49 星、見える?
「お肉たべりゅ。でも痛い」
私はべそをかきながらギンに訴えている。いつの間にか戻ったレオンが壁に寄りかかって立っていた。
「姫様。今お薬塗りますからね。レオン氷出して」
ギンがそう言って頬にそっと薬を塗ってくれると、レオンが氷を布に包み、頬やおでこに当ててくれた。
「お熱も出てきましたね。喉は乾きましたか?」
私は首を振った。頭の中には美味しそうにジュって焼けるお肉が浮かんでいる。
「お肉しか食べない」
そう言うと口をぎゅっと閉じた。お薬は飲まない。
「お嬢様。お客様ですが……」
スーザンが困ったように部屋のドアを開けた。
お客様? こんな夜中に? 誰よ、非常識極まりないわ!
「ルリアは寝てましゅ」
「おやっ、思ったより元気そうだね。エドガー見てくれ」
スーザンの後ろから現れたのはいつぞや、倉庫で会った少年だった。
「パパ……」
思わずつぶやくと少年はそのきれいな形の眉根を寄せる。
「覚えてくれたのは光栄だな」
そう言うと口角をあげた。
少年の後ろから黒いカバンを持った背の高い男の人が現れた。私はそばにいたギンの手をぎゅっと掴んだ。私の印象は悪いかもしれない。パパって呼んじゃったし、レオン達が私をボールみたいに投げていたし、仕返しとかしないよね?
「どちらさんでしゅか?」
恐る恐る尋ねる。
「お嬢様、私は王宮で医師を務めるエドガー・フィルナーです。以後お見知りおきを」
そう言うと銀色の眼鏡をキュッと上に上げた。なんだか澄ました感じがいけ好かない。ギンの方が優しい。それに注射は嫌いだ。
「ご、御用件は?」
「失礼」
返事もせずに私の手を取る。夜中に呼び出されて、子供相手は不本意なのかしら? きっと綺麗なお姉さんかお金持ちがいいのよ。そこの坊ちゃんみたいな。
「呼んでいましぇんけど?」
私の言葉にフィルナー医師はやっと微笑んだ。グレーの瞳が優しくこちらを見た。なんだ、緊張していただけだったのかしら……。
「お口を開けてみてください」
私は首を振った。それから昼間擦りむいた手のひらをみせる。
「ここ擦りむいたから出来ないでしゅ」
フィルナー医師は私の手のひらをサッと親指でなでると、そのまま頬に手を添えた。
おやっ? と、言うように眉をしかめると頬の傷をそっとなぞった。
「この薬は?」
「あっ、炎症を止めるのと鎮痛剤を混ぜました」
ギンが答えると、ギンに残りの薬を持ってくるように言う。この先生、私のほっぺよりギンの薬に興味があるみたいだ。
「お薬屋さんでしゅか?」
夢中で薬の話をしているギンとフィルナー医師を横目で眺めながら連れてきた少年がため息をついた。
「医師だ。エドガー」
咎めるように少年が呼ぶとフィルナー医師は、はっとしたように私を見る。
その、今気が付いた! みたいなのやめてくれます? 地味に傷つくんですけど。
「お若いお2人でごゆっくりどうじょ」
と、私は2人にご挨拶をした。
お医者様に診てもらうのも嫌だけど、無視されるのも嫌。自分が、だんだん我儘になっていく気がした。いけないことだわ。
フィルナー医師は私の額に手の甲を当てた。
「熱も出ていますな。まずは安静に、消化の良いものを、お薬はそちらの方とご相談させてください」
スーザンにそう言うと、少年に一礼をした。何故?
「今日はお肉はダメですから」
最後に私の顔を見てそう言った。やっぱりいけ好かない人だ。
でも、私がお肉食べたいって、何故わかったの? そっと部屋の隅で控えているスーザンを見る。もしかして、言いつけたのかしら……。
私はむっとして頬を膨らませた。あっ、ほっぺが痛い。
「今日は遅いからまた来るよ」
少年はそう言うとみんなで部屋を出ていく。部屋の中が急にガランとする。
「アイス食べたい」
私はそう言うと、お布団をかぶった。
皆、意地悪だ。
さっき散々泣いたのにまだ涙が残っていた。
スーザンが電気を消して部屋を出ていくと誰かが私を抱き上げた。
「痛いのか?」
レオンの声だ。私は頷く。
「れお?」
暗くて良く見えなかった。そう言えばさっきの少年は誰だったんだろう。
ほっぺが痛いから今日はもうしゃべりたくはなかった。
「れお、星、見える?」
「ああ」
レオンがそう言うとあっという間に夜風がほほに触れた。ひんやりとした空気が熱い体に心地よかった。見上げれば星が見える。いつの間にか私達は屋根の上にいた。
「れお、アイス食べるでしゅ」
そう言うと、レオンはちょっと笑った。
「テッドが作っている」
そう短く言う。
私は頷くと、ほっと息をついた。
頬に当たる風が気持ちよくて、いつの間にか寝てしまったみたいだった。
「あ~姫様寝ちゃいましたか」
そばでギンの声がする。
「……んっ、ギン……?」
「お薬とアイスですよ」
「……アイス……」
もうアイスはどうでもよかった。レオンの胸に顔をうずめる。
「ありゃま」
困ったようなギンの声が聞こえた気がした。




