27 『暴力はダメだ』 んっ? 暗殺はいいのか?
スラム街に初めて足を踏み入れたルリア。
そこで、小さな出会いが生まれます。
入り組んだ路地が続き、
気づけば、狭いバラック建ての建物が急に増えていた。
「スラム街だ」
レオンは短くつぶやくと、私にマントのフードを目深にかぶせた。
しばらく行くと、薄暗い路地に子供たちが並んでいた。
正面には、ガタイのいい男が1人、椅子にふんぞり返って座っていた。
……あれが元締め?
路地の入口には見張りが立ち、列を監視する男は箱に寄りかかって腕を組んでいた。
さっきの少年は列の最後に並んでいた。懐からお礼にもらったお金を出して、順番が来るとそのまま男にお金を渡した。だが、下がろうとしたところを別の男に足を引っかけられ、転がされてしまった。
「やけにいい匂いがしやがる。さぐれ」
見張りに立っていた男が転がった少年に歩み寄り、乱暴に懐を探って、さっき私があげたカステラの包みを奪い取った。
「へぇ〜良いもの持ってんじゃねえか。何故出さなかった」
「お、おれが貰ったんです」
「はぁっ! だから何なんだ! 全部持って来いって言ってんだろうが!」
そう言うと男は、容赦なく少年を蹴り上げた。
少年は荷物のように路地を転がった。
誰も止めなかった。
「いいか、お前ら見とけ。全部出さなきゃ痛い目を見るんだ」
男たちは、最後に来た少年からもすべてを取り上げると、「ちぇっ、これだけか。しけてんな」と吐き捨てて去っていった。
「やるか?」
レオンが私の耳元でささやく。見れば、片手で自分の首をスッと掻き切るマネをしている。
私は慌てて首を振る。
「だめでしゅ」
無駄な殺傷はやめて欲しい。ほんと、物騒なんだから!
蹴られた少年の周りに、残った二人の少年が駆け寄った。
「おい、大丈夫か、リク!」
カイトが心配そうに顔をのぞき込むと、地面に転がされた小柄な少年――リクを抱き起こした。
リクは痛みに耐えるように顔を歪め、カステラの包みを奪い去った男たちが消えた路地の奥を、悔しそうに見つめている。
「……ごめん、カイト。もらったのに……」
リクの声が震えてる。
「謝るな、リク。お前は悪くない」
この少年がカイトか。
カイトはリクの汚れを払ってやりながら、去っていった男たちの背中を、射抜くような鋭い視線で睨みつけた。隣には、もう1人の小柄な少年が不安そうに立ち尽くしている。
カイトはしっかりとリクの肩を支えている。
(……あいつら、このままにしておけねえ。リクを蹴りやがって)
カイトの拳が、ぎゅっと握られた。
その時だ。
屋根の上から彼らを見守っていた私の目に、不思議な光景が映った。
カイトの頭の上に、ピコン! という軽快な音とともに、ポップアップが現れる。
『警告――危険。致命傷』
カイトが一歩、前へ踏み出した。
『致命傷』!? まずいわ。
キレるか、やられるか。
どっちにしても最悪だ。
「待って!」
思わず声を掛けてしまった。3人の少年がキョロキョロと辺りを見回している。
(――3人は、必死に生きてきたのに違いないわ)
だからこそ、ここで止めなきゃ。
「レオン、降りるでしゅ」
レオンが屋根から降りた。
音は、ほとんどしない。
それでも――
路地の空気が、ぴたりと止まった。
「……リク、大丈夫でしゅか?」
レオンの腕の中から、私がひょいと顔を出す。
泥だらけになって地面に座り込んでいたリクが、驚いて大きな目を見開いた。
レオンを見た瞬間に肩が強張る。
「あ、あんたたち……誰……?」
3人の中で一番大柄なカイトが、リクを庇うように前に出る。
カイトは、私を降ろしたレオンを警戒しながらも、私に向かって問いかけてきた。
「……何の用だ、ちび!」
カイトの瞳には、大人への不信感と、仲間を守ろうとする必死さが混ざり合っている。
その頭上には、私にしか見えないポップアップが静かに輝いていた。
「助けに来たのでしゅ。あんな悪い大人に、ずっと従っている必要はないのでしゅよ」
カイトは私の言葉に眉をひそめた。
「助ける……? あんたに何ができるんだよ。大人はみんな、俺たちを利用するだけだ」
その声は震えていた。
怒りだけじゃない。
悔しさと、諦めと、期待してしまいそうな自分への恐怖が混ざっている。
私はそっとカイトの前にしゃがみ込んだ。
「私は子供でしゅ。ボスと呼んでもいいでしゅよ」
一瞬の沈黙。
「お前、バカか?」
カイトは呆れたように呟く。それでも、視線は私から離さない。
私に掴みかかろうとしたカイトの手を、レオンがガシッと掴んだ。
「暴力はダメだ」
はぁ〜……?
私は呆れてレオンの顔を見て首を振る。
どの口が、どの手が、どの暗殺技術がそれを言うのよ? どのツラ下げて『暴力反対』なんて言ってるのか、問い詰めたいわ!
「文句あるか」
私は急いで首を振った。
レオンにかかれば全員、胴と首が離れてしまうに違いない。ホラーだわ! ホラーは嫌いなのよ!
カイトの肩がピクリと揺れた。
リクも、涙で濡れた目をこちらに向ける。
「でもね……強い子でも、ひとりじゃ守れない時があるでしゅ」
私はポケットから、小さな金貨焼きの包みを取り出した。
いつでも予備は持っているの。どこで遭難しても大丈夫なようにね。
「これ、リクにあげるでしゅ。私のお手伝いをお願いする……先払いでしゅ」
「……お手伝い?」
カイトが怪訝そうに眉を寄せる。
「そうでしゅ。リクは、落ちていたお金をちゃんと届けようとしたでしゅ。その正直な心があれば、きっと私を助けてくれるはずでしゅ。……カイトたちなら、きっと上手にできるでしゅ」
カイトは一瞬、言葉を失った。
そんなことを言われたのは、初めてだった。
リクが震える声で言う。
「……ぼ、僕でも……できる……?」
「もちろんでしゅ! さっきできたでしゅよ」
私はにっこり笑った。
その時、レオンが静かに前へ出た。
影のような気配がスラムの空気を一瞬で引き締める。
「ここにいれば、また奪われるだけだ」
レオンは静かに言った。
「来るなら守る」
カイトはレオンを見上げ、そして私を見た。
その瞳に、ほんの少しだけ光が宿る。
「……行く。俺たち、行くよ。もう……あいつらの言いなりにはならない」
リクともう1人の子が小さく頷いた。
「カイトとリクは知ってるでしゅ。……君は?」
私が聞くと、その子は小さな声で答えた。
「ソラ……」
私はそっと手を差し出す。
「じゃあ、ソラも行くでしゅ。今日からでしゅ」
3人は戸惑いながらも立ち上がり、カイトが私の手を握った。
その瞬間、カイトの頭上のポップアップが消えた。
私は思わず安堵して笑う。
「レオン、帰るでしゅよ。まずはお風呂でしゅ。忙しくなるでしゅよ」
レオンは無言で頷き、3人の子供たちを守るように前に立った。
スラムの薄暗い路地を抜け、
私たちは歩き出した。
ふふっ。私はまた1つ良いことを思いついた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
もう一つの作品「聖女という名の魔女達」は、本日ついに最終回です。
こちらとはまた違う空気の物語ですが、良かったら旅の終わりを見届けてくださいね。




