(四)明日も来る
◆ まだ飯ある
少しすると、スズメたちは戻ってきた。
まず一羽。
次に二羽。
離れた木へ止まり、カラスの様子を見る。
カラスは巣の近くへ戻っている。
庭の食事は、まだ残っている。
一羽が言った。
「まだ飯ある」
別の一羽が答える。
「もうやめよう」
「でも残ってる」
「また追われるぞ」
「今度は巣側へ行かなければいい」
「さっきもそう言ってた」
「さっきは、あいつが勝手に行った」
「大きい欠片があったからだ」
「今度は小さいのだけ食べればいい」
危険な理由を、自分たちの行動ではなく、食べ物の大きさのせいにしている。
大きな欠片を取り合った。
巣に近づいた。
カラスに追われた。
ならば、小さいものだけ食べれば安全。
完全に間違いではない。
だが、庭が巣の近くにあることは変わらない。
それでも、スズメたちは再び降りた。
今度は庭の巣から遠い側へ集まる。
食べる。
顔を上げる。
食べる。
また見る。
危険を知っている。
逃げ方も知っている。
それでも食べる。
◆ 生きるための判断
シジミは窓辺から、その様子を見ていた。
愚かだと言い切ることはできない。
食事は必要である。
危険がある場所をすべて避けていたら、何もできない。
外には、どこにでも危険がある。
猫。
カラス。
人間。
車。
食事を得るためには、ある程度の危険を引き受ける必要がある。
スズメたちは何も考えずに飛び込んでいるわけではない。
カラスの位置を確認する。
逃げ道を作る。
見張る者を置く。
巣から遠い側へ降りる。
一度追われれば、次は少し方法を変える。
そのうえで食事を選んでいる。
欲に負けているようにも見えるが、生きるための判断でもある。
ただし、食事が庭に出るようになった原因は、うちの人間である。
うちの人間が食事をまく。
スズメが来る。
スズメが騒ぐ。
カラスが警戒する。
スズメが追われる。
それを見たうちの人間は、
「鳥がたくさん来て、のどかだなあ」
と言う。
一連の問題を作っている者だけが、何も分かっていない。
◆ 自然って感じがする
うちの人間は温かい飲み物を持って窓辺へ来た。
シジミの隣に立つ。
肩へ落ちた栗色の髪を耳へかけ、庭を眺める。
「スズメもカラスもいて、自然って感じがするね」
自然という言葉は便利である。
食事をめぐる争いも。
巣を守る警戒も。
追う者と逃げる者も。
遠くから見れば、すべて自然の風景になる。
人間同士が朝食の場所で争っていれば、のどかとは言わないだろう。
一人が食べ物を取り。
別の者が追いかけ。
周囲が一斉に逃げれば、事件である。
鳥なら、自然になる。
意味が分からないというだけで、見え方はずいぶん変わる。
◆ 最後の一粒
スズメたちは庭の食事をほとんど食べ終えた。
最後の一粒を二羽が同時に見つける。
「オレの!」
「先に見た!」
「先に取ったほうのもの!」
「それならまだ誰のものでもない!」
二羽が一粒を挟んで向かい合う。
その上では、カラスが巣の近くから見ている。
「早く消えろ」
二羽には、そちらを気にする余裕がない。
「譲れ!」
「嫌だ!」
一羽が先にくちばしを伸ばす。
もう一羽も同時に伸ばす。
食事が少し跳ねる。
二羽が追う。
カラスが羽を広げる。
周囲のスズメが騒ぐ。
「また来るぞ!」
二羽は食事を諦め、同時に飛び立った。
最後の一粒だけが地面に残る。
カラスは追わなかった。
巣から離れたからである。
スズメたちは遠くの木へ集まり、また言い争う。
「お前のせいで食べられなかった!」
「お前が譲ればよかった!」
「先に見つけたのはオレ!」
「先に近づいたのはオレ!」
うちの人間は、その声を聞いて笑った。
「食べ終わって、おしゃべりしてる」
食べ終わっていない。
一粒残っている。
そして、穏やかに話しているのでもない。
最後の一粒を誰が食べるべきだったかで争っている。
◆ 明日も来る
うちの人間は飲み物を口へ運んだ。
「平和だなあ」
庭の上では、巣を守るカラスがスズメを警戒している。
離れた木では、スズメたちが朝食と危険の釣り合いについて言い争っている。
明日の朝も来るかどうか、話し合っている声も聞こえた。
「明日はやめる?」
「でも飯が出る」
「カラスいるぞ」
「見張りを増やせばいい」
「今日も見張ってただろ」
「もっと増やす」
「食べるやつが減るじゃないか」
「交代すればいい」
「先に食べたやつが交代しないだろ」
おそらく、明日も来る。
危険だと知っている。
追われることも知っている。
それでも、朝になれば腹が減る。
食事が出る場所を知っている。
一度覚えた楽な朝食を諦められない。
そして、うちの人間も明日になれば食事をまくだろう。
カラスが警戒する。
スズメが迷う。
だが、最後には食べに来る。
うちの人間は、それを見てまた言う。
「今日ものどかだねえ」
自分が鳥たちの葛藤を作っているとは、少しも考えない。
シジミは猫語でつぶやく。
「本当に人間ってあさはかな生き物だよね」
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