(三)巣へ近づくな
◆ 誰か先に行け
うちの人間は柔らかな上着を羽織り、髪を簡単にまとめた。
それから、いつもの食事を持って庭へ向かう。
スズメたちがざわついた。
「来た!」
「飯だ!」
「降りる?」
「待て!」
「カラス見ろ!」
カラスは、巣の近くの枝にいる。
うちの人間が庭へ出たことで、さらに警戒している。
人間が巣へ近づくつもりはなくても、動く者が増えれば注意する。
スズメたちは庭へ降りたい。
だが、木から離れない。
うちの人間は食事を地面へまいた。
「ほら、今日も来てるよ」
スズメたちは動かない。
うちの人間が首を傾げる。
「どうしたの?」
カラスがいる。
見れば分かる。
だが、うちの人間には、スズメが庭へ降りない理由が分からないらしい。
うちの人間は少し離れた。
それでもスズメは動かない。
一羽目が言う。
「誰か先に行け」
二羽目が答える。
「お前が行け」
「言い出したのはお前だろ」
「最初に飯って鳴いたのはあいつだ」
六羽目が首を振る。
「鳴くのと降りるのは別だろ」
「何が別なんだ」
「鳴くだけなら逃げやすい」
「降りたら食べられるぞ」
「追われるかもしれない」
「でも食べられる」
「食べる前に追われたら?」
「少しくらいは食べられる」
危険と食欲を細かく比べている。
一粒なら取れる。
二粒目で追われるかもしれない。
カラスが巣側を向いているあいだなら降りられる。
一羽が先に降りれば、カラスの反応が分かる。
その一羽が追われたら、ほかは待てばよい。
スズメたちは、少しずつ役割を決め始めた。
一羽が巣のある木を見る。
一羽が庭の食事を見る。
一羽が逃げ道を確認する。
残りは、誰が最初に降りるかを押しつけ合っている。
集団で知恵を使っているようで、最後だけは誰かの勇気に任せるらしい。
◆ 一粒なら取れる
やがて、一羽の若いスズメが枝から飛び降りた。
庭の端へ着地する。
すぐには食事へ近づかない。
カラスを見る。
カラスも、そのスズメを見た。
「近づくな」
スズメは動かない。
巣の方向へは行かない。
庭の中央にある食事へ、少しずつ近づく。
一歩。
二歩。
食事を一粒ついばむ。
すぐに顔を上げる。
カラスは飛ばない。
もう一粒食べる。
まだ飛ばない。
木の上にいたスズメたちがざわつく。
「平気だ!」
「降りろ!」
「飯!」
一斉に庭へ降りる。
食事へ集まる。
「こっち多い!」
「取るな!」
「早く食え!」
「カラス見ろ!」
「今見てる!」
「飯も見ろ!」
忙しい。
食事をついばむ。
顔を上げる。
カラスを見る。
また食べる。
別のスズメを押しのける。
逃げる方向を確認する。
普段より明らかに落ち着きがない。
うちの人間には、それが元気に食べているように見えるらしい。
窓辺から眺めながら、満足そうに言う。
「今日も仲良く食べてるねえ」
仲良くはない。
取り合っている。
しかも、全員がカラスの動きを気にしている。
◆ 巣へ近づくな
一羽が大きな欠片をくわえた。
その場で食べず、木の陰へ飛ぶ。
別の一羽が追う。
「それ寄こせ!」
「自分で取れ!」
二羽が庭の端へ移動する。
その動きに、カラスが反応した。
羽を広げる。
低く鳴く。
「巣へ近づくな!」
二羽のスズメは、すぐに方向を変えた。
「来るぞ!」
「逃げろ!」
庭にいたスズメたちが一斉に飛び上がる。
カラスも枝から飛び立った。
黒い体が大きく羽ばたく。
スズメたちは、四方へ散った。
一羽は低い木の枝の間。
一羽は家の屋根の近く。
一羽は塀の向こう。
一羽は狭い隙間へ飛び込む。
カラスは、一番巣へ近づいたスズメを追った。
スズメは急に方向を変える。
カラスも向きを変える。
スズメが細い枝の間へ入る。
カラスは追えない。
少し上を回り、巣の近くへ戻っていく。
攻撃をかわしたスズメが、遠くの枝で息を整えた。
「危なかった!」
別のスズメが言う。
「だから巣のほうへ行くなって言っただろ!」
「追われたのは、お前が欠片を取ろうとしたからだ!」
「大きいの持って逃げるからだろ!」
「先に取ったのはオレだ!」
危険から逃げた直後でも、食事の取り分について争っている。
反省は短い。
食欲は長い。
うちの人間は、急に飛び立った鳥たちを見て目を丸くした。
「あ、みんな飛んでいっちゃった」
なぜ飛んだのかは分かっていない。
カラスも飛んだ。
スズメも飛んだ。
うちの人間には、鳥たちが一斉に空へ舞ったように見えたらしい。
「朝から元気だねえ」
元気なのではない。
追われたのである。
※第23話「スズメとカラス」は全四回です。
続きます。
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