【第三章 長政と久政】第三十六話 朝倉義景の勘定 安くはない
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余呉は、湖の北にある小さな湖の岸である。
街道は湖の東を通っている。その脇に、少し高くなった場所があった。前には街道が見え、後ろには山がある。風もいくらか避けられた。
朝倉の本陣は、そこに置いた。
木之本までは、一里以上ある。
義景は、床几に座っていた。
当たっているのは前の隊である。本陣からは見えない。街道が途中で曲がり、その先は山に隠れていた。旗も見えず、槍の音も人の声も届かない。
聞こえるのは、陣の中の音だけである。馬が鼻を鳴らす。糧を積み替える者が声をかけ合う。幕の縄が風を受け、柱へ当たる。
戦が始まっているようには見えなかった。
届くのは、伝令だけである。
朝から三度来ていた。一度目は、当たったという報せ。二度目は、押し合っているという報せであった。
三度目に、押されているという報せが来た。
伝令の馬は、腹を大きく動かしていた。口の周りに泡がついている。
「申し上げます。先手、押し戻されておりまする」
「どれほどじゃ」
「半町ほどにございまする」
「崩れたか」
「いえ。崩れてはおりませぬ」
「ならば、なぜ下がる」
「・・・」
伝令は答えられなかった。前の隊から言われたことを、そのまま運んできただけである。
義景は、床几の脇の絵図を見た。
北国街道が一本の線で描いてある。木之本の手前には、馬三頭ぶんと書き込ませていた。東の山裾へ入る谷は二つ。久政に案内させ、着いた日に確かめたところである。
回り込める道はない。正面から押すしかない。
それなら、数の多い方が勝つはずであった。
こちらの方が多い。浅井より早く支度をし、糧も三十日ぶん持ってきた。後ろの兵を前へ入れ続ければ、浅井の方が先に尽きる。
多いのに、押されている。
「前へ、もう一隊入れよ」
「はっ」
伝令は馬を替え、来た道を戻っていった。
命が前へ届くまでにも時がかかる。届いた頃には、さらに押されているかもしれない。前の将が、別の判断をしているかもしれない。
本陣から見えないところで起きたことを、伝令が運ぶ。その報せを聞いて命を返す。返した命が届く頃には、前はもう同じ形ではない。
義景は、それ以上の命を出さなかった。
夕方近くになった。日が山へ寄り、湖の面が暗くなり始める。
前から、次の報せは来ていない。
代わりに、使者の取次をしている将が幕へ入ってきた。
「浅井の使者が、また参っております」
「なんと申しておる」
「内訌などないと。父上を追放してもおらぬ。父上は越前におられる。それだけであると」
「・・・またか」
義景は、湖の方を見た。
一乗谷の館なら、そちらには庭がある。切った木の跡と、移させた低い木が見えるはずであった。
ここにあるのは湖である。風が水の上を渡り、細かな波が岸へ寄っていた。
使者は、数えていないほど来ている。
三日か四日に一度、別の顔が来た。同じ者が続けて来ることはない。東の山を回った者。京から越前へ入った者。商人の供として一乗谷へ入り、文を渡した者もいる。
道は毎回違う。言ってくることは同じであった。
浅井に内訌はない。父を追放していない。父はいずれ迎えに参る。
こちらへ求めることはない。兵を引けとも、久政を返せとも、若狭を取ったことを詫びてもこない。
ただ、内訌がないと言い続けている。
一乗谷に残した者からも、同じ報せが来た。朝倉の家臣へ文が届いた。寺にも同じことを言う者が来た。小浜と越前のあいだで荷を扱う者まで、浅井に内訌はないと言っている。
誰が聞いても、同じ言葉であった。
こちらの名目は、浅井の内訌を鎮めることである。
鎮めるものがない、と向こうは言っている。
言い返せることが、一つもなかった。
内訌はあると言うことはできる。久政と長政が争っている。そう言えばよい。
だが、浅井の当主は争っていないと言っている。父を追放していない。いずれ迎えに行く。
それでも内訌があると言えば、他家の内が割れているかどうかを、朝倉が決めることになる。
それでは、鎮めではない。割るために来たことになる。
久政を表へ出し、あの者が内訌だと言ったと明かすこともできる。朝倉は、その言葉を受けて兵を出した。そう言えば済む。
そうすれば、他家の先代を担ぎ、その息子が持つ国へ入ったことになる。北近江を取りに来たのだと、誰にでも分かる。
「使者は、どこにおる」
「陣の外で待たせておりまする」
「文は」
「ござりませぬ。言葉だけにございまする」
捕らえても、持っているものはない。帰せば、また別の者が来る。
「帰せ」
「はっ」
将は頭を下げた。それでも、すぐには下がらなかった。
「いかがなされます」
使者のことではない。この戦をどうするのかと訊いている。
義景は、勘定をした。
前は押されている。細い道で押されているということは、兵を入れ替えても押し戻せていないということである。
戻すには、さらに兵を入れる。入れれば損が増える。減った兵を次の郷から出させることになり、糧も減る。
北近江は、安く手に入るなら悪くなかった。
久政が自分から来て、家中が割れていると言った。朝倉が姿を見せれば、浅井の中から久政へ付く者が出るかもしれないと思った。一度目に浅井が引いたときは、そうなるように見えた。
長政は朝倉を敵と呼ばず、久政を追放していないと言った。迎えに行くと言った。次には兵をきちんと集めてきた。
家中から離れた者がどれほどいるのかは分からない。少なくとも、前で押している兵は離れていない。
安くはない。
三十日ぶんの米は、まだ半分も使っていない。だが、このまま三十日押しても決まるとは思えなかった。三十日で決まらなければ、糧を足すことになる。越前から、また山を越えて運ぶ。足せば銭が要る。
浅井を押し返しても、その先には小谷がある。城を囲めば、さらに日がかかる。
安く手に入る北近江ではなくなっていた。
名目も消えた。
消えたので、続ける理由を人に説明できない。久政のために兵を出したとは言えない。北近江を取るためとも言えない。浅井に内訌がないのであれば、朝倉は何を鎮めるためにここにいるのか。
説明できないまま続ければ、別の名をつけられる。
侵攻である。
義景は、絵図から目を離した。
「潮時じゃ。引くぞ」
「はっ」
将は頭を下げたまま、しばらく動かなかった。それから顔を上げた。
「久政どのは」
義景は、湖を見たままであった。
連れて帰るとは言えない。一乗谷へ戻せば、久政を担いだことになる。この先も朝倉が庇わねばならない。久政がいるかぎり、長政から使者は来続ける。
捨てるとも言えない。自分を頼ってきた者を、都合が悪くなったので捨てたと知れれば、次に誰も頼ってこなくなる。
どちらも言わずに済ませる言い方が、一つだけあった。
「・・・好きにさせよ」
将は、それ以上訊かなかった。
その夜のうちに、引く支度が始まった。
前を空にすれば、浅井が追ってくる。押し合っている隊を残し、その後ろから順に抜く。最後の隊が離れるまで、旗と幕をいくつか残しておく。
二日かかる見込みであった。
命は、陣の中へ順に伝えられた。
どの隊を何刻に下げるか。どの道を先に空けるか。誰が最後に残るか。書付が作られ、伝令が走った。
久政の陣へは、誰も行かなかった。




