【序章 輿入れ】第四話 誰も数を知らない
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翌日の朝早く、境目から急ぎの報せが入った。
運んできたのは、境の砦を預かる者の下にいる、まだ若い足軽であった。夜のうちに山越えの道を来たため、草鞋が片方切れ、片足だけ裸足になっていた。
足軽は土間に立ったまま、同じ話を三度させられた。
六角が兵を出したという。数は分からない。愛知川のあたりへ集まっているらしく、名目は境目の押さえであった。近ごろ北近江の者が境を越えて田を作っているため、それを検めるという触れが出ているらしい。
評定の間には、朝のうちから三十人近くが集まった。上座の下には、北近江の南端から愛知川までを描いた古い絵図が広げられ、四隅を硯と湯呑みで押さえてある。
近江は、湖を挟んで北と南に分かれる。北が浅井、南が六角で、その境が愛知川のあたりになる。線が引かれているわけではない。街道と田が続き、どこからがどちらのものかは、その年ごとに少しずつ動いていた。
六角は代々近江を預かってきた守護であり、浅井もかつてはその下にいた。離れたのは久政の父の代である。それから何度も戦い、勝ったこともあったが、最後には浅井から使者を出し、頭を下げて収めることが多かった。
長政が上座に座り、久政はその脇に座った。昨日と同じ、浅井で暗黙のうちに決まっている並びであった。
報せが読み上げられると、初めに、列の下の方に座る若い者が口を開いた。
「押さえと申しても、田を検めるために兵は要りませぬ。境を越えて参ったのは向こうにござる。ここで引けば、次は境が動きまする」
筋は通っている、と赤尾は思った。実際、去年も一昨年も境の田は動いている。動かしているのはこちらであった。
別の若い者が続いた。
「六角は今、家中が二つに割れておりまする。観音寺の騒動以来、国へ帰ったまま出てこぬ将もおります。今ならば数は揃いませぬ」
「割れておるからこそ、外へ出すのじゃ」
上座に近い年配の者が言った。
「家中が割れておるとき、外に敵を作れば内は締まる。こちらが出れば、向こうも揃うてしまいまする。使者を立て、田を返して境を元へ戻すと申せば、それで収まりましょう」
「収まりませぬ。一度下げれば、次も下げねばなりませぬ。それを繰り返して参ったではござりませぬか」
若い者は言い終えてから、久政を見た。すぐに目を伏せた。
久政は正面を向いたままである。眉も、膝の上の手も動かなかった。
三人目が、中ほどの座から口を開いた。
「朝倉に仲立ちを頼む手がござる。越前とは古い付き合いにござれば、六角も無下にはできますまい。兵を出さず、頭も下げずに済みまする」
「越前に貸しを作ることになりまするぞ」
「貸しならば、いずれ返せばよろしゅうござる」
その者も、言い終えると久政を見た。久政は何も言わない。
三つとも通る、と赤尾は思った。
兵を出せば、割れていた六角が揃う。頭を下げれば、次もまた下げることになる。朝倉に頼めば、いずれ越前から何かを求められたときに断れない。
どれも先で行き止まりになるが、今だけなら通る。こういう日は、これまでにも幾度もあった。
長政は、黙って聞いていた。誰かが話すたびにそちらへ目を向け、終わると正面へ戻す。朝からまだ一言も発していない。
昼が近づくと、北側の障子が開けられた。庭の土に日が当たり、障子の桟の影が畳の上をゆっくり移っていく。
茶が入り、脚を崩す者が出ても、同じ話が戻ってきた。境は動かせぬ。頭を下げる方が安い。朝倉へ頼めばよい。今度は別の者が、少し言い方を変えて口にした。
六角の兵数は、いまだ分からない。愛知川のあたりに集まっているらしいというだけで、千なのか五千なのか、誰にも言えなかった。
誰も数を知らないまま、出るか出ないかを言い合っている。それに気づいている者はいたはずだが、誰も口には出さなかった。
朝倉の話が三度目に出たとき、若い者の一人が声を大きくした。
「越前は、北近江が焼けてから仲立ちに参れば、それで足りるのでござる」
「言葉が過ぎるぞ」
年配の者に制され、若い者は口を閉じた。それでも膝の上では、拳を握ったままであった。
長政はその拳を見てから、上座の脇へ目を動かし、また正面へ戻した。
久政は何も言わない。案も出さず、朝から同じ場所に座っているだけであった。
昼を過ぎても、話は決まらなかった。絵図はいつのまにか端が丸まり、押さえにしていた湯呑みも下げられている。誰も直そうとしなかった。
日が傾き、開けた障子から入る光が赤くなった。庭では鶏を追う声がし、城のどこかから、夕餉のために木を割る音が聞こえた。
座っている者は、朝と同じ人数のままであった。誰も帰っていない。帰ってよいとも言われていない。
同じ話が、まだ回り続けていた。
そのとき、廊下で音がした。
足音である。
速い。




