【第五章 三好】第六十八話 野田の三好 後詰めを、お頼み申す
一五六五年 秋 摂津 野田
三好長逸は、野田の陣幕で、最初の報せを聞いた。
朝のうちであった。物見の者は、芥川へ行って、そのまま馬を飛ばしてきたという。
「芥川の浅井が、おりませぬ」
「おらぬ、とは」
「昨日の夕方まで見えておった火が、消えておりまする。今朝、陣を見に行きましたが、幕も旗もござりませぬ。夜のうちに引いた様子にござる」
長逸は、物見の顔を見た。芥川の浅井は、この夏、長逸が船で村へ上がるたびに兵を出した。来れば船へ戻り、別の村へ上がる。浅井の兵が減っても、芥川の陣だけは動かなかった。
「どちらへ」
「北へ。京の方にござります」
長逸は物見を下がらせた。京へ兵を寄せるなら、まだ分かる。だが、芥川を空にしてまで寄せるのか。空いた陣へこちらの兵を進めようにも、浅井がどこで止まるのか分からなかった。
昼を過ぎて、河内から宗渭の使いが来た。芥川の物見が戻るより前に河内を出た者で、摂津の陣のことは知らなかった。
「河内の浅井勢、陣を空けて北へ引きました。蒲生らの旗も、一つ残らず」
宗渭は夏のあいだ蒲生たちを押していた。浅井の女が来ると持ち直し、女が去るとまた下がる。それでも蒲生たちは、陣を明け渡さなかった。
その陣まで、なくなった。
長逸は幕を出て、湊の方を見た。野田は、淀川が海へ出る手前の州にある。阿波から来る三好の船は、ここへ着く。秋の風の中、船着き場に船が並んでいる。夏じゅう村へ兵を運んだ船であった。河内の使いはまだ待たせてある。戻る前に宗渭への返事を持たせようと思ったが、書くことが決まらなかった。
日が傾く前に、京に置いた手の者が来た。河内への返書を書かぬまま、長逸は陣幕へ呼び入れた。
「京に、浅井の兵が一人もおりませぬ」
長逸は床几から立った。使いはそれを見て、言葉を継ぐ前に一度唾を呑んだ。
「妙覚寺にもか」
「寺も、町も空にござりまする。当主も出てゆきました。寺には、借りたものを返す使いが一人来ただけにござる」
春から、浅井は京を空けなかった。三方から押されても、当主は京にいて兵を残した。その兵を、今は一人も置いていない。
「どこへ集まった」
「鳥羽にござりまする。摂津からも河内からも、皆、城南宮の前へ。昨日、揃うた兵が南へ出たと聞きまする」
「南か」
「淀の方にござりまする」
淀には、友通がいる。長逸は幕へ戻り、台の上の絵図を見た。京から鳥羽へ、鳥羽から南へ。指の先に、友通の城があった。
京を捨てて、全軍で友通を討ちに行くのか。
夜になって、淀から使いが来た。具足の裾に、乾いた泥がついていた。長逸が兵を集める支度をしていると思っていたらしく、陣幕に入るなり床几の脇を見た。
「浅井が全軍でこちらへ向かっておりまする。後詰めを、お頼み申す。摂津からなら、一日で来られまする」
使いが額を地につけた。長逸は、その背を見下ろした。山崎を抜ければ淀は近い。兵を出せば、友通の後ろへ着ける。友通の城は小さく、集めた兵をみな入れることはできない。城の外で踏みとどまるには、こちらが来ると知らせねばならなかった。
浅井の全軍とも、正面から当たる。
春の野田での光景が、目の前に戻ってきた。陣の正面に人のいない筋ができ、そこを黒い馬が駆けてきた。止めに出た兵が倒れる。三つ目の旗を過ぎても、馬は速さを落とさなかった。
長逸は船着き場へ走った。背後で甚左の名を呼ぶ声が上がった。振り返ると、甚左が馬の前に立っていた。長く側にいた男である。
甚左の槍が突き出された。黒い馬が横へずれ、薙刀が下りた。甚左が倒れる。そこで、初めて馬が止まった。騎馬の者が降りて、甚左を囲んだ。長逸は渡し板に足をかけた。板が揺れ、前の者の背へ手をついた。岸で刀が上がったのが見えた。
