48 おもらしじゃないから!
ひゅっと風を切る音がして、ダンッと近くに何かが刺さった。
恐る恐る横を見ると、窓から差し込む月明かりを受けてキラッと光る物がある。
ナイフだ。
背筋が寒くなり、息を殺した。ほっぺが痛いって言ってる場合じゃない!
「レオンか……」
そばにいた人が低い声で呟いた。
「クーガ、後を」
レオンの短く冷たい声がして部屋の温度が一気に下がった。殺気だ。ひゅんと音がするとあっという間に2人の気配が消えた。
クーガがテーブルの下を覗き込んできた。
「あ~あ、姫様。そんなところに丸まっちゃって」
「寒い……」
私が小さく呟いた。
クーガがテーブルの下から私を引っ張り出す。
クーガは私を抱き上げると、顔に張り付いていた髪をあげてくれた。
「んっ? 姫様濡れてますね」
えっ?
まさか、勘違いされている?
私は慌てて首を振る。
「水だから、私のじゃないでしゅ!」
違うから。おもらしじゃないから。
クーガが頷きながら、そっと私の頬を触る。
「わかってますよ。だいぶ腫れてますね」
クーガ、そうなの。痛いのよ。でもお腹もすいたの。
「お肉食べたい。でも痛い」
呟くと、クーガが優しくぎゅってしてくれた。
それからあっという間に部屋へ連れて帰ってくれた。
影って便利。タクシー呼ばなくてもいいものね。
スーザンの顔を見るとホッとして涙が出た。
「おもらしは、してないから!」
そう言って、いっぱい泣いた。濡れているけど濡れ衣だからね。
スーザンはため息をつきながら、新しいかぼちゃのパンツを手にしている。
違うの、濡れているのは上だから!
下じゃないのよ!
♢ ♢ ♢
報告書を手に取る。鉱山はもう誰かの手に渡っていた。
誰にも知られていなかった鉱山を買った人間がいる。
どういうことだ?
誰にも知られていないんだろう?
登記されている所有者は、ルリア フォン アストリア。あの子だ。
いったいどうなっている?
ギルドの店に入ると、ギルドマスターを呼びつけた。
ギルドマスターは僕を上から下まで眺めると、愛想のいい笑顔を浮かべた。
狸親父め、良いカモだとでも思ったんだろう。
テーブルに地図を広げると、例の鉱山がある一帯を指さした。
「ここの土地を買いたい」
ギルドマスターは一瞬、おやっ、という顔をした。なんだ、文句でもあるのか?
「一足遅かったですな。そこは先日売れてしまいました」
「誰が買ったのか教えてもらえるかな」
「登記を見ればお分かりでは?」
ああ、確かに届け出はされていた。確認はしている。
やはりそうなのか?
ルリア フォン アストリア。
確か3歳だ。
「あの登記に間違いはないのか?」
「間違いはございません。なかなかどうして、小さいながら貴族の風格を備えた御仁ですな」
3歳で風格? ないだろう、普通は。
あの時倉庫で、宙を舞っていた姿を思い出す、……絶対にないな。
しかし、本当にあの子が買ったということか……。
いったいどうなっているのか……。疑問ばかりが頭を巡った。
このギルドマスターと話していても埒が明かないな。いずれにせよルリアと交渉するしかないか。
「世話をかけたな、ギルドマスター」
僕達はそう言うとギルドを後にする。
「殿下、この後、どうしますか」
テオの言葉に頷くと、目の前のハンバーガーショップを指した。
「とりあえず腹ごしらえだな」
見覚えのある女装の店員が、僕達に軽く会釈をする。
注文したハンバーガーとポテトを受け取り店の奥のカウンターに腰を掛けた。
香ばしい香りが食欲をそそった。
窓の外を見れば、店の前にはいかつい男が立っていた。報告によると「暁組」の元幹部らしい。何故この店にいるのだろうか。眼光を光らせながら、店の前のごみを片付けていた。
この可愛らしい店舗に、あれほどそぐわない者もいないだろう。客寄せどころか、客除けだな。
「殿下、毒見を」
そう言いながらテオが先にポテトを、美味しそうにほおばっている。
お前は、ただ食い意地が張っているだけだな。
騎士団の報告によると、ここのハンバーガーは美味しいらしい。最近は街の治安も良くなり、騎士団の報告は王都の美味しい物10選なんてランキングが載っていた。暇人め。
平和なのはいいが、他にあるだろう仕事が……。
見ている間にも騎士たちがハンバーガーやカステラ焼きを買っているのが目に入った。
やはり、ここは人気店なんだな……。
気が付けば、ケチャップを付けたポテトはほとんどテオが食べてしまっていた。それ、毒見の範囲を超えているよな?
「あっ、殿下、もう一つ買いますね」
テオは悪びれもせずにそう言うと席を立った。まるで普段ろくなものを食べさせていないみたいじゃないか。
残された数本のポテトにケチャップソースをつけて口に運んだ。
「美味しい……」
初めて食べる味だ。
「今度はマスタードソースにしました」
テオは新しいポテトを目の前に差し出すと、早速、自分で食べ始めた。
おいおい、どんだけ食べるんだ? あきれた目で見てしまう。太るぞ。
ハンバーガーも食べてみると、肉汁がジュワッと出てきてこれも美味しかった。王宮で食べるこってりとしたものとは違い、すっと腹に収まる。しかも片手で食べられるから手軽だ。
「これは良いな」
「騎士団に人気なのもわかりますね」
テオも美味しそうにほおばっていた。報告ではあのルリアがこの店もプロデュースしているらしい。本当なんだろうか。ますます興味がわいた。
その日の夜、影から報告を受けた僕は、急いで公爵家の離れを訪ねた。
医者を伴って。
しかし、影よ、お前、その怪我はどうしたんだ?
隠そうとしているが、バレバレだ。歩き方がおかしいからな。
心優しい僕は、聞かないでおいた。
後で、お前にも医者が必要だな。




