50 食べ物の恨みは恐ろしいのだ
気がつくと朝だった。
ギンの薬が効いたのか、熱もないし、ほっぺのひりひりも収まっていた。さすが、ギンだわ。
ぎゅぅるるる~とお腹が鳴った。
(お腹すいたー)
むっくりと起き上がる。
お部屋には誰もいなかった。まだ早いのかな? しめしめと思いながら、そっと部屋のドアを開ける。レオンもいない。
よしっ! トコトコと厨房を目指した。やっぱりお肉が食べたい。
中庭を横切って野菜を運んでいるウィズが目に入る。
今朝、畑から取れたばかりの野菜たちだ。
箱からは真っ赤なトマトが覗いている。美味しそう。
じゅるっ、おっと、いけない、よだれが出ちゃう。建物の陰からウィズに手招きをする。
私に気が付いたウィズが、笑顔になると、足早にこちらにやってきた。
「姫様、おはようございます」
「ウィズ、お話があるでしゅよ」
私はウィズを引っ張ると隅に連れていく。ウィズは箱いっぱいの野菜を持ちながらついてきた。
「今日のメニューは何でしゅか?」
声を潜めて、用心深く聞いてみる。周りには誰もいないわ。
「今日は、野菜スープとパンだったかな? 消化に良いものが良いっていう話です」
私の周りを伺う様子を不思議そうな顔で見ながら、ウィズが教えてくれる。
「ウィズ、それは敵の策略でしゅ」
「えっ……敵?」
ウィズは一瞬で、真面目な顔になると、サッと周りを警戒する。それから、首を傾げた。
「誰も、ここにはいませんが……」
私は首を振った。
「私達を陥れるんでしゅ」
ウィズに耳打ちする。
「陥れる? 誰がですか?」
「しっ、ウィズ、声が大きいでしゅ。ハニートラップでしゅよ!」
私は人差し指を立てて自分の口へ持っていった。
「えっ? そんなのにひっかかったやつがいるんですか?」
私はウィズの目を真っ直ぐ見ると頷いた。
「名誉のために名は伏せましゅ」
「あっ、ああ……一体誰だ? まさかな……」
野菜の箱を抱えたままウィズはしばらく考え込んだ。
思いあたる人いるんだ……。後で教えてもらおうかな?
「本題でしゅ。今日は私の朝食にはお肉が必要です」
「えっ! あっ、お肉ですか?」
「みんなにばれないように持ってくるのが任務でしゅ。これもハニートラップにかからないためでしゅよ」
「ハニートラップに? ですか?」
「肉とハニートラップに何の関係が……。姫様のお告げか? 誰かの目を欺くってことか……」ウィズは眉根を寄せてぶつぶつ言いながら考えていた。
「この任務は、出来ましゅか?」
真剣なまなざしをもう一度ウィズに向ける。穴が開くぐらい見つめた。
「姫様の本気は受け取りました」
ウィズが今度はしっかりと頷いた。
「スタンプ2個あげましゅ」
ウィズの瞳がキラリと輝く。
「成功間違いありません」
ウィズの言葉に私は大きく頷くと、ウィズと拳をぶつけたのだった。
うきうきとお部屋に帰る途中、レオンに遭遇した。何気ない振りをして挨拶をする。通り過ぎようとしたらつまみ上げられた。
「怪しいな?」
へっ? 私が怪しい動きなんかしているはずがない。
「くせもの? でしゅか?」
素知らぬ顔で言う。するとレオンがわしゃわしゃと私の頭を撫でた。
「ヘアースタイルが、乱れるでしゅ」
抗議の視線を送るとレオンは口角を上げる。
「怪しいのはお前だ。まっいい。今回は見逃してやるがな」
私はそのままレオンに抱き上げられてお部屋まで連行された。
「姫様、どちらに?」
「おさんぽでしゅ……」
部屋では、かぼちゃのパンツを手にしたスーザンが待ち受けていた。
「昨日のお医者様が後で診察に見えるそうですよ」
スーザンの言葉に首を傾げた。夜にあったばかりで、まだ朝だし、そんなにしょっちゅう来なくていいよね?
これは絶対に私をだしに使っているんだわ。ギンと話したいだけだと思うもの。ちょっとむかついた。でも優秀な先生なら、コネを作っておけばギンの将来が開けるかしら?
昨日の先生の顔を思い浮かべた。「お肉はダメですから」という言葉を思い出す。あの先生はダメね。将来は暗い。私は黙って首を振った。
「お嬢様? どうかしましたか?」
スーザンの声ではっとする。
「ううん。何でもない。お腹しゅいた」
私が言うとスーザンはにっこり微笑んだ。
「今、お運びしますね」
ウィズがワゴンを運んでくる。香ばしいお肉の焼けたにおいがする。ウィズがぱちんとウィンクする。でかした! ウィズ。ワクワクする気持ちを押さえつつスーザンがいなくなるのを待つ。
スーザンがいなくなった途端、銀色のふたを開けると、中にはド~ンとステーキが……。ウィズこれは感激です。
「ウィズ、ありがとう」
部屋を出ていこうとするウィズに声を掛けると、ウィズは嬉しそうに笑う。
ドアのところに立っているレオンがこちらを一瞥した。
「ルリア、ふたをかぶせろ」
レオンは何を言っているのかしらね。うらやましいのかしら? 私は鼻歌を歌いながらお肉を切る。
「お嬢様。回診です」
スーザンの声が聞こえた。
なぬっ? 回診……。
まさか、昨日のドクター? もう来たの?
急いでお肉を口に入れようとしたそのタイミングで、昨日のフィルナー医師と目があった。
「これは? 私の指示とは違いますね」
そう言うとフィルナー医師は私のフォークを取り上げた。
えっ! お肉は香りだけ……。じゅるっ、とよだれが垂れる。
「まだ、ご飯食べてないでしゅ!」
フィルナー医師は抗議の声を上げる私の額に、手の甲を当てた。
「今のところ熱は下がりましたね。診察が終わったら食べましょうね」
そう言うと私をベッドの上に座らせた。スーザンが「変ね? 間違えたのかしら……」なんて言いながら私のワゴンを下げていく。
あっ、私の、お肉が……。ずっと目で追ってしまった。
「はい、そのままお口を開けて……」
フィルナー医師はそう言いながら喉の奥を覗く。
お肉を奪われた私の怒りは収まらない。むかつくわよね。ドクターの指が目の前にあったから、がぶっとかじった。
「うっ」と言いながら顔をしかめたフィルナー医師と目が合う。私が口を閉じていると、フィルナー医師の後ろから「ぷっ」と声がした。
見れば昨日の少年がおかしそうに肩を震わせて下を向いている。
何がおかしいのかわからない。
ドクターは必死に指を動かして、私の口から自分の指を脱出させた。
ドクターの指には小さな歯型が付いていた。
ふんっ!
食べ物の恨みは恐ろしいのよ。
「お嬢様。これは指ですから食べられません」
ドクターが自分の指を撫でながら、私をとがめた。
私は横を向く。
ふんっ!
そんなもの、焼いても食べるもんですか!




