29 盗まれたのは『鍵』でした
今日のルリアは絶好調。
まさか“あの合図”に気づいてしまうなんて――!?
カステラ屋はオープン初日から行列が続き、ギルド前の小さな路地は、今では人であふれる賑やかな通りに変わっていた。
ふふふ……。ギルドの客をそのまま流し込む“コバンザメ作戦”は大当たり。
おまけに、ギルドマスターも毎日のおやつを買いに来てくれる、ありがたいお客様だ。
カイトたち3人の少年も、街で落とし物を拾っては感謝される日々を送っているらしい。
奥様たちの噂話も、ちゃんと拾ってきてくれる。私はその話を聞くのが楽しみなの!
良かった。私の未来は輝いているわね。頭の中では、光り輝く金貨がジャラジャラと降ってくる。
あまりの順調さに頬の筋肉が緩んでにやけていると、レオンが私のほっぺたをつまむ。
「いっ、痛いでしゅよ!」
頬をさすりながら涙目で睨んでいると、外出用のマントを放り投げてきた。
「遅れるぞ」
レオンはつまらなそうにつぶやいた。
そうだ、今日はカステラ屋に様子見に行く日だった。レオンは慣れた様子で私をつまみ上げる。いい加減、つまみ上げるのはやめてほしい。見た目がみっともないじゃない。
「れおっ、優しくするでしゅ」
レオンは無言で歩き出す。無口なところは相変わらずだ。
夕方のこの時間は、もうカステラも売り切れていることが多い。あの3人の少年ももう戻っているだろう。子供を遅くまで働かせたら、労働基準法に違反しちゃうものね!
……いや、この世界にそんな法律あるのか知らないけど。
んっ?
働かせている時点でアウト?
まっ、深く考えないでおこう。
ここは異世界。私はルリア3歳なのだ。
***
カステラ屋の裏口から店内に入ると、3人の少年たちは食堂で熱心に今日あった出来事を話していた。
邪魔しないようにドアの陰からそっと聞き耳をたてる。どうやら食堂での「反省会」の真っ最中らしい。
カイト、ソラ、リクの3人は、夕食のスープを飲みながら声を潜めて話している。
なんだか3人とも、コソコソしている気がする。変ね?
「……見たか? さっきの貴婦人」
「ああ。ありゃ間違いなく『クロ』だ」
リクがスプーンを置いて、真剣な顔で言う。
「ハンカチを落とした角度、タイミング。あれは素人じゃない。俺たちが盗品を仲間に渡す時の手口と一緒だった」
「あれは俺たちが“本当に危ない相手”に使う手口だ」
「拾った男もだ。中身も確認せずに懐に入れた。……中に何か『別のモノ』が縫い付けてあったんだろうな」
えっ?
私は耳を疑った。スパイ? いいえ、恋の密会に決まってるわ!
隠れていたのも忘れて、私はドアをバンッと小さな手で押し開けた。
「やっぱり! やっぱりそうでしゅか!!」
「うわっ、お嬢!?」
「みなしゃん、お手柄よ! まさか初日から、そんな『ドロドロの現場』に出くわすなんて!」
なんだか興奮してしまって頬も熱い。
つ、ついに、憧れの浮気調査が来たんだわ。
「お嬢、何のことかわかるのか?」
カイトが唖然とした顔をしている。
「……それでしゅ! それこそが、歴史を揺るがす『ドロドロの現場』なんでしゅ!」
私が食堂のテーブルをバン! と叩くと、スープの皿が小さく跳ねた。
カイトたちは、自分たちの主である3歳児の、あまりの迫力に身を乗り出す。
「お、お嬢……やっぱりあんた、あの『合図』に気づいてたのか?」
「もちろんでしゅ! あんなに分かりやすい合図、ルリアが見逃すはずありまちぇん!」
そうなの、小さいからって侮るなかれ。
「あいつら、かなり手慣れてました。多分、裏で相当な『やり取り』をしてます」
「ええ、ええ! そうね! 人目を忍んで『やり取り』……燃えましゅね!」
後から入ってきたレオンは頭が痛そうに額に手を置いている。
「……また面倒な方向に転がったな」と呟きながら。
そう、レオンはこの手の話が苦手らしい。初心なのよ。
「男のほう、あとをつけました。隣街の貸倉庫に入っていきましたけど……」と、ソラが報告する。
(倉庫で密会!? なんてハレンチな! 少年たちには刺激が強すぎるかも……)
「倉庫で密会なんて、もう確定でしゅ! 100%クロでしゅ!」
ルリアの目は誤魔化せないわ。
……ふふふ、決まりね。これで現場を押さえられるかもしれないわ。誰にも頼まれてはいないけどね。
私は高らかに宣言する。
「これは世の中の平和(と、私の娯楽)のために必要なことでしゅ!」
私はふんすっと鼻を鳴らし、胸を張った。カイトはゴクリと唾を呑み込む。
(さすがだ。俺たちがスリの技術でようやく気づいたスパイの接触を、このお嬢様は最初から見抜いていたんだ……!)
そんな声が聞こえてきそうだ。恐れ入ったか少年たちよ。
「あいつら、ただの泥棒じゃねぇ。あのハンカチの受け渡し……あれは組織の暗号だ。あのおっさん、間違いなくどっかの国の狗だぜ」
「そうでしゅ! 悪い狗しゃんでしゅ! 奥様がいるのに、別の女の人とあんな合図を送るなんて、許しがたい不実でしゅ!」
……ん?
カイトとソラは顔を見合わせた。不実?
「お嬢、それは……国家の機密を売ってるってことか?」
「いいえ! 『愛』を売っているんでしゅ! あのハンカチにはきっと、次にお忍びで会うための時間と場所が、愛の刺繍で刻まれているに違いまちぇん!」
少年たちの顔に戸惑いが現れる。皆、子供だから躊躇しているんだわ。
「……お嬢。あの、さっきの男は、たぶん軍の施設の鍵か何かを盗もうとしてるんだと思うんだけど」
まだ子供だから、男女の機微には疎いんだわ。スパイごっこだと思っているのね。大丈夫、お姉さまに任せなさい。
「ちがいまちゅ! あれは『心の鍵』を盗もうとしている現場でしゅ! 追うわよ、みなしゃん! 証拠を掴んで、おじしゃんをギャフンと言わせるんでしゅ!」
私は短い腕を空に突き出し、高らかに宣言したのだった。
明日は更新をお休みします。
続きはあさってです。
ここから物語が一気に動きます。
少しだけ間を置いて、楽しみにしていてくださいね。