女だけが、馬から降りなかった。
そのあいだに長逸は船に乗った。櫂が水を掻き、船が岸を離れる。黒い馬がまた走りだして、船着き場の端まで来た。水が広がりはじめて、やっと蹄の音が止んだ。長逸が船縁を掴んだまま振り返ると、女もこちらを見ていた。
「後詰めを」
使いの声で、長逸は野田の幕へ戻った。右手が、床几の縁を握っていた。指を開いても、手のひらに木の跡が残っていた。使いはまだ額を上げていない。長逸が一言命じれば、この男はすぐ友通のもとへ戻る。
友通も春、山科であの騎馬と当たる前に引いた。長逸は野田で正面を割られ、船へ退いた。夏は正面から戦わず、村を荒らして浅井の兵を走らせた。兵は減った。刈り入れになれば、国衆も帰る。待てば、さらに減らせるはずであった。
今の浅井は、散っていた兵を一つにしている。京と河内と摂津の兵が、今度はあの黒い馬と一緒に来る。
「・・・下がって、休め」
長逸が言うと、使いが顔を上げた。返事を持たずに淀へ帰るつもりはないようであった。
「後詰めは」
「追って沙汰する」
使いは、しばらく動かなかった。長逸は目を合わせず、取次に休む場所を用意させた。
返事を出さぬうちに、兵を淀へは出せない。友通は待つだろう。昼に来た宗渭の使いも、まだ帰していない。事情を知らせれば、宗渭が河内から動くかもしれぬ。長逸はそちらへの返書も書かなかった。
友通を助けに行って、摂津の兵まで失うわけにはいかない。長逸はそう考え、幕の外の船を見た。甚左のいた船着き場で、今も兵が荷を降ろしている。甚左の代わりに馬の前へ出せる者を、長逸は思いつけなかった。
淀に浅井が集まっているあいだ、京は空である。
長逸は、絵図の上の京を指で押さえた。野田から山崎を抜ければ、淀を通らずに京へ行ける。京に浅井の兵がいるあいだは、その道を進めなかった。
「湊へ使いを出せ。今夜のうちにじゃ」
側の者が膝をついた。
「公方様を、お連れ申す。明け方に船を降りていただく。輿を用意せよ」
公方様、と長逸は呼んだ。
義栄は、先の公方の従弟である。まだ将軍ではない。秋の刈り入れが近づいた頃、長逸は阿波から呼び寄せていた。義栄を乗せた船は、数日前に野田へ着いている。京へ入る道が開くまで、湊で待たせていた。
京では、朝廷へ取り次ぐ者に話を通してある。将軍の宣下が出れば動く、と答えた家々もあった。だが、義栄が京へ入らなければ宣下は出ない。義栄を阿波から呼び寄せただけでは、その家々も兵を出さなかった。
今なら、京に浅井の兵はいない。淀へ後詰めに行けば、あの黒い馬と正面から当たる。義栄を京へ入れれば、将軍の名で浅井を討てと命じられる。春、山崎の国衆は浅井が通っても門を閉じていた。宣下が出れば、あの家々も動くかもしれない。
長逸は、絵図の上で野田から山崎までの道を測った。兵だけなら早い。義栄には輿を出し、行列をつけねばならない。そうでなければ、京の者たちは公方が入ったと見ない。
友通は淀で、何日持つだろうか。城は小さいが、周りには縁の国衆の屋敷がある。友通がそこへ兵を分ければ、浅井も一日では片づけられまい。
摂津へ駆けてきた使いには、まだ返事を出していなかった。友通が待つあいだに、野田の湊へ向かう使いだけが出ていく。
長逸は側の者を呼び戻した。
「夜が明けるまでに、輿を用意せよ。山崎を通る者にも、話を通しておけ」
「はっ」
側の者が幕を出た。長逸も後を追って外へ出た。湊から風が吹き、並んだ船の旗が鳴った。
黒い馬は、ここにはいない。淀へ向かっている。
「夜が明けたら、すぐに京へ向かう」
長逸の声に、控えていた兵が頭を下げた。一人が船着き場へ走り、残る者が陣幕へ戻っていった。
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