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8.そして現在、歴史家は語る(最終話)

 湖国初の女詩人・李清照といえば、現代でもその名を知らない者はいまい。三代皇帝の時代に彗星のごとく現れた彼女の詩は現代でも広く愛されている。


 彼女の詩は、これまでの硬く凝り固まった、男たちがその教養を誇示するためだけの詩の概念を根底からくつがえした。それまで、詩とは高位の者や貴族だけがたしなむものだった。庶民においては、文官となるための試験・科挙の受験のために仕方なく学ぶ者がいただけのことであった。よってこの時代、女の活躍する場は増えつつあったが、それでも詩をたしなむ女性はごくわずかであった。


 そんなある日、彼女の詩集が開陽の街で発売された。その詩集は自費によって出版されたごくささやかなものであったが、彼女の詩の世界に引き込まれた人々の口伝によって、じわじわと、やがて一気にこの街の話題をさらった。


 彼女の詩は、文語体で、自由な形式で、それだけでも当時珍しかった。だがそれだけではなく、率直に愛を語るその内容に世間は度肝を抜かれたのだ。そこに描かれる彼女の愛は、誰もが一度は体験し、もしくは夢想するものだった。言葉を厳選した詩であるからこそ、その愛の激しさと切なさが読者の心にすっと染み入るのだろう。それは現代においても決して変わることのない感動ではないだろうか。


 その詩の制作者である李清照が、当時人気を博していた文官、李侑生の姉であることをご存じであっただろうか。この事実、知る人は知っていたようだ。彼女は自分の素性を隠すようなことはしていない。彼女自身の姿絵も現在数点残っている。切れ長の瞳が印象的な美人で、確かに李侑生の姿絵と比べると二人が血縁であることは推測できる。


 だが残念なことに、その瞳の奥にある愛の炎の源――彼女の詩の源となった人物については今も正体不明である。


 彼女は死ぬまでに三冊の詩集を出している。それらの詩の描く世界の多彩さから、彼女は多数の人物との恋を楽しんでいたと推測する者もいる。その可能性は否定できない。


 だが多くの読者は、彼女はただ一人の人物を愛しぬいたと信じている。私もそう信じる者の一人だ。なぜなら、愛とはそういうものだと信じたいからだ。これだけの熱情を向けることのできる人物は、人生でただ一人であってほしいからだ。


 私はこの列伝において、李清照の愛した人物を近衛軍所属であった袁仁威とみなした。もしかしたら読者の中には、この愛の権化である詩人の唯一の男が無骨な武官ではふさわしくないと嘆く者もいるかもしれない。文政優位の時代、女詩人の恋の相手が獣のごとき武官とは美しくないと考える者もいるかもしれない。だが私はあえてそう設定した。


 主な理由は当然、史実にもっともあてはまる妥当な人物が彼であったからだ。だがささやかな理由として、彼女は男を職によって判断するような人物ではないことをこの列伝を利用して証明したかった。


 愛はいくつもの形をとる。だが彼女の愛は崇高なもののうちの一つであるべきで、でなければあれほどに心を揺るがす詩を生みだすことはできなかっただろう。



 私はそう信じている。

作者も思いもよらない長編となっている本書、4巻までおつきあいいただきありがとうございました。

厚くお礼申し上げます。

2015/8に1巻の投稿を開始し、ここまでほぼ丸一年かけて約50万字近くを執筆した計算となります。


皆さんお分かりかと思いますが、まだこの話は続きます。

前作の後書きに書いたとおり、三巻、四巻、そして執筆中の五巻で上中下巻としてもいいようなストーリー構成となっています。

もし続きに興味あれば、作者をお気に入りにして活動報告をチェックしていただくか、もしくはこの冬に入ってから本シリーズで検索していただければ、その頃には5巻投稿開始しているのではないかと思いますので、よろしくお願いします。


さて、4巻はいかがでしたか?


サブタイトル「君の名は運命」は、本巻では早々と決まりました。

このサブタイトルには二つの意味があります(私、複数の意味付けをするのが好きです)。


一つ目は読んだとおりですね。

代表格は楊珪己のことを「運命」だというイムルでしょう。

またはセツカ(王節架)、張温忠。二人も運命の相手を見出していましたから。

間接的には冒頭の邂逅に登場した呉隼平、呉坊、高良季もそうですし、

主要人物の楊珪己と李侑生、袁仁威(+李清照)、

そして皇帝・趙英龍と異母弟の趙龍崇もそうでしょう。

誰もが良い意味でも悪い意味でも、または意味づけなどなくても、誰かしらに運命を感じ、また運命に左右されて生きています。


もう一つの意味は、「君の名は運命だ」という解釈です。

つまり、君の名前も素性もどうだっていい、君がどんな人でもいいから欲しい、なぜなら君は私の運命の人だからーーという発想です。

これはイムルが特に声高にそう主張しています。

間接的には似たような発想をしている人も少なからずいます。


こういう発想、みなさんはどうでしょうか?

