【第六章 畿内】第八十一話 離れる国衆 今度は御所からじゃ
一五六六年 初夏 河内 飯盛山城
三好宗渭は、本丸の縁から、山の下の田を見ていた。
飯盛山は、河内の平野と大和を隔てる山並みにある。山を越す道は大和へ通じ、麓には街道が走っていた。平野の先に淀川が流れ、その川向こうが摂津である。川をさかのぼれば淀に至る。京へ向かう道は、そこから続いていた。
この城は、三好長慶が本拠にした城である。長慶は三好の家を畿内の主にまで押し上げた男であった。その長慶がこの城で世を去ってから、三好を一人で束ねる者はいなくなった。
あとを預かったのは、三人である。長逸は長慶の一族の年長で、三好の家の重鎮であった。友通は三好の血筋ではなく、長慶に取り立てられた男である。宗渭も三好の一族だが、父は長慶と争い、江口で討たれている。宗渭は、その長慶の下へ入った。
三人に上下はなかった。誰の言うことを聞くとも決めないまま、それぞれの国を預かってきた。
水を張った田のあいだを、人が動いていた。宗渭は去年の秋から、この山を下りていない。縁の端に、長慶の代から仕える者が膝をついた。
「山へ上ってくる国衆は、もうござりませぬ。河内の揉め事も、京の浅井へ持っていくそうにござりまする」
「聞いた」
宗渭は田から目を離さなかった。古い者は膝を進め、声を落とした。
「礼の銭も来ませぬ。年貢の分けも、この春は去年の半ばに届いておりませぬ」
「蔵は」
「・・・減っておりまする。目に見えて」
田には人がいる。宗渭はその動きを追っていたが、古い者は下がらなかった。
「春に一度、上の郷との揉め事で、使いが来たことがござりました。お言いつけどおり門へは入れず、半日待たせて帰しました。包んできた銭だけは、門の者が受け取りましてござりまする」
浅井の手の者が紛れるかもしれぬ。そう言って門を閉じさせたのは、宗渭であった。使いを帰したことにも、銭を取ったことにも、何も言わなかった。
古い者が懐から上包みを出した。三好下野守殿、とある。浅井備前守からの、三度目の文であった。
宗渭は座敷へ入り、文机の前で開いた。河内の所領はそのままにしておく。一石も取らない。去年の夏のことは言わない。文箱から前の二通を出して並べたが、一字も変わっていなかった。
「浅井は、河内へ兵を出したか」
「出しておりませぬ。南山城では、大和の弾正を奈良坂まで押し返したそうにござりまするが」
宗渭は三通の末まで目を通した。城を明けよとも、属せとも書いてない。一通目を読んだときには、あとでもっと大きなものを取るつもりかと思った。そのまま、三通目が来た。
「ただ、淀では牢人を集めておると。岩成の下におった者も、だいぶ行っておるようにござりまする。田植えになっても、兵が帰らぬそうで」
宗渭は縁を見た。去年、あの女が来たとき、兵は引いた。宗渭が命じる前に、引いていた。今は女の姿が見えぬというが、淀の兵は残っている。
「返事は、いかがなされまするか」
「書かぬ。浅井は、返事を求めておらぬ。兵も出さぬ。山の門は、閉めたままでよい」
「・・・国衆の使いが、また来ましたら」
宗渭は答えなかった。古い者はしばらく待ち、やがて頭を下げて退いた。宗渭は三通を畳み、文箱へ戻した。
去年の秋、長逸は友通の後詰めを出さず、公方にする男を連れて京へ向かった。宗渭がそれを知ったのは、すべてが済んでからである。友通は淀で討たれ、長逸は船で阿波へ渡った。宗渭のもとへは、何の知らせもなかった。
一五六六年 初夏 京 浅井屋敷
河内の国衆は、浅井の屋敷の遠侍で、礼の銭を懐へ押し込んだ。
先に来た者が五人ほど座っていた。国衆が端へ膝をつくと、隣の男が声をかけた。門で名を告げた言葉で、河内の者と分かったという。男は、芥川に近い郷から来たと名乗った。
「もしや、境の杭を戻してもらわれたという」
「河内まで聞こえておるか」
男の顔が明るくなった。浅井の兵が郷に入り、隣の郷の主も杭を元へ戻したという。膝には新しい書付があった。今度は別の郷との水の揉め事で来ていた。
「お手前は、何の揉め事じゃ」
「上の郷が堰を高くしましてな。こちらの田は、半分が乾いたままにござる」
使いを出しても、上の田にも水が要ると返された。国衆は郷を出るときの田を話した。隣り合う田の一方では苗を植えているのに、自分の田には水が回ってこない。
「三好の山へは、持っていかなんだのか」
「使いを半日待たせて、帰されました。銭だけは、受け取られましたが」
言い終えて、国衆は懐を押さえた。摂津の男はそこを見たが、包みの額を訊こうとはしなかった。
