【第五章 三好】第六十二話 摂津の川 これでは進めぬの
一五六五年 春 京から摂津への道
三田村国定が京を出たのは、翌朝であった。
夜明け前、市の騎馬は妙覚寺の境内に揃った。市が毎日、薙刀を振っていた空き地である。砂に幾重にも残っていた足跡を、馬の蹄が踏んでいった。
三田村は、市のすぐ後ろについた。大野木も、その隣に馬を並べていた。
町の中には、四千が並べる場所がない。町のあちこちに散っていた兵には、前の日のうちに、鳥羽の城南宮へ集まれと触れが回っていた。
市の騎馬は寺を出ると、まだ戸を閉めている町を南へ抜けた。下京の木戸をくぐる頃、東の空が白みはじめた。
城南宮は、京の南の入口にあった。昔はこのあたりに上皇の離宮があり、その鎮守であったと、三田村は聞いていた。離宮はもうなく、社も応仁の頃から荒れたままであった。
社の前には、昔の馬場だという広い野がある。その野に、兵が集まっていた。北近江の兵が前に、旧六角の兵が後ろに並び、二つは混ざっていなかった。蒲生、永原、目賀田の旗が、後ろの列に立っていた。
市は兵の前を通り、そのまま社へ馬を進めた。鳥居は傾き、朱が剥げている。その奥では、草の生えた屋根の軒が、一か所落ちていた。
市は、馬の上から社を見た。
「なんじゃ、京の社はぼろぼろではないか」
声が、野に通った。前の方の兵が、何人か社を見た。
市は馬の首を返し、兵の前へ戻っていった。長政はその場に残り、傾いた鳥居と草の生えた屋根を見ていた。
社の脇には、年寄りが一人立っていた。長政は馬を降りて年寄りの前まで行くと、身をかがめて何か話した。社を指し、懐から出した包みを渡した。年寄りは包みを両手で受け、何度も頭を下げた。
何を話したのか、三田村のところまでは聞こえなかった。長政も、戻ってから何も言わなかった。
市は兵の前で馬を止め、薙刀を立てていた。北近江の兵から旧六角の旗まで、野を一回り見渡した。
市の馬だけが、何度も前脚で砂を掻いた。市は押さえようともせず、揃った旗を端から端まで見ていた。
「三好が、京に戻ってくるそうじゃ」
市の声が、野の端まで届いた。
「来る前に、わしが叩いてくれるわ」
槍の石突きが、どこかで地を突いた。一つ。二つ。やがて音は前から後ろへ広がり、野の端まで行って、やんだ。
市は、戻ってきた長政を見た。
「長政、行くぞ」
市が馬の腹を蹴る。
三田村はその左についた。大野木も右から続いた。
「みなも続け」
後ろで長政の声がした。四千の列が、動きはじめた。
鳥羽を出ると、軍勢は西へ向かった。旧六角の道案内は、田の中を延びるまっすぐな道を、久我の畷と呼んだ。
しばらくは、田と村が続いた。村の者は道から離れ、長い列が通り過ぎるのを見ていた。
市は列の先頭を進んだ。後ろを振り返ることはなかった。三田村が振り返ると、槍と旗の列が畷の上をどこまでも続き、最後尾は見えなかった。
昼を過ぎると、道の右手へ山が迫り、左手には大きな川が現れた。道案内の者が、山を天王山、流れを淀川と教えた。そのあいだの細いところが、山崎であるという。
馬を三頭並べられるかどうかの道であった。騎馬は二列になり、後ろの兵はさらに細くなった。列が、見えないところまで延びていった。
ここで前を塞がれれば、止まる。
三田村は天王山の斜面を見上げた。木々のあいだに動くものはなかった。後ろが事情を知る頃には、道いっぱいに兵が詰まっている。そこへ山から射かけられれば、逃げる場所がない。川岸の船着き場には、船が二、三艘繋がれていたが、人は乗っていなかった。
市は、細くなった道でも馬の速さを変えなかった。前を行く黒い馬に引かれるように、二列になった騎馬が山と川のあいだへ入っていった。
やがて、道の脇に築地で囲まれた屋敷が並びはじめた。どの門も閉じ、旗は一本も立っていなかった。
一つの屋敷の物見台に、人の顔が現れた。列の先頭を見ていたが、市が門の前へ来ると、すぐに引っ込んだ。
市は門を見なかった。前だけを見て、同じ速さで通り過ぎていく。
長政は、門の前へ来るたびに馬を少し遅らせた。閉じた門を見て、通り過ぎると前へ戻る。次の屋敷でも、その次でも同じであった。
