56 将来を誓い合ったらしい……。
「ジェラルド、父上のところへ行くのか」
廊下の向こうから兄上が僕を見つけて片手をあげた。
胸に手をやり臣下の礼を取る。
僕の髪は亡き母に似て銀色だけど兄の髪は父と同じチャコールグレーだ。
3つ年上の兄上が16歳になられてからは、挨拶は兄弟でもちゃんとしなければと、僕の中でけじめをつけた。
「不審者に狙われたというのは本当か?」
兄上が心配そうに眉根を寄せられた。
「不審者がいたのは本当ですが、僕が狙われたかはわかっていません。いずれにしろ大事には至りませんでした。優秀な影達がいるので」
僕は含みを持たせて言う。兄上は知らない。個人で影を従えている者がいるのを。
「確かに、王国の影が捕らえたと聞いている。さすがだな」
兄上は王国の影がいかに優秀なのかを自慢げに語りだした。もし、その辺で影が聞いているのなら恥ずかしくて穴にでも入りたいだろう。何もしていないのだから……。
「兄上も、父上にご報告ですか?」
兄上は少し照れくさそうに頭をかいた。
「ああ、婚約者候補達とのお茶会が本格的に始まったからな」
なるほど、そういうことか。
この国では幼い頃に婚約者を決めるのを止めたのだった。幼い約束では、成長してから揉めることが多かったらしい。家同士の釣り合いは取るが、本人の意向も大切にして、色々な相手と相性を見るのが今のやり方だ。特に王族は20歳までに決めればよいことになっている。
「お茶会は楽しいですか?」
僕の言葉に兄上は首を振った。
「真実の見えないお茶会など、腹の探り合いだ」
そう言って、自嘲的に口角をあげた。
「まっ、いずれ、お前もだ」
兄上は僕の肩をポンと叩いた。
僕は苦笑いをする。王族の義務はわかってはいる。
それから大きくため息をついた。頭をよぎるのは絡みつくような女性の視線だ。
小さい頃は特に苦手だった。僕を見て、ぽっと赤くなり、下を向いたかと思えば上目遣いに窺ってくる。その姿を見れば、全身に鳥肌が立った。
その理由がわかったのは僕が10歳を迎えた時だった。
王妃様の侍女が着替えの時に『綺麗ね……』と耳元でささやいた。瞬間、ぞっとした。あの絡みつくような視線の意味を知ったのだ。
僕には侍女を見張ってくれる母がいない。王妃様には言えなかった。
兄上に相談すると、絶句された。
兄上はそれとなく侍従へ言ってくれて、それ以来、僕達の離宮は女性禁止になった。
女性は気色悪い。それが僕の本音だ。まあ、今は顔に出ないぐらいにはなったがな。
父上にアストリア公爵令嬢の頬のケガを報告すると、隣にいた兄上が、僕の上着を引っ張った。
んっ? 何なんだ、子供じゃあるまいし。父上の書斎を出た途端兄上が僕の肩を掴んだ。
「お前、女性が苦手だったんじゃないか?」
兄上の真剣な顔を見て、ああ、そういうことかと思った。あの子を女性とは……。
「まだ、3歳の子ですよ。女性には見えません」
兄上は考えるように眉根を寄せた。
「いや、アストリア公爵令嬢と言えば、確か8歳位じゃないか?」
「それは、姉の方です」
あの子を虐めた、母と姉などには興味がないどころか、むしろ許せない気持ちだ。
「ふむ……。妹の方はお前の目に適ったのか……」
「成長が楽しみではあります」
そう、商才といい、鉱山に竜や影達まで従えているからな。
「しかし、まだ、3歳か……」
兄上は、なんか誤解しているな。まっ、誤解を解くのも面倒だ。兄上が知る必要もないことばかりだしな。
「そんなことより、この間、チーズバーガーを食べましたよ」
さりげなく話題を変える。
「おお、そうか、美味いか?」
兄上が興味津々で目を輝かせるから、僕はたっぷりと話を聞かせてあげた。
次回はお土産に買ってきてあげることにした。僕と違って、兄上はなかなか忙しい。王妃様の監視の目もきついのだ。『お年頃だから、羽目を外されると困ります』とよくおっしゃっている。
その分、僕は助かっている。自分で言うのもなんだが、真面目で優秀で通っているからな。
「よし、ジェラルド、手合わせをするぞ」
そう言って走っていく兄上を急いで追いかけた。
手加減しないとな……。やれやれ。
♢ ♢ ♢
3歳の日常は基本ヒマだ。
私は朝食を食べると、本を読み、午後からはテッドの買い出しの荷馬車に乗って街に出る。最近はクーガやジャック、ウィズが一緒のことが多い。クーガが荷馬車を走らせて、後ろにウィズやジャックと乗るんだ。レオンは訓練と称してどこかへ行っていた。
最近は街の治安も良くなったから、レオンは羽を伸ばしている。きっちりお夕飯には戻ってくるところを見ると、腹時計は正常に動いているみたい。
カステラ屋に行くと、ひよこ組の3人が何やら相談をしていた。
「何の相談でしゅか? ルリアも聞くでしゅ」
私が言うとカイトが恥ずかしそうに鼻の下をこすっていた。
「お嬢、カイトが騎士になりたいって、どう思う?」
ソラが真剣な顔で聞いてきた。
騎士か……。ちょっと考えてみる。勇敢なカイトには向いているかもしれないわ。3人の中で一番大きいし、身体能力もすぐれているから。
「いいと思いましゅ」
私が言うとカイトが嬉しそうに話し出した。
「最近騎士団のお使いで来る、アルト様に褒められたんだ。筋が良いって」
「そうなのでしゅか? アルトさん?」
「いつも、お昼にハンバーガー買いに来る騎士の人だよ」
ソラが教えてくれた。そうか、ハンバーガーショップを始めてから、騎士団の人が買いに来ることが増えたんだ。そうしたら、そのうち、冒険者になりたいっていう子も出て来るんじゃないかしら?
「冒険者は? どうでしゅか?」
「冒険者はちょっと……やっぱり、お給料制の方がいいな。冒険者だと出来高制だからな」
「およっ!」
カイトの言葉に思わず変な声が出た。しっかりしてるじゃないですか。お姉さんは負けそうだ。
「それに、いつか、お嬢の騎士になりたいんだ……」
私は皆が急に大きくなったような気がした。動揺しすぎて、カイトが小声で呟くのは聞き逃した。
「んっ? 何か言ったでしゅか?」
「そうだよ、何も獲れなくてもご飯食べられるんだ、しかもちゃんと屋根のある所で寝られる」
ソラも続けて口を開いた。
「ソラも将来は騎士になるんでしゅか?」
ソラはちょっと赤くなって首を振った。違うの?
でも何なのその雰囲気は? 照れているよね……。
「ソラは彼女が出来たんだ」
リクの言葉にもっと変な声が出た。
「およよっ!」
彼女……ですか……。最近のちびっこは恐るべし。交際はどこまで行っているんだろうか……。お姉さんとしては知りたい。
「えーと、ソラは、どこまで進んだんでしゅか……」
Aとか……いや、これ以上は聞かない方がいいのか、でも小学生ぐらいだと、手をつなぐぐらいなのか……。いろいろ考えていると、リクが私にとどめを刺してくる。
「将来を誓い合ったらしい……」
私は絶句して、しりもちをついた。
それって……。
あ、相手はいくつなの……?
――お姉さんは完敗……だよね。




