【第三章 長政と久政】第三十三話 越前への使者 朝倉を、敵と呼ぶな
一五六三年 春 越前
浅井久政が、先触れもなく一乗谷へ現れた。
一乗谷は、山と山の間にある細長い谷である。入口と出口を城戸で閉め、その間へ町が詰まっている。朝倉義景の館は、その奥にあった。
朝倉は越前一国を持つ。田は広く、港があり、京から来た者も住んでいる。銭の回る豊かな地であった。
義景は、広間から南の庭を見ていた。
池の端にある木を一本切り、そのあとへ低い木を移す。庭師は朝から根元を掘り、縄をかけていた。館の屋根へ倒しても、池へ入れても困る。どちらへ倒すかを決めるのに時間がかかっている。
浅井久政が来たのは、その最中であった。
取次が下の城戸から走ってきた。供は十を少し超え、先触れはないという。
「浅井久政と申したか」
「はっ」
浅井の当主は長政である。久政は父であり、六角を退け、若狭を取ったのも息子の方であった。
その父が、知らせもなく来ている。
「通せ」
供と武具は城戸で止め、久政だけを広間へ通した。衣は旅のままで、裾には乾いた泥が残っていた。
久政は下座へ座り、両手を畳についた。頭を深く下げ、顔が見えなくなる。
「頼みがござる」
義景は先を促さなかった。庭から、鍬が石へ当たる音が聞こえている。
久政は顔を上げ、筋の話をした。
浅井は朝倉へ、何度も仲立ちを頼んできた。恩を受けた家には返すものがある。それなのに、朝倉が長く見てきた若狭へ、断りもなく兵を入れた。
息子がそれをした、と言った。
「わしが止めたが、聞かなんだ」
義景は頷いた。返事ではない。聞いているというだけの形であった。
久政は続けた。浅井家中にも、筋が通らぬと思う者がいる。自分についてきた者も、小谷に残った者も同じである。
だから、内が割れている。
このままでは浅井そのものが崩れる。元へ戻すため、外から手を貸してほしい。
「浅井を取ってくれと申しておるのではござらぬ」
久政は初めて、義景を見た。
「内を直していただきたい。それだけにござる」
義景も久政を見た。
内を直す。何をすれば直ったことになるのかは言わない。義景も訊かなかった。訊けば、久政は一つを選ばなければならない。
今は、内が割れているという話だけで足りる。
「考えておこう」
久政は、来たときより長く頭を下げた。立ち上がると二歩下がり、もう一度下げてから広間を出た。
◇
義景は一人になった。
庭では、木の枝を落としている。細いものが地面へ落ちる音と、縄を引く者の声がした。
浅井の先代が自ら来て、内が割れていると言った。兵を出す名目を、向こうから持ってきたのである。
義景は庭を見た。
木は、縄を引くと傾き、緩めると戻った。
北近江が安く手に入るなら、悪くない。
久政を小谷へ戻し、長政が退けばよい。ただし、安く済まなければならない。
北国街道は細い。正面から当たれば、数が多くても押し切れない。長引けば銭が要る。
だから、賭けない。
行って様子を見る。安く済むなら押す。高くつくなら引く。引く名目も久政が持ってきている。内を鎮めに来たのであり、鎮まらなければ、いったん戻ればよい。
どちらへ転んでも、損が出ない。
義景は将を呼んだ。
「兵を出す」
「いずこへ」
「北近江じゃ」
「数は」
「多く見せよ」
旗を増やす。先と後ろを離し、列を長くする。当たらずに済めば、それがよい。
「浅井久政殿を案内につける。道は、あちらが知っておる」
「はっ」
糧は三十日ぶん。それで決まらなければ、決まらないということである。義景も出ることにした。
庭で、大きな音がした。
木が倒れた。土が上がり、近くにいた者が二、三歩下がる。屋根にも池にも当たらず、決めた場所へ倒れていた。