武具を持った者が門の上に並ぶことはなかった。門を開けて、道端で頭を下げる者もいなかった。戦おうとはしない。迎えようともしない。南近江を通ったときとは違っていた。
四千の列が通るあいだ、どの門も開かなかった。ただ、築地の上や物見台に現れた顔だけが、市を追い、その後ろの旗を数えていた。
三田村は、敵の旗だけを探した。旗は、どこにもなかった。
山崎を抜けると、山が右へ離れ、前に平らな野が開けた。日が傾く頃、軍勢は川のそばで足を止めた。道案内は、その川を芥川と呼んだ。後ろの兵が山崎を抜けきったときには、もう日が暮れていた。
翌日、軍勢は淀川の岸をさらに下った。
川は次第に太くなり、やがて幾筋にも分かれた。流れのあいだには、島のような土地と村があった。
一五六五年 春 摂津 野田・福島
三田村国定は、昼過ぎに野の端へ着いた。
長政が、そこに陣を置くと決めた。兵が柱を立て、縄を張り、旗を上げはじめた。三田村は、陣の先まで馬を進めた。
目の前を川が一筋流れ、その向こうに三好の陣があった。
後ろからついてきた道案内の者が、川向こうの村を野田、その先を福島と呼んだ。どちらも、淀川が海へ出る手前の州にある村である。海が近く、阿波からの船もここまで上ってくる。潮が満ちれば、川の水も上がった。
旗は多かった。だが、紋は一つではない。違う紋の旗が、川辺や村の脇にばらばらに立っていた。旗と旗のあいだには、何もない場所が残っている。数はあっても、一つの陣にはなっていなかった。
石部の野へ出てきた六角の残りも、旗は揃っていなかった。だが、あれは兵が少なかった。川向こうには、数があって、揃っていない。
陣の後ろでは、水が広く開けていた。水際の船着き場には、数えきれないほど船が並んでいる。
その一艘から、今も兵が降りていた。岸へ上がった者が槍や荷を受け取り、その場で固まっていく。やがて新しい旗が立った。その紋も、すでに並ぶものとは違っていた。
まだ、着いている。まだ、揃っていない。
船着き場の近くには、ひときわ高い旗があった。その周りだけは幕が張られ、人が固まっていた。伝令らしい者が、そこから幾つもの旗へ走っていく。
あそこに、大将がいる。
後ろから蹄の音がして、市が三田村の横へ来た。川の向こうを見たまま、馬を並べた。
「大将はどれじゃ」
「あれにござります。船着き場の近く、一番高い旗の下にござります」
三田村は、槍の穂先で指した。
市はそちらを見た。目が細くなった。
「あの旗か」
市は川幅を確かめなかった。浅いところを探す者が出るのも待たなかった。
市が前へ出る。
三田村は慌てて、馬の腹を蹴った。大野木も右から続いた。
市が岸を下りる。
黒い馬が、川へ入る。
水が跳ねる。
脚が沈む。
腹まで水が上がる。
馬が首を上げる。
市は手綱を引かない。
馬の首を、もう一度向こう岸へ向ける。
黒い馬が一歩出る。
そこで止まる。
水は、鞍の下まで来ていた。
「これでは進めぬの」
市は水の中で、川向こうの高い旗を見ていた。薙刀は立てたままであった。向こう岸にも兵が何人か出てきて、こちらを見ていた。
三田村と大野木が岸際で止まったところへ、長政が馬を寄せてきた。
「市。戻ってくだされ」
市は、振り返らなかった。
「今は潮が満ちておりまする。明け方に引けば、馬で渡れるほど浅くなりまする」
市は高い旗を見た。それから、馬の腹を洗う水へ目を落とした。
しばらくして、市は馬の首を返した。岸へ上がると、馬の腹から水が流れ落ちた。市の袴の裾も濡れていた。
長政は、岸へ戻った市に声をかけた。
「明け方に攻めまする」
市は答えず、馬の首を三好の陣へ向けた。薙刀を脇に抱え、一番高い旗を見据えた。
日が水の向こうへ沈みかけ、三好の陣に火が入りはじめた。一つ、二つと増えた火が、旗と旗のあいだを埋めていった。船着き場には、まだ船が着いていた。
市は、薙刀を抱えたまま、微動だにしなかった。
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