28 落とし物係、はじめました。
ルリア3歳、また新しい作戦を思いつきました。
一方そのころ、カステラ屋の2階では予想外の朝が始まります。
私はルリア3歳。公爵家の末っ子だ。
私はまた1つ素敵なことを思いついたの。
落とし物係を作ろうってね。まあ、本音は別として……誰かが泣いてるのは好きじゃないの。ご飯が美味しくないもの。
何をするのかって?
もちろん落とし物を探したり、拾ったりするんだ。
人の役に立つことを、あの子たちに知ってほしかった。それは『飛影』のメンバーにもだけど。
ついでに情報収集もするの。いわゆる噂話を聴いてもらえばいいだけよ。
(まあ、本音は浮気調査がしたいだけなんだけど。他人のスキャンダルを特等席で覗いてみたい……なんて大きな声では言えないわ)
そんな心の声はそっと胸にしまっておくの。
「はぁい。みなしゃん。落とし物係をしょうかいしましゅ」
食堂に集まった影たちを前に、私は胸を張って3人の名前を紹介する。
そして、後はホルンにお任せ。
なんたって私は3歳。もうお眠なの。
きっとトムじぃと2人で上手くやってくれるに違いない。
私はあくびを噛み殺しつつ、スーザンとお部屋に戻ったの。
次の日、朝起きると、スーザンが、昨日の子供たちはカステラ屋の2階に移ったと教えてくれた。
そうよね、ここは公爵家だ。
いきなり子供が3人も現れたら、お父様の隠し子騒動に発展しかねない。
いくらお父様がお母様一筋とはいえ、余計なトラブルの種はない方がいいわね。
ルリア3歳。
今日もちゃんと、良いことをしています。
落とし物係の教育は、トムじぃに任せたしね。
これで一安心、一安心。
レオンなんかに頼んだ日には、みんな首ちょんぱを覚えちゃうもの。やだやだ。
***
そのころ、カステラ屋の2階では子供たちが目を覚まし始めていた。
……温かい。遠い昔、そんな感覚があったような気がした。鼻をくすぐる甘い匂いに誘われて、ゆっくりと意識が浮上する。
「カイト、すっげえ〜いいにおいがするな」
隣でソラが鼻をひくひくさせている。
昨日までは、乾いた空気と埃の臭い。頬を刺す冷気で、嫌でも目が覚めた。3人で身を寄せ合って、何とか寒さをしのいでいた。
明日の朝は来るのだろうか?
いつだってそんな不安が頭をよぎっていた。
それがウソのような、温かい朝。
「リク、昨日蹴られたところはまだ痛むか?」
隣で布団にもぐりこんだままのリクに問いかける。見事に吹っ飛んでたもんな。
「ううん。痛くない。でもまだ眠い」
こんなに安心してゆっくり寝られることなんてなかった。特にこの時期は凍えるような日ばかりだ。
窓の外はまだ薄暗く、店の前の路地にはまだ人の往来はなかった。
(まだギルドの開店前か……)
「ひよっこども朝飯だ。降りてこい」
下からトムじぃのしゃがれた声が聞こえてきた。昨日は、妖艶な踊り子が、まさかの庭師のじじぃだった。腰を抜かすほど驚いた。そばにいる姉さんたちが全員ヤロウだったのにもたまげた。
(まさか、俺たちも女の子にされるんじゃねぇだろうな)……という不安がよぎったが、暖かい部屋と食事の誘惑には勝てない。背に腹は代えられない、というか、むしろスカートで済むなら安いものだ。
「お前ら、女の子になれって言われたらどうする?」
「俺は別にスカートはいてもいいよ。スカート痛くないし」
くぐもった声が、布団の中から響く。確かに、蹴られるよりはマシに違いない。
「減るもんじゃないしさ、そんなことより朝飯食いたい。下へ行ってみようよ」
ソラに促されて、リクを布団から引っ張り出した。
階下では、双子のホルンとケルンがすでに朝食を食べていた。スープとパン。簡単な朝食だ。今日はお屋敷に勤めているトムじぃが特別に作ってくれたそうだ。
3人が席につくと、ホルンがちらりとこちらを見て、にやりと笑った。
「お、ひよっこども。ちゃんと起きられたじゃねぇか」
「昨日はよく眠れたか?」とケルンがスープをかき混ぜながら言う。
ソラはパンを手に取った瞬間、目を丸くした。
「……やわらけぇ……!」
「当たり前だろ。焼きたてだぞ」とホルン。
俺は思わず、パンをちぎって口に放り込む。
その速度にケルンが吹き出した。
「おいおい、慌てるとのどに詰まるぞ。誰も取らねぇっての」
「……だって」
「こんなうまいの初めてで……」
リクはまだ半分眠そうにスープをすすりながら、
「これ……甘い……」とぽつり。
「俺たちも初めて食った時は驚いた。全部あの姫様が考えたんだ」とホルンが肩をすくめる。
「お前ら、今日から“落とし物係”なんだからな。まずは腹ごしらえだ」
そこへトムじぃが鍋を抱えて現れた。
「おう、ひよっこ。食ったら皿洗いだ。働かねぇと飯は食えんぞ」
3人は一瞬びくっとしたが、すぐに顔を見合わせて口々に言った。
「……働くのは慣れてるし」
「皿くらい洗えるよ」
「蹴られるより全然いい」
その様子に、ホルンとケルンが同時にふっと笑う。
「ま、悪くねぇスタートだな」
一息ついたところで、トムじぃが真顔になって口を開いた。
「身の上を聞かなきゃな。親はいるのか?」
俺たちは横に首を振った。
「俺たちみんな売られたんだ。旅芸人に。そこから逃げた」
「あそこじゃ、朝から晩まで訓練に、雑用だ。自由が欲しかった。でも路上生活もあまり変わんねえ」
俺が吐き捨てるように言うと、ソラとリクも同意するように顔を伏せた。
「旅芸人なんざ、ここ数年来てないだろう?」
ホルンの疑問に、ケルンも同調する。
「2年前か、それ以上か……」
「……今年で、3回目の冬だった」
俺の言葉に、ソラとリクが深く頷いた。
路上で3年も生き延びてきた。
その事実は、自分でも驚くほど重かった。
俺は10歳。ソラは9歳、リクはまだ8歳だ。
「あそこは鞭で打つんだ」
リクが言う。
「俺たちの時は木刀だったな」とホルンが言えば、
「時々、真剣が混ざったぞ」とケルンが顔を見合わせて肩をすくめる。
「お兄ちゃんたちも旅芸人から逃げたの?」
「似てるが、もっと過酷だったな」
そうホルンが言う。
あそこより過酷って、いったい……。
俺たちがその答えを知るのは、もっとずっと後のことだった。




