25 行列のできるカステラ屋さん
カステラ屋さん、まさかの大行列スタート。
ギルドの皆さんも落ち着いていられないようです。
いよいよ、カステラ屋の開店日だ。
私たちはいそいそと店舗に向かう。
斜め前のギルドにはトメ夫人が、試食のカステラを持って、挨拶回りに行っていた。
抜かりはないのだ~~。
カステラ屋さんは、前世で見たたい焼き屋さんみたいな感じで、焼き立てを売るんだ。
カウンターは路地に面していて、味は3種類。
ピリリと胡椒の効いたチーズ味、とろける甘いチョコ味、それから定番のクリーム味だ。
「金貨焼き」という名前にしたんだ。まあるいお月様みたいな形だ。
この形が一番きれいに焼けて、無駄がなかった。
それに「金貨焼き」って、響きもいいでしょう?
幸先がよさそうな名前だもの。
紙で作った三角のコップに6個入るんだ。お値段は、大銅貨1枚!
開店時間は、おやつ時の2時から5時までの3時間。
路地裏から漂う、甘いチョコとクリーム、そして食欲をそそる胡椒の香りが、風に乗って斜め前のギルドへと流れ込んでいく。
「……はい、おまちどおさまです!」
三つ編みを揺らしたクーガが、ぎこちない笑顔で最初のお客に「金貨焼き」を差し出す。
緊張しているのか、その手が少し震えているのもご愛敬だ。
生地をひっくり返すときのジュゥーっていう音を聴きながら、私はカウンターの端っこでそれを見守る。
ポケットから「1番」の怪獣の卵――そう呼んでいる石をそっと取り出すと、白い布でキュッキュと磨いてあげる。
これが、最近の日課だ。マジックで書かれた「1」の数字が誇らしげに光って、石は「ちゃんと連れてきてくれたね」と言いたげに、つやりと光った。
この子は寂しがり屋さんなので連れてきたの。
(2番から7番まで、みんな私のお部屋でお留守番してるの。でも、もっとお友達が増えたら、きっと賑やかで楽しいだろうなぁ……。あのお山、私のものにならないかなぁ)
そんな欲望に思いをはせていると、ケルンが「姫様、すごい行列になっています」と隣でささやいた。
大通りから少し離れているはずなのに、いつの間にか行列ができており、その整理にジャックとホルンが駆り出されていた。
やっぱり、ギルドの前は大当たりだ。焼き立てのカステラの香りが、疲れた冒険者たちの鼻をくすぐる。私は頬が緩むのを抑えられなかった。
いつものように頭の中には金貨がジャラジャラと降ってくる。
でも、明日からは2人で回す予定だけど大丈夫かしら? そんな心配が頭をよぎった。
***
一方、ギルドの窓際では、書類をめくっていたギルドマスターが、ふいにピクリと鼻を動かした。何度も路地の方をチラチラと見ては、落ち着かない様子でペンを置く。
彼の机の上には、先ほどトメ夫人が置いていった、空になった試食用の皿がある。
(……あんな旨いカステラ、初めて食った。あのチーズの塩気と胡椒の刺激、それにあのふわふわの生地……。あれは……絶対に焼き立てが一番旨いはずだ)
窓の外からは、香ばしい匂いと共に「金貨焼き、焼き立てだよー!」という元気な声が聞こえてくる。
ギルドマスターは、自分がさっき食べた「試食」を思い出し、喉を鳴らした。気がかりなのは、窓の外の行列がどんどん伸びていることだ。
(このままでは、今日の分が売り切れるかもしれん……。いや、ギルドマスターとして、不審な行列が治安を乱していないか確認しに行くのは当然の義務だ。断じて、食いたいわけではない。
……断じてだ)
彼は勢いよく立ち上がると、コートをひっつかみ、「……ちょっと現場を見てくる!」と部下たちに言い捨てて、足早に部屋を飛び出した。
その時、入り口から勢いよく飛び込んできた小さな影――
あまりにも軽く、あまりにも慣れた動きだった。
――まるで、何度も同じことをやってきたかのように。
7歳くらいの汚れた服を着た少年と、まともにぶつかってしまった。
「おっと! ……危ないぞ、坊主。前を見て走れ」
「あ、ご、ごめんなさい……!」
少年は怯えたように頭を下げると、風のようにすり抜けていった。
ギルドマスターは「最近のガキは……」と眉をひそめながらも、意識はすでにカステラ屋の行列に向いていた。彼は努めて平静を装い、最後尾に並んだ。
甘く香ばしい匂いが、いっそう強く鼻をくすぐる。
前に並ぶ冒険者が「金貨焼き」を手にするたび、期待で胸が膨らんだ。ついに自分の番が回ってくる。
「……はい、次の方! 何味にいたしますか?」
女装姿のクーガが、少し裏返った声でギルドマスターに問いかけた。
ギルドマスターは「職務」を全うする者の厳しい顔をして、懐に手を入れた。
「……チーズ味を、1つだ」
そして、大銅貨1枚を取り出そうとして――彼の動きが止まる。
あるはずの場所に、あるべきものがない。
「……ん?」
もう一度、別のポケットを探る。胸元も、腰のポーチも。
だが、そこには虚しい布の手触りしかなかった。
(まさか、さっきのガキ……!)
ギルドを出る際、ぶつかってきた少年の顔が脳裏をよぎる。
ギルドマスターともあろう者が、白昼堂々、ガキに財布をすられた。
目の前には、夢にまで見た焼き立ての「金貨焼き」。
そして背後には、早くしろと言わんばかりの視線を向ける大勢の冒険者たち。
ギルドマスターの顔が、羞恥と絶望でみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
ギルドマスターとしての威厳が、音を立てて崩れていく。
——そしてこの日を境に、ギルドと「金貨焼き」は、切っても切れない関係になるのだった。