「ここでは要らぬと言われるぞ。わしは、そのまま持って帰った」
「あとで、まとめて取られるのでは」
「わしもそう思うた。まだ何も取られておらぬ」
男は膝の書付を揃え直した。二度目を持ってきている。国衆はもう一度包みに触れてから、手を膝へ戻した。
廊下で名が呼ばれ、公家の家の者らしい男が立った。取次について奥へ入りかけたとき、門から別の声が届いた。
「御所から、お使いにござりまする」
遠侍の話し声がやんだ。
門から走ってきた者が廊下を抜け、入れ違いに年かさの男が奥から出てきた。着ているものを直しながら、門へ急いでいく。
「海北殿じゃ。浅井の家の者でな」
隣の男が声を落とした。戸口から見える門の内で、海北が膝をついた。冠をつけた公家が入り、供が細長い箱を捧げ持って続いた。
公家は海北に案内され、遠侍の前を通り過ぎた。中には目も向けず、表の座敷へ入っていく。先に呼ばれた者は戻されてきた。国衆はその者が座り直すのを見て、懐の包みに触れた。
今日はもう、聞いてもらえぬのか。国衆は廊下を見ていたが、公家を通してからは誰の名も呼ばれなかった。戻された者は書付を膝へ広げ、摂津の男も席を立たなかった。国衆は懐から手を出し、二人と一緒に待った。
屋敷の者が二人、戸口の脇で足を止めた。一人が奥をうかがってから、もう一人へ声を寄せた。
「口宣をお持ちになったそうじゃ。殿を備前守に任ずる、と」
「備前守は、前から名乗っておられたであろう」
国衆も、その名で聞いてきた。隣の男も顔を上げ、戸口の方へ耳を向けていた。
「今度は、御所からじゃ。名乗りとは違う」
屋敷の者たちは奥へ引っ込み、遠侍はまた静かになった。国衆は座敷へ続く廊下を見ていたが、もう誰も通らなかった。
しばらくして、公家が出てきた。供の手に、細長い箱はなかった。門の脇で海北が包みを渡すと、供の一人はそれを懐へ入れた。公家が門を出るまで、海北は頭を下げていた。
戻された者から、また呼ばれ始めた。摂津の男も奥へ入り、やがて書付を持たずに戻ってきた。
「三日、待てじゃと。お手前も、じきに呼ばれよう」
男は国衆の肩を叩いて帰っていった。廊下を行き来する足音が収まると、国衆の名が呼ばれた。
通された座敷には、山水の襖があった。若い男が座り、脇には海北がいた。門へ走っていったときには持っていなかった帳面を、膝に置いている。
「浅井備前守にござる」
海北が告げた。国衆は頭を下げた。今、御所から下りた名であった。若い男から先を促され、国衆は堰のことを話し始めた。
当主は黙って聞いた。国衆が言い終えると、海北が書き留めるのを待って口を開いた。
「三つ、訊きまする。堰は、川のどこにござりまするか」
国衆は上の郷までの道と、川から田へ引く溝の場所を答えた。
「前の高さは、いかほどにござりまするか」
国衆は自分の膝に手を当てた。海北がその手元を見て、帳面へ書き付けた。
「前に、同じことで裁きを受けたことはござりまするか」
「ござりませぬ。前は、揉めずに済んでおりましたゆえ」
当主は海北の帳面を確かめ、国衆へ向き直った。
「三日、お待ちくだされ」
国衆は畳へ手をついた。顔を上げると、当主は海北の帳面を見ていた。
◇
約束の日に受け取った書付には、堰を見てきたことと、上の郷から聞いたことが記されていた。高くした分を落とし、元の高さへ戻すとある。
国衆はその行を指で押さえた。使いを出すたびに、戻さぬと返されてきた堰であった。読み進めると、末には浅井備前守とあった。
「同じものを上の郷にも渡してござる。浅井の者を付け申す。書付のとおりになるまで、郷に置いておきまする」
海北が言った。国衆は書付を畳み、懐の包みと持ち替えた。
「これは、ほんの礼にござる」
「要りませぬ」
包みは受け取られなかった。国衆はそれを懐へ戻しながら、門で海北から包みを受け取った供の者を思い出した。
屋敷を出ると、郷へ同行する浅井の者が待っていた。国衆は帰り道を告げ、歩き始めた。持ってきた銭は懐の奥にあり、その上に、裁きの書付が入っていた。
「面白かった」「続きが気になる」などと感じていただけましたら、ページ下の【☆☆☆☆☆】から評価で応援をいただけると嬉しいです。
いただいた応援が、毎日の執筆の大きなモチベーションになります!
ブックマークもすごく励みになります!毎日更新頑張ります。(20時50分更新)
引き続き、よろしくお願いいたします。
【もうひとつの戦国の物語】
豊臣秀長に転生した内科医が、自らの死と豊臣家の運命を変えようと奮闘する物語も連載中です。
https://ncode.syosetu.com/n1347my/




