57 好奇心は身を滅ぼす?
心の動揺を隠して平静を装い、リクを引っ張ってお店の隅に行った。
向こうでは夢中で、カイトとソラがお互いの将来について話していた。ホルンが相談役になっているみたいだ。私はそれを横目で見ながら、リクに小声で聞いてみる。
「リク、その話を詳しく聞きたいでしゅ」
リクもチラッとカイト達の様子を窺ってから、声を潜めた。
「あのね、宿屋の娘さんでね、アンが落としたお財布を、ソラが一緒に探してあげたんだ」
「アンちゃんって言うのね。いくつでしゅか?」
リクは少し考えるように首をひねった。
「たしか、カイトより年上かな?」
つまり11歳か12歳っていうこと?
「ソラより年上じゃないでしゅか……」
やっぱり若いうちは年上の女の子に惹かれるのかしら……。
「年上とかって、あまり関係ないと思うけどさ」
「そうでしゅか? 先に死にましゅよ」
私が言うとリクはおかしそうに口角をあげた。
「じゃあ、ちょうどいいじゃん。女性の方が長生きするって言うから」
そうか、そう言われてみればそうよね。私も年下狙いがいいわね。しかし、3歳の年下となると、生まれていない可能性もあるわ。う~ん難しい。
そんなことは置いといて、ソラの彼女を見てみたい。
「アンちゃんでしゅか? 見てみたいでしゅ」
「じゃあ、行きましょうか?」
「いいの?」
リクが頷く。私はお店を見回した。みんな忙しそうに働いていて、ウィズは新作の魔道具に使う魔石を買いに行っているしクーガは馬の世話をしている。今がチャンスかもしれないわ。
私はリクとこっそり店を出た。入り口で掃除をしているウォルフにはちゃんと挨拶をする。リクに手を引かれてトコトコと王都の街を歩きだした。
リクは慣れたもので人々の間を上手にかいくぐっていく。私は何人かの人にぶつかりそうになった。そのたびにリクが上手くかわしてくれた。
いくつもの街角を曲がって大きな建物の前までやってきた。
「ここだ、そのうち入り口から出て来るから」
「大きな宿でしゅね」
「ああ、凄いよな」
入り口がよく見える向かいのお店。その看板の陰にリクと2人でしゃがみこんだ。馬車が停まって、宿泊客が降りて来ると、宿屋の中から人が現れて、荷物を降ろすのを手伝っていた。その中に茶色い髪をしたおさげの女の子がいた。
「あの子、でしゅか?」
「そうだよ。可愛いよな。この宿屋の姉妹で、姉が1人いるんだ」
「姉はここを継ぐんでしゅか?」
「もめているらしい」
リクの説明によると、姉は恋人が出来て一緒に隣国へ行きたいらしい。宿屋はやりたくないって、自分のお店を持ちたいんだって。なるほどね。将来もめなければソラは逆玉の輿だわ。
「ソラは、あの子が好きなんでしゅよね?」
リクは頷きながらも何か言いたそうに私を見る。何か問題でも?
「ソラは、アンが好きなんだが、アンは最初はカイト狙いだったんだ」
「カイト? でしゅか?」
リクは頷くと先を続けた。
「カイトは騎士団に入りたいから、宿屋にも、女にも興味ないって」
女にも興味ないって……。
まだ10歳だから先のことはわからないよね?
「決めるのは、まだ早い……っ」
んっ……ぐっ……。
「お嬢!」
後ろからいきなり口を塞がれたと思いきや、リクが誰かの足にしがみついた。
「お嬢を、離せ!」
なに!?
後ろから私を抱き上げた男が足を振り上げるとリクが蹴り飛ばされた。私は必死で目の前の手にかぶりついた。汚い手なんて言っている場合じゃないわ。
「痛ってぇなっ、おとなしくしやがれ」
いきなり腕を解かれて、ドサッと地面に転げ落ちた。
痛いのはこっちよ!
