26 上から目線で失礼しましゅ
にぎやかな店先の裏で、ひとつの落とし物が物語を揺らします。
小さな足跡が、思いがけない場所へ続いていく回です。
「……ギルマス。その顔で立ち尽くしている暇はあるのか」
低く温度のない声が響いた。壁に寄りかかっていたレオンが、一歩も動かぬまま、鋭い眼光をギルドマスターに向けていた。
「レ、レオン……! いや、これは……」
「……財布だろ。さっきのガキなら、あっちの路地へ消えた」
レオンは顎でクイッと、スリの少年が逃げた方向を示した。
それと同時に、レオンは隣にいたケルンへ、スッと視線だけで合図を送る。
ケルンは「姫様、少々失礼します」と短く囁くと、行列の隙間を縫うようにして、音もなく路地の闇へと消えていった。
そんな大人たちのやり取りを横目に、私は「1番」の石をポケットにしまった。
真っ赤な顔をして立ち尽くすギルドマスター。
「……お財布、ないなら、1つあげるでしゅ」
私は、クーガが包もうとしていた焼き立ての「金貨焼き」を1つ手に取る。
そして身を乗り出して——
ぽいっと、ギルドマスターの手に乗せてあげた。
「えっ……? いや、しかし、ただでもらう訳には……」
「いいのでしゅ。今日は開店祝いでしゅから。お財布が見つかったら、また買いに来てくだしゃい」
人差し指を口に当てて、そっと笑った。
「内緒ね」ちょっとした悪戯を共有するみたいにささやいた。
「…………か、感謝する」
ギルドマスターは、手のひらの上の温かいカステラと、私の笑顔を交互に見て、今度は別の意味で顔を真っ赤にした。
一方、レオンは相変わらず無口なままだったが、その視線はケルンが消えた路地の奥をじっと見据えていた。
開店初日は5時の閉店を待たずに売り切れてしまった。
トメ夫人が入り口に「明日は2時開店」という張り紙を出した。
私は奥のテーブルで今日の売上勘定にいそしんでいた。
小判ならぬ、大銅貨ジャラジャラなのだ。ふふふ……この調子でいけば繁盛間違いなしね。次は支店をどこへ出そうかな? 私の妄想は膨らむばかりだ。
お店の裏口が騒がしくなって、ケルンがさっきのスリの少年を連れてきた。
「姫様、これどうしますか?」
そう言うケルンが、片手にギルドマスターの財布を持ち、もう片方の手で摘み上げていたのは、ボロをまとったみすぼらしい少年だった。前世で言うところの小学校低学年、7、8歳くらいだろうか。
「事情を聴きましゅ。でもその前にお風呂でしゅ」
「はぁっ! 何言ってんだ、このボケ! なんでこんなチビに、あんたら全員従ってんだよ! おかしいだろ!」
そう言うと少年は足をばたつかせた。
前世の知識を総動員して考える。この年齢の子供が一人で生きていけるはずがない。元締めがいるはずだ。さて、どうしますかね。
「チョコとクリームがありましゅよ。これをあげましゅ。お財布を拾ったお礼でしゅ」
「姫様。こいつは拾ったのではなく——」
私は片手を上げて、ケルンに黙るように指示をした。
「お財布を届けてくれたんでしゅよね?」
少年は助かったというように頷く。
「ギルドマスターにはこの子が落とし物を届けてくれたと言って、お礼をもらってきてくだしゃい。ケルン、一緒に行ってやって」
ケルンが少年をつまんだままギルドに入っていくのを見送った。
「何を考えている」
低い声でレオンが言う。特に何も考えていなかった。というか、いったい私に何ができるのだろうか?
「お嬢様、ここいらの荒くれ者は『暁組』と言って、先代の親父が亡くなってからは跡目争いが絶えないのです。関わらない方が良いかと」
トメ夫人ことトムじぃが心配そうにささやいた。
「あの少年も『暁組』?」
「先代はワルでしたが、子供たちには優しかったようです。
たぶん、今は下っ端にこき使われているんでしょうな」
なるほどね。だんだん構図が見えてきたわ。跡目争いなんかしているから組の中も殺伐として、弱い者が巻き込まれていくんだわ。
「レオン、後をつけましゅ」
そう言うと私はレオンに向かって両手を伸ばした。
レオンは「……お前というやつは」と呆れたように短く吐き捨てたが、それでもサッと私を抱き上げると、ギルドから出てきた少年を追って屋根の上を跳んだ。
「すごいでしゅ。風を切ってましゅ」
影たちの動きも魔法も本当にすごい。
音もなく瓦の上を駆け抜けるレオンの腕の中で、頬を撫でる風を感じる。
下では、少年が何度も後ろを振り返り、誰もついてきていないことを確認していた。
「残念でしゅ。上でしゅよ」
私のつぶやきは少年には届かないが、代わりにレオンの拳がコツンと頭に降りてきた。
「調子に乗るな。静かにしてろ」
鋭い視線に、私はしゅんとした。……でも、心の中では反論している。
(……でもね、一応、私が雇い主。
それに君より年上だし、命の恩人でもあるんだから!
……まあ、今は静かにしておくけど)