「そこへ、低い木を移せ」
庭師が頭を下げた。
一五六三年 春 近江 小谷
陣を払って戻ってから、三日目であった。
次の支度が始まっている。今度は触れを回していた。朝倉は余呉から動かず、引いてもいない。
次はこちらから行く。着いた日に、また引くわけにはいかなかった。
海北綱親は、長政の部屋へ呼ばれた。取次が二人、書き付けを扱う者が一人いる。市はいなかった。庭から薙刀の音もしない。
机には、宛先ごとに分けた書きかけの文が積んである。手前に、字の少ない一枚だけが置かれていた。
「一つ、言うておく」
四人が頭を下げた。
「朝倉を、敵と呼ぶな」
部屋が静かになった。
書き付けを扱う者の膝には、触れの下書きがある。途中に、敵勢という字が書かれていた。その者は紙を伏せた。
「触れにも書くな。人に言うときも言うな。城下で訊かれたら、そう答えよ」
長政は四人を順に見た。
「父上を追い出したのではない。追放してもおらぬ」
言葉を切った。
「父上は越前におられる。それだけじゃ。訊かれたら、そう言え」
「・・・はっ」
取次の一人が答え、残りも頭を下げた。
書き付けの者が紙を表へ返し、敵勢の字へ線を引いた。代わりの言葉を書こうとして、筆が止まる。
「なんと書けばよろしゅうございまするか」
「北へ出る、とだけ書け」
「はっ」
男は一行を消し、別のところへ書き直した。
当たれば、矢を射ち返すことになる。その相手を敵と呼ぶなと言われている。
長政は、敵でないなら何なのかを言わなかった。朝倉と戦わないとも言わない。
「使者を出す」
長政は海北を見た。
「越前へじゃ。一度ではない。何度も出す」
「はっ」
「言うことは一つでよい」
手前にあった一枚を差し出す。海北は膝を進め、両手で受け取った。
短い文である。
浅井に内訌はござらぬ。父を追放してもおらぬ。父はいずれ迎えに参る。
兵を引けとも、久政を返せとも、返事を寄越せとも書かれていない。
「宛先は」
「朝倉左衛門督殿へ」
「はっ」
「ほかにも出す」
長政は机の束へ手を置いた。
「一乗谷におる者へ、同じことを伝えよ。文を渡せぬ者には、口でよい」
越前の国衆。朝倉の家臣。寺。荷を扱う者。一乗谷へ出入りする者は、同じ言葉を聞くことになる。
海北は下がった。
北国街道は塞がっている。使いは美濃寄りから抜ける道と、京を回る道へ分けた。三日か四日に散らし、同じ者を続けて使わない。
最初の者へ宛先と道を伝えた。
「返事は」
「要らぬ」
次の文も、その次も同じ長さであった。
長い文には写しが要る。写す手が入れば、内訌はない、が、すでに収まった、へ変わることがある。父を追放していない、が、父は自ら出た、となっても違う。
変わっては困る文なのであろうと、海北は思った。
狙いは訊かなかった。
ただ、一つだけ分かった。
長政は、父を迎えに行くつもりでいる。
朝倉へ言い張るためだけの言葉ではない。家中をまとめるための嘘でもない。使者に持たせる言葉と、長政がしようとしていることが同じであった。
だから海北は、いつもより楽であった。中身を知らずに運ぶより、知って運ぶ方が楽なこともある。
その日から、三日おきに使者が出た。一人が戻る前に、次を出す。文面は毎回同じである。
城の中でも言葉が変わった。触れから、敵勢の字が消えた。
城下では、初めのうち言い直す者がいた。
「北の敵は、まだ余呉に」
そこまで言って、隣の者に袖を引かれる。
「朝倉勢は、まだ余呉におるそうじゃ」
そのうち、言いかけもしなくなった。
大殿は、越前におられる。
朝倉は、余呉にいる。
浅井は、北へ出る。
それだけである。
誰も、その先を言わなくなった。