見ればフードを深くかぶった男が私に向かって手を振り上げようとしていた。
ここは、急所を狙うしかないよね。
素早く体勢を整えると、男の股間めがけて頭突きする。
「うぉっ!」
ちょっと痛そうに体を曲げた。その隙に私は急いでリクの方へと走り寄ろうとした。前かがみになっていた男が私に手を伸ばしてくる。むんずと背中を掴まれ、足が宙に浮いた。
人攫い……。そんな単語が頭をよぎる。
「この、クソガキっ!」
そう言ったかと思うと、急に男の手が離されて再びドサッと下に落ちた。
「ぐあっ……」
男のくぐもったうめき声と、衣擦れの音が聞こえた。
痛ったたた……。
お尻をさすりながら見上げるとウォルフと目が合う。ウォルフは素早く男の手を後ろに回した。
「クソガキとは聞き捨てなりませんな」
あっという間に、ウォルフが男の首筋にナイフを突きつけた。
「お嬢、怪我は?」
私は首を振る。
震える手でリクを指さした。
「ウォルフ、そいつを渡せ。俺が始末をつける」
屋根の上から、クーガが飛び降りてきた。
「姫様、黙っていなくなるのはなしですよ」
後ろからフワッと体が浮き上がり、ウィズが抱き上げてくれた。クーガもウィズも来てくれたんだわ。
ピイッー!
笛が鳴り響き、騎士が向こうから駆けて来るのが見えた。
「ウォルフ、後を頼む。クーガはリクを」
ウィズが言うとクーガはリクを抱き上げ、ウォルフと犯人を残したまま、私達はその場を後にした。
お店に戻ると皆が険しい顔をしていた。
「姫様、1人で出歩いたらダメです」
ホルンが怖い顔で私を見るからウィズの陰に隠れる。
「1人じゃないでしゅ……」
リクも一緒だったし。
ホルンは大きくため息をつく。
「姫様は目立つんだ」
ウィズが私の頭を撫でてくれた。
「目立つの?」
「ああ、髪の色と目の色が珍しいから、人攫いには格好の獲物なんだ」
えっ? 私の髪色は珍しいんだ……。ここは異世界だから普通なのかと思っていた。
だから、いつもレオンがフードを深くかぶせたり、マフラーをぐるぐる巻いていたんだわ。急いでマントのフードを深くかぶる。
「今かぶってもダメですからね」
ウィズが私の頭に手を置いた。
何事も、遅すぎることはないと思う。でも、今回は反省の余地ありだよね……。しょんぼりとうなだれた。
「俺達に手を出すとどうなるか、思い知らせないとな」
ケルンが呟けば皆が頷いた。
「お前ら、わかっているんだろうな」
ホルンがクーガとウィズに言う。2人は神妙な顔で頷いた。
何か、あるの?
私がウィズの顔を窺うとウィズは肩をすくめた。
「姫様の知らなくていい事です。俺達の不始末なんで」
「ああ」
クーガも短く答えた。
ダンッ! ナイフがクーガとウィズの足元にそれぞれ刺さった。
えっ!? これって、この間母屋の床に刺さったナイフと同じ?
私が驚いて振り返ると、もう2人の姿はなかった。
ケルンが私を抱きあげた。
「お屋敷に戻りますよ」
「クーガとウィズは?」
「お仕置きです」
「は?」
お仕置き?
なぜ?
お屋敷に戻ると、ギンが駆け寄ってきた。
「姫様! 怪我は?」
ギンはケルンに聞く。ケルンは黙って首を振った。
ギンが私を引き取ると部屋でお茶を入れてくれる。
「もう、大丈夫ですからね。ジンジャーミルクティーにしましたよ」
ギンの過保護な雰囲気に甘えたくなって首を振った。
「りんごの方がいいの」
私が言うとギンは一瞬固まった。しまった! と言うように頭に手をやると、急いでティーワゴンの下を探る。袋から取り出したのはりんごチップスだ。
ギンはりんごチップスをミルクティーに浮かべると、私の前に持ってくる。その様子が何だか滑稽で可笑しかった。
「りんごチップスが入っていますよ」
木のスプーンでかき混ぜると、ふう~ふう~してくれる。
まるで、赤ちゃんみたいじゃない。みんな過保護すぎるよね。
甘やかされるのはちょっと、気持ちいいけど、あんまりすぎると面白くない。自分で出来るしね。
それより、リクは大丈夫だったかな。
「リクは、怪我しなかったの?」
「ああ、リクは唾つけときゃ治ります」
ギンは興味なさそうに言う。
たいしたことなかったのかな? ならいいんだけどね。
でも、もっと、話聞きたかったのに……。
いつの間にかみんなおませさんで、お姉さんはびっくりでしたよ。
その日、レオンはお夕飯に帰ってこなかった。