ある人は「ふざけるな」と思うでしょうが、またある人は「そんなふうに好かれたい」と思うのではないでしょうか。一目ぼれなんかもこれに該当しそうですね。


生まれや外見、能力、目に見える結果、もうどうしようもない過去の実績など、誰もが何かしら自分に負の面があると思っているのではないかと思います。それゆえ幸せがやって来ない、幸せになれない、と結論づけたりして……。

それでも、普段隠れている自分の芯(核といってもいい内面的なもの)の部分には十分価値があり、そこに惹かれる尊い人がいてもいいのではないか、という願望があり、自分に特別な運命があってもおかしくはないと想像する人はいて……。


本巻では楊珪己は自分に自信がなくなっているところから語られました。

また、2巻の最後では李侑生がそのような状態に陥っていました。

3巻の最後では袁仁威も隊長を続けてもいいものかどうかと悩んでいました。


そんなふうに追い詰められたときに無条件で自分を欲しいと言ってくれる人が現れたら……?


それは愛なのか?

愛って、運命って結局何なのか?

自分の価値とは結局何なのか?


といったことを、次巻までかけて綴っていければ、と思っています。


話は変わって。


この巻では久方ぶりの懐かしの登場人物が多くでてきました。


浩拓……個人的にはこういう同い年で性別気にせず仲良くしてくれる人は大好きです。

李清照……相変わらずな人ですが最終話でも取り上げ、まだ活躍させる予定はありますのでお楽しみに!

鄭古亥……1巻からぐうたらしていた老人ですが、ようやくその理由まで書けました。まだ緊迫した状態が続いていますが、はたして?


そして一番の目玉は王美人でしょうか。


王美人? 出ていたっけ?

と思う方はたぶんいない……はず。

そう、姓が王の女性は今回はあの人しか出ていません。

王美人は少女時代に、イムルと温忠に薫陶を与えた人だったのですね。

彼女の運命論は紀元前の時代には西洋で語られている発想で、時代的にも地理的にも彼女が知っていてもおかしくはない、何の変哲もない思想の一つが彼女流にアレンジされたものです。


ですがそれを二人の少年はまるきり信じてしまった。

とりわけイムルはそれにより大きく変化した。

それはなぜか?


彼が作中で叫んでいます。


『だったら俺たちは何のために生きているんだ! 何のためにこうして……こんな辛い思いをしてまで生きているんだ……!』


皆さん、その感情の強さは人それぞれでしょうが、誰もがこういう思いをしたことがあるのではないでしょうか。

私はあります。

なんでこんなに辛いの?

なんでこんなに辛い思いをしなくてはいけないの?

胸をかきむしり苦しんだときもあります。


そういうとき、

「『辛いことも苦しみも、君なら乗り越えられる試練だから与えたのだ』と神様が言っている」

……という発想で乗り越えようとする人もいますよね。


ですけど、本当にそんな強くて立派な人になりたいですか?

聖人になりたいなんて本当に思いますか?

本当に望むことは……何なのでしょうか?


李侑生はといえば、そのような発想をすることすら自分に赦しません。

淡々と苦しみを退け(2巻最終章のとおり)、唯一の喜びである恋を捨てる覚悟までしていました。ただ罪を償うために。自分の信じる正しい生を継続することこそが目的のように。


そんな侑生に対して隼平はこう思います。

ちょっと長いですが引用させていただきます。


---

本当にこの世に神がいるというのであれば、胸倉をつかんで問いただしたい。

お前に愛されるために、侑生が何を背負い、何を犠牲にして生きてきたか分かっているのか、と。お前に愛されることをあいつがこれまで望んだことがあったのか、と。事実、神の申し子のごとき呉坊も、儚くこの世を去ってしまったではないか。神のため、皆のために生きて、苦労ばかりして……最期は安らかな死すら与えられなかったではないか。


あいつが欲しい物は、本当はもっとちっぽけなものなんじゃないのか。どこまでも手が届かない高い空の向こうなんかじゃなく、すぐそばにあって、手を伸ばせば届くようなものなんじゃないのか。


あいつをお前に近づけさせようとするな。

あいつは人間だ。

あいつはただの人間なんだ……。

---


人間であることと、ただ生きることを両立する難しさ。

そして理想や信念に従うことと生きることの相違点をどう克服すべきか。

そういったことを、次巻では続けて綴っていければと思っています。


さて。

このあとがきを書いている時点で5巻の8割方が書きあがっています。

6巻までいくかどうか(内容的にはまだ続きますし、設定もあるので書こうと思えば書けます)、

逆にあえて5巻で余韻を持たせて終了とするか、ということに悩みつつ……。

5巻は本作に引き続き緊張した状況、残酷描写ありのタグ必須の内容から始まりますので、よろしくお願いします。


それでは最後になりましたが、

実は本作品は1巻から4巻まですべて感想にはユーザ制限をかけていません。

ユーザ登録されていない方も、ぜひ感想を聞かせてくださればうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  読み終わりましたー!  まず叫びたいのが、侑生ー!  お父さんのアシストや、お兄さん方(隼平と良季)のアシストもあって、告白もできたのに……!あと一歩でした。  でも、珪己ちゃんから見る…
[良い点] 侑生さま、ちょっと浮上したかと思ったら、また絶望してる……。 珪己ちゃんを抱きしめちゃうシーン、すごく切なかったです。 うう、侑生さま、頑張って! 隼平さんと良季さんのお兄さんな感じが好…
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