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かぼちゃのパンツはもういらない~弱みを握ればこっちのもの!  作者: 星降る夜


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37 試食の力は偉大?


 レースのカーテンを通してキラキラと、朝の光が穏やかに部屋に入ってくる。私はベッドの中で「ふぅ〜」と伸びをすると、お布団をはねのけてベッドの上を転がった。


 昨日は忙しかったなぁ〜。

 ベッドの上でコロコロしていると、スーザンが部屋に入ってきた。


 「お嬢様、やっと起きられましたか。皆さんがお待ちですよ」


 手には相変わらずのかぼちゃのパンツを持っている。


 皆さん?

 ……誰だっけ?


 不思議に思いながら、今日のかぼちゃのパンツをはいた。フリルたっぷりのかぼちゃのパンツは、最近は白だけじゃなくて紺や紫もある。渋い色が良いと言った私の意見が、やっと反映されてきたというところだ。


 ぼんやりとした頭で昨日のことを思い返してみる。事件がいっぱいで、なんだかよくわからない。3歳の私の脳みそは、時々機能を停止してしまうらしい。

 あくびを噛み殺していると、レオンが部屋に入ってきて、何のためらいもなく私をつまみ上げた。


 「行くぞ」


 そう短く言うと、私の返事も聞かずに歩き出した。


 「朝ごはん食べるでしゅよ~~」


 私の声がむなしく廊下に響いた。


 レオンの手から解放されてカステラ屋の床に降り立つと、2階へと続く階段の下で、可愛い店員さんの姿をしたホルンとケルンが半泣きで待ち構えていた。


 「姫様っ! やっと来てくださった……! 早く、早く2階の居間をどうにかしてください!」

 「オレたち、か弱い女の子の設定だから手出しできなくて……あのヤバいおっさん、ずっと殺気を練ってるんです!」


 か弱い女の子? 女装した凄腕の暗殺者(影)が何を言っているのだろう。後ろでレオンが「ふんっ」と面白そうに鼻で笑っている。

 私は首をかしげながら、ホルンたちに急かされて2階の居間の扉を開けた。


 そこは、まさに地獄のようなすれ違い空間だった。

 空気が重い、という言葉では足りない。


 部屋の隅では、3人のひよっこ達がガタガタと震えながら身を寄せ合っている。

 そして部屋の中央。昨夜の墓地で出会った、あのいぶし銀のオジサン――ウォルフが、腕を深く組み、目をきつく閉じて微動だにせず座っていた。

 ピリピリとした重圧プレッシャーが部屋中を満たしている。ひよっこ達が「ひぃぃ、いつ殺されるんだ……」と怯えるのも無理はない。


 しかし、私は知っている。

 このオジサン、ただ単に『女子(女装したホルンたち)の部屋に男の自分がいては気まずい。ジロジロ見たら怖がらせてしまう』とガチガチに緊張して、目を固く閉じているだけなのだ。


 ……純情か!


 私は呆れながら、短い足でトコトコと部屋の中央へ歩み寄った。


 「お待たせしましゅた」


 私の声に、ウォルフがパチリと目を開けた。

 次の瞬間、彼は弾かれたように立ち上がり、3歳の私に向かって深々と、それはもう見事な角度で頭を下げた。


 ——そして。


 一拍。


 腹の底から。


 「うっす」


 短くも、腹の底から響くような極道の挨拶。

 それは、命の恩人であり、墓前で仁義を誓った相手への絶対的な忠誠の証だった。


 「「「……ええええええええ!?」」」


 部屋の隅で怯えていた3人のひよっこ達と、扉の影から覗いていたホルンとケルンの顎が、一斉に床まで落ちそうなくらい開いた。

 あのヤバいオーラを放つオジサンが、3歳の幼女に頭を下げている。昨夜の事情を何も知らない彼らからすれば、世界がひっくり返るほどの衝撃だろう。


 私が胸を張って宣言した。


 「今日からこのオジサンには、ここで働いてもらいましゅよ!」


 私の言葉に、部屋の隅にいた3人のひよっこ達は「用心棒のオジサンかぁ……」と、少しだけホッとした顔でウォルフを見上げた。つい先日、この店は暁組のゴロツキに襲撃されたばかりだ。こんなヤバいオーラの男が用心棒になってくれるなら、これほど心強いことはないだろう。


