38 3時のおやつはカステラです。
新しいおじさんはウォルフといいます。
……でも、どう見てもカステラ屋には似合わない。
いつも背筋をピンと伸ばし、礼儀正しいその姿には、武士みたいだ。絶対に似合わないカステラ屋の前に文句も言わず立ち、お客様に頭を下げている。用心棒兼番頭さんだ。
縁日で焼きそば焼いてる方が、よっぽど似合うわ。そんなことを考えていると、向こうからギルドマスターがやってきた。
ギルドマスターはウォルフを見ると少し驚いたような顔をした。そうよね。暁組のナンバー2が、カステラ屋の番頭なんて。
様子を聞きに来たギルドマスターに「女の子と少年しかいないので、用心棒を雇ったんです」と言ったら、呆れた顔をされた。
そうよね。ギルドマスターは知っているのよ。皆が凄腕の暗殺者だってことをね。おまけに用心棒は『いぶし銀のウォルフ』だものね。
私は何も知らない顔をした。帰り際にギルドマスターがそっと私に耳打ちする。「まさかとは思うが……死体なんぞ隠してないだろうな?」
な、なんてことを言うんですか。
墓地に死体は増やしていないし、私がそんな事をするはずがないでしょ。思いっきり、あっかんべぇ~をしておいた。
なんて失礼な人ですかね。ふんっ!
ギルドマスターを見送っていると、目の前にカステラの空き袋が風に吹かれて飛んできた。
お店の周りにポイ捨てされたゴミを見つけ、私は頬を膨らませた。
「これじゃ『カステラ・ゴミ屋』になっちゃいましゅ!」
そうよ、前世でも、ポイ捨てとゴミは大きな社会問題になっていた。特に旅行者の多い地域では問題が多いのよね。
お掃除する人も楽しくないとダメよね。某テーマパークのお掃除の人が頭に浮かんだ。
私は、すぐにギルドマスターからせしめた高級な紙とペンで、大きな張り紙をホルンに書かせてお店の前に貼ってもらった。
【急募】
お掃除係パフォーマー
・街をピカピカにするお仕事です。
・**『特技(芸)』**がない人は不採用。
・お給料は相談。美味しいカステラの端っこ付き。
♢ ♢ ♢
翌朝、暁組の構成員だった男の1人が、震える足で店の前を通りかかった。この間の襲撃失敗以来、影の視線に怯え、組に帰れず、野宿していた。
「……掃除係? 芸……? よくわからねえが、ここにいればあの『影』には殺されねえはずだ!」
男は周囲をキョロキョロと見回すと、他の連中に知られまいと、
——ガバッ!
張り紙を破り取った。
「へへっ、これでこの仕事は俺様のもの……」
「……おい。自分だけ助かろうなんて、いい度胸じゃねえか」
背後から聞こえた低い声に、男の心臓が跳ねた。振り返ると、そこには自分と同じようにボロボロになった残りの19人が、虚無の目で、ずらりと並んでいた。
「お、お前ら……いつから……」
「張り紙が出た瞬間から全員見てたよ。お前が破るのもな」
「ぜ、全員で……行けばいいだろう」
「まあな」
そう言うとみんなで目配せをする。
20人全員、影に怯えて帰る場所を失っていた。
だからこそ、張り紙は——唯一の救い、に見えたのだ。
その日、20人の男たちが、カステラ屋の前に整列した。
店から出た私は、クッションを高く積み上げた椅子に座った。その横には、元上司のウォルフが冷徹な目で、逃げ場を塞ぐように立っている。
「では、試験を始めましゅ。お掃除しながら、お客様を笑顔にする芸を見せてくだしゃい!」
男たちはパニックに陥った。人を脅す芸なら知っているが、笑わせる芸など持ち合わせていない。
1人目: 雑巾がけをしながら、筋肉をピクピクさせてリズムを刻む。
2人目: 必死に掃除をしながら、ナイフをジャグリング(ただし包丁)。
3人目: 地面を掃きながら、裏声で「うさぎさん」の真似をする(地獄絵図)。
私は厳しい目で「めっ!」と指を突きつけた。
「笑顔が足りないでしゅ!」
「めっ!」
「 もっとキラキラしてくだしゃい!」
ダメ出しを連発した。
結局、20人全員がダメダメだった。でも……全員、必死だった。
「次はいないでしゅか?」
「……仕方ないでしゅね。まとめて面倒を見てあげましゅ。今日からあなたたちは『カステラ・クリーナーズ20』でしゅ!」
私の宣言とともに、過酷な特訓が始まった。
「いいでしゅか? ほうきは『魔法の杖』でしゅ! 」
「ワン、ツー! 」
「ワン、ツー!」
私の鼻歌に合わせて、大男たちがほうきを連結させ、1列に並んで足を高く上げる。
「ううっ、筋肉が……」
「笑顔だ! 笑顔を作れ! お嬢に『めっ!』されるぞ!」
そして数日後、ついに、その時が来た。
午前10時。
最近ゴミが増えたと、不満が出始めた頃。
カステラ屋の前から、軽快な足音が響いた。
ザッ、ザッ、ザッ!
「「「お客様、おはようございますっ!!」」」
「お歌、スタートでしゅ」
「ほうきを振って〜♪ ピカピカにして〜♪ 3時のおやつは〜カステラでしゅ〜♪」
いかつい男たちが、一糸乱れぬ動きでほうきを振り回し、足をピンと跳ね上げるラインダンス。
足が揃いすぎていて、軍隊より揃っている。気づけば、道行く子供たちが目を輝かせて手を叩いていた。
「みなしゃん! キラキラしてくだしゃい!!」
「「「はいっ!!!」」」
20人の大男が、
満面の笑顔で——
キラキラポーズを決める。
完璧に。
街中の人々が足を止め、口をあんぐりと開けて見守る中、男たちは踊りながら四方に散り、ゴミ1つ見逃さぬ速さでお掃除を開始した。
「……何、今の?」
「凄いわ……道が、鏡みたいに光ってる……!」
私は店先でミルクティーを飲みながら、満足げに頷いた。
「ふふん。これで街はピカピカ、
次の準備も捗りましゅね」
私は静かに呟いた。お前はまた何か企んでいるのかと、レオンが冷たい視線を投げているが、どこ吹く風だ。
——それを見つめる、小さな影が2人。
ギルドの店内から、外を見つめる少年が2人。いつぞやの倉庫で遭遇した少年と同じようにマントのフードを深くかぶっていた。
「……見つけた」
2人の視線の先では、3歳の幼女が、ミルクティーを飲みながら——
20人の元ゴロツキを踊らせている。
「やっぱり……噂は本当だったな」
もう1人は、静かに頷いた。




