミレアが毎晩、湯で温めては、指を一本ずつ伸ばす。塩で固まった腱はすぐには戻らないが、七日で、小指と薬指がわずかに動くようになった。シオはそれを、不思議そうに見ていた。自分の手が自分の言うことを聞くのを、初めて知ったという顔で。
◇
八日目の昼、隊は丘の上から、その町を見た。
ロウデの三倍はある、大きな町だった。石壁が町を囲み、中央に、白い尖塔が立っている。天辺で何かが、日を受けて光っていたが、銀か硝子か、遠くて分からない。
「——教会だ」とヴァンネスが言って、隊が止まった。
「尖塔のある町には、教会がある。教会があるということは」老兵は目を細めた。「巡回が来る町だということじゃ」
コッツが、いつものように先に町へ入った。二刻で戻る約束だった。
◇
待つあいだ、俺は荷馬車の陰から町を見ていた。
盤があるかどうかは、まだ分からない。だが、教会がある町なら、巡回の日には盤が出る。出れば、俺は入れない。ロウデは盤のない町だったから中を歩けて、久しぶりに街の空気を吸えたが、この町はたぶん違う。
風向きが変わるたび、町の匂いが強くなった。祭りの前のような油と、新しい布の匂い。子供を送り出す支度の匂いだ。狩人は、獲物の気配だけでなく、罠の気配も嗅ぐ。この町全体が、明日一つの罠になる。
リタが隣に来た。
「おにいちゃん」
「ああ」
「あの、とがったの、なに」
「教会の塔だ」
リタはしばらく、それを見ていた。塔の天辺の光が、風に雲が動くたびに、瞬いて見えた。それから聞いた。
「リタの、いたところにも、あった?」
俺は答えを選んだ。リタがいた場所——リディアの〈星の間〉。あそこにも塔はあった。大聖堂の、高い尖塔が。あの子はその地下で澱を注がれ、姉の記憶を失った。
「……あった」と俺は言った。
「そう」
リタはそれ以上、聞かなかった。覚えていないからだ。塔を見ても、何も痛まない。あの子の中では、あの場所はもう消えている。痛まないことがいいことなのか、俺には分からなかった。
◇
コッツは、二刻きっかりで戻ってきた。
だが、いつもと様子が違った。走ってきていないのに、息が上がっている。この小僧が、そういう戻り方をするのは、拾った話が重すぎるときだ。
「兄貴。……この町、まずい」
「盤があるか」
「ある。三台。教会の直営だ」コッツは水を飲んだ。「それだけじゃねえ。巡回が三日後に来る。白い馬車だ。……町中が、その支度をしてる」
隊の空気が固くなった。
白い馬車。教会の巡回。噂には聞いてきた。メルクでは記録係を通して、カルナでは商人組合を通して。だが巡回そのものを、俺たちはまだ見ていない。
「支度、というのは」とヴァンネスが聞いた。
「子供を集めてる」コッツは低く言った。「適齢の子を、教会の広間に。三日後、白い馬車が来たら、その場で検査する。高く出た子は、そのまま馬車に乗せられて連れていかれる。……親は、名誉なことだって顔で見送るんだ。行った先で学を付けてもらえる、偉い人になれる、そう聞かされてる。誰も疑ってねえ」
「疑わないのか」とミレアが言った。
「疑う理由がねえもの」コッツは肩をすくめた。「連れていかれた子は、手紙一つ寄越さねえ。だがそれは、偉くなって忙しいからだと、みんな思ってる。……戻ってこないのが、いい報せだと思われてる町だ。ここは」
◇
俺は、その話を聞いていた。
メルクと同じだ。選ばれることが、名誉ということになっている。カルナと同じで、子供が篩われる。だが一つ、違った。ここには、トゥーレのような記録係も、カルナのような商人組合もいない。教会が、直接、来る。
白い馬車が来て、子供を測って、連れていく。間に、誰も挟まっていない。篩う者と篩われる者が、じかに向き合う。二年、避けてきた場所に、俺たちはとうとう着いたのだ。
「——どうする」とガロが聞いた。
俺は、すぐには答えなかった。三日ある。三日で、何ができるか。カルナのように盤を潰すか。だが、カルナの盤は商人のものだった。ここは教会の直営で、潰せば教会が動く。潰さなければ、子供が連れていかれる。
考えていた、そのときだった。
◇
器の底で、あの一滴が疼いた。
二年、時々こうなる。聖騎士を殺しかけたとき、スピカの澱が近くにあるとき、器の底に残った一滴が、何かに反応する。だが、今日のは違った。いつもより強く深い。奥歯の裏に、冷たい針を刺されたようだった。それが、頭の芯へ細く長く伸びてくる。継いだ器の底に沈んだ一滴が、俺の意思とは無関係に、身をよじっている。二年、飼い慣らしてきたはずのものが、今夜だけは、俺の言うことを聞かなかった。まるで遠くの何かが、この滴を呼んでいるようだった。
俺は、北東の空を見た。町の向こう、まだ見えないその先に、何か大きなものがいる。
二年前、スピカが地の底から上ってきたとき、俺の器はこんなふうに疼いた。あのときは、二年かけて、ゆっくり近づいてきた。今度のは違う。もっと速く、もっとまっすぐ、こちらへ向かっている。
何が、それを呼んだのか。考えて思い当たった。盤だ。三台の盤が、この町にある。器を測り、空の器に反応する道具。二年前、スピカは空の器である俺に引かれて、上ってきた。なら、盤もまた、同じものを呼ぶのではないか。大陸中に置かれた器を測る道具が、地の底に溜まった澱を、少しずつ揺り起こしているのではないか。
「……坊主。どうした」ヴァンネスが、俺の顔を見て聞いた。
「——分からない」と俺は言った。「だが、この町に来るのは、白い馬車だけじゃないかもしれない」
滴が、もう一度疼いた。北東の空の下で、何か大きなものが、確かにこちらを向いていた。