 しかし、面白くないのはホルンとケルンだ。

 2人はひよっこ達に聞こえないよう、声を潜めて私に抗議してきた。


 「姫様……用心棒なら俺たちがいるじゃないですか。なんでこんな得体の知れないヤバいおっさんを……」

 「そうです。俺たちのプライドに関わりますよ」


 君たちも十分得体の知れない影達だということをしっかりと棚に上げて抗議してくる。

 自分たちの腕に絶対の自信を持つ『影』としてのプライドがあるのね。口を尖らせる2人に、私はジト目を向けた。


 「あなた達は今、可愛い『か弱い女の子』の店員さんの設定でしゅ」

 「「あ」」

 「お店にゴロツキが来た時、か弱い女の子の店員さんが敵をボコボコにしたら、お客さんが逃げちゃうでしゅよ」

 「うっ……それは……確かに……」

 「表の用心棒はウォルフに任せるでしゅ。適材適所でしゅね!」


 私がビシッと指を突きつけて釘を刺すと、図星を突かれた2人はぐうの音も出ない様子で、悔しそうに引き下がった。


     ◇     ◇     ◇



 その頃、カステラ屋から少し離れた路地裏の物陰に、両手で必死にズボンを押さえる男がいた。

 昨夜、3歳の幼女にベルトを奪われた暁組のゴロツキの一人だ。


 「くそっ……俺としたことが、あんなガキに不覚をとるなんて。組長にバレたら半殺しだ……」


 他の連中も、絶対に上には報告していないはずだ。

 俺だけこっそりベルトを取り返せば、すべて無かったことにできる。

 あわよくば、口に突っ込まれたあの甘くて美味いお菓子も……。


 男がそう目論んでカステラ屋の様子を窺った、その時だった。


 「……げっ」


 「あ、あのおっさんは……!」


 可愛い店構えのカステラ屋の前に、すさまじい殺気を放ついぶし銀の男が立っていたのだ。間違いない。昨日、俺たちが墓地で襲撃した相手――抗争中のヤバい極道だ。


 「嘘だろ……なんで昨日俺たちが襲った奴が、こんな可愛いカステラ屋の店先に立ってんだよ……ん?」


 混乱する男の目の前で、さらに信じられない光景が広がった。

 カステラを買いに来た一般の客に対し、その強面の男が、腹の底から響くような渋い声で深々と頭を下げたのだ。


 「いらっしゃいませ」


 「……足元、気をつけてくだせぇ」


 「あ、ありがとう……?」

 「まいど、ありがとうございました」


 極道のオーラ全開でありながら、その接客態度は驚くほど親切で丁寧だった。


 「……はぁ?」


 「どうなってんだ、この店は……」


 「だが、客には手を出さねぇみたいだな」


 男はズボンをギュッと握り直した。

 昨日の敵がいるのは想定外だったが、客として行けば安全かもしれない。それに、あの甘くてフワフワのお菓子が、どうしてももう一度食べたい。


 「よ、よし……客のフリでカステラを買って……」


 「ついでにベルトを返してもらえばいい」


 男は意を決して、ズボンを押さえながらカステラ屋へと歩き出した。

 そして彼は、まだ知らない。別の路地裏でも、同じように抜け駆けをしてきた昨日の仲間たちが、「客のフリ作戦」を思いついて店に向かっていることを。


 ズボンを両手でしっかりと掴み、男は不自然な内股歩きでカステラ屋の列に並んだ。

 店先には、昨日自分たちが襲撃したヤバい極道――ウォルフが立っている。目が合うだけで寿命が縮みそうだが、ウォルフは「いらっしゃいませ。何袋になさいますか?」と、信じられないほど丁寧な声を出した。


 「あ、あの……チーズ味とチョコ味を1袋ずつ……。あと、昨日取られたベルトを……」


 「うっす」

 「毎度あり。ベルトはあちらの箱からお持ちくだせぇ」

 「カステラは1袋6個入りになっていやす」


 「ひぃっ、ありがとうございます!」


 ホクホクと温かい紙袋と、自分のベルトを手に入れた男が、逃げるように店を出ようとしたその時だった。


 「「あ」」


 ——終わった。


 店の入り口で、同じようにズボンを両手で握りしめた別の男と、バッチリ目が合ってしまった。昨日の襲撃仲間の1人だ。


 「お、お前……! 昨日の夜、『あんなガキの店、二度と行くか!』って一番キレてたじゃねぇか!」

 「う、うるせぇ! 俺はただベルトがズリ落ちて不便だから取りに来ただけだ! ……って、お前こそなんだその手に持ってる紙袋! チーズにチョコにクリームって、全部コンプリートしてんじゃねぇか!」

 「こ、これは親戚のガキに頼まれて……俺が食うわけじゃねぇよ!」


 言い争う2人の後ろから、「邪魔だぞ、俺もベルトを取りに……あっ」「お前もかよ!」と、3人目、4人目の仲間が次々と気まずそうに姿を現した。



   ◇     ◇      ◇



 そんな店の前の騒ぎを、店内の奥からホルンとケルンが目を見開いて覗き見ていた。


 「おい、見たか……。昨日ジャックが抱えて帰ってきた『謎のベルトの山』……あいつらのかよ!」

 「ああ。でも、なんであんな連中が、カステラを大事そうに買っていくんだ……?」


 不思議そうに首をひねる2人に、私はふふんと胸を張って教えてあげた。


 「昨日、おじさんたちに試食を配ったんでしゅよ」

 「「し、試食……!?」」


 ——あの連中に?


 私の言葉を聞いた瞬間、ホルンとケルンの顔がサッと青ざめた。


 「俺たちが知らない間に、姫様は街のゴロツキ共を洗脳しちまったのか……。たった1個で骨抜きにするなんて、どんな精神操作だよ……」

 「俺たちも、絶対に姫様には逆らわねぇようにしよう……」


 冷や汗を流して震え上がる『影』たちのすぐ横で。

 私は、売り上げの銅貨がチャリンチャリンと増えていく音を聞きながら、口元をホクホクと緩ませていた。


 (ふふふ、やはりデパ地下の試食作戦は——

 異世界でも最強でしゅね! みんなチョロいでしゅ! 試食の力、偉大でしゅ! 

 ——って、しまった! 私としたことが、心の中まで完全に3歳児になってるじゃないの。中身はいい年の大人なのに……)


 私は誰にも気づかれないよう、小さな両手で力強く決めていたガッツポーズを、スッと下ろして誤魔化すように咳払いをした。

 何もなかった顔で。


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